ゴムの代わりになりそうな期待
「ではこれより、緊急クエストの大量発生したスライムの討伐に関する会議を開始する!」
副ギルドマスターの司会で、会議は開始された。
「まず、大量発生場所だが、テミンの南に位置する密林の湿地地帯でスライムは大量に発生をしている」
一番重要なポイントなので、その場にいる全員が、口を挟むことなく真剣に話しを聞いていた。
「大量発生が確認されてから、すでに4日が経過している。これは、密林とテミンの行き来だけで3日かかってしまうから、その分報告が遅れてしまった結果だ。いや、むしろこの報告はかなり早いほうであっただろう。そして、我々が準備してから密林に向かうまで、同じく3日はかかってしまう」
少しだけ、会議室に緊張感が漂った。
「確認されてから、7日後に我々が到着となるが、その時にはスライムがどれだけ増えているか検討もつかない。周囲に生物がいなければそこまで増殖はしていないだろうが、それはあくまでも希望的観測にすぎない」
そこで一人の冒険者が挙手した。
「最初に発見された時の規模はどれくらいだったんだ」
「うむ、その時密林で採取依頼をしていた冒険者達の話しによると、30体程度であったそうだ。しかし、その冒険者達は火の魔法を使える者はおらず、すぐに火を起こせるような道具も何もなかった為、すぐに報告をする為にテミンに戻ってきたとの事だ」
「スライムは、餌次第ではあるが大体3日に1回のペースで分裂だったよな…」
「あぁ、という事は我々が到着する頃にはそこまで増えてなければ120体程度で済む可能性は高い」
「しかし、放置をしておくとそれが更に増えてしまい、手が付けられなくなってしまう。だからこそ、今我々はくだらない言い争いをしている場合ではなく、迅速に行動しなければいけないのだ!本来であれば、もっと人数を集めたいところではあるが、時間も足りない。火の魔法に長けた者もそう多くない。それ故の少数精鋭となっている」
副ギルドマスターの言葉に、全員が頷く。
スライムは火で炙れば簡単に死滅する。
一番手っ取り早いのは、密林自体を燃やし尽くすだけではあるが、それでは自然も破壊してしまうので、自然を壊さないように火力を調節しなければいけない。
それが今回の一番難しいところであり、大変な事なのであった。
「なるほど、ほんとは猫の手も借りたいって状態なのですね」
「シエナの言ってる意味はよくわからないが、とにかく、今は少しでも役に立ちそうな人間は連れていきたい」
(それが猫の手も借りたいって意味なんだけどなぁ)
「しかし、スライムはなんで突然湧いて出るんだろうな。数年前の時も完全に死滅させたって聞いてたのに」
「それはわからない。もしかすると、目には見えないくらいの小さなスライムが生き残っていて、それが長年かけて大きくなっているのかもしれないし、他の地域でもそうだが、大体が湿地地帯で発生しているそうだから、湿地に何か秘密があるのかもしれない」
「あいつらの処分って困るんだよなぁ。少し炙っただけじゃ黒くてブヨブヨした物体にしかならないから、完全に燃やし尽くすまで時間かかるし…」
その言葉に、シエナは反応を示した。
「ぇ!?今なんて言いました!?」
「いや、処分するのに時間がかかるから、大量に魔力を消費しちまうって事だが…」
「違います。少し炙ったら、どうなるんですか!?」
「黒くてブヨブヨした物体、だが…?」
その言葉に少しだけシエナは期待を込める。
「ぐ、具体的にどれくらいの硬さで、どんな感じに…」
「少し炙った程度なら結構柔らかいけど、それなりに焼くと結構な硬さになるな、押し込むと反発されるような感じだ。んで、完全に燃やし尽くすと水が沸騰するみたいにグツグツして、蒸発して無くなるんだよ」
「いい加減にしろ!今はそんな事言ってる場合じゃねぇんだぞ!」
(こいつ…邪魔だなぁ…)
シエナは、自分が入室してからやたらと悪態をついてくる男を睨んだ。
(でも…もしかすると、スライムってゴムの代わりになるのかも…)
シエナは心の中はスライムを討伐するのではなく、採取する方向へと変わってきていた。
(もし、これでスライムがゴムの代わりになれば、リアカーだけじゃなくて馬車も完成させられて…)
そしてシエナはフフフ…と気味悪く笑いだし、周りの人間はそんなシエナにドン引きするのであった。
その後も、スライムの対策会議は続けられたのだが、最後に議題に挙がったのがシエナについてだった。
「それで、シエナについてだが…」
「さっきも言ったけど、このガキが来るなら俺は行かねぇ。ガキのお守をして死ぬ確率を高めるのはごめんなんでな」
(確か、こういう悪態ばっかつく人の事を死亡フラグって言うんだよね…)
シエナは怒りや呆れを通り越して、男をかわいそうな目で見るのであった。
そして、シエナはその場にいる全員に向かって言った。
「その件ですが、私は今回の討伐任務には参加しません」
シエナのその言葉に、副ギルドマスターだけが動揺する。
「わかってくれて助かるぜ。大丈夫、俺達が街の平和を守ってやるからな」
(だから死亡フラグやめてくださいって)
シエナは苦笑をするのであった。
そして、副ギルドマスターはシエナにも参加をしてほしいと願っていたので、どうにかして皆を説得できないか考えていた。
「それで、私なんですが…」
そこで更にシエナが口を出し始める。
「私はこれから、勝手にスライムの狩猟に出掛けたいと思います」
非常に良い笑顔で、シエナは全員に宣言をした。
その場にいる全員が凍りついた。
「…何言ってんだ…?こいつ…」
悪態をついてた男は呆れていた。
「これは、今回の討伐任務とは関係のなく、私個人が勝手に素材の採取に向かうだけなので、これで私がスライムを全滅させても、もちろん報酬はいりません」
「いや、馬鹿かお前。何言ってんだよ」
「もちろん、私がピンチに陥ってても助ける必要はありません。今、貴方が仰った通りの馬鹿なので」
シエナは悪態をついてた男を睨みながらそう言う。
「いやいや、だから何言ってんだ。子供1人でそんな危険なところ向かわせるわけないだろ。いいから大人しくしてろって」
流石に悪態をついてた男も、シエナの事が少し心配になった。主に頭の方で。
「平気です。それに、密林の湿地地帯なら、以前アリゲーターを狩猟に行った時にも1人で行ったことありますし」
「いや、そういう問題じゃ…ってアリゲーター!?」
「そういえば、シエナは2年くらい前にアリゲーター5匹狩猟してきてたな」
副ギルドマスターはその時のシエナを思い出す。
「噂で聞いた事あるな。誰も受けないような危険な依頼も1人で片づけてくる女の子がいて、そいつが1人でアリゲーターとかサラマンダーとかリザードマンとかを狩猟や討伐してくるって噂」
「爬虫類限定!?なんだよ、その依頼の受け方は」
「いや、別に爬虫類限定ではないですが…でも、まぁ…私は基本はソロで依頼とか受けてますね」
シエナのその言葉に、会議室の空気は微妙な感じに変わった。
「とにかく、今回は私は不参加。だけども、スライムを狩猟はしたいので1人で行きます。いいですね」
「…そこまで言うなら自己責任だろ。依頼を受けてる人間でもないのだから。その代わり、本当にお前がピンチになってても、俺達は絶対助けないからな」
「もちろんです。それでは、失礼します」
そう言って、シエナは会議室から出るのであった。
「よし、早速準備して向かいましょう!強化して走れば1日で着けるはずです」
シエナは独り言を言うと、冒険の支度をする為に宿へと戻るのであった。
「ただいま戻りました」
「おかえり。なんだったの?」
シエナが宿に帰ると、セリーヌは何があったのかの質問をした。
「南の密林でスライムが大量発生したみたいです。今から私は狩猟に出掛けますので、少しの間、宿を留守にします」
「それは良いけど…あんまりエルクさん達を心配させちゃだめだからね」
シエナはわかってます、と答えると自室に戻る為に階段を駆け上がった。
途中で宿泊客とすれ違い、一度立ち止まってから一礼をして、今度はゆっくりと階段を上り始めた。
「ただいま戻りました、が、すぐに冒険へ出掛けます」
共有スペースに入るなり、シエナは答える。
基本的に、アンリエットとアルバの2人は昼間は共有スペースにいる事が多い。
アンリエットは、宿の手伝いはしてくれるが、シエナが雇っている従業員ではないのであった。
「おかえりなさい。今度はどちらまで?」
アンリエットはいつものようにシエナに質問をする。
シエナも、毎回のやり取りではあるが、黙って出ていくなどをして余計な心配をかけさせない為にもきちんと報告をするのであった。
「南の密林までスライムの狩猟です。なるべく早く帰ってくる予定ではありますが、数日間は確実に留守にします」
「それって、シエナさんが受けないといけない依頼なのですか?」
アンリエットは心配になって質問をする。
「いえ、今回は依頼ではなく、私個人の狩猟です」
「…?その、スライムって何かの役に立つのですか?」
「私の予想では…役に立つ道具が完成するかと…」
アンリエットは少しだけため息をつくと、シエナを抱き寄せた。
「行っちゃいけないとは言いませんが、絶対、無事に帰ってきてくださいね。無理はしないでください」
そう言って、アンリエットはシエナの頭を撫でる。
シエナはアンリエットに抱かれ、少し頬を染めて嬉しがった。
(良い匂い…アンリエットさんが本当のお母さんだったら良かったのに…)
シエナはギュッとアンリエットに抱き付いて、その胸に顔を埋めるのであった。
「シエナ姉、子供みたい」
その様子を見ていたアルバが、シエナをからかう。
「うん、私はまだ子供だから」
対するシエナは、からかわれても気にする様子もなく笑った。
「アルバもおいで、2人とも私の可愛い子供なんだから」
そう言って、アンリエットはアルバも抱き寄せる。
アルバは少しだけ恥ずかしそうにしていたが、隣で抱かれている幸せそうなシエナの顔を見て、「本当にシエナ姉に出会えて良かった」と、思うのであった。
シエナはいつもの冒険服に着替えた後、今回はどのような物を持っていけば良いかを考えた。
(手引き車は移動の邪魔になるから、何か大きな袋でもあれば良いんだけど…)
裏庭の倉庫に移動をして、何かないかを探す。
(う~ん…よく考えなくても、そんな大きな袋なんて準備してないからなぁ…。もう、この何かに使おうと思ってた大きな布でいっか)
そう考え、広げると畳六畳分くらいにはなりそうな大きな布をなるべく小さく折りたたんでリュックに詰めていく。
この布に、狩猟したスライムを包んで持って帰るつもりであった。
「よし、後は食料かな。現地調達でも大丈夫だとは思うけど、備えあれば患いなしって言うもんね」
そう呟き、適当に干し肉や乾燥野菜をリュックに詰めていく。
大きな布のせいで、あまり多くは入らなかったが、1人なので、数日なら問題なく持ちそうな量ではあった。
そして辺りを見渡して、忘れ物がないかを確認する。
「うん、準備オッケー」
問題ないと判断をして、シエナは冒険へと出かけるのであった。
街の南門を抜け、少し歩いたところでシエナはストレッチを開始した。
「よし、後はここから密林近くまで全力疾走です」
下半身に魔力を集め、足腰を強化するイメージをし始める。
そして、シエナは重たいリュックを背負ったまま、猛スピードで走りだした。
街から密林までは、大人の足でも徒歩3日分は歩く距離がある。
子供のシエナだと、4日で到着すれば早い方であるが、シエナは途中に休憩を挟みながらもわずか1日で密林近くまで到着をするのであった。
「はぁ…はぁ…流石に疲れました…」
途中にある大きな草原を、夜通し走り通したシエナは、密林が見え始めたところで足を止め、野営の準備を始めた。
すでに辺りは明るくなり始めていたが、体力も魔力も少なくなっているこのままの状態で密林に突入しても、危険なだけである。
「よく考えたら…はぁ…1日で着く…はぁ…必要はなかったですね…」
誰もいないが、誰かに言い聞かせるように。もしくは、自分に言い聞かせるようにシエナは独り言を言う。
シエナは、自分が興味を持った事や好きな事には一途であった。
たまに周りが見えていない事もある。
完全にキレた時の我を忘れてしまうのと同様に、シエナの直さなくてはいけないと自分で思う悪い癖であった。
他にも直さないといけない癖は沢山あるが、少しずつ直していこう。シエナはそう考えるのであった。
「まぁ…とりあえず、1日しっかり休んで体力と魔力の回復に努めますか…」
そう呟き、火を熾して食事の準備をする。
この世界の魔力の回復方法は何種類かあり、その中でも最も効果的な方法は『睡眠』である。
時間経過でも魔力は回復するが、睡眠の方がより効果的なのである。
その次に効果的な魔力の回復方法は『食事』である。
しかし、ただ食事をするだけではだめであり、摂った食事に栄養が少なければ意味がない。
栄養は、体に吸収された後に魔力に変換される。
むしろ、魔力が栄養を必要としているのであった。
魔力は魔法を使わない人間であっても、生きているだけで様々な形で自分の体から放出されてしまう。
その放出された魔力は、放出をした本人であれば、吸収し直すことができるのである。
シエナは、魔法を使った後に、無駄に放出されてしまった魔力や、魔法を取り消した後に飛散した魔力を自分の体に戻す方法を取っている。
この方法は、厳密には回復方法とは言わないが、なるべく消費魔力を少なくする方法であり、この世界でこの回復方法を使っているのは、シエナとアルバだけである。
他にも、シエナが冒険に出掛ける際に必ず持って行く4つの金属の水筒の中に、様々な生薬や栄養のある物を煎じて作った、栄養ドリンクが入っている。
この栄養ドリンクには、シエナ自身の魔力が溶かし込まれている。
まだうまく栄養ドリンク内に自分の魔力を溶かすイメージがうまく固定できていない為、ほんの少ししか魔力は入っていないが、飲めばほんの少しの魔力吸収による回復と、栄養による魔力の回復が図れる、ある意味、魔法の聖水と言える飲み物である。
しかし、その味は物凄く苦いのであった。
この他にも魔力を回復させる方法はあるが、どれもあまり効率が良くなく、やはり一番重要であるのは、食事と睡眠なのである。
シエナは、いつもの具沢山のコンソメスープや、持ってきたにぎり飯とオーク肉の腸詰を食べ、その日に消費してしまった体力と魔力の回復をしっかりと図る為に、日陰になっている岩場の下で睡眠をとるのであった。




