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緊急クエスト

 春の季節も半ばに差し掛かった頃、宿屋シエナの前に一台の馬車が止まった。

 馬車から初老のたくましい男が飛び出して、宿屋シエナの中へと駆け込む。


「シエナはいるか!?」

 男は受付に立っていたセリーヌに叫ぶ。


「し、シエナなら現在お風呂の清掃中ですが…」

「風呂はどっちだ!?」

「あ、あちらです…あ、ちょっと!今はだめ…っ!」

 男はセリーヌからシエナの居場所を聞くなり、すぐさま駆け出す。

 セリーヌは慌てて男を追いかけようとしたが、タイミング悪く受付に別のお客様が来てしまったため、セリーヌは男を追いかけることができなかった。


 男は、セリーヌに指差された方へ向かい、手前にあった青い暖簾の男風呂の方へと入るが、そこにはシエナの姿はなかった。

 一度引き返し、今度は赤い暖簾の女風呂の方へと、何も気にせずに入っていく。


「シエナ!いるか!!」

 女風呂のドアを少し乱暴に開けて、男は女風呂の中へと入った。

 シエナそこにいた。そこで、デッキブラシを手に床を磨いていた。


「ぁ、副ギルドマスター。どうしたんですか、そんなに慌てて」

 シエナは突然現れた副ギルドマスターと呼ばれた男の登場に驚きつつも、何やら慌ててる様子だったので、質問をした。


「おぉ、ここにいたか…って、す、すまん!」

 副ギルドマスターはシエナの姿を見て謝罪の言葉をいれた。

 シエナは、一糸纏わぬ全裸でそこに立っていたのだった。


 子供のような小柄な体型、平坦な胸、内蔵の関係によりほんの少しだけぽっこりと膨らんだお腹、小さなお尻、男の腕よりも細い脚。

 副ギルドマスターにとっては何一つ興奮する要素のないその立ち姿ではあるが、全裸の女性のいる場所に突然入っていってしまった事に焦ってしまった。


「いえ、お見苦しい物をお見せしてしまって申し訳ございません。それで、何か御用ですか?」

 御用になりそうなのは副ギルドマスターの方ではあるが、シエナは気にせずに質問をする。

「あ、あぁ…とりあえず、話しは服を着てからだ。受付の方で待つのですぐに来てくれ」

 副ギルドマスターはシエナの裸を見ないように後ろを振り向いてそう言うと、すぐさま女風呂から出ていくのだった。


「えぇ~…今、お風呂掃除中なのに…」

 男風呂の清掃はすでに終わっていたが、女風呂の方はまだ清掃を始めたばかりである。

 しかし、あんなにも慌てた様子であり、やってきたのが副ギルドマスターであった為、何か緊急の用事があるかと思い、シエナは清掃を中断して話しを聞く事にするのであった。



「お待たせしました」

 シエナは服を着て、副ギルドマスターの待つ受付の方へ向かい、待たせてしまった事を謝罪する。

「いや、こちらこそ突然すまなかった」

「それで、何かございましたか?」

「うむ、『緊急クエスト』だ。詳しくは馬車内で話すから、ギルドまでついてきてくれないか」


 馬車と聞いて、シエナは女の子がしてはいけないような表情をした。

「ば、馬車はやめませんか…?徒歩で行きましょうよ」

 心底嫌そうな顔をして、シエナは徒歩でギルドに向かう事を提案する。


「何を言うか、徒歩よりも馬車の方が早い。それに歩きながらだと話しにくい内容でもある。と、言うか凄い顔だな…」

「うぐぐ…わかりました…。セリーヌさん、少し出かけてきます。あと、女風呂の方の清掃が途中なので、誰かに引き継いでてください」

「わ、わかったわ。気を付けてね…」

 セリーヌはシエナの表情を見て顔が引きつっていた。それほどシエナの表情が酷い状態であったのである。



 シエナはこの世界の馬車は好きではなかった。

 馬が嫌いとかそういう訳ではなく、馬車自体の作り方が嫌なのである。

 馬車は車軸に直接木の車輪が取り付けられている馬車だった。

 街はなるべく平坦になるように石畳が敷かれているが、段差というものはあちこちに存在している。

 そのちょっとした段差でも、馬車の内部にはかなりの振動が伝わってしまう。


 シエナは、その振動が嫌なのである。


 シエナのお尻は、見た目通りに肉付きが悪く、小さい。

 馬車の振動はシエナのお尻にはかなりキツイ。ちょっとした振動で骨にすぐ響いてしまうのだった。

 それにプラスして、内蔵がシェイクされるような感覚は、シエナには我慢できないのであった。


(うぅ…ゴムの代わりになる素材が何かあれば、完成直前の独立懸架式馬車を広めることができるのに…いっその事、車輪だけ木の車輪に…いや、でもそれじゃあ耐久が持たないし…)

 シエナは馬車に乗り込みながら未完成の馬車をどうにかして完成させようと心に誓うのであった。



「それで、お話はどういった内容なのでしょうか?」

 馬車が走りだしたところで、シエナは会話を切り出す。

「うむ、実は街の南の方にある密林でスライムが大量発生したらしい」

「す、スライム…ですか…?」


 シエナの頭の中に、某有名RPGに出てくる最弱モンスターのビジュアルが浮かんだ。

 シエナの前世は、ゲームは得意ではなかったが、子供や孫と会話を楽しむ為、また、ゲームの内容によっては来世で役立つ事もあると思った為、それなりにゲームで遊んでいたのだった。


「うむ、スライムだ。スライムは見た事あるか?」

「ないです」

 この世界のスライムは見た事ないので、シエナは見た事ないと答えておいた。


「奴らは危険だ。単体でもそれなりの脅威はあるが、今は大量発生してしまっているらしい。奴らが街に押し寄せてきたら大変な事になる」

「8匹集まったら合体してキング化とかするのですか?」

「なんだそれは。別に合体とかしたりはしない」

 シエナには、未だにこの世界のスライムの脅威が想像できない為、キング化したスライムが大量に押し寄せれば確かに脅威だなぁ、と言う程度にしか頭に浮かばなかった。


「スライムは知能がなく、魔法も使わない為、分類はモンスターだ。しかし、物理攻撃は一切効かない。…いや、効くには効くが、意味がないと言った方が正しいか…それ故に高ランクの冒険者か魔法使いしか討伐依頼を受ける事ができないのだ」

 副ギルドマスターはスライムの脅威について語り始めた。



 この世界のスライムは、半透明の液状モンスターであり、行動パターンは近くにいる生物に纏わりつくだけである。

 ただ、纏わりつかれた生物は、スライムの体外消化により、少しずつ溶かされ、養分として吸収されてしまう。


 ある程度の大きさに成長したスライムは、分裂をして数を増やす。

 スライムが増えれば、ねずみ算のように増殖する数も膨れ上がり、気が付けば街を覆えるくらいの数まで増殖してしまうのだった。

 ただ、分裂速度はそこまで早くはない。

 近場の餌次第でもあるが、大体3日に1回のペースでの分裂であり、全てのスライムが同時に分裂をするわけではないので、正確にはねずみ算のような数式は当てはまらないのであった。


 スライムには物理攻撃が効かない。剣で斬りかかっても分裂するだけである。

 分裂したスライムは、斬られた自分の体とすぐにくっつき、再生をする。

 もし、再生されないように引き離したとしても、分裂したそれぞれの体が1日程で元の体と同じくらいの大きさまで成長をする。下手をすればスライムの数を増やすだけである。


 ハンマーなどで潰しても同じである。

 結局、スライムにはあらゆる物理攻撃が意味がないのであった。


 スライムの弱点は『火』である。火で燃やせば簡単に死滅する。

 なので、スライムと対峙する時には必ず火が必要なのである。



 副ギルドマスターはシエナにそう語った。



「今の話からすでに理解はしただろうが、今回はこのスライムを討伐する為に、火を扱える優秀な魔法使いが特に必要なのだ。もちろん協力してくれるよな?」

「協力するのは構いません。質問ですが、スライムは火以外の魔法攻撃は効かないのですか?」

「火以外だと下手をすれば分裂される恐れもあるんだ。今のところ、スライムに有効な手立てが火が一番だから、皆、火しか使っていない」

「わかりました」

「他に質問とかはないか。ちなみに報酬と功績ポイントは沢山用意してある。それはギルド内で話す」


 その言葉を聞いて、シエナは他に質問したい事を考えた。

「スライムは体外消化をして養分を吸収するそうですが、服だけを溶かすスライムとかもいるのですか?」

「そんなスライムは見た事ないな…というか、なんだその意味のわからん行動は…」

(くっころ展開はないか~)

 シエナはそんな事を呑気に考えるのであった。


 前世は普通に寿命を迎えて死んでいる。

 なので、シエナの前世は高齢のお婆さんではあったが、来世で役立つ知識を覚える為に色んな物に手を出していた。

 その中に、18歳未満お断りな類の本なども含まれていた為、シエナはそういう知識も無駄に知っているのだった。



「剣とか盾は溶かさないんですよね?という事は、有機物を分解して養分として吸収してるって事で、無機物は溶かせられない…と」

 シエナは考えこむようにぶつぶつと独り言を言い始めた。


(万が一の事を考えたら、無機物の装備で全身を固めれば大丈夫そうだけど…それだと私は動けなくなる…。なるべく身軽にしたいから、鉄系の装備は避けたいところだけど…と、言うか鎧なんて持ってないし…)

 う~ん…と唸るシエナ。

 そんなシエナの様子を、副ギルドマスターは見守っているのであった。


 しばらくすると、馬車は冒険者ギルドの前に到着をした。

「着いたな。今、会議室で他の冒険者達も集めているので報酬についてや他の内容、任務の打ち合わせなどはそこで行おう」

 そう言って、副ギルドマスターは馬車を降りる。

 シエナが降りる時に、手を貸すなどといった行為をせずに真っ直ぐにギルドの建物に向かう副ギルドマスターを見て、シエナは「少しくらい女性をエスコートした方が良いですよ」と、呟くのであった。



 副ギルドマスターの案内で、今回の緊急クエストに参加する冒険者が集められている会議室に入室したシエナは、その空気の重さに驚いた。


「なんか、皆さん暗いですね」

「当たり前だ。放っておくと国が滅びかねない脅威のスライムが大量発生しているんだぞ。しかも、纏わりつかれたら自分も火だるまになる覚悟で燃やさないと生き延びれないんだ」

 そこでようやくシエナは自体の重さを自覚する。


「なんだ、そのガキは。ここはいつから託児所になったんだ?」

 シエナの姿を見て、一人の冒険者の男が悪態をつく。

「シエナは見てくれはこんなだが、優秀な冒険者で、優秀な魔法使いだ。今回の緊急クエストでも必ず役に立つ」

 副ギルドマスターのフォローが入るが、シエナは「見てくれはこんなは余計です」と突っ込むのであった。


「優秀な魔法使い!?ふざけるなよ!その辺の少し魔法が使える冒険者の方が潜在魔力が高いじゃねぇか!そいつ、どう見たって魔力低すぎだろ」

 魔法を使える者は、自分の魔力を視て、自在に操る事ができる存在だ。

 そして、ある程度のレベルに達すると、他人の潜在魔力もなんとなく視れるようになるのである。


「あ、やっぱり私の魔力って低いですよね」

 シエナは、特に気にする様子もなく、男の言葉に同意する。


 シエナ自身も、自分の魔力が低いと思っていたのだった。

 この街で暮らすようになってから、他人の魔力がどんなものか視ていたら、魔法を使わない人間の方が高い事が多く、シエナの魔力は一般的な魔法を使う冒険者よりも少し低いくらいであったのだった。

 そういった他人の魔力指数を確認していた時、シエナは思わず「うわっ…私の魔力、低すぎ…?」と思ったくらいである。



「副ギルマスさんよ。悪い事は言わないからその嬢ちゃんは今回の件は見送った方がいいぜ」

 その言葉に、部屋の中にいる全ての人間が同意する。


「私には魔力は視えないのだが、そんなにシエナの魔力は低いのか?」

「低いってもんじゃねぇよ…例えば、こいつは魔法を使う事できないんだが、それでもこいつの方が高い魔力を持ってるくらいだぜ…」

 そう言った男の隣には、ゴツイ盾を持った体のデカイ男が座っていた。

 盾の男は、今回は完全に守りの為に集められた冒険者である。

 魔法使いが今回の討伐任務の成功の要であり、その魔法使いを護衛する為の、肉壁用の冒険者と言うことである。


 今この場にはシエナと副ギルドマスターを含む10人の人間が存在していた。

 その中で、魔法を扱うことができるのは5人。

 その5人の中で、シエナの魔力は一番低く、一番高い人間はシエナの10倍近くもの魔力を有していて、シエナの次に魔力が高い人間でも、シエナの4倍近くの魔力を有していたのであった。


 そして、盾の男のように、魔法を扱う事ができない人間もいるが、その人間よりもシエナの魔力は低かった為、魔力が視える魔法使いからすれば、シエナは完全に足手まといな存在なのであった。



「しかし、シエナはまるで無尽蔵のように魔法を使うと聞いている…。何度かシエナと冒険に出掛けた冒険者達は皆、シエナの魔法は凄いと口を揃えて言っていたぞ」

 それでも、副ギルドマスターのシエナへのフォローは続く。


「そりゃ、魔法が使えない者から見たら、誰だって魔法が使える人間は凄いように見えるさ。だが、俺達魔法が使える人間からすればそのガキはどう見たって足手まといだ。もし、それでもそいつを連れていくっていうなら俺はこの任務、降りさせてもらうからな」

 それは困る。そんな表情で副ギルドマスターはおろおろとしてシエナと男を交互に見るのであった。


「…私の参加不参加は別として、とりあえず話だけ先に進めませんか?時間が勿体ないでしょうし」

「そ、それもそうだな…。皆も、シエナの参加不参加の話は後にして、会議を始めたいが、良いかな?」


 っち…という舌打ちが聞こえてきたが、言い争いをして無駄な時間を経過させても良い事は何もない。

 その場にいる全員は、とりあえずスライム討伐の緊急クエストの会議を進める事に同意をした。



(うわ~…なんか、私、場違いなのかも…副ギルドマスターには悪いけど、会議が終わったら帰らせてもらおうっと)

 そして、重苦しい空気のまま、会議は開かれるのであった。

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