表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/98

宿屋シエナの日常とその従業員①

 まだ外が薄暗い頃、シエナは欠伸をしながらベッドから起き上がり、軽い柔軟体操をしてから洗面を済ませ、住み込みで働く従業員全員分の朝食と、自分の朝食を作り始めた。


 朝食の献立は2種類となっている。

 従業員用に作った朝食と、シエナ用に作った朝食は全くの別物である。これはシエナが経営者だから特別メニューになったというわけでなく、シエナ用の朝食を皆が食べたがらない為にそうなってしまったのだった。

 従業員用の朝食は、パンにスープ、レタスを千切ったサラダにベーコンエッグなのに対して、シエナの朝食は、白飯に味噌汁、目玉焼きとその隣に千切りキャベツ。そして、()()である。

 この世界でただ1人だけの日本人らしい朝食であった。


 納豆ももちろんシエナの手作りである。

 味噌汁は、辛うじてまだ大丈夫だと言っていた従業員全員だが、納豆だけは絶対に無理。と、言った為、その献立は完全にシエナ専用になってしまったのであった。


 シエナは合掌をしてから「いただきます」と呟くと、自作した箸を使って納豆を混ぜ始めた。

 箸を使っての食事の文化は、シエナの知る限りではこの辺りではない。

「箸は便利なんだけどなぁ」

 従業員にも箸を勧めてみたのだが、上手く扱えるものはおらず、結局宿屋シエナ内で箸を使うのはこれまたシエナだけなのであった。


 シエナが朝食を食べ終わる頃、2人の男性が共有スペースのドアを開けて入ってきた。

「ガストンさん、コーザさん、おはようございます」

 入ってきた2人はシエナに「おはようございます」と返し席に着くと、シエナの用意した朝食を食べ始めた。



 ガストン・ラインマイヤー。ダークグレーの髪に灰色の眼の34歳の男性であり、現在は宿屋シエナの食堂の料理長を勤めているが、以前はテミンの街に住んでいる貴族の館の料理人であった。

 基本を忠実に守って料理を作る料理人なのだが、他の料理人から、目新しさを感じられないという理由で追い出されてしまい、途方に暮れていたところで、料理人を募集していたシエナと出会った。

 シエナの教えるレシピを全て忠実に守り、勝手な判断で調味料を変えたりしない為、ガストンの作る料理はどんな時でも同じ味なのである。


 コーザ・エバール。金髪碧眼の21歳の男性であり、宿屋シエナの食堂の副料理長を勤めている。

 元は冒険者であり、珍しい食材の採取依頼を受注しようとした時にシエナとブッキングしてしまい、ケンカにならないように合同で依頼を受けたのがシエナとの出会いであった。

 子供の頃から料理が好きであり、お金を貯めて自分の食堂を開くのが夢であった。

 合同で依頼を進めていた時にシエナの作った料理に心を奪われ、弟子にしてくれと頼み込み、それからは冒険者をやめて、宿屋シエナで働いている。

 コーザの夢の事はシエナも知っていて、お金が貯まって、いずれコーザが辞めてしまう時にはシエナは全力で応援をしようと考えているのであった。



 2人は朝食を食べ終わると、すぐに1階の食堂へと移動を始めた。

 これから前日の夜に仕込む事ができない、傷みやすい食材の料理の仕込みを開始するのである。

 シエナもどちらか片方が休みの日には手伝う事はあるが、基本的には朝の仕込みはこの2人の仕事なのであった。


「おはようございます。シエナさん」

 シエナが3人分の食器を洗っていると、共有部屋に3人の親子が入ってきた。


 エルク・ステンザード。銀色の髪、灰色の眼の26歳の男性であり、宿屋シエナの総支配人を勤めている。

 元々は他国の貴族であったが、とある事情により国を追われる身となってしまい、行き倒れているところをシエナに救われた。以来、シエナへの恩を返す為に身を粉にして働いている。

 普段はシエナの事を尊敬する上司として敬語で接しているが、時にはシエナの父親代わりとして厳しく、時には優しく見守る存在である。


 アンリエット・ステンザード。金髪碧眼の25歳の女性であり、エルクの妻。家族の命を救ってくれたシエナを、本当の娘のように可愛がる。

 宿屋シエナに住み込んでいるが、エルクと違って雇われているわけではない。普段は、1人息子のアルバの面倒を見ているのだが、宿が忙しい時や困っている者を見かけた時には手助けをする、従業員全員の母親的存在でもあった。


 アルバ・ステンザード。母親譲りの金髪に、父親譲りの灰色の眼をした、もうまもなく7歳の誕生日を迎える男の子。

 エルクとアンリエットの1人息子であり、餓死しかけていたところをシエナに救われる。シエナの事を実の姉のように慕い、シエナの事をシエナ(ねえ)と呼ぶ。

 シエナから魔法の使い方を教わっている為、一般的な魔法の使い方とは違う、特殊な魔法の使い方をできる少年である。しかし、シエナもアルバも、自分の魔法の使い方が特殊だとは気づいていないのであった。



 アルバはまだ眠そうな目をこすりながら、シエナの側まで寄って「おはよう」と声をかけた。

「アルちゃん、おはよう。今日は午後から公園にでも遊びに行こっか?」

 シエナがアルバの頭を優しく撫でながら、午後からの予定を提案すると、アルバは嬉しそうに目を見開いた。

「うん!行く行く!わ~い!」

 それまで眠そうだったアルバは、その嬉しさからか目をしっかりと覚まし、とことこと走って自分用に作られた少し高めの椅子に座って朝食を食べ始めた。

 そんな息子の様子に、すでに席に着いて朝食を食べていたエルクとアンリエットは優しく微笑む。


「シエナさん、いつもありがとうございます」

 アンリエットがシエナにお礼を言うと、シエナはいつもお世話になってるのは私の方です。と微笑んで返した。

 先に朝食を食べ終えたエルクは、アルバの頭を撫でて「では、仕事に行ってくるよ」と言うと、シエナ達3人に見送られて共有部屋を出ていった。

 総支配人を勤めているエルクは、調理以外の全ての仕事に携わる忙しい身である。


 アルバが朝食を食べ終わる直前に、2人の女性が部屋に入ってきた。

「おはようございます」

 1人は普通に挨拶をしてきたのに対して、もう1人はシエナに抱き付いてから挨拶をする。

「おはよ!シエナは朝から可愛いなぁ」

 シエナに抱き付いた女性は、シエナに頬擦りをしたあとにその頬にキスをし始めた。その後、ナチュラルに右手でシエナの平坦な胸を揉み始め、左手をシエナのスカートの中に伸ばしたところでシエナにその手を叩き落とされる。

 ほぼ毎日繰り返されるシエナのセクハラであり、それが彼女のシエナへの挨拶である。



 普通に挨拶をしていた女性は、セリーヌ・ベリルンド。ブロンドの髪に金色の眼の16歳の女性。宿屋シエナの主に受付を担当している。

 宿屋シエナでは、全ての従業員が全ての仕事に携われるように教育されているが、それでも主となる担当は決まってしまっている。

 セリーヌは素朴ではあるが美人であり、何より巨乳である為、宿屋シエナの看板娘として、一番目立って一番お客様対応をする受付を担当する事が多い。

 中にはセリーヌ目当てで常連になっている男性客も少なからずいるのであった。


 シエナにセクハラをしていた女性は、シャルロット・パルフェン。赤毛の髪に緑色の眼の20歳の女性。宿屋シエナの主に清掃を担当をしている。

 同性愛者(レズビアン)であり、さらに少女嗜好(ロリコン)のシエナの天敵である。

 チェックアウトを終えた客室の清掃などをメインに仕事をするが、従業員の衣服の洗濯などもシャルロットが担当している。しかし、他の女性従業員からシャルロットを洗濯の担当から外したいという抗議の声も少なからず発生している。


 この世界では基本下着の着用がない。

 貴族の女性は、太ももを隠すためのドロワーズを穿いているが、下着は意外と値段が高く、平民は中々下着までは手が出せずにいるので着用がないのであった。

 そんな中、宿屋シエナ内ではシエナが作り出した紐パンを下着として活用している。


 太ももは隠せないが、大事なところだけ隠せれば良いというシエナが、布と紐で作った誰でも簡単に作れるパンツである。

 貴族の女性から見れば、はしたない下着ではあるが、まるっきり穿いてないよりかはマシであり、シエナが紐パンを作り上げると、宿屋シエナ内では瞬く間に人気になったのであった。


 シャルロットは、そんな大事な部分を包み隠していた布の匂いを嗅がずにはいられないのであった。

 匂いを嗅ぐだけで済むならまだ良かったのだが、ごく稀にシャルロットはそれを自分のポケットの中に忍ばせる。

 盗まれる主な被害者はシエナなのだが、そのシャルロットの行動を見た女性従業員は、シャルロットに洗濯をさせたくないと抗議した。


 シエナも何度も注意をしているのだが、その度にシャルロットは「カッとなってやってしまった。スーハースーハーしてやった。今は反芻している」などと意味不明な供述をしており、洗濯禁止令が出ても気づかない内に洗濯をしている姿が連日確認されている。



「シャルロットさんはほんとブレませんねぇ…」

 シエナも思わず頭を抱える。好意を持たれているのは悪くないが、スキンシップが行き過ぎているところが悩みどころなのであった。

 シエナが面接した時には大人しめの女性であったのだが、ある時、同性愛者とバレてしまった後から、たがが外れてしまったのか、特にシエナに対してセクハラをしまくるようになったのであった。


 シエナばかり被害に遭うのは、シエナが怒らないからである。

 流石にスカートの中に手を入れてきた時や、唇にキスをしてこようとしてきた時には、シエナも止めるのであるが、それ以外の時は基本は好きなようにさせている。

 下着も、「後できちんと返してください」と、シエナが言ったものだから、主にシエナの下着ばかりを盗んで、使用後に洗濯をしてからシエナに返却しているのであった。尚、何に使用しているかはご想像にお任せとなる。


 シャルロットがシエナを撫でまわしている間に、更に1人の女の子が部屋に入ってきて、シャルロットの姿を見るなり、少しだけ後ずさった。

 宿屋シエナで、シャルロットの被害に遭うのは主に3人で、1人は現在進行形で被害に遭っているシエナであり、もう1人が今入室してきた女の子である。



 ミリア・ブリリオート。金髪で茶色の眼の14歳の女の子。宿屋シエナの主に食堂の給仕担当をしている。

 シエナよりも1歳年上で、シエナと違ってもう大人になるような体型に成長しているのだが、それでもシャルロットのストライクゾーンに入っている為、被害に遭ってしまう。

 特に、ミリアは未成年であるが両親がいない為、住み込みで働いているので休みの日であってもシャルロットとほぼ毎日顔を合わせてしまう。

 シエナと違い、セクハラをされる前に「近寄らないでください」と、睨みつけたり軽くではあるが叩いたりする。シャルロットには「睨み付けてもらえるうえに叩いてもらえる」と逆に喜ばれているのだが、流石のシャルロットも、人の嫌がる事はしようとはせず、ミリアとは一定の距離を保って、なんとかその香りを嗅ごうとしていたりするのであった。


 ミリアは朝食を食べ始める前に、共有部屋の壁に貼られている従業員の勤務表を確認し、自分が今日は休みで間違いないのを確認してから朝食を食べ始めた。

「シエナちゃん。今日何も予定なかったら、一緒に買い物に行かない?」

 シエナはシャルロットに耳たぶをはむはむとされながらもミリアに返事を返す。

「午後からはアルちゃんと公園に遊びに行くので、午前の食堂の営業が終わった後の午前中まででしたら大丈夫ですよ」

「あ~…私も午後が良かったけど…じゃあ、エトナさんでも誘おうかな」

 ミリアは自分と同じく今日が休みのエトナを買い物に誘おうかと考えた。



 エトナ・カチューシャ。茶髪で茶色の眼の24歳の女性。宿屋シエナの主に料理補佐をしており、夜遅くまで次の日の料理の仕込みを手伝うので、起きてくるのも遅い。

 ガストンやコーザは、夜遅くまで仕込みをしてくれるエトナの存在には感謝している。

 エトナが仕込みをしてくれる為、ガストンやコーザはなるべく早く就寝する事ができるのであった。

 コーザは、そんなエトナの事が好きなのであり、もしコーザが自分の店を持つ時には、エトナにプロポーズをしようと考えていた。

 エトナ自身も実はコーザの事が気になっており、コーザがプロポーズをすれば、2人はすぐにでも結婚するであろう。シエナはそれに気づいているが、あえて手出しはせずに見守っているのであった。


「ミリア!だったら私と…」

 シャルロットがミリアとデートをするチャンスとばかりに申し出ようとしたが、ミリアが目で「絶対にお断りです!」と語った為、シャルロットは黙り込んでしまった。

 部屋の中にいる一同はそんな様子に苦笑をし、唯一、何もわかってないアルバだけが頭の上に「?」マークを浮かべているのであった。



「おはよう。…?どうした…?俺の顔に何かついてるか?」

 皆が苦笑をしているところにエトナ以外の、宿屋シエナに住み込みで働いている最後の1人が部屋に入ってきた。

 入室タイミングが悪かった為に、その男性は少しだけ困惑してしまう。



 ロベルト・グラッド。金髪とは少し違う黄色の髪に茶色の眼をした、23歳の男性。宿屋シエナでの力仕事を担当しており、大量の食材や物資の買い出しでの荷物運び、宿屋内の重たい荷物の運搬などは彼が担当している。ほぼ雑用である。

 元冒険者で、ロベルト以外のパーティーメンバーが魔物の襲撃に遭って殺されてしまい、それがトラウマとなって冒険者を辞めた。

 しかし、体力と腕力に自信があっても、それを生かせられる仕事が見つからず、頭を抱えて悩んでいるところでシエナと出会った。

 コーザと同じくエトナに惚れているのだが、エトナがコーザに気があるのを気づいている為、やり場のない気持ちをどうしようかと日々悩んでいる青年である。


「シャルロットとミリアのいつものやり取りを苦笑していただけです」

 セリーヌが状況を簡潔にわかりやすく説明すると、ロベルトは自分が原因で空気が悪かったわけではないとホッとした。

 ロベルトは冒険の知識などはあっても、宿屋の従業員としての知識はあまりないので、知らぬうちに皆を困らせているのではないかと、悩んでいる事もある。

 シエナは「いつも力仕事を買って出てくれてるので、皆さんロベルトさんに感謝してますよ」と優しく微笑むのだが、それまでの経験でそれが建前なのではないかと疑ってしまうこともあり、宿屋シエナ内で少しだけ浮いた存在になってしまってるのであった。


 皆はそんなロベルトの心境を理解していて、少しずつ距離を縮めていっている。

 一気に距離を縮めると、元冒険者であるロベルトは警戒してしまうので、これから時間をかけて、自分達を理解してもらい、そして、自分達もロベルトを理解していこうと考えているのであった。



「ん、それでは私は食堂の方を手伝いに行きます。そろそろリアラちゃんも出勤してくるはずですし」

 シエナはそう言うと、それまで自分を抱いていたシャルロットの手をどけて、共有部屋を出ようとする。

 共有部屋の中にいるシエナ以外の全員は、シエナに向かって「いってらっしゃい」と声を掛け、シエナは全員に「いってきます」と返すのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ