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公園

「貴重な話をありがとう。また、何かあったら聞いてもいいかい?」

 昼食の時間が近づいてきたのか、シエナが少しそわそわし始めたので、ルクス達は一旦質問攻めを止める事にした。

 ルクスの言葉にシエナは「はい、いつでもどうぞ」と笑顔で答えると、紅茶のカップを片づけてから共有部屋へと戻るのであった。



「あ、シエナさんおかえりなさい。お昼ご飯、丁度できたところです」

「わ、ありがとうございます」

 シエナが共有部屋に入ると、ふわっと良い匂いが漂った。アンリエットの作った出来立てのオムライスの匂いである。

 その良い匂いにシエナのお腹は「きゅぅ~…」と可愛い音を点てて鳴った。

 共有部屋にいた全員はそのシエナのお腹の音を聞いて笑う。


「エトナさん、おはようございます」

「おはよ、シエナ」

 部屋には朝方にはいなかったエトナの姿があった。

 エトナは遅くまで食材の仕込みをしている為、いつも起きてくるのは昼頃である。


 エトナに挨拶をしてからシエナが席に着くと、アンリエットがシエナの前にスプーンとオムライスを置いた。

「あ、この前教えた方のオムライスを作ったのですね」

 シエナの言葉に、アンリエットは「えぇ」と頷く。


 宿屋シエナの料理のメニューにはオムライスが存在しているが、そのオムライスはチキンライスを、しっかりと焼いた卵焼きで包んでいるその1種類のみである。

 それにトマトケチャップを掛けて完成なのだが、今シエナ達の前に置かれているオムライスは、半熟卵のオムレツをチキンライスの上に乗せてから2つに割って、その上からデミソースを掛けたものであった。


「せっかく教えていただいた料理なので、たまには作らないと。それに、私はこちらの半熟卵のふわっととろっとしたオムライスの方が好きですね」

 アンリエットは、シエナに倣って合掌をして「いただきます」と呟くと、スプーンを使ってオムライスを食べ始めた。

 食べる時に口元を手で隠し、とても優雅に食事をしている。


「このオムライスも美味しいけど、私はメニューにあるしっかり焼いたオムライスの方が好きかな」

 すでに食べ始めていたエトナが好みのオムライスの感想を口にする。

 それが口火を切ったのか、共有部屋にいるシエナ以外の全員が「しっかり!」or「ふわとろ!」と、勢力が2つに分かれて、言い争いをしてしまうような形となってしまった。


(そんな、きのこたけのこ戦争みたいな争いしなくても…)

 シエナはどちらのオムライスも大好きなので、甲乙なんてつけることはできない。

 好きな物は好き。それがシエナなのである。

 どちらが上かは人によって好みが違うので、そんな不毛な争いをするよりも、温かくて美味しいうちに食べましょうよ。と、シエナが言うと、皆は争いをやめてオムライスを食べ始めた。



 昼食を食べ終わり、ほんの少しの休憩をした後に、シエナとアルバは公園に向かう為に部屋を出た。

 普段、あまりシエナと遊ぶ事の出来ないアルバは嬉しそうな様子である。


「ん?どこか出掛けるのか?」

 1階に降りたところで、受付前の休憩所で雑談をしていたルクスは、シエナが出かけようとしているところで声をかけた。

「はい、アルちゃんと一緒に公園まで」

 ケイトが「そういえば、近くに子供達が遊んでる広場があったね」と、言うと、ルクス達は「あぁ、あそこか」と先ほど街の中を見て周った時に見かけた場所を思い出す。


「俺も一緒についてって良いか?」

 ルクスが立ち上がり、シエナに許可を求める。ティレルとケイトはどうしようかと顔を合わせるだけであった。

 シエナが即答で「いいですよ」と答えると、ルクスはティレルとケイトに少しだけ出掛けてくると伝え、一人でシエナ達についていくという意思表示を示した。

 そのルクスの様子に、ティレルとケイトは肩を竦めるだけである。



 宿の外に出ると、シエナはアルバと手を繋いで公園へ向かって歩き出す。

 ルクスは空いているシエナのもう片方の手を眺めた後、少しだけ羨ましそうにアルバの方を見るのであった。


「そういえば、広場には見た事ない変わった形の遊具が置いてあったな」

 ルクスは再度、空いているシエナのもう片方の手を見ながら質問をする。

「はい。3番街区の区長に許可を取って設置させていただきました」

 シエナの返答に、ルクスは首を傾げる。

 今の答え方だと、その遊具もシエナの考案だと聞こえたからだ。


「ブランコ、滑り台、ジャングルジムにロープで作ったアスレチック、鉄棒と雲梯、はん登棒に…ああ、あとシーソーがありましたね。その8つを作って設置しました」

 シエナは遊具の名称を言いながら、指折り数えて答える。

 ブランコは自分も幼い頃にティレルが作ってくれたことがあったとルクスは思うのだが、他の遊具に関しては、名称すら初めて聞くものばかりであった。

 そして、やはりシエナが作ったのか。と、ルクスはシエナの知識の引き出しの多さに驚くばかりである。


 公園に向かいながら、シエナはルクスにそれぞれの遊具の遊び方の説明をする。

 アルバは、何故か誇らしげに「ボクは全部遊び方知ってるもんね」と、胸を張っていた。

 そして、5分ほど歩いたところでシエナ達は公園に到着する。



 公園は、まだ昼食の時間でもあった為か、普段よりも子供の人数が少なかった。

 しかし、それでも遊んでいる子供達はそれなりの人数がいて、皆楽しそうである。


 特に人気があるのが、ブランコと滑り台であった。

 ブランコは、座ったまま小さく揺れている子供もいれば、立ち漕ぎをして大きく揺れている子供もいる。

 滑り台には数人の行列ができていて、「わーい」とか「たーのしー」と言いながら、何人もの子供達が滑っている。


 公園に到着するなり、アルバはシエナの手を引っ張って人気のなかった鉄棒の方へと駆け出した。

「シエナ姉、見ててね!ボク、やっと逆上がりできるようになったんだから!」

 アルバはそれまで繋いでいたシエナの手を離すと、鉄棒を掴んで逆上がりをしようとする。

 しかし、何度やっても逆上がりは失敗するのであった。


「あ、あれ…?この前はできたのに…」

 アルバは何度も逆上がりに挑戦する。しかし、あと少しと言うところでやはり失敗に終わってしまい、焦りからかシエナの方をチラチラと様子を見ていた。


 シエナとルクスは、そんなアルバの様子をまるで夫婦のように隣り合って立っていて、優しく見守っている。

 シエナは心の中で「がんばれ!あとちょっと!」と応援をしている。

 しかし、十数回チャレンジしても、逆上がりができなかったアルバは、諦めてしまったのか鉄棒から手を離してしまう。


 シエナはアルバに「見ててね」と、言って鉄棒を掴むとスッと逆上がりを決めて、「お腹らへんをこうやって鉄棒にくっつけてここを軸に廻ると良いんだよ」と笑顔で答えた。

 真剣にシエナの指導を聞いてるアルバの後ろでは、ルクスが顔を赤くして少し斜め上の角度の空を眺めている。

 シエナが逆上がりをした時に、スカートが捲れて太ももが見えていたからであった。


 そんなルクスの様子に気づかず、シエナは何度もアルバに逆上がりを実践して見せる。

「腕は伸ばしちゃダメ。腕が伸びきると絶対できないから。そして、頭上に蹴り上げるようにして…っと、こうやってやればできるよ」

 その度に、チラチラと見える太ももと、白い布にルクスはつい視線を向けてしまう。


(ん?ドロワーズ…じゃない?なんだ、あの下着)

 そしてとうとう、ルクスは視線を反らす事なく、シエナの下着をガン見し始めてしまった。


 それからも何度か、アルバに逆上がりの説明をしながら実践して見せていたシエナは、そこでようやくルクスの視線に気づき、その視線が自分のスカートの中に向けられている事を悟り、スカートを手で抑え、顔を赤くして鉄棒から離れた。

 副ギルドマスターに裸を見られても平然としていたシエナとしては、珍しい反応であった。


「じゃ、じゃあ、今のを参考にやってみようか!」

 シエナは恥ずかしさを堪えながら、アルバにもう一度逆上がりを促す。

 その際になるべくルクスとは目線を合わせないようにしている。



 それから数回、アルバは逆上がりに失敗したが、シエナがアルバの腰に手を当てて手伝いを何度かしていると、コツを掴んだと言い、アルバはシエナの手助け無しに逆上がりを成功させた。

「やったねアルちゃん!逆上がりができるよ!」

 シエナはガッツポーズを取って喜んだ。シエナの嬉しそうな様子に、ルクスも表情が綻ぶ。

(あれ?…なんか、シエナが嬉しそうだと、俺も嬉しいな)


 ルクスは急に沸いてきた感情に少し戸惑いながらも、その後もずっとシエナの動向を目で追ってしまう。

 アルバが逆上がりを何度か一人で成功させた後、シエナ達は別の遊具へと向かった。

 それぞれの遊具でアルバが遊んでいると、ふとルクスの中にある疑問が思い浮かんだ。


「あれ?これって子供達が遊ぶ遊具だけど、遊びながら身体が鍛えられたり、バランス感覚を鍛えたりしてないか?」

 ルクスの質問に、シエナは「気づきましたか」と、嬉しそうにする。


 遊びに使うのがメインであるが、設置している遊具はどれも身体を鍛えるには最適な物ばかりであった。

 子供は、遊びながらも知らないうちにトレーニングをしている。

 冒険者の街であるテミンでは、冒険者に憧れて実際に冒険者となる者も少なくない。

 シエナは、子供達が遊びながらも将来役に立つ技術を得られる機会として、遊具の設置に至ったとルクスに説明した。

 その説明を聞いたルクスは、王都にも是非これらの遊具を設置した公園を作りたいと思うのであった。



 それからも、アルバが遊具で遊ぶ様子を眺めたり、一緒に遊具で遊んだりして、シエナ達は公園での遊びを満喫した。

 ルクスも、初めて体験してみる遊具に少し興奮気味な様子である。


「アルちゃん、少し休憩しよっか」

 連続して遊び続けている為、シエナはアルバに休憩するように促す。

 見た目では元気が有り余っているように感じても、子供の体力の限界と言うのは突然やってくるものであり、それが危険につながる可能性だってある。

 血は繋がってなくても、大事な弟に怪我をさせたくないと思っているシエナは、もうちょっとだけ遊びたいと駄々を捏ねるアルバを抱き寄せて芝生に座りこむのであった。


「ちょっと休憩したら、また遊んで良いから。それまで、ね?」

 シエナはアルバを後ろから抱いて、頭を撫でながらブーと膨れているアルバを説得する。

 ルクスもシエナの隣に座り、空を眺めた。


 空は青く、真っ白な雲が風に流されながら浮かんでいる。

 時々吹いてくる風が、運動をして火照った体に気持ち良く、ルクスは平穏なひと時を嗜んだ。


「空、綺麗ですよね」

 シエナも同じように空を眺め、そっと呟く。

 地球と違い、排気ガスや有害物質で汚染されていない空は、とても澄み切っていて綺麗であった。

 夜になると、星座は全く別物だが、満天の星空を眺める事もできる。

「私、来世は鳥に生まれ変わりたいです。一番はまた人に生まれ変わりたいですが、それが叶わなかった場合には、鳥に生まれ変わって、この世界の、この綺麗な空を自由に飛んでみたいです」

 シエナは更にぽつりと呟く。


「来、世…?」

 初めて聞く単語に、ルクスは疑問を抱く。

 シエナはゆっくりとルクスの方を振り向くと、優しく微笑んだ。

 そのシエナの綺麗な瞳に、ルクスはまるで吸い込まれたかのような感覚に陥る。


「はい、輪廻転生ってご存知ですか?」

 シエナの問いに、ルクスは横に首を振る。

「今、私達はこうして生きています。死んでしまったら、どうなるかわかりますか?」

 ルクスは少し考えた後、わからないと答えた。


「死んだ生物は、全て魂だけの存在となり、同じ世界、もしくは別の世界で、別の生物として新たに生まれ変わります」

 シエナは空を仰ぎ、一拍おいてから再度口を開く。

「次に生まれ変わった存在、それが来世です」

 シエナの説明に、ルクスはわかったようなわからなかったような表情をする。

 アルバに至ってはさっぱりわからないと言った顔である。


「来世の自分から見ると、今現在、こうやって生きている自分は前世となります。生まれ変わる『前』の存在。ルクス様、あなたも今はこうして人として生きていますが、人として生まれる前は、別の存在だったのかもしれないのです。それが、前世です」

「そして、今の自分が死んで、自分の魂が別の生物として生まれ変わった存在が…来世…ということか」

 先ほどシエナが言った言葉そのままであったが、ルクスはさっきよりかは理解して、答えることができた。

 シエナも「そうです」と、頷く。


「通常、生物が死に至り、輪廻転生をする時には、それまでの記憶は失われてしまいます。…しかし…」

 シエナの語るような言い方に、ルクスは固唾を飲んで次の言葉を待つ。


「あ、猫だ。可愛い~」

 しかし、丁度その時シエナの側にやってきた猫の存在によって、続く台詞はかき消されてしまった。


 ルクスがガクッとギャグ漫画のようにズッコケる中、シエナは自分に寄ってきた猫の喉元を撫でて「にゃー、可愛いにゃー」と先ほどまでの雰囲気を壊して破顔している。

 シエナはどんな動物も好きであるが、猫は特に大好きであった。


「鳥も良いけど、猫にも生まれ変わりたいなぁ。猫、いいなぁ、猫」

 それからのシエナはずっと猫、猫と呟くばかりである。



 シエナの魂は、記憶を保持したままありとあらゆる存在に生まれ変わる。

 もし、嫌いな生物がいて、次にそれに生まれ変わってしまったらどうしようもなく嫌な気分になってしまう。

 知恵のない生物であれば、それまでの記憶など何も感じないので、生まれた時には気にもならないのだが、逆に次に生まれ変わった時に、その生物だったという記憶が残っていると、それはそれで絶望してしまうのである。


 それ故に、シエナは全ての生物を嫌いになれないのであった。


 しかし、嫌いになれなくても、多少は苦手だという生物はもちろん存在する。

 前世の日本で苦手であったのが、「蚊」と「ゴキブリ」である。

 日本でこの2つの生物が好きという人間はほとんどいないだろうが、流石のシエナの魂も、この2つの生物はどうしても好きになれなかったのである。


 シエナは、これからも長く続く輪廻転生により、いずれはその存在に生まれ変わってしまう事がある予感がしてしまい、現実逃避をするように猫を愛で続けるのであった。

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