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プロポーズ

「シエナ、さっきの話の続きなんだけど…」

「ん?」


 猫の乱入により、話が中断されてしまったルクスは、催促するかのようにシエナとの会話を再開しようとした。

 しかし、シエナは右手で猫を撫で。左手を自分の顎元にやると、うーん、と考えるような素振りを見せてから「さっきの話はおしまいです」と、笑顔で答えた。


(えぇ…なんか凄く気になるんだけど…)

 輪廻転生は記憶が残らない。

 シエナはそう言っていたが、ルクスはそこにシエナの秘密がありそうだと考えていた。しかし、シエナはその秘密を喋ろうとする様子がないので、ルクスはどうするかと思案する。


「よし、アルちゃん。遊ぼっか」

 しかし、ルクスが思案している間に、シエナはアルバと一緒に遊び始めた。

 公園にいた他の子供達と一緒に追いかけっこなどしている様子は、年相応の子供のようであり、まるで違和感がない。

 話しかけるタイミングも失い、シエナの様子を眺めていたルクスは、隣に鎮座している猫を撫でてみようと手を伸ばし、するりと逃げられてため息をついた。




 シエナが「そろそろ仕事をするので帰るよ」、と伝えると、アルバは少しだけ残念そうにしたが、笑顔で頷いた。

 他の子供達に手を振って別れを告げ、3人は宿へと帰る。

 ルクスは、子供の為の遊具ながらも学べる事があった為、公園に来てよかったと実感するのであった。


「ただいま戻りました~」

 宿のドアを開け、シエナは戻ったことを伝える。

 ルクスもティレルとケイトに戻ったことを伝えようと、休憩所の方を見るが、そこには誰の姿もなかった。


「おかえりなさい。あ、ルクス様、お連れ様は冒険者ギルドの方へ出かけられた、と伝言を預かっております」

 受付にいたセリーヌは、受付業務をメリッサから引き継ぐ時に頼まれた伝言を、そのままルクスへと伝える。

 ルクスはどうしようかと少し思案した後、入れ違いになるのも嫌だった為、そのまま宿に残る事を選択した。


「公園までついてきてくださったお礼に、今、お茶を淹れますね」

 アルバが階段を駆け上がってアンリエットの所へ戻っていくのを見送った後、シエナはルクスに紅茶を淹れようとする。

「ありがとう、喉カラカラだったんだ」

 ルクスがそう言うと、シエナは「あ、でしたらお茶を飲む前に水を飲まないとですね」と言って、コップに水を注いでからルクスに差し出した。


「え?いや、お茶飲むんだったら、水はいらないんじゃ…?」

 今から喉の渇きを潤す為にお茶を飲むのに、その前に水を飲む意味がわからない、とルクスは思った事を口にした。

 しかし、シエナはそのルクスの考えを否定する。


「お茶には利尿作用がございますので、喉が渇いてる時や身体の水分が不足している時にお茶を飲むと、かえって喉が渇いてしまったりするのですよ。なので、そういう時にはまず水を飲むのが一番なのです」

 シエナは若干の説明を省きつつも、とにかく水を先に飲む事を勧めた。

 ルクスも、「シエナがそう言うなら…」と、シエナの言う事に従い、出された水を飲む。

 水の量はコップ一杯に満たないくらいで、少し少なめではあった。喉が渇いてるからとがぶ飲みすると却って体に悪いのだとシエナは語る。


「では、こちらはアップルパイとアップルティーになります」

 ルクスが水を飲み終わるのと同時に、シエナは昨日買っていたリンゴを使って焼いたアップルパイとアップルティーをルクスの前に置いた。

 アップルパイは、最初からこの世界に存在していたお菓子であり、特に珍しい物ではない。


 ルクスはまた珍しいお菓子やお茶が出てくるのかと少しだけ期待していたのだが、出てきたのはよく見かける食べ物であったので、少しだけ残念がった。

 しかし、それは普通のアップルパイだったら、という話である。


 アップルパイを一口食べたルクスは驚いた。中からとろりと甘いカスタードクリームが溢れ出てきたからだ。

 シエナは、いつもアップルパイを焼くときには中にカスタードクリームを仕込んでいる。

 入れる必要もないが、最初からアップルパイが存在していたならば、一工夫入れたアップルパイを作ろうと思い、カスタードクリームを入れたのだった。


 既存の物であっても、工夫をする事ができるシエナの柔軟な発想にルクスは感心する。

「うまい!こんなにうまいアップルパイは初めてだ」

 そして思ったままの感想をルクスは口に出した、そのルクスの様子にシエナは嬉しそうに微笑む。


 そのシエナの微笑みにルクスはドキリとした。

 昨日、初めて会った時には素朴な可愛さを感じる程度であった少女であるが、今は何故か物凄く可愛くに見える。

 栗色の髪はサラサラとしていて、地味である色のはずなのにとても神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

 公園でシエナが逆上がりをしていた時の光景を思い出し、ルクスはついシエナの下半身に目を向けた。

 すぐ側の受付にいるセリーヌのような少しだけ肉付きがよく、巨乳の女性が好みであるはずなのに、なぜかシエナのような痩せ細っている小柄な体型がたまらなく愛おしく感じる。


 公園で空を見上げていた時のシエナの瞳を思い出し、今度はシエナの眼を見る。

 髪と同じような色をしている茶色い眼は透き通っていて、見ていると吸い込まれそうになる。



「可愛い…」

 ルクスはポツリと呟いた。


「え!?」

 シエナは、自分の眼を真っ直ぐに見られてそんな事を呟かれてしまった為、顔を赤くして照れてしまった。

 しかし、すぐに昨日の出来事を思い出す。


「も、もっと美人だと思ってたんじゃなかったですっけ?」

 照れ隠しに悪態をつくシエナに対して、ルクスは逆に自分が何故、急にそんな事を口走ったのか意味がわからないと、顔を赤くして慌てふためく。


「な、なんでもない!今のは聞かなかった事にしてくれ!!」

 ルクスは食べかけのアップルパイを一気に頬張り、アップルティーで流し込むように飲み込むと、セリーヌから部屋の鍵を受け取って、宿泊している部屋へと駆け出して行った。

 シエナはその様子をポカンとした表情で立ち尽くしていた。

 セリーヌは、そんなシエナとルクスの一連の流れを眺めていた為、思わず壁を殴りたくなるのであった。




 ルクスはベッドに横たわって悶えていた。

 何とか平静を取り戻そうと深呼吸をし、やっと落ち着いてきた辺りでふとシエナの事を思い出し、また悶える。

 それを何度か繰り返していると、部屋のドアがノックされた。


「うひゃい!?」

 ドアが突然ノックされた事に驚いて変な声を出してしまったルクスは、慌ててベッドから転げ落ちてしまう。

「だ、大丈夫か?」

 部屋の外からティレルの心配する声が聞こえてくる。

 ルクスの奇声が聞こえたと思ったら、部屋の中から大きな音が聞こえてくればそれはもちろん心配するであろう。


 ルクスは一度咳払いをし、大きく深呼吸をしてから何事もなかったかのように部屋のドアを開け、ドアの前に立っていたティレルとケイトを部屋の中へと招き入れる。

 その顔は、まだ若干赤かった。


「ルクス?顔赤いけど…大丈夫?」

 ケイトの質問に、ルクスは更に顔を赤くして、「シエナが…」と呟く。


「シエナが…どうかしたか?」

 ティレルがそう訊ねると、ルクスは「シエナが可愛すぎる…」と呟くと、ベッドにうつ伏せに倒れ、また身悶え始めるのであった。



 ルクスはわずか1日でシエナに惚れてしまった。

 ティレルとケイトは、ほんの数時間の間にルクスに一体何があったのか、と、目を点にして顔を合わせている。


「えぇと…ルクス…?あなたって、ここの受付嬢みたいなのが好みだったよね?」

 ケイトの質問にルクスは枕に顔を埋めたまま黙って頷いた。

 ルクスも、何故自分がこんなにもシエナの事が急に好きになったのか理解できていなかった。


 昨日までは、シエナの持つ柔軟な発想や知識が役立ちそうだったから、結婚を視野に入れても良いと思っていた。

 しかし、今はそんな事はどうでもよく、ただ、シエナと一緒にいて、シエナの笑顔を見ていたい。

 ルクスは前日とは打って変わってそう答えた。


「…これは…重症だな」

 ティレルは頭を抱える。



 ヴィシュクス王国の王族の男は、基本的には結婚相手は自分で見つけるのがしきたりとなっている。

 10歳になり王国内の町や村を見て周り、自分が結婚したいと思う相手を見つけてくるのだ。

 相手は貴族でも平民でも、身分は問わない。という珍しいしきたりである。


 期限は成人となる16歳までの間であり、ルクスに残された期限はあとわずか1年ほどしか残されていない。

 結婚相手が見つからなかった場合、また、見つけてきても親である王や王妃の眼鏡にかなわなかった場合には、勝手に決められた貴族の令嬢が宛がわれる。

 そして、しきたりとなってはいるが、結局は王や王妃、宰相などの眼鏡にかなうような人物というのは見つかるわけがなく先代までの王も、結局は親に決められた結婚相手となっているのであった。


 結局、しきたりとは言っても、それが必ず叶うわけではない。

 それ故に、ルクスは結婚相手探しなど今までは興味なかった。

 どうせ勝手に決められた結婚相手が宛がわれるのだから、探すだけ無駄である。

 一応は、好みの女性がいたら声をかけてみようかとも思っていたが、今まで本気で声をかけた事はなかった。


 今回のシエナへのアプローチをかけるという件は、いつもとは違って「国の役に立つから」と、珍しい意見を取り入れてはいたが、決して本気ではなかった。

 しかし、今は本気になってしまいそうであり、困っていた。



「どう考えても…シエナは…不合格ラインだよな」

 ルクスはぽつりと呟いた。


 シエナは、結婚相手として知識などは問題ないとしても、見た目が問題なのである。

 顔はギリギリ合格ラインだとしても、体型が特に問題である。

 まだ、未成年であるので、これから一気に成長してくれる可能性もあるが、それでも貴族の令嬢に匹敵するほどの成長は遂げないだろう。

 もし、「これが私の見つけてきた結婚相手です」と、親に見せつけても碌に話を聞いてもらえずに却下されるのが目に浮かぶ。

 下手をすれば、「そんな趣味が…」と、色々と心配されてしまう可能性だってある。



 ルクスがそう思っている事を語ると、ティレルとケイトも、それを否定できずに黙ってしまった。

「俺…一体どうしたんだろう…なんで、こんなにもシエナが愛おしく見えるのか…」

 ルクスは、先ほどよりもシエナの存在が大きくなっていくのを実感していた。

 公園に行くまでは、いや、先ほどの笑顔を見るまでは本当に「ちょっと良いかもな」程度にしか感じていなかったのに、「俺は、この娘を好きになった」と考えてしまってからは歯止めが効かなくなってきていたと、ルクスは考えた。


 どうすれば、シエナと結婚できるか。

 とうとうルクスはそんな事を考え始めた。


 恋はいつだって唐突である。

 街角でぶつかって出会った恋から始まる事があれば、長年一緒にいたけど特に恋愛感情を抱いてなかった幼馴染の意外な一面を見て始まる恋だってある。


 ルクスの場合は、街角でぶつかって出会った恋が、ワンテンポ遅れてきたのであった。

 そして、元々が巨乳好きであったにも関わらず、まるで正反対の体型の相手を好きになってしまったのも、特に不思議ではない。


 わかりやすく説明をするならば、それまでは年上のお姉さん好きだった人が、ある日、魔法少女モノのアニメを見た事によってロリコンへと変化してしまった。

 それくらいの簡単な変化である。



 ルクスは、王族として不自由なく暮らしてきた為、一度考え出した事に対して歯止めが効きにくいタイプであった。

 その結果、一度シエナの事が好きだと感じ始めたら、次の瞬間には『愛している』まで変化してしまっている。

 こうして、今この瞬間に、この世界に残念なイケメンが誕生するのであった…。



 いても経ってもいられなくなったルクスは、一緒に考えてくれていたティレルとケイトを置いて、勢いよく部屋を飛び出していった。

 何事かと思ったティレル達は、慌ててルクスの後を追う。


 階段を駆け下り、営業が始まったばかりの食堂へルクスが入ると、それを見かけたシエナはとことことルクスのところへやってきた。

「お食事ですね。只今お席へご案内致します」

 シエナが笑顔で接客を始め、追いついてきたティレル達と共に、ルクスは案内された席へと座る。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

 宿泊客は部屋にメニューがあるので大抵が決まってから降りてくる事が多い。

 部屋で直接注文を聞いていた場合には、部屋の鍵を見せてもらうだけであとは注文されていた料理をオーダーするだけである。

 シエナは、いつも通りに対応をしていた。


「注文は…」

 ルクスはシエナの目を見て、覚悟を決めた表情を出す。



「注文はシエナ!君だ!!君が16歳になったら、成人になったら!俺と結婚をしてくれ!」

 ルクスはテーブルをバンと叩いて椅子から立ち上がり、大声でシエナにプロポーズをした。


 突然のルクスのプロポーズに、いつも通りの対応をしていたと思っていたシエナは固まり、手に持っていたオーダー用のメモを落としてしまった。

 ティレルとケイト、そして周りの客も騒然としている。


 ルクスの言っている言葉の意味がうまく理解できていなかったシエナは、落としてしまったメモを動揺しつつも拾い上げ、『結婚』と言う文字をメモに記入する。

 そして、その文字を見た後に「ご注文を繰り返させて…」と呟いた後、遅れてその言葉の意味を理解し、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。

「え…えぇ!?け、結婚!?」


 次の瞬間、食堂には女性客による歓喜の悲鳴が響き渡った。


「キャー!聞いた?聞いた!?今、シエナ、プロポーズされたよね!?」

「聞いた!すっごーい!」

「あの野郎…俺が…俺がシエナちゃんを狙ってたのに…」

「さ、先を越された…」

「シエナ、どうするのかな?かな?」


 今現在、食堂に来ている常連から色んな声が聞こえてくる。

 中には、シエナ狙いだった男連中も多くいて、ルクスに対して「フラれろ…フラれろ…」と、呪いの言葉を放つ者もいる。



 食堂内が色んな意味で騒がしくなり、またシエナが暴力事件を起こしてしまったのかと慌ててやってきたエルクは、顔を真っ赤にして恥ずかしがってるシエナと、そのシエナの前に真剣な表情をして立っているルクスを見て、一体何が起こっているのか理解ができなかった。


「え?…結婚って…結婚、です…よね…?えぇ!?」

 シエナは気が動転して、同じ言葉ばかりを繰り返している。


「ちょ、おい!ルクス!おま、何言って…」

 ティレルもルクスの放った言葉の意味を理解して慌てて立ち上がり、ルクスの肩を掴む。

 しかし、ルクスの真剣な表情に、息を飲んで座り込んでしまった。

「本気、かよ…」

 そして、頭を抱えてしまう。




 食堂内はとても静まり返っていた。

 皆が、シエナのルクスへの返事を聞き漏らすまいと黙ったのである。


 厨房で調理をしていたガストン、コーザ、エトナも調理を中断して成り行きを見守っている。

 食堂の外では、あっという間に広まった噂により、見物人が大勢押し寄せていた。


 まるで、シエナとルクス以外の時間が止まったかのような空間が出来上がり、たまに聞こえてくる誰かの唾を飲み込む音だけが、やたらと目立っていた。

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