スライム殲滅です
「ふあぁぁ…」
昼を少し過ぎた頃、シエナは目を覚まして辺りをキョロキョロと見渡した。
「あぁ、そういえば、スライムの狩猟に来てるんだった…」
目を覚ました瞬間に飛び込んできた平原の景色に少しだけ驚きつつも、何故自分が今ここにいるのかを思い出す。
「魔力は…うん、全快ではないけどかなり回復してるみたい」
自分の体に流れる魔力の流れを視て、きちんと回復をしているかを確認する。
「本格的な狩猟は明日にして、今日は少し偵察にしようかな」
そう呟き、シエナは密林の方へと歩きだした。
密林の中では、何やら凶暴そうな猛獣の鳴き声が轟いており、シエナは周囲を警戒しつつ湿地地帯を目指した。
「この果実…美味しいのかなぁ」
道中で真っ赤な果実の生った木を発見する。野いちごが林檎くらいでかくなったような見た目で、あまりにも真っ赤すぎるので、逆に毒があるようにも見えてしまう。
こういった食べられるかわからないような物を初めて見た時に、それが美味しいかどうか、食べられるのかどうか疑問を持ってしまうところは、前世である日本人の影響がかなり出ているのであろう。
「まぁ、いいや。後で食べてみようっと」
そう呟き、シエナは果実を1つだけもぎ取る。
果実をまじまじと観察しながらも、周囲を警戒しつつ歩くシエナの前に、突如としてクラゲみたいな動く液状のモノが1体現れた。
「これ…もしかしてスライム?」
シエナは立ち止まり、スライムと思われるモノを観察する。
大きさはバスケットボールよりも少し大きいくらいであり、色は薄い青色であった。
サイダー味のゼリーがでかくなったような感じである。
しばらく立ち止まって観察していると、それはシエナの方に向かってじりじりと移動をしてきているように見えた。
「遅っ!」
思わずシエナはその物体の移動の遅さに突っ込みを入れる。
シエナは少しずつ後退をしながらその物体をさらに観察をした。
「多分、これがスライムなんだろうけど…とりあえず燃やしてみようかなぁ」
そう思い、シエナは指先を向けようとして、その手に持っている果実に目をやった。
「あ、その前にちょっと実験してみよう」
そう思い、シエナは果実をスライムに向かって投げてみた。
果実はスライムにぶつかると、ぽーんという擬音が聞こえる勢いで弾かれて、ベシャリという音を点てて地面に落ちた。
「あぁ…食べ物を粗末にしてしまいました…食べられるかわからないけど…」
シエナは、今行った自分の行動に自己嫌悪をする。
「う~ん…スライムは体外消化をして養分を吸収するって聞いたけど、周りの木や草もなんともなってないって事は、溶かして養分を吸収するのは、動物の肉だけなのかなぁ」
そう考え、ポケットの中に入れていた干し肉を1つ取り出し、少しだけ投げ入れるのを躊躇ってからシエナは干し肉を投げた。
干し肉はスライムに取り込まれ、プツプツと気泡のような物を発生させていた。
「あ、やっぱり動物性の有機物だけを取り込んでるんだ」
シエナはその様子を観察する。
スライムの移動速度はかなり遅かったが、消化スピードはそれなりのモノで、1分も経たない頃には干し肉は、投げ入れる前の半分ほどの大きさになっていた。
「これは確かに取り込まれたら危ないかもね、強酸性なのかな?アルカリ水溶液でもかけたら中和されたりするのかなぁ」
少しだけ、理科の実験をしているような気分になってきてわくわくするシエナ。
しかし、手元にアルカリ水溶液など持っているわけでもないので、その実験は不可能であった。
「とりあえず、消化が終わったら火炙りにでも…いや、一度斬ってみようかな」
シエナは刀を抜いてスライムの体を斬ってみた。
豆腐を斬るように全く手ごたえなくスライムは斬れた、そして斬られたスライムは半分の大きさの2体のスライムに分裂をした。
そして、その2体はうぞうぞとお互いの斬られた体へと近づいていく。
「聞いてた通り、元に戻ろうとしてるのかな?じゃあ、干し肉の無い方を燃やしてっと…」
指先をスライムに向けて、火の魔法を使う。すぐにスライムは炎上し、黒い塊へと変貌した。
それをすぐさまシエナは拾うと、残ったスライムから距離を空けてその塊を観察し始めた。
「おぉ!やっぱり、これゴムの代わりになるかも!硬さが少し足りないけど、確か更に燃やせばもうちょっと硬くなるんだったよね」
その発見にシエナは嬉しくなる。
(これを上手く加工すれば、タイヤの代わりに…しかも、ノーパンクタイヤになるかも)
その時に、シエナはふと思いついた。
「…凍らせたら、どうなるのかな?」
残ったもう片方のスライムは、じりじりとシエナの方に近寄ってきていた。
内部にあった干し肉はもうほとんど消化されている。
そのスライムにシエナは手を向けて、温度を下げ続けるイメージをして魔法を使った。
30秒程の時間が経過した頃、スライムは外周からパキパキと音を点てて凍り始めた。
「意外と凍るのに時間かかるなぁ…水ならすぐに凍るのに」
それから更に30秒を掛けてスライムを完全に凍らせた後、シエナは凍ったスライムに素手で触れてみた。
「うわ、これ…ずっと触ってたらドライアイスみたいに凍傷になるかも…」
それくらい、凍ったスライムは冷たくなっていて、外気が冷やされた影響か、ドライアイスに水をかけたような煙がスライムから立ち上がって地面を覆っていた。
「これが解凍されたら、このスライムは動くのかなぁ?それとも、流石に死滅してるのかなぁ?」
完全に凍り付いてるので、流石に死んでると思いたいが、そもそもスライムがどういう原理で生きて動いているのかが不明な為、シエナは少し不安になった。
「もし…これで溶けても死んでて動かないなら、密封された箱にでも入れておけば冷凍庫の代わりとかにならないかなぁ…」
そんな期待を少しだけして、シエナは凍らせたスライムを布に包み、途中で赤い果実を1つだけもぎ取ってから、平原にある野営をした場所へと戻るのであった。
「とりあえず、陽が照ってて暖かいから、この辺に置いて自然解凍させてみようっと」
なるべく平べったい岩の上に凍ったスライムを置き、シエナは野営場所に戻って黒い塊を刀で二分割してみた。
「中まで全部真っ黒になってる…表面だけ燃えてて、内側ではスライムが生きてるって事はないみたい…」
焼いたのは表面だけだったが、スライムは中まで真っ黒になって完全に死滅していた。
「あまり伸びなくて、今はシリコンくらいの柔らかさかな。こっちの方をもう少しだけ燃やしてみてっと…」
色々と弄ったり伸ばそうとしてみたりの実験をした後、シエナは斬った内の半分を火魔法でもう少しだけ燃やしてみた。
「お?おぉ、良い感じの硬さだ。タイヤにするならこれくらいが丁度良いかも」
そして、更に燃やしてみる。
すると、黒い塊はグツグツと沸騰するような感じで溶け始めた。
「おっとっと…これ以上燃やすと蒸発してなくなるのかな?…あれ?この状態なら形成が変えられるかも…」
少し熱かったが、溶けたスライムだった物体は手でこねるようにすると形を変えることができた。
そして、熱が冷めた頃になると、整えた時の形を保ったまま良い感じの反発力を持っていた。
しかも、形を整える時になんとなくタイヤのように丸くくっつけてみたところ、溶けあってた部分が溶接されたようになっていて、見た目通りタイヤになっているのであった。
シエナはガッツポーズをした。
「いけます!これなら馬車もリアカーも完成させられます!」
そして、両手を挙げて大きな声で独り言を叫ぶ。その数分後に、ゴブリンの襲撃に遭うのであるが、その大声が原因ではないと、シエナは思いたいのであった。
「……これ、解凍されてるよね」
日差しに置いていた凍ったスライムを夕方頃に確認してみると、完全に解凍されて平べったくなっていた。
「動く様子もなし…触れて…大丈夫かな…?」
恐る恐るスライムに触れようと手を伸ばす。
先ほど、シエナはスライムが肉を溶かしている時に「強酸性なのかな?」と呟いていたので、もしこれでスライムの体や中身自体が強酸性であった場合、シエナの手は少し溶かされてしまうと思っていた。
しかし、もし体自体が強酸性物質で構成されているのであれば、周囲の草木も溶けたりするだろうから、あくまでも取り込んだ物に対してのみ、生物を溶かす何かを分泌していると予想をしていた。
「えぇい、女は度胸!」
それを言うなら愛嬌なのではないか、というツッコミが聞こえてきそうな勢いで、シエナは溶けたスライムに勢いよく触れてみた。
しばらく様子を見るが、強酸性物質に触れているような痛みも溶けるような感覚も何もない。
スライムから手を離し、触れていた手の平を観察したり匂いを嗅いでみたりする。
特に異常はなさそうだ。やっぱり内部で生物を溶かす何かを分泌してるんだ、と、シエナは結論づけた。
その後も、融けたスライムを半分に斬って燃やしてみたり、形を形成してから燃やすなどの実験を繰り返していると、辺りはすでに暗くなり始めているのであった。
「うん。成果は上出来です。明日はスライムを乱獲しましょう」
その日の成果に満足したシエナは、食事の準備を始め、出来上がった料理を食べながら、赤い果実の方へと目を向けた。
「…これ、美味しいのかなぁ?」
そう呟き、作った料理を全て平らげた後にシエナは赤い果実を手に取った。
「毒がないことを祈りますか…」
そして、シエナはその赤い果実を口にした。
「うっ!」
その瞬間、シエナは驚きの声を出す。
「うまっ…くはないけど…不味くもない…なんか微妙な味…」
品種改良されていない野生の果物などそんなものかと思いながら、一応は完食をしておくシエナであった。
その後も特に体に異常も出ず、単純に毒も何もなく、不味くも美味しくもない野生の果物だと結論を出して、シエナは眠りについた。
「うへぇ…うじゃうじゃいるぅ~…気持ち悪い…」
次の日、早めに起きたシエナは魔力が完全に回復しているのを確認してから、湿地地帯に向けて移動をし、眼下に広がる光景にため息をついた。
湿地地帯に到着して、シュバッという音が聞こえてくるような勢いで木の枝に飛び乗ったシエナの目に飛び込んできた光景は、地面が見えないくらいにビッシリと敷き詰められているスライムの群れだった。
「こう…お盆が過ぎた後の海岸で大量のクラゲが浜辺に打ち上げられてるような感じ…」
自分以外に誰もいないのに、身振り手振りのジェスチャーをして眼下の状況を説明するシエナ。
ある意味、自分に言い聞かせる行動である。
「まぁ…とりあえず捕獲しますか」
そう呟き、シエナは火魔法と氷魔法を使い、スライムを燃やしたり凍らせたりしていく。
もちろん、それは極大消滅呪文などではない。
数時間の時が経過した頃、辺りには動くスライムは見当たらなくなっていた。
「ん~…?全滅させる事はできたのかなぁ?どこかにはぐれスライムとかいないかな?」
自分が最初に見つけたスライムは1体だけだったので、もしかすると他にもはぐれスライムがいるかもしれない。
ただ群れからはぐれているだけなので、倒しても経験値が多くもらえるわけでもないが、1体逃していたせいで、数週間後には数が膨れ上がって手が付けられなくなる状況は避けなければならない。
シエナはそれから更に数時間の間、はぐれスライムがいないか探しまわるのであった。
(多分、もういないよね)
空が夕焼けで赤く染まり始めた頃、シエナは探索を中断し、持てるだけのスライムの残骸を持って野営場所へと戻った。
野営場所に戻り、リュックから大きな布を広げてその上に黒い塊と化したスライムを乗せていく。
そして密林に戻ってスライムを回収して、野営場所へ…。それを何度か繰り返した頃には辺りは真っ暗になっていた。
「う~ん…まだ残ってるけど、持って帰るのはこれくらいでいいかな」
そう呟き、布の端と端を結んでスライムを包んでいく。
普通なら、小柄な女の子が持てない程の大きさになったが、シエナは特に気にする事なく、荷物としてまとめるのであった。
シエナは密林に残されたスライムの残骸は、全て焼却処分した。
死滅しているので問題はないかと思ったが、万が一の事を考えてである。
「ふう…魔力ももう残り少なくなったなぁ…」
食事をしながら、シエナは自分の残魔力を確認する。
今日一日でかなりの魔法を使用している。それでも完全に尽きる事なく一日をやり通せたのがシエナの凄いところであった。
これが普通の魔法使いであったならば、シエナの10倍の魔力をもっていたとしても半日も持たなかったであろう。
そして次の日の朝。シエナは大荷物を背負ってテミンへ向かって帰り始めた。
帰りは走らずに徒歩である。それでも、早歩きくらいの速度で歩くので1日半から2日で帰りつく見込みであった。
「くふふ。これで今まで材料不足で作れなかった物や試したかった事が色々できます」
少しだけ不気味な笑い方をしながらシエナが歩いていると、シエナの前方から冒険者ギルドで会議をしていたメンバーが歩いてきた。
「え!?本当に1人で来ていたのか!?ってかなんだよその荷物!」
悪態をついていた男が驚きの声を挙げる。
男達もできる限りの早さで準備をして出発をした。そして、もうまもなく密林に到着をするところである。
冒険になれた人であっても、3日から5日はかかる距離である。女子供だと早くても7日くらいはかかるだろう。
それなのに、目の前の少女は自分達よりも早く、すでに到着をしていた。
それどころか、自分の体の4~5倍はありそうな大きな荷物を背負って帰ろうとしている。驚くのも無理はないだろう。
「はい。1人で来ました。これの中身は全部スライムです。色々実験に使おうかと」
シエナは嬉しそうに語る。
「ほ、他のスライムは…?」
「多分、殲滅できたかと思います。一応半日程かけて生き残りがいないか探しましたが、見当たらなかったので」
シエナの言葉に全員唖然とする。
「でも、私では見つけきれなかった生き残りがいるかもしれないので、良かったら探しておいてください。私はもう帰るので。それでは」
シエナは一礼をして、テミンに向けて歩き始めた。
そのシエナの後ろ姿を、男達は茫然として見送るのであった。
(あ、そういえば、この場合あの人達の報酬ってどうなるんだろ?まあ、いっか)
それから2日間歩き続けていたシエナは、ふとそんな事を思い出すが、既にテミンの街が見え始めていた為、考えるのを放棄するのであった。




