興味
「じゃあ、もし俺がこういう道具があったら便利だな、って思うのを質問して、シエナがそれを思いつく事ができたうえに、その作り方や材料が揃ってたら、作る事ができるのか?」
「はい、できますよ。ただ、争いに使われる物や悪用されるような物に関しては教えられません」
ルクスの質問にシエナは答える。
私は、世の中を便利にする為の物、世界の皆が幸せになれるような美味しい料理、それらを広めていきたいのです。シエナが続けてそう告げると、ルクス達は少し感動をするのであった。
「小さいのに立派なんだな…あ、いや、ごめん」
思わず思った事を口にした事をルクスはすぐに謝罪した。
「はぁ…世の中には口は災いの元って言葉があるんですよ。まぁ、体が小さいのは気にしてないですし…むしろ、しょっちゅう言われてるので慣れてますが…」と、シエナはため息をつく。
シエナも、体が小さい事に関しては言われ慣れてるのもあるが、特に気にしてはいなかった。
これが、この一度きりの人生であれば、もう少し色々と大きく育ってほしいと思っていただろうが、シエナは前世の記憶を引き継いで転生をする為、こういう人生もあるか、と楽観的な考えをしているのであった。
「道具だけでなく…例えば、内政に関わるような事なども思いつくのでしょうか?」
ケイトがシエナに質問をする。
「あんまり内政には携わりたくないですね。でも、世の中がもっと良くなるような事であれば、思いついた事を言うのは簡単です。それが実行できるかどうかは別として」
流石のシエナも、内政に関わって宿屋経営ができなくなるのは避けたいのであった。
「争いの道具はダメって言ってたけど、冒険をするのに役立つ武具や道具はどうなんだ?」
ティレルも思いついた質問をシエナにぶつける。
「それくらいなら問題ないですね。武具はあまり力になれないかもしれないですが、道具に関しては少しだけ自信があります」
シエナの言葉にルクス達は顔を見合わせる。
「ん~…じゃあ、おおざっぱな質問で悪いけど、冒険でこれがあると絶対に役立つって物とかは何か思いつくか?」
「絶対…とは言い切れないですが、それなりに便利な物なら、実際に作った物の中にハンモックとかがありますね」
ティレルの質問に、シエナは間髪入れずに答える。
「ハンモック?」
ルクスが興味有りげに身を乗り出す。
「はい、簡易ベッドです。木と木の間に結び付けて、宙で寝られるようにする物です。かなり小さく丸める事ができるので、持ち運びにも便利ですよ」
ルクス達が「へ~」と感心していると、シエナは「実物を持ってきましょうか?」と言って立ち上がろうとする。
「あ、いや。実物は後でで良い。他には何かないのか?」
「ん~…大きな荷物を運ぶ時だったり、狩猟した獲物を大量に運ぶのに便利なのは、リアカーかな?」
「リアカー?」
3人が同時に疑問形の言葉を発し、受付で話しを聞いていたセリーヌだけが、「ああ、あの倉庫に置いてるやつか」と、納得した顔をする。
「はい、人力で引く荷台です。最近、馬車と一緒に完成させたのですが、ゴムの代わりになりそうな素材がようやく見つかったので、完成させる事ができました」
シエナは嬉しそうに語る。
「ああ、あの馬車は素晴らしいものだったな。それと同じような物なのか」
ルクスも思わずポツリと漏らす。
「え?」
(あの馬車って王様に献上されたんじゃ?なんでこの人が知ってるんだろ?)
そのやりとりにティレルとケイトが焦って話題を反らそうとする。
「そ、そういえば、せっかくだからここに宿泊してみようと思ってるのですよ!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
シエナはパッと明るい表情を見せ、宿泊プランの書かれた紙を受付から持ってきて、それをケイトに手渡す。
「え!?食事付きお風呂付きでこの料金!?」
料金表を見たケイトが驚きの声を挙げる。
「高いのか?」
お金に関しては従者やケイトに任せているルクスは、お金の価値を完全には理解していない。
ケイトが驚いているのは、物凄く高いのかと勘違いをしていた。
「逆です。安いのです!と、言うかお風呂が付いてる宿なんて王都でも貴族用の宿しかないのに」
ケイトの言葉にティレルも思い返してみて「そういえば…」と呟く。
「でも、魔晶石の湯沸かし器を作ったのだってシエナって聞いたぞ。それならお風呂があるのも納得できるだろ。ほら、王宮にだって最近設置されたんだし…」
そこまで言ったところで、ルクスはハッとした顔をして自分の口を塞ぐ。
ティレルとケイトは、焦った表情を浮かべてシエナとセリーヌの様子を交互に窺う。先ほど同様、ルクスのこういった失言で、知られないように隠していた事がいつもバレてしまうのである。
(最初、お忍びかなって疑問に思ったけど、もしかして王族なのかな?)
シエナは、隠してる事を暴いても良い事なんてないと考え、今のルクスの失言を聞かなかった事にした。当然、セリーヌもシエナが何も言わないので聞かなかった事にする。
そしてシエナとセリーヌが何も反応を示さないので、ルクス達は一安心をした。
「お風呂付きで安いのは、今おっしゃった通り、魔晶石の湯沸かし器を使ってるので燃料費がかからないのですよ。水もちょっとした工夫をしてますので、ほとんどノーコストです」
ルクスの失言をスルーしたシエナは、話しの内容を絞って湯沸かし器の話だけをし始めた。
魔晶石に貯める魔力も、シエナ自身の魔力を使ってたまに補充しているので、それ以外はほとんどコストはかかっていない。
水も、風呂に湯を張る一番始めは井戸から組み上げた水を使用しているが、その後は風呂から排水されたお湯を、シエナの作ったろ過装置を通して再利用しているのである。
ろ過装置は、石と砂と布で作られた簡易的な物となっているが、1つだけでなく3つ連結させる形で作っているので、最終的には井戸水よりも綺麗な水となって湯沸かし器に戻っていき、再度湯船に足されるのであった。
「へえ、お風呂って大きい?」
「湯船の大きさはこの休憩所くらいの大きさで、私達は一応大浴場と言っています。後で案内致します」
ケイトはお風呂がある事を知ってから、嬉しそうにしていた。
大浴場だけの利用も、ほとんどが女性客である。女性にとってやはり身を清めることができて、お湯に浸かることができるというのは大きく、嬉しい出来事なのであった。
「お部屋はいかがいたしますか?」
「この、仕切り有4人部屋ってなんだ?」
シエナの質問に、ルクスが逆に質問をする。
「1つの部屋の中を移動式パーテーションで部屋の中を区切れるようにしてます。男女混合パーティーが1つの部屋に寝泊まりする時に、せめてベッドだけでも仕切れるようにしたものです」
シエナの言葉にルクス達は「へぇ~」と感心をする。
「ん?このやたらと高い料金のスイートルームってなんだ?」
「それは他の部屋と違って別格の部屋です。ほぼ家みたいなものですね。あと、この部屋にだけ少し小さいですが個室風呂が付いてます。他にも、今の季節では役に立たないですが、冬でも暖かく過ごせるような仕掛けを床下に設置してます」
「床下?」
「はい、床暖房というやつです」
スイートルームの床下には、鉄のパイプが張り巡らされているという事をシエナは説明した。
その鉄パイプの中に熱湯を流し込み、鉄パイプを温める事によって、冬でも床が暖かくなる仕組みになっているのであった。
問題があるとすれば、錆び付いてしまった場合、パイプを交換する為に床板を接ぐ必要があるというのだが、未だに使用した事がないので、実際にどのようになるかはわかっていないとシエナは答えた。
シエナの想像では、夏だと冷水を通せば少しは涼しく過ごせるのではないかと予想もしているが、これも試せていない。
本当は、鉄よりも錆びにくいステンレスを使いたいところではあるが、ステンレスをどうやって作るかはシエナは知らないのである。もしくは、塩ビパイプのようなものでも良いのだが、それもやはりプラスチックで出来ている物の為、作る事すら出来ないのであった。
「ほんと、面白い事を思いつくなぁ。冬の間でも暖かく過ごせる為の道具かぁ…」
ルクスの言葉に、シエナは「冬に暖かく過ごせる道具…そういえば、炬燵作ってないなぁ」と、今更ながら思い出す。
「ちょっと失礼、メモを取ります」
断りを入れて、シエナは炬燵の件をメモする。シエナは知識はあってもきっかけがないと思い出せない事が多いので、こうやって何がしたい、何を作りたいかをメモする事が多いのであった。
記憶に新しい事や、前世から強く思っていた事に関してはきっかけがなくても覚えているのだが、それ以外だとやはり何かきっかけが必要なのである。
特にシエナがきっかけがほしいと願っているのは、やはり料理である。
前世で数々の料理を学んで転生をしているが、覚えた料理の種類が多すぎた為に、逆に思い出せないのであった。
料理教室の終わりにたまにどんな材料を使った料理が知りたいか、というリクエストなどを聞く事があり、そのリクエストがきっかけで思い出される料理も多々存在している。まだまだ、シエナの料理道の完成は程遠いのであった。
ルクスは、シエナの書いているメモを盗み見した。
「その今書いてるコタツってのはなんだ?」
「人のメモを覗き見するのは良い趣味だとは思えませんよ」
疑問に思った時にはすでにルクスの口から質問が出ていて、シエナはそこでメモを覗かれている事に気づく。そのシエナの鋭い眼光に、ルクスは「う…ごめん」と口籠ってしまうのであった。
ルクスは王族として、それも第一王子であった為、何不自由なく育てられてきた。
『自分の思い通りにいかない事は何もない』
それが当然であった為、シエナのようにやたらとズバズバと文句を言ってくる者への対応には慣れてないのであった。
これが、自分が王族と身分を明かしてる上で、シエナが無礼な口を聞いてくるのであれば、権力をかざして黙らせる事も可能なのだが、身分を隠している為に何も言えないのであった。
そして、謝る事にも慣れていない為、毎回口籠ってしまうのである。
「まあ、いいです。炬燵と言うのは、冬に中に入った人を堕落させてしまう魔性のアイテムです。一度入ったら最後、抜け出す事は容易ではないでしょう…」
(なにそれ恐ろしい)
ルクス達は炬燵の形や、用途がどんなものか想像できないので、シエナの説明に委縮してしまう。
「う~ん…魔晶石を発熱させるようにすれば簡単に作れるかな…?熱をもつのはドライヤーで実践済みだから炬燵なら簡単に作れるかも…そういえば、ドライヤーも昨日、ミレイユから聞いた風魔法の使い方を試してないからそれを試してみて…」
シエナは、1人で自分の世界に閉じこもって思案し始めた。
「あ~…これはダメですね。しばらくはシエナに何話しかけても反応ないですよ」
シエナがブツブツ言い始めた為、セリーヌが受付から出てきて状況を説明する。
シエナは、考え事を始めると周りが見えなくなるタイプであった。
しかも、考えてる事をそのまま小さい声ではあるが口に出してしまう為、内容を理解できない者にとってはちょっとした恐怖を覚える事もある。
「宿泊プランはいかがなさいますか?」
シエナに替わってセリーヌが対応を始めた。
「連泊が可能であれば、とりあえず3日宿泊したいのですが」
ケイトが代表して宿泊内容を決めようとする。
「可能です。お部屋はどうされますか?2人部屋1つと1人部屋1つという取り方も可能ですが、それだと少しだけ割高にはなってしまいますが」
「仕切り有の4人部屋1つで、食事お風呂付きでお願い」
ケイトの即答に、セリーヌは「かしこまりました」と、一礼する。
「大浴場の営業時間は16時から20時までとなってますので、今はまだ入れませんが、使用方法なども説明いたしますので、ご案内させていただきます」
「ありがと。…あれ?ルクス、来ないの?」
セリーヌの言葉にティレルとケイトが立ち上がり、大浴場の案内をしてもらおうとしたところで、ルクスが座ったままだった。
ルクスの表情は真剣そのもので、シエナの非常に聞き取りにくい独り言に耳を傾けている。
「ティレル、後で教えてくれ。俺はシエナの言ってる事を聞いてたい」
シエナから視線を外す事なくルクスは言う。
ティレルも「わかった」と言うと、気にする様子もなくルクスを置いていくのであった。
その後、シエナが元の世界に戻ってくるまで3分程の時間がかかり、それまでの間、ルクスはずっとシエナの事を見つめていた。
その間、ルクスはシエナの呟いている事は何1つ理解できなかったが、高度な技術を用いてる事や、今までにない発想である事は理解できた為、ルクスはシエナに更に興味を持つのであった。
「あれ?他の皆さんやセリーヌさんはどうしました?」
シエナが我に返った時には、シエナの目の前にはルクスしか座っていなかった。
シエナからすれば、ほんの一瞬で他の皆が消えたように錯覚を起こしてしまうのだが、ほんの数秒後には「あ~…またやっちゃった…」と、考え事をする時の悪い癖を思い出して自己嫌悪するのであった。
「受付嬢と一緒にお風呂の案内をしてもらってるよ」
「ルクスさんは一緒に行かなかったのですか?」
ルクスからの回答を聞いたシエナは、何故この人だけここに残っているのだろうかと疑問に思った。
「ん、あとでティレルに説明された内容を聞くよ。それよりも、俺は君に興味があってね。ちょっと観察してたんだ」
聞きようによっては堂々としたストーカー宣言にも取れそうであったが、ルクスの表情は真剣そのものであった為、シエナはその表情に少し見惚れてしまい、頬を赤く染めて顔を反らすのであった。




