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ヴィシュクス王国第一王子

 春と夏の季節の変わり目となる秋の頃、テミンの街の領主館の一室で、領主のグラハムは1人の青年とテーブルを挟んで会話をしていた。


「バッヘラ大平原の砦の建設進捗状況も悪くないな、これならグバン帝国が攻め込んでくる前には建設完了できるだろう」

「はい、できる限り急ぎで建設しております」

「この砦こそが我が国の防衛の要だ、急ぐのは良いが手抜きをするでないぞ」

「は!皆にも伝えておきます」

 何やらきな臭い内容の会話が繰り広げられていて、2人の表情は少しだけ暗かった。


「あまり面白くない話ばかりをしていてもつまらないな…。そうだ、話は変わるが今回献上された新型馬車は大変素晴らしい物であった。父上も喜んでいたぞ。褒めてつかわす」

 冒険者風の服を身に纏った金髪碧眼の美形な青年は、先ほどまでの暗い表情とは打って変わって嬉しそうに語った。

「は、ありがたき幸せ!」

 青年の言葉に、領主のグラハムも嬉しそうな表情をして深々と頭を下げる。


「私も今回の視察に来る際に乗ってみたが、あれほど揺れを感じず、乗り心地も抜群な馬車は初めてだ。一緒に戴いた設計図からすぐに量産体制に入っている」

 青年は腕を前に組んで偉そうに喋っていた。


 否。偉いのである。


 青年の名は『ルシウス・アルド・ヴィシュクス』。ヴィシュクス王国の第一王子である。

 ルシウスは今年の春に15歳になったばかりだが、10歳の頃から、季節の変わり目になると王都エインリウス近辺に存在する街や村を冒険者の恰好をして、お忍びで視察をしているのであった。

 お忍びで視察をするのは当然父である王から与えられた仕事であるが、本人もこの視察は王宮から抜け出せる良い機会であり、ちょっとした娯楽や将来の伴侶探しとして楽しんでいた。

 なので、ルシウスは王宮で勉強や剣の稽古などをするよりも、冒険者として様々な村や町を見て周るのが好きなのであった。


 様々な村や町を見て周り、今までにない発見や興味の惹かれる物がある場所を見つけるのが、今の王子の何よりの趣味である。

 中でも、王子が今、一番一目置いてるのがこのテミンの街であった。



「今回の馬車もだが、以前に献上された魔晶石を使った湯沸かし器も素晴らしい物であった。まさか魔晶石にあのような使い方があるとは夢にも思わなかった。それと献上されたわけではないが、最近王都でも流行っている液体石鹸や洗髪剤、トリートメントは母上も姉上も大変お気に入りでな、それはここテミンが発祥と聞いているが?」

「その通りでございます」

 ルシウスの言葉にグラハムは相槌を打つ。


「他にも、数々の料理や調味料、その他の便利な道具も王都で流行り始めているのだが、全部テミンが発祥と聞いた」

「はい、良い物なので是非広めていきましょう、という発案者からの進言でございます」


「うむ、良い物を広めていこうという心意気やよし。この調子で頼んだぞ」

「はい。お任せください」

 2人は笑顔でテーブルに置かれていたカップに注がれた紅茶を口にする。


「この紅茶も美味いな。クッキーも今まで食べてきたのと違い、ほんのり良い香りがして程よい甘さで美味い」

「その紅茶はダーリジンという紅茶だそうです。『ハーピーの岩山』で採れた希少な葉を使って作られた紅茶だと、発見した本人は言ってました」

 その言葉にルシウスは驚く。


「なんと、あのハーピーの岩山で…。そんな危険な場所で…。見つけた者は大層腕の立つ者なのだろうな」

 ルシウスの言葉にグラハムは苦笑をする。

(見つけてきたのが小さな少女だとは言いにくい雰囲気だ…)

 おそらく筋肉隆々の大男を想像してそうな雰囲気を感じ取り、話題を変えようとグラハムは考えた。


「それで、殿下は今回、どのくらいの期間、滞在の予定で?」

「ん?ああ、テミンにはしばらくの間滞在する予定だ。夏の半ば辺りにヴィッツへ向かうが、冬前の秋頃にもう一度寄らせてもらうぞ」

「かしこまりました。それでは、お部屋を手配致します」

 グラハムはそう言って使用人に向かって手を挙げる。使用人も、話しを聞いていたので即座に部屋の準備をしようと動き出したが…。


「ああ、今回は良い。せっかくお忍びで冒険者を装ってるんだ。たまには一般冒険者が宿泊するような宿を転々としてみようと思ってるんだ」

「い、いや…しかし…」

 グラハムは焦る。いくらお忍びで冒険者を装うとは言っても、王子は王子なのだから、そのような場所に宿泊させる訳にはいかないのだった。


「わかったよ。グラハムも領主としての立場があるもんな。ただ、やっぱり普通の冒険者がどのような宿に宿泊してるのかは色々見ておきたいと思ってる。だから、最初の内はいくつかの宿に泊まる。もし、気に入りそうもないのであれば、その時には遠慮なく頼らせてもらうからな」

「は、はい!では、いつ来られても大丈夫なように準備をしておきます」

「うむ。任せた」


「そうだ、せっかくだから馬車を開発した技術者や、湯沸かし器を作った魔術師に是非とも会ってみたいな。料理人やこの紅茶の葉を見つけた屈強な冒険者とも会ってみたい。紹介は可能か?」

 ルシウスはグラハムの目を見て質問をする。


 グラハムは、少し焦った表情を出し、口をパクパクさせてしまった。

「ふむ、流石に全員を紹介するのは無理か?しかし何人かとは是非会っておきたいのだが」

 グラハムの表情から何かを察したルシウスがそう言うと、グラハムは少しだけ言いにくそうにして、口を開いた。


「その…実はそれらの道具や料理を生み出したのは…ルシウス様が想像されてるような複数の人間ではなく、たった1人の人間でございます」

「なに!?」

 グラハムの言葉に思わずルシウスは立ち上がる。


「1人の人間が、こんなにも分野の違う物ばかりを開発しているというのか?信じがたいな」

 ルシウスは、それぞれの発明品や料理などは別々の人間が作った物だと思っていた。どれもジャンルが違いすぎるのである。


「信じにくいかとは思いますが、本当の事です」

「ふむ、まあそれを疑ってもしょうがない。それよりも、1人でこれだけの物を生み出せる知識があるならば、逆に是非とも会ってみたいな。どのような人物なのだ?」

「はい、今年13歳になったばかりの少女でございます」

 グラハムの言葉にルシウスは絶句する。まさかの自分よりも年下である。


「そ、その少女はどのような人物なのか?」

「はい、3番街区で宿屋を経営している少女でして…」

「宿屋を経営している!?まだ子供じゃないか!」

 ルシウスは驚きの連続であった。


「は、はい…。2、3年程前に建てられたばかりの宿屋でして、その少女はそこで宿を経営したり、冒険に出掛けたり、便利な道具を開発したりしています」

「な、なんか凄い少女だな…それで、何故3番街区なんだ?宿なら主に2番街区にあるだろう?」

「それに関しては特に理由はないそうです。たまたま3番街区に広くて安い土地があったので、そこに建てた、と」

「まあ、どこに建てるもそれは経営者の自由か。よし、ついでだから今日の宿はそこにしてみよう。それで、宿の詳しい場所と、その少女の事をもう少し教えてくれるか?」


「わかりました。まずは少女の事を紹介します。その少女の名前は『シエナ』と言いまして…」

 そしてグラハムは、自分の知っているシエナの情報を全てルシウスに話した。


「ふむ、話を聞くだけではやはりピンとは来ないな。場所もわかったし、これから直接会いに行くとしよう」

 ルシウスは立ち上がる。

 グラハムが「すぐに馬車を用意します」と、同じく立ち上がると、ルシウスは「冒険者として行動するんだから、馬車は不要」と、断った。


「俺は今この瞬間からヴィシュクス王国の第一王子のルシウスではなく、ただの冒険者『ルクス』だ」

 王子は、お忍びで活動している時にはいつもルクスという偽名を使っていた。

 口調も王族口調ではなく、冒険者風の口調になるが、むしろそっちが本当の自分だとルクスは思っている。

「かしこまりました。それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」



 ルクスは部屋を出て、領主館の中庭に移動をする。そこでは、何人かの兵士が訓練をしている姿があった。

「ティレル、ケイト。待たせたな」

「いえ、訓練の手ほどきをしておりましたので、むしろ時間が足りなかったくらいです」

 ティレルと呼ばれた32歳の男性は、短く刈り上げてるグレーの髪をかきあげた。

「ティレルは剣の訓練になると熱中するからねぇ…」

 その様子を、隣にいたケイトと呼ばれた21歳の金髪の女性はため息をついて、ルクスの側に歩み寄った。


「話は終わりましたの?」

「ああ、今回の視察はいつもより楽しめそうだ。良い情報が手に入った」

 ルクスは嬉しそうに2人に今しがた領主のグラハムから聞いた話をする。


「では、これからその『宿屋シエナ』に向かわれるのですね」

「ああ、そこでシエナと言う少女に直接話しを聞いてみて、ついでに今日の宿はそこにしようと思っている」

 話しを聞きながら、ティレルとケイトはいつでも出掛けられる準備を進めていた。


 ティレルとケイトは、王子であるルシウスの護衛兼お目付役である。

 2人はルシウスが幼い頃からの剣や魔法の指南役も務めており、ルシウスがルクスとして活動をする時には、必ず付いて周るようになったのだった。


「じゃあ、私達はいつものように、ルクスがボロを出さないようにフォローしますから」

 ケイトは笑いながらルクスをからかう。

「む、俺ももうあと1年で成人だ。そんな王族だってバレるようなヘマはしないさ」

「どうだか…」

 ルクスはいつも自分が良かれと思って行動したことが裏目に出るタイプなので、それをよく知ってるケイトからすれば、疑わしいものだった。


「ルクスは思った事をすぐ口に出すタイプだからな」

 ティレルも同じようにルクスはすぐにボロを出すと思っている。

「2人共ひでぇなぁ。ま、そんときゃフォロー頼んだぞ」

 王族とか関係なく素で付き合ってくれる2人に心の中で感謝をし、ルクスは宿屋シエナに向かって歩き始めた。




 ルクスが領主と話しをしている少し前、シエナは2番街区から街の外へ出て、更に東へ30分ほど進んだところにある、牧場へやってきていた。

「よしよし、良い感じに育ってますね。これなら柔らかくて美味しい肉になってるはずです」

 目の前にいる3頭の牛を見て、シエナは満足げに頷く。


「シエナちゃんの言う通りに、餌と飼育方法を変えてみたけど、そんなに肉の味に差が出るのか?」

「もちろんです。まぁ、劇的に変化するって訳ではないですが。…すいませんね、無理言って育ててもらって」

 牧場主が話しかけてきて、シエナは少し申し訳なさそうに謝る。

「いや、ちゃんと牛3頭分の餌代や飼育料、手間賃だって貰ってるんだ。謝る必要はない。ただ、今までの飼育方法とは色々違うところが多いから、育ててるこっちが不安になるんだよ。きちんと食べられる肉に育つのかどうかって」


 牧場主は、シエナが高いお金を払ってるので、もしこれで飼育方法を変えた牛肉が不味い物になったら逆に申し訳ないと感じていたのだった。


「大丈夫です。見た感じではきちんと脂がのってて美味しそうに育ってます。この牛が冬前の秋頃が食べごろですかね」

 そう言って、シエナは目の前の牛の頭を撫でる。


(あ~…なんかずっと昔にこうやって自分も育てられた記憶がある気がする…自分はちゃんと美味しく育って、美味しく食べてもらえたのかなぁ)

 シエナは、すでに忘れ去ってしまった古い前世を少しだけ思い出し、その時の気持ちがどんな感じだったのかを思い出そうと頑張った。


(食べられる為に育てられるって、不思議だよね…あなた達は万が一不味い肉に育ったとしても、私がきちんと責任を持って食べるからね)

 シエナは優しく微笑み、それぞれの牛の頭を撫でた。


「確かに、他の牛と違ってこいつらは肉付きも毛並みも良く見える。もし、これでかなり美味しく育つなら、他の牛も同じように飼育して、高級牛肉として販売しても良いかもな」

「それは素敵な提案です。普段はミノタウロス肉で安く済ませて、ちょっとしたお祝い事や奮発する時に、高くて美味しい肉を食べれば、他の人も満足できるでしょう」

 日本で言えば、普段は外国産の安い牛肉で済ませ、奮発する時には高い和牛を食べるような感じである。


 教えた飼育方法と餌は、和牛には敵わないまでもそれなりに柔らかくて美味しい肉にはなっているハズだと、シエナは思っていた。

(食べる時が楽しみです。リブロースをステーキにして、肩ロースは薄切りにしてすき焼きにでもしようかな?すき焼きは、関東風と関西風、どっちにしようかなぁ)

 食べる時の事を考え、シエナは涎が出てくるのであった。




 その後シエナは街に戻り、宿に帰るついでに買い物をしていた。

 先ほど購入したばかりのリンゴを買い物カゴから出して、シエナはそのリンゴの匂いを嗅いだ。

「う~ん、良い香りです。蜜も多く入ってそうでこれは良いリンゴですね。アップルパイでも焼こうかなぁ」

 美味しそうなリンゴを前に、シエナはリンゴを使った料理やデザートを頭に思い浮かべる。

 ブツブツと独り言を呟きながら、考え事をして歩くのはシエナの悪い癖であった。



「この辺って聞いたけど…どこにあるのかな?」

 丁度その頃、ルクス達は、宿屋シエナを探してキョロキョロと辺りを見渡して歩いていた。

 聞いた話によれば、今自分達がいる位置のすぐ近くに宿屋シエナがあるはず…。そう思い、ルクスは余所見をしながら歩いていた。


 シエナとルクス、2人は考え事をしながら、また余所見をしながら歩いていて、お互いの位置は建物の丁度角にあたる所まで差し掛かっていた。


 2人が運命の出会いを果たすまで、あと1メートルにも満たない距離であった…。

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