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合縁奇縁

「きゃっ!ふぎゃ!」

 曲がり角を真っ直ぐ進もうとしていたシエナは、右から出てきたルクスとぶつかって転んでしまった。

 ぶつかった時には可愛らしい声を出したにも関わらず、転んだ時には変な声を出してしまっている。


「す、すまない!探し物をしていて余所見をしていた」

 対するルクスは、体の大きさの差や体重差もあって、ぶつかっても特によろける様子もなく立っていたが、目の前で小さな少女とぶつかって転ばせてしまった事を焦っていた。

 ルクスの後ろでは、ティレルとケイトも少し焦った表情をしている。


「大丈夫?怪我はないかい?」

 そう言って、ルクスはシエナに向かって手を伸ばす。

「は、はい…ありがとうございます」

 シエナは差し伸べられた手を握り、立ち上がらせてもらおうとした。


(わ~…すっごいイケメンだなぁ。冒険者風の恰好をしてるけど、何か貴族とか偉いところの人がお忍びで冒険者をしてるって感じがする)

 目の前の青年があまりにも美形であった為、シエナの頬は少し赤く染まった。

「っいた!」

 立ち上がろうとしたところで、シエナは左膝に感じた痛みに思わず苦痛の声を挙げた。


「あちゃ~…膝擦り剥いちゃったかぁ…」

 立ち上がるのを止め、座り込んだままスカートを捲り上げて膝の怪我の具合を確認する。

 膝は皮が捲れて、サラサラとした綺麗な色の血が流れ出ていた。


「ご、ごめん!怪我させちゃってるね。お家はどこ?送ってくよ」

 ルクスはシエナと同じ目線になるようにしゃがみ込み、怪我の様子を見る。

「い、いえ、これくらいなら平気です。家もすぐそこなので大丈夫ですよ」

「そうもいかない!女の子に怪我をさせて放置するなんて男のやることじゃない!それに、ご両親にもきちんと謝罪をしないと、こういった事が後で大問題に発展する事だってあるんだから」

 シエナはルクスの申し出を断ったが、対するルクスは責任はしっかり取るべきだと主張をした。


(は~…若いのにしっかりしてるなぁ。確かに、日本でも車で交通事故とか起こして、相手が大丈夫って言うからそのままにしておいたら後で大問題に発展する事だってあるもんね)

「わかりました。でも、私も考え事をして歩いていたので、ぶつかったのはお互いさまです。更にそこから転んだのは自業自得です。なので、そこまで深刻に考えなくても大丈夫なので…」

 シエナがそこまで言った時、急にシエナの体は地面から離れた。


「…え?きゃ!」

 シエナは可愛らしい声を出して驚く。

 それもそのはずである。目の前の美形な青年に『お姫様抱っこ』をされたのだから。


「ちょ、ちょっと…そこまでしなくても大丈夫です。降ろしてください」

 シエナは頬を赤く染めて降ろすように懇願する。

「いや、君はぶつかったのはお互いさまとは言ったが、俺が君を怪我させた事実は変わらない。だから責任を持って君を家まで送り届ける」

 ルクスの後ろでは、頭に手をついて何か諦めてるような表情のティレルとケイトが立っていた。


(しかし、この子メチャクチャ軽いなぁ…しっかり食べてるのか?)

 シエナを持ちあげたルクスは、シエナを落とさないようにしっかりと両腕で抱えていたが、シエナの体重があまりにも軽かった為に驚いた。

 そして、ルクスがシエナの顔を見てみると、シエナは顔を真っ赤にして目を反らした。


(赤くなっちゃって、可愛いな。美人に育ちそうにはないけど、なんか素朴な可愛さのある少女だなぁ)

 シエナは決して美人という訳ではないが、常に笑顔で過ごしていた為か、見た者が安心できるような、そんな顔に育っていた。

(手、手が…右胸に…いくらちっちゃいからって触れている事に気づかないなんて…)

 対するシエナは、ルクスの右手が自分の右胸を思い切り触っているのに気づいて、顔を赤くしているのであった。


「あ…買い物カゴとリンゴ…」

 そこでシエナは、先ほど転んだ拍子に手を離してしまった買い物カゴと、そこから転げ落ちたリンゴの心配をする。

「大丈夫。すでにケイトが拾っているから」

 ルクスがそういうと、ルクスの後ろでケイトが買い物カゴを抱えていた。


「さ、行こうか。お家はどこかな?」

「ぁ、はい…。ここを直進して突き当りを右に曲がってすぐそこにあるそれなりに大きな宿屋です」

「宿屋?宿泊してるのかい?」

 ルクスは歩きながらシエナに質問をする。

「いえ、宿屋が私の家です。私、その宿屋を経営してるんですよ」

 シエナのその言葉に、ルクスは立ち止まって沈黙をする。


「…あれ?どうしました?」

 急に立ち止まったルクスに、シエナは首を傾げた。

「もしかして…君が『シエナ』か…?」

「え?そうですけど?」

 シエナはきょとんとした顔をして、質問に答える。


 ルクスは、シエナと言う少女は美しく聡明な少女だと想像していた。

 しかし、今自分が抱えているその少女は、先ほど思った通り、素朴な可愛さはあるが決して美人には育ちそうにない。しかも、数々の便利な道具や料理を生み出したとは思えないほど、とぼけた表情をしていると感じた。

「も、もっと美しい人だと思ってた…」

 そして、ルクスは思った事をそのまま口に出した。


 その言葉を聞いた途端、シエナは急激に心が冷めるような感覚に陥り、その数瞬後には怒るような表情に変化した。

「失礼な!もういいです!降ろしてください!」

 シエナは、初対面の人間にそんな事を言われて怒りに声を挙げた。

 別に自分の事を可愛いとか美人だと思われたいわけではないが、今の言い様だと完全に失礼な言動ととれた為、シエナはそこに怒ったのであった。


 シエナはルクスの手の中で暴れ、無理矢理その手から逃れ、地面に立った。

「あなたが何者かは知りません。私の名前を尋ねたって事は私に何か用事があったのかもしれないですが、初対面でそんな失礼な事を言う人とは話すことなんて何もありません!」

 シエナはスカートをぱっぱと手で払うと、ケイトから買い物カゴを奪うように取り、ルクスの方を一度だけジロリと睨んでから宿屋の方へ歩き出した。

「………」

 そんなシエナの背中をルクス達は無言で見送るのであった。


「今のはルクスが悪い…」

 ティレルがぼそっと呟く。

 ティレルの言葉にルクスはビクッと反応をし、助けを求めるようにケイトの方へ振り向く。

「女の子に対してあの言い草はないよね~」

 ケイトも、ルクスを擁護するような事は言わず、ティレルの言葉に同意する。

「と、とにかく謝らないと…!」

 逃げ場を失ったルクスは、慌てるようにシエナの後を追うのであった。


 シエナは宿に入る直前に気になって後ろを振り返ってみた。

「あ~…ついてきてますね…。まぁ、何か用事があったようですし…」

 シエナはどうしようかと思案した。確かに先ほどの言葉には怒りが沸いたが、物凄く怒ったわけではない。

 話す事は何もないとは言ったが、大事な用だったりすると後で自分が困る可能性だってある。そう考えたシエナは、相手がきちんと謝罪をしてくるのであれば、とりあえず話だけでも聞いてみようかと考えるのであった。


(ま、とりあえず先に怪我の消毒をして、治癒魔法でも使いますか)

 からら~ん、というベルの音を点てて、シエナは宿の中へと入っていく。

 ルクス達も、そのシエナの後を追うように宿の入口へと向かった。


「いらっしゃいま…あ、シエナ。おかえり」

 受付にはセリーヌが立っていた。

「ただいまです。ちょっと足を怪我したので、洗ってきます。荷物ここに置きますね」

「え?大丈夫なの?」

 心配するセリーヌの立つ受付に、シエナは買い物カゴを置きながら「へーきへーき」と返し、裏庭の方へ向かって歩き出した。


 からら~ん、という音と共に、ルクス達は宿の中へと入ってきた。

「いらっしゃいませ。ようこそ、宿屋シエナへ」

 セリーヌは営業スマイルで入店してきたお客様をおもてなししようとする。


「シエナ!さっきはすまなかった…その…」

「あ~…さっきの件はもういいです。許します。でも、怪我した膝を消毒してきたいのでそこで待っててください」

 謝ろうとするルクスに、シエナは少し冷たい口調であたる。

 そんなシエナの様子に、セリーヌは目をぱちくりとさせてシエナとルクスを交互に見るのであった。



 裏庭に設置した井戸から水を汲み、その水で痛みを我慢しながら怪我をした膝を洗い流した後、シエナは即座に治癒魔法を掛けて怪我の治療を施した。

「ふぅ…」

 治療が完了して、それまでの痛みが嘘のように消えたのを確認すると、シエナはひと息ついた。

「さて、どんな用件でしょうかね」

 シエナは少しだけ真剣な顔をして、宿の中へ戻るのであった。


 宿の受付前のソファーに座って、ルクス達はシエナを待っていた。

「あ、あの…」

 シエナが戻ってくるのと同時に、ルクスは立ち上がりばつが悪そうな顔をする。


「先ほどは申し訳ございませんでした」

 ティレルとケイトも立ち上がり、ケイトがすぐに謝罪の言葉を入れる。

「もういいですって…私も別に自分の事を美人だなんて思ってないですし…」

 シエナは少し拗ねたような表情をしてソファーに座る。


「それもですが、先に怪我をさせてしまった事をお詫びします」

「あ…」

 そっちの事か、とシエナは少し恥ずかしくなった。

「怪我は大丈夫です。治癒魔法が使えるので、もう治しました」


 シエナの言葉に、ルクス達は安心したようなため息をつく。

「本当にごめん…。怪我ばかりかひどい事言っちゃって…」

 そんなシエナ達の様子を、セリーヌは何があったのだろうかと言う顔をして見ていた。

「何があったの?」

 あまりにも気になった為、セリーヌはシエナに聞く。


「ん、さっき私とこの人が…そういえば、自己紹介もしてないですね。ご存じのようですが、私はシエナと申します。この宿の経営者です」

 セリーヌに説明をしようとしたところで、シエナは相手の名前すら知らない事を思い出し、自己紹介を開始する。

「俺はルクス。この国の…この国で冒険者をしている」

 一瞬だけこの国の王子と言おうとしてしまい、ルクスはすぐに言い直す。


「俺はティレル・ブライト。ルクスと一緒に冒険をしている。ティレルと呼んでくれ」

 ティレルは危なげもなく、淡々と答える。

「私はケイト・ウィリアムです。ケイトと呼んでください。ティレルと同じくルクスと共に冒険をしています」

 ケイトも同じように自己紹介をする。


「私はセリーヌです。宿屋シエナで主に受付を担当させていただいております」

 セリーヌもお辞儀をしながら流れで自己紹介をする。

 自己紹介が終わったところで、シエナは先ほどの状況をセリーヌに説明をする。


「はあ、それでシエナは怒って1人で戻ってきて、それを追ってルクス様達はやってきたのですね」

 シエナの説明を聞いた後、セリーヌはルクスの方を向いて「ひどい人」とボソッと呟いた。

「ごめんなさい…思った事をついそのまま口に出してしまう性格でして…」

「まあ、それが本音って事ですよね」

 少しだけ棘のある言い方をして、シエナは「どうせ美人じゃないですよーだ」と頬を膨らませた。


 ルクスが困った表情を見せると、シエナは膨らませた頬の空気を抜き、優しく微笑んだ。

「まあ、上辺だけ相手を褒めるよりもまだマシですよね。それに、見方を変えればあなたはそれだけ正直な人って事でしょうし」

 シエナは立ち上がり、受付の方へと歩いていく。

 ルクス達はそんなシエナの様子を目で追うのであった。


「少しだけ待ってください。今、お茶を淹れますので」

「あ、シエナ。それなら私が…」

 シエナはセリーヌに「私がやるので大丈夫です」と言うと、コップに淹れたお茶に冷却魔法をかけて冷やしていった。


「最近は暑くなってきたので、冷たい麦茶をどうぞ。こちらはどら焼きというお菓子です」

 シエナは、麦茶とどら焼きをルクス達の前のテーブルに並べていく。

「ありがとう」

 ルクスが微笑むと、シエナの後ろでセリーヌの顔が真っ赤に染まった。

(よく見たらすっごい美形!彼女とかいるのかなぁ?何歳なんだろ?)

 セリーヌも、成人したばかりの16歳なので結婚するにはまだ焦ってはいないのだが、今、目の前にいる美形の青年に思わずときめいてしまう。


「わあ、このお菓子美味しい!こんなの食べた事ないよ」

 ケイトがどら焼きの美味しさに思わず感嘆の声を挙げる。

「お口にあってよかったです」

 美味しそうにどら焼きを食べるケイトにシエナはニッコリと微笑む。


「それで、私に何か御用でしょうか?」

 ルクスの方を向いて、シエナは話しかける。

 ルクスは、2つに割って中身を見ていたどら焼きを皿に置いて、シエナの方を真っ直ぐと向いた。


(さて、正直に領主から聞いてきたって言ってもいいが…いや、ここは噂で聞いた、の方が良いか…)

「いや、用って程ではない。旅の噂で聞いた話しや、実際の物を見てきたのだが、今ここにあるどら焼きのように、見た事もないような料理やお菓子、便利な道具などを沢山編み出している女の子がここにいるって聞いたから、実際にどんな人か一目会ってみたくて訪ねたんだ」

「なるほど、それで想像で美少女を思い描いてたのですね」

 シエナの言葉にルクスは少しだけ言葉に詰まる。


「む…まぁ、その通りだ。美しく聡明な美少女を想像していた。…ちょっと自分の中で美化しすぎていた為、あんな言葉を吐いてしまった。本当に申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。しかし、私って噂になってたんですねぇ…」

 変に美化されるような噂だと困るなぁ、と、シエナは内心思うのだった。


「私の噂よりも、料理の方が広まってくれるのが嬉しいんですけどねぇ」

「ああ、料理なら王都の方でかなり評判になってたぞ」

 ルクスの言葉にシエナは「本当ですか!」と、パッと顔を明るくさせて喜ぶ。

「王都で特に人気なのが、衣をつけて油で揚げる料理だ。俺もオークカツってのを初めて食べた時はその美味しさに驚いたぞ」

「オークカツはここテミンでもかなり人気になってるんですよ。このままどんどん広まっていってほしいですね」

 シエナは嬉しそうな顔をする。


「しかし、今まで誰も考えつきもしなかった料理や道具を、君みたいな子供が何故思いつくのかが疑問に思ってな…それが一番の理由で会いにきたんだ」

 ルクスの言葉に、受付で話しを盗み聞きしていたセリーヌもうんうんと頷く。


「全然前世です!」

「はい?」

「なんでもありません!」

 シエナは顔を真っ赤にして今のをなかった事にしようとした。


「えっと、こういう道具があったら便利だなぁ、とか、こういう料理があったらどうだろうかなぁ?って思ってたら、自然と思いつくのです」

 少し焦りつつも、とりあえず適当に理由をでっちあげるシエナ。

「その思いつきが凄いんだけどな…」


「まあ、思いついても材料が足りなかったり、作り方がわからなければ作れない物は沢山ありますよ」

(特に、プラスチック製品を作りたいけど、プラスチックってどうやって作れば良いか知らないし、材料の石油も、この世界じゃまだ誰も発見してないから、そういうのは教えられないもんねぇ)



 流石のシエナも、作り方を知らない物。

 あまりにオーバーテクノロジーになるような物。

 化石燃料などの限りある資源に関しては教えられないのであった。

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