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シエナの価値は

「ん!これ甘くて美味しい!」

 テミンの街を少しだけ見て周っていたルクス達一行は、宿に帰り着く直前、宿の近くにあったパン屋に、見た事ない珍しいパンが売られてるのを発見した。

 そのパンを食べたがったケイトの提案でルクス達は少し早めの昼食としてパンを購入し、パン屋の店先に設置されたベンチに座って購入したばかりのパンを頬張っていた。

 ケイトが食べているのは、最近、新しくパン屋で新発売されたばかりのクリームパンである。


「だろ?少し前にシエナちゃんが作り方を教えてくれたんだ。いや~…、売り上げが下がり始めた時はどうしようかと思ったけど、シエナちゃんが教えてくれたパンのおかげで、大幅に売り上げが伸びて今月も赤字にならずに済んだよ。ちょっと材料費は嵩むが、それ以上に売り上げが伸ばせられる良い商品だよ」

 ケイトの感想に気を良くしたパン屋の店主は聞いてもいない事を語りだした。


 自分の創作調理パンは全然売れず、むしろ気味が悪いと言われ売り上げが低迷してしまった事。創作調理パンを完全になくし、今まで売っていた普通のパンと、シエナ考案のカツサンドとコロッケパン、そしてあんパンだけを売りに出したのだが、離れてしまった客が中々戻ってこなかった事。

 シエナに泣きついたら新たにクリームパンとメロンパンの作り方を教えてくれて、それを実際に作って売りに出したら、それが大ヒット。相乗効果なのか他のパンの売り上げも伸びたことを自慢げに語っていた。


「いや…それって、全部シエナのおかげだよな…」

 パン屋の店主の話題の中にシエナの事が含まれていたので、ルクスは購入したばかりのメロンパンを食べる事を忘れ、話しを聞く事に集中したのだが、パン屋の店主が自慢できる内容ではなかった為、呆れかえってしまった。


「しかし、このパン…メロンが入っているわけでもないのに、なんで『メロンパン』って名前なんだろうな」

 ルクスは思い出したかのようにパンに噛り付き、ふわっと口いっぱいに広がったバターの香りと甘さに表情が綻んだ。

「なんでだろうねぇ。シエナちゃんも名前の由来は何故か教えてくれないんだよ。でも、メロンパンに対して何か拘りがあるようで、もっとこうした方が良いってアドバイスをくれるんだけどねぇ…」

 メロンパンの名前の由来については、シエナも「マスクメロンに似てるから」と、前世で口頭で聞いただけなので、それが真実なのかわかっていなかったからである。そして、新たに名前を付けられるほど、ネーミングセンスはシエナにはなかった。


 ついでに、シエナにとってこのメロンパンの出来具合は100点満点中55点と、少し評価が低めであった。

 シエナは、メロンパンは外はカリカリで中はモフモフでないとダメ。と、どこぞのメロンパン好きのツンデレ少女のような事を言っており、たまに食べに来ては評価と作り方のアドバイスを残していくのであった。

 その話しを聞いたルクスは、今の出来でもかなり美味しいと感じているのに、シエナが100点満点を出すような出来具合だと、どんな美味しさになるのか想像ができなかった。


 パン屋の店主は、急に何かを思い出したのか「あ、そうだ」と呟くと店の中へと戻っていく。

 ルクス達はその店主の背中を見送ったあと、パンを齧りながら昨日から続くシエナの話題を口にする。


「昨日からずっと思ってるけど、ほんと、不思議な少女だよな。あれでまだ俺の2コ下だって信じられないぜ」

 ルクスの言葉にティレルもケイトも頷く。


「料理関係もそうだけど、液体石鹸や洗髪剤とかも、どういう発想があれば思いつくのかしら?」

「俺的には、風呂に使われてた木と、床に敷き詰められてた滑らかな石と、その接着に使われてる材料が気になるところだ。あれは石膏よりも何か丈夫そうな素材を使ってそうだから、聞きだせればバッヘラ大平原の砦の建築に役立ちそうだ」

 ケイトもティレルも、各々感じている事を口にする。


「よし、宿に戻ってシエナに直接聞いてみるか」

 丁度パンを食べ終わり、宿へ戻ろうとルクス達が立ち上がったところに、パン屋の店主は紙袋を持って再度ルクス達の所へとやってきた。

「君たち、シエナちゃんのとこに泊まってるんだろ?良かったら、これ、シエナちゃんに届けてくれないかな?」

 そう言って、パン屋の店主はルクスに紙袋を手渡す。

 中には、先ほどルクスが食べていたメロンパンがいくつか入っていた。


「今日の出来具合をシエナちゃんに評価してもらいたいんだ。今回は結構自信があってね。これなら満点は無理でも80点は…」

 一人で勝手に話しを進めだす店主にルクス達は苦笑をすると、それくらいのおつかいなら引き受けようと思い、紙袋を受け取り、宿へ戻る為歩き出した。




「すごい…やっぱりいつ見ても美しい…ずっと見ていたいよ…」

「そ、そんなに見つめられると…恥ずかしいです…」

 宿に帰り着いたルクスが宿のドアを開けようとしたところで、中からシエナと男の話し声が聞こえてきた。

 聞き耳を立ててみると、何者かがシエナの恥ずかしがる何かを眺めているような内容であった。


「もう一度、触ってもいいかい?」

「はい、でも…恥ずかしいので少しにしてくださいね…」


「…………」


 しばしの沈黙の後、シエナの「はい、もうおしまいです!」と言う慌てるような言葉が聞こえてきて、男の「もっと見ていたい!」と言う声が聞こえてくる。


(…どうする…?)

 ルクスは小声で宿のドアを指差し、ティレルとケイトに相談をする。

 若干、ケイトの顔は赤く染まっている。一体、何を想像しているのか、とルクスは苦笑する。


「とりあえず、入っても問題ないんじゃないか?見られたらまずいような事を他の客や従業員の目の届く範囲でやらないだろ?」

 ティレルはあっけらかんと答える。そのティレルの声量に、ケイトは慌てて口を塞ごうとするが、ティレルはお構いなしに宿のドアを開けて中へと入っていった。


 ルクスもティレルに続いて宿の中へと入ってみると、そこには休憩所でソファーに座って恥ずかしそうに刀を持つシエナと、クラウドの姿があった。

 ケイトはその状況を見て「あれ~?」と首を傾げている。


「なんだそれ?剣…?なんか細くて珍しい形してるな」

 ティレルがシエナの持つ刀に興味を持ち、質問を投げかける。

「あ、はい。これは私が作った刀という片刃の刀剣です」

 そしてシエナは説明をし始めた。


 ハイオーク討伐依頼時に、刀の魅力に取り憑かれたクラウドは、パーティー活動が休みの日に単独でシエナを訪ね、刀を見せてほしいと頼み込んでいた。

 シエナも2つ返事で了承し、クラウドに何度も刀を見せているのだが、見せる度に自分の作った刀は他人に見せられる程の出来具合ではなく、未熟な未完成品なのではないかと感じ始め、まじまじと見つめられると恥ずかしくなってきたと語った。


 刀と剣の違いを簡単にルクス達に説明したところ、ルクスは刀に興味を示した。

「この刀って武器…少し魔力を帯びてるな。魔晶石か何かはめ込んでるのか?」

 ルクスは刀に興味があると言うよりも、刀に籠っている魔力に興味を示していた。


「いえ、魔晶石は付けてません。でも、作っている時に私の魔力を練り込みました」

 シエナの返答に、ルクス達は少しだけ驚く。今まで魔力を練り込んで武器を生成するような人物はいなかったからである。

「この武器、おそらくだけど魔晶石を付けてしばらく使っていたら魔剣に変化するかもな…」


 魔剣は、扱う者の魔力によって魔晶石を付けた剣が変化して誕生する。

 どのような効果があるかは、使い手やその時の環境によって変わるのだが、使い手にとって悪い効果ではない事だけは確かである。

 魔晶石を付けて、魔法が使える者が扱えば必ず魔剣に変化する訳ではない。

 どういう条件が重なれば魔剣が誕生するのかは、まだはっきりとは解明されていないのであった。


 ルクス達の説明に、シエナは「へぇ~」と、テーブルにボタンが置いてあるかのようにポンポンポンと叩く。

 冒険に出掛ける事のあるシエナにとっては、それなりに役立ちそうな無駄知識であったからだ。


「あ、そうだ。これ、パン屋からシエナにって」

 ルクスはそれまで手に持っていた紙袋をシエナに手渡した。紙袋を受け取ったシエナは中を確認するなり、「まさかの知識を披露された側がメロンパンを受け取るとは」と、ルクス達にはわからないネタを口走っていた。もちろん、金の脳はついていない。


「ありがとうございます。結構入ってますね。せっかくなので皆で分けましょうか」

 そう言って、シエナはメロンパンを取り出してその場にいる全員に手渡した。

 ルクスは「さっき食べたばっかだけどなぁ…」と、呟いていたが、食べた個数も1個だったので、少しだけ後で食べようかと思うのであった。


「なんか、俺まで…ありがとう」

 メロンパンを受け取ったクラウドは、シエナとルクスの両方にお礼を言うと、そろそろエレンとカルステンのところに戻ると言って立ち上がった。

「そんなに刀に興味があるなら、今度、作り方教えましょうか?」

 そして、シエナのその台詞に、ギュンと音の鳴る勢いでシエナの方を振り返り、「いいのか!?」と驚く。

 シエナはそのクラウドの反応に少しだけびっくりしていたが、「作るには結構手間も時間もかかりますが、やる気があるなら教えます」と言うと、クラウドは真剣な表情をして「是非、お願いします」と頭を下げた。

 それから数年後、クラウドがテミンの街で有名な刀鍛冶職人になるのはまた別の話である。



 クラウドが再度シエナにお礼を言って、宿から出ていくのを見送ると、ティレルがシエナに話しかけた。

「その剣…刀って言うのは種類としての名称だよな?名前はあるのか?」

 魔剣になった武器や、魔剣になりそうな武器には個別の名前が付けられる事が多いのである。

 魔剣と呼ばれはしているが、効果によっては聖剣と称えられる剣もあるので、聖剣エクスカリバーのような名前と説明すればわかりやすい。


「いえ、ないです」

 シエナは黒塗りの鞘に入った、(つば)の形も特に拘りなく作ったその刀を見て答える。


「もし、魔剣になるんだったら、何か名前を付けるもの良いかもな。何か考えてる名前とかないのか?」

 ティレルの言葉に「特に考えてないですねぇ」とシエナは呟くと、何か良い名前はないかと模索し始める。


(う~ん…刀といえば、斬鉄剣…?いや、安直すぎるかぁ。でもなぁ…)

 そこでシエナは自分の手に持たれている刀以外のもう一つの所持品に目をやる。

(メロンパン…刀を持つ小柄な少女…)


 シエナの頭の中に「にえとののしぇな」と言うフレーズが思い浮かぶ。あえて、「ぇ」は小さくしているが、発音としてはシエナそのままで。


 一瞬名案だと感じたが、やっぱりそれもある意味良くないと考え、シエナは頭を振って自分の考えを否定する。

「思いつかないですねぇ」

 ()()()()()()()、シエナは良いのが思いつかなかったくらいである。

 前世ではそれなりにネーミングセンスはあったと思ったが、この世界での体は絶望的にネーミングセンスはなかったのであった。


「ま、その内良いのが思い浮かぶさ」

 そう言って、ティレルは先ほどシエナから手渡されたメロンパンに噛り付いた。



「そういえば、シエナにいくつか質問したいことがあるんだけど、今大丈夫か?」

 ルクスは、話しに一旦区切りがついたのを確認すると、自分達の本題に差し掛かる為にシエナに時間の都合を訊ねた。

 シエナは「昼食まででしたら大丈夫です」と答え、紅茶を淹れる為に一度受付の方へと向かった。

 この手の流れは、宿の施設に使われてる道具や建築材料、料理に関する質問だと、シエナは何度も経験しているからであった。


 シエナが紅茶を用意して、話し合いの場が設けられると、ルクスは早速本題を切り出す。

 案の定、シエナの予想していた通りの質問が多くされ、シエナはそれの1つ1つに丁寧に答えていく。


 ただ唯一答えなかったのが、ティレルからの質問であった「風呂に使われていた木の種類」であった。

 木の種類名は答えることはできても、どこで採れたかは答えたくないのである。


「ごめんなさい。この辺りにはあまり自生してない珍しい木なので、私も採った分だけ植林はしてきましたが、教えた結果、全部伐採される事になると困る事になるのでお教えする事はできません」

 シエナは檜について答える事ができずに申し訳なさそうに答える。

 ティレルも「いや、香りが良かったからちょっと興味があっただけなんだ」と、気にしないでくれと言ってシエナを安心させる。


 代わりに、シエナは大浴場の床に使われていた石と、その石との接着に使われている材料の説明を自分の知る限り詳しく話した。


「石はその辺の石をつるつるになるまで磨いたやつですが、その接着に使われているのは、モルタル…あれ?コンクリートだっけ?…えっと、モルタルかコンクリートのどちらかです」

 シエナも専門家ではないので、前世で勉強した程度しか知識がない。

 なので、セメントに砂を混ぜたのがモルタルで、それに更に砂利を混ぜたのがコンクリートだと言うところがうろ覚えであった。


 シエナが大浴場に使用したのはモルタルであったのだが、シエナにとってはコンクリートの方が聞き馴染みがあったので、間違った説明で「確かコンクリートです」と答えてしまった。

 将来、この世界ではモルタルとコンクリートは、地球とは逆の立場で使われる存在になるのが決まってしまった瞬間である…。



 シエナはセメントの作り方から、それに砂や砂利を混ぜて作ったモルタルとコンクリートの説明をし、それらを使って作られた物は丈夫である事を語る。

 ルクスとティレルは、シエナの説明を聞きながら「やはり砦建設に使えそうだ」と、アイコンタクトで会話をし、更にシエナから詳しい情報を得ようとする。


「そのコンクリートやモルタルってのも、シエナが思いついたの?」

 話しにあまり加われてなかったケイトが、シエナに質問をする。

 シエナは心の中では「本当は地球の誰かが考えた事だけど…」と思いながらも「はい」とだけ返事を返した。


(やっぱこの子凄いな。そこの刀って見た事ない武器や聞いた事もない建築材料を作り出せる技術力、様々な料理や道具を生み出せる発想力、まだ子供なのに立派な宿を建てて運営できるほどの経済力。どれをとっても素晴らしい!こんなに価値のある少女は見た事がない)

 ルクスは、2歳年下であっても、それが才能の塊であるシエナを尊敬し、見た目が子供であってもどこか魅力があると感じ、どんどんシエナに惹かれていった。



 ヴィシュクス王国、第一王子のルシウス・アルド・ヴィシュクス、通称ルクスがシエナに完全に惚れるまで、あと少しなのであった。

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