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惚れた?

 セリーヌ達が大浴場から戻ってくるまでの間、シエナとルクスは無言で向かい合って座っていた。

 シエナはルクスの顔と手元のメモを交互に見るように何度も視線を泳がせたり、髪の毛をいじったりと落ち着かない様子である。

 ルクスはそんなシエナの様子をじっと見つめていた。

 シエナも女の子であるので、美形の異性に見つめられると照れてしまうのである。


 いくら前世の記憶があるとはいえ、基本的な性格や異性の好みは、今の体での思考に引っ張られる。

 食べ物の好みも同じように、前世では大好物だった食べ物も、今世では味が苦手と言う事で食べれなくなってしまっているのも多々存在している。

 そして、シエナの異性の好みは、現在目の前にいるルクスのような美形な青年なのであった。

 さらに先ほどのお姫様抱っこの思い出がシエナの中に蘇り、それもあってシエナはまともにルクスの顔を見れずにいるのであった。


「シエナ?どうしたの?」

 セリーヌは戻ってくるなり、シエナがそわそわしている様子であった為、思わず声をかけた。

 シエナはどんな人とも楽しそうに喋る女の子であり、今のように恋する乙女のような動向は普段は見られないのである。

 セリーヌが話しかけたのはシエナの背後からであった為、シエナは驚いて体をビクンと震わせた。


「せ、セリーヌさん…びっくりするじゃないですか」

 左胸辺りを右手で抑えて、シエナは後ろから話しかけてきたセリーヌの方へと振り返る。

 セリーヌの後ろには、一体何があったのかわからないような表情をしているティレルとケイトが立っていた。

 シエナの慌てようから、セリーヌはちょっとした悪戯心が芽生え、口元を手で隠して「おやおや、お邪魔でしたかな?」と、くすくすと笑う。



 シエナは頬を膨らませて子供の喧嘩のようにポコポコとセリーヌを叩いた。その顔は真っ赤に染まっていて、まるでリンゴのようである。

「もう!セリーヌさん!変な事言わないでくださいよ!」

 魔法で強化をしていないうえに、本気で叩いているわけでないので、セリーヌはあははと笑いながら片手でシエナのパンチをガードしていた。

 流石のシエナも、これしきの事で本気を出すわけにはいかないのである。


 お客様を放置して、じゃれ合いを続けるわけにもいかないので、セリーヌはコホンとわざとらしく咳払いをして、シエナに叩くのをやめるように促す。どちらが上司かわかりにくい状態であった。

「それより、部屋はとりあえず3連泊で取られるみたい。お部屋への案内はどうする?」

「わ!3日も!?ありがとうございます。私が案内します」

 宿屋シエナは、他の普通の宿より安いとはいえ、冒険者が連泊をするには少し割高になってしまう宿である。

 なので、基本的には冒険者は格安の宿に宿泊をするか、簡易宿泊施設を使っているのである。

 たまに奮発をして普通の宿に宿泊、それが一般的なので、通常では3連泊もするお客様は滅多にいないのであった。


「部屋は仕切り有4人部屋で取ってるから、9号室ね」

 そう言って、セリーヌはシエナに部屋の鍵を手渡す。

 鍵を受け取ったシエナは、ルクス達3人の方へ振り向いて、部屋へ案内する旨を伝える。

 その時に、荷物運びを買って出た所、ティレルとケイトは断ったがルクスは喜んで荷物運びをシエナに任せるのであった。



 2階へ上がったすぐ先に、ルクス達が宿泊する9号室があり、シエナはそこで立ち止まって後ろを振り向いた。

「お部屋はこちらの9号室となってます。鍵は1つとなってますので、外出される際にはこちらの鍵を受付へのご返却をお願い申し上げます」

 そう言って、シエナは9号室の部屋の鍵を開け、先頭に立っていたティレルに部屋の鍵を手渡した。


「どうぞ、お入りください」

 ドアを開けて、中に入るように促し、全員が部屋の中へと入るのを見計らって、シエナも一緒に入室する。

 4人部屋はそれなりに大きな部屋となっていて、天井には金属製のレールのような物が付いていた。

 シエナは、先にクローゼットと貴重品入れの案内をしてから、その金属製のレールの説明を始めた。


「天井にございますレールは、ベッドを区切るパーテーションを動かす為の物となってます。簡単にスライドできるようになってますので、区切りたい部分でこのように…この壁際にあります板を動かして仕切りとしてお使いください」

 説明をしながら、実際にパーテーションを動かして、シエナはベッド3つとベッド1つに部屋の中を分かれさせた。

 レールは各ベッドの中間付近に設置されているので、どのように仕切るかは宿泊客の自由なのであった。

「不要な場合は、最初にあったこの板を壁際に戻せば、邪魔になりません」

 そう言って、シエナはパーテーションの板を元の場所にスライドさせて戻した。


「へぇ、面白い仕掛けだな。これもシエナが考えたのかい?」

 ルクスは興味津々と言った顔で、シエナに質問をする。

「はい。最初は屏風(びょうぶ)みたいな物で区切れるようにしようかと思ったのですが、倒れやすいうえに、使わない時が邪魔そうだったので、スライド式パーテーションを採用しました」

 シエナの説明に、3人は(屏風ってなんだ?)と、首を傾げるのであった。


 その後、シエナはテーブルに置いてある薄い本を手に取り、食事に関しての案内を始めた。

「わ、なにこれなにこれ!すっご~い!見た事ない料理が沢山ある!」

 シエナが描いた料理の絵を見たケイトが、目をキラキラさせてメニューを独占した。

 ケイトがメニューを独占してしまった為、ルクスとティレルは「俺達にも見せてくれ」と、ケイトの肩越しにメニューを見ようとする。


「ん~…4人部屋はメニューを複数用意した方がいいのかなぁ」

 そんなルクス達の様子に、シエナは独り言を呟く。

(でも、メニュー1冊作るのに結構時間も手間もかかるんだよなぁ…)

 コピー機など当然ある訳ないので、全てシエナの手作りである。

 シエナは、なるべく全ての料理の絵を、これまたなるべく正確に描く為、1ページ仕上げるだけでも相当な時間がかかってしまう。

 そこまでページ数が多い訳ではないが、今は他に手を付けてる事が多すぎるので、1冊描くのに遅くても1か月近くはかかってしまう。

 そして、4人部屋は4部屋あるので、全ての部屋に夕食と朝食メニュー、そしてドリンク&デザートメニューを最低2セットずつ置こうと思ったら、あと12冊描かなければいけなくなり、ドリンク&デザートメニューは描く絵の数がそう多くないとはいえ、その全てを揃えようかと思ったら、1年近くはかかってしまうのであった。



 宿を建てたばかりの時は、メニューも今ほどは多くなかったので、それなりに早くメニューを沢山作成する事ができたのであるが、今は宿を建てた時から3倍以上もメニューが増えているのであった。

 そして、これからもメニューに新しい料理が追加されていくだろう。


(何か良い方法ないかなぁ…版画みたいに刷れれば良いんだけど…)

 この時のシエナは、如何にして楽に早くメニューを作れるかばかり考えていた。特に考えたのはカメラはどうやって作るのか、であった。

 しかし、子供の工作レベルのピンホールカメラであったとしても、材料の一部の素材がわからない。わかったとしても、それをどうやって作れば良いかわからなかったのであった。

(写真乳、液…じゃないな。写真乳…う~ん…なんだったかなぁ。剤だったかな?まあ、思い出せてもそれの素材は何なのかもわからなかったら作りようがないか…)

 結局、良い案は全く浮かばず、メニューを少しずつでいいから描いていこうとシエナは思うのであった。


 その後も、ケイトがメニューを完全に独占してしまった為、ルクスとティレルは別の事をし始めた。

 ルクスは主にシエナが作ったクローゼットやパーテーション、ベッドや貴重品入れを見ていて、ティレルは椅子に座って窓の外を眺めていた。

「今まで宿泊した宿と違って面白い発見が多いな。シエナ、君は本当に面白い娘だ」

 ルクスは楽しそうに色々な物を眺め、シエナに使い方やどういう発想で作ったのかを質問をしていた。

 そんな様子に、シエナも嬉しくなり質問の答えを返す。


 ルクスは、一時はシエナを怒らせてしまい、シエナに嫌われていると思っていた。

 しかし、その後のシエナの様子を見ていると、目が合うと頬を染めて目を反らしたり、急にそわそわして髪をいじったり、宿泊客への接客にしては過剰サービスすぎるところがあったので、「もしかして、惚れられたか?」と、考えていた。

 それは、シエナがルクスに惚れているのではなく、ルクスが自分に自惚れているだけであった。


 シエナは、もちろん顔は重要だとも思っているが、本当に大切なのは顔よりも中身だと思っている。

 顔が良くても性格が最悪であれば、絶対に付き合ったり結婚しようとは思わない。


 逆に顔は悪くても、話していて楽しくて、安心ができて、時には優しく時には厳しくしてくれる人が、何より好きなのだった。

 エルクは顔もハンサムであるが、もし、エルクがアンリエットと結婚をしていない状態であったならば、自分は確実にエルクに惚れていただろうとシエナは思っていた。

 シエナの異性の性格の好みは完全にエルクなのである。

 それ故に、シエナはエルクに対して絶対の信頼を持っていて、父親のように慕っているのであった。



 その後、嵐のように料理の質問を始めたケイトに、シエナは逐一答えていった。

 シエナは特に味噌関係の料理に熱を込めて説明をしていたが、やはり味噌は避けられる運命であった。


 メニューもシエナも、ケイトに取られてしまったルクスは、少しつまらなそうな顔をしたが、ケイトの質問にも嬉しそうに答えるシエナの横顔を眺め、誰にも聞こえないくらいの小さな声で「笑顔が可愛いな…」と呟くのであった。



「それでは、大浴場の営業開始は16時から20時までとなってます。食堂は17時から20時半までとなってますので、込み合う前にお風呂に入られるのをオススメ致します」

 シエナはその後「他にご質問はございませんか?」と訊ね、ルクス達が今は何もないかな、と答えると深々とお辞儀をして部屋から退出していった。


「いや、色々と凄いな。ベッドなんか王宮の俺のベッドよりも良い素材なんじゃないか?」

 シエナが部屋から出ていった為、ルクスは何度も漏らしそうになった言葉をようやく吐き出した。

「この窓に使われてるガラスも、何気に良い素材が使われてるな。曇りもなく透明度が高い。こんなガラスは見た事ないからおそらくこれもあの娘が作ったんだろう」

 ティレルの言葉に、ルクスは「なんで質問しなかったんだよ…」と呆れる。

 ティレルはケイトと違って、主であるルクスを立てる為にも質問をするのを控えているのであった。逆に、主を差し置いてシエナを独占したケイトの事はある意味凄いとも感じていて、口を挟むタイミングを逃していたというのが正しいのであった。


「そういえば、シエナってさ。もしかして俺に惚れてないか?」

 ルクスは先ほど考えていた事を2人に質問する。

 ティレルとケイトは、ルクスの質問に「あ~…」と、出会ってから先ほどまでのシエナの様子を思い出す。

「ルクスの勘違いじゃないか?怒ったあとでのあの対応だからギャップでそう感じただけだろ?」

 ティレルがそう言うと、ケイトがそれを否定する言葉を放つ。

「それにしては、接客が過剰すぎるし、ルクスと目が合うと顔を赤くするのよ?完全に惚れてはいないかもしれないけど、脈はあるんじゃないかしら?」


 ティレルはそれを聞いて「あ~…脈はありそうだな」と、同意するように呟いた。

「3日宿泊するんだよな?…ちょっと色々とシエナにアプローチかけてみようかな…」

「え!?本気なの?」

 ルクスの言葉にケイトが驚く。ケイトは長年の付き合いからルクスの好みは知っていた。

 ルクスの異性への好みは、自分と同じくらいの身長で、少しだけ肉付きが良い巨乳の女性が好きなのであった。

 そう、丁度セリーヌ辺りがそれに該当するのである。


 逆に、シエナは背も低く、痩せ細っているうえに貧乳である。

 とてもじゃないが、ルクスの好みとは程遠いのであった。

 それを知っていたケイトは、まさかのシエナへのアプローチをかけてみようとするルクスに驚くだけである。


「シエナだってまだ子供だからもうちょっと成長したらマシになるだろ?それに、あの子と話しをしていると、何か安心できるし、何より発想が天才的だから、必ず国の役に立つ」

 ルクスのその言葉に、ティレルとケイトは更に驚いた。

 ルクスは王位継承権第1位の第一王子であるが、常日頃から「王になんてなりたくねぇ…」なんていう言葉を漏らしていた。

「王になるよりも、冒険者とかやって馬鹿みたいに一生を楽しく過ごしたい」と漏らした事もあり、そんな国の事よりも自分の事ばかりを考えているルクスが、自分の好みを押し殺してまで国の役に立ちそうな少女との結婚を考え始めた事に、ティレルとケイトは「ルクスも成長したんだな…」としみじみ思うのであった。


 2人が急に子供の成長を見守る親のような目になったので、ルクスは少し気恥ずかしくなって顔を反らす。

「べ、別に国の事を考えたんじゃなくて、俺があの娘を気に入ったってだけなんだからな!」

 シエナがこの場にいれば「ツンデレ乙」と呟いていただろう台詞を吐き、ルクスはケイトから夕食のメニュー表を奪い取って中を見始めた。

「お、この料理美味そうだな。へぇ、この食材をこんな使い方して作ってる物なのか~」

 わざとらしく声を出してルクスは照れ隠しをする。

 ティレルとケイトも、それを理解していた為、何も言わずにルクスを見守るのであった。



(でも、私ももう21歳だから早く誰か良い人見つけないとなぁ…)

 ケイトは急に遠くを見るような目をして、窓から空を眺め、その空に浮かぶ雲を目で追うのであった。

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