魔法の在り方
ある日の夜、シエナは従業員の共有スペース部屋で筒状の物体と青く輝く綺麗な魔晶石を前に唸っていた。
「う~ん…なんでできないかなぁ…術式もこれで間違いないはずなのに…」
それはシエナが前々から完成させたいと思っているドライヤーの未完成品であった。
シエナがブツブツと何かを呟き、皆には理解できない物を作っているのは、その場にいる全員は既に知っている。
いつもの事なので、共有スペースで雑談をし合う他の従業員は、シエナのそんな様子など特に気にしてはいなかったのだった。
「シエナ、いつものお願い」
共有スペースに頭にタオルを巻いた2人の女性が入ってきた。
2人の髪はある程度は乾かしたのだろうが、しっとりと湿っている。宿の営業が終了した後は、従業員は交代でお風呂に入っているのである。
「は~い、じゃあいきますよ~」
シエナはソファーに座った2人の後ろに立って、手の平を2人の頭に向けた。
その瞬間から、シエナの手の平からは髪を乾かすのに丁度良い温度の温風が出始めた。
(う~ん…やっぱり、これと同じ理論で回路も術式も組んでるのに、なんでドライヤーも扇風機もうまくいかないんだろう…)
2人の髪を乾かしながら、シエナはそんな事を考えていた。
「いつ見ても、シエナの魔法って不思議だよね」
アンリエットと雑談をしていたセリーヌが、シエナの方を向いてそう言った。
アルバを除くその場にいた全員が、その言葉に頷く。
「そんなに不思議ですか?ただ、使いたい魔法をイメージして使ってるだけなんですけど…」
シエナは困り顔で答える。
この世界の魔法は、使おうと思えば誰にでも使う事ができる、簡単な仕組みであった。
使いたい魔法を具体的にイメージして、魔力を放出するだけで使えるのである。
ただ、『誰でも使える』のと、『使いこなす事ができる』は別物である。
この世界に住む、全ての生物は魔力を持っている。
その魔力を自在に操って、放出する時に、自分のイメージを付与すると、魔法となって体から出るのである。
火球をイメージして魔力を放てば、魔力がイメージした火球へ変質する、それだけで立派な火の魔法である。
しかし、火をイメージして魔法を使って火を出しても、本当に具体的な火のイメージができてなければ意味がない。
具体的なイメージができてなければ、その火に触れても、燃えないし熱くもない、ただの火の形をしたハリボテが出てくるだけである。
そして、ただイメージをするだけで出てくるので、『呪文を詠唱する』と言ったようなものがないので、イメージ力の低い人は、魔法を使いこなすことができないのである。
そもそもが、魔力を自在に操れる人は多くないのであった。
体中に流れる血液の流れを把握しろ、と言われても普通は無理な話しなのである。
それと同じ様に、体中に流れる魔力を感知して、自在に操ろうと思ったら、それだけで非常に大変な事なのであった。
しかし、魔力の流れを感知して操る事ができれば、自分のイメージできる全ての事が、魔法で可能になる。
あくまでも、自分の魔力を変化させる事でできる物限定ではあるが、その気になればなんだってできるのであった。
この世界で魔法が使える者は、『自分の魔力を違う物質に変化させる』事ばかりをイメージする為、せっかく魔法が使えるのに、ほんの少しの事しか魔法を使う事ができない。
攻撃魔法として魔法を使う者も、少し魔法が使える者よりかは具体的なイメージや、付与するイメージが強く、また魔力も高いのであるが、先入観から魔法を本当の意味で使いこなす事が出来ていないのである。
対してシエナは、自分の魔力を変化させるのではなく、魔力を使って周りの物を操る使い方をしている為、魔法の使い方自体が普通の人とは違うのであった。
この世界で一番わかりやすい例を説明するならば、『水』である。
普通の人が、魔力を変化させて水を生み出す事は可能である。
可能であるが、その生み出した水を維持する為の魔力が必要であり、魔力が尽きたり、その魔法を解けば、水は消えてしまう。
その水は、あくまで『自分の魔力を変化させて出した、水っぽい魔力の塊』なのだから。
もし、魔法で水を出してそれを飲むと、一時的に喉の渇きを癒すことができても、本当に渇きを癒すことはできないのである。魔法が解ければその水は消えてしまうのだから。
むしろ、魔力が尽きたり魔法を解いた時に、一気に体の中から水分を奪う形となってしまうので、危険な行為として見られていた。
それにより、『魔法で出した水を飲む事は禁止』されているのであった。
シエナの場合は、自分の周囲の大気中から水分を集めて水を生み出す。
生み出された水は、魔力で変化させた水ではなく、『本物の水』なので、水を維持する為の魔力も必要なく、魔法を解いたとしても消えることはない。
なので、シエナが魔法で出した水は、本物なので飲んでも大丈夫なのであった。
その魔法の使い方は、この世界の人間で知っているのはシエナとアルバだけである。
シエナも、使い方を隠している訳ではない。単純に、自分の使い方が特殊であると気づいていないだけである。
魔法で出した水を飲む事が禁止されている事も知らない為、今まで疑問に思わなかったのである。
普段から、魔法を使う人を見た時に「なんで、あんなに非効率的な使い方をするんだろう?」とそれくらいの疑問を思う事はあったが、それを指摘した事などなかったし、シエナの魔法を見た者が逆にシエナにその魔法の使い方を聞く事がなかった。
そして、宿屋シエナの従業員は、誰も魔法を使う事ができない為、シエナの魔法の使い方が特殊だと気づけてないのであった。
いや、特殊だとは気づけているが、それが一般的な魔法の使い方とはちょっと違う程度の認識なので、不思議に感じる程度である。
唯一、シエナ以外で魔法が使えるアルバも、まだ6歳と幼いうえに魔法を教わっているのがシエナの為、自分が特殊な使い方をしているとは気づいていない。
もし、魔法を使える誰かが…もしくは、魔法をよく知っている冒険者などが、シエナにちゃんとした質問をして、その使い方が特殊である説明を受けたのならば、この世界の『魔法の在り方』が変わるのであるが、今の今まで誰も質問をした事がなく、気づいたとしても、少し不思議に思う程度であった。
結局、この世界の魔法の在り方が変わるのは、あと数年先になるのであった。
シエナの周りの者には、シエナの魔力は無尽蔵に見えていた。
魔法を使えば、当然魔力は減る。
この世界では、魔力が尽きても死ぬ事もないし、気絶したり急に眠る事もない。
ただ、魔法を使う為の集中力が足りなくなるだけである。
魔法を使い、魔力が減ればそれだけ集中できなくなる。
集中できなくなれば、魔法は使えない。
仮に魔法を使っても、具体的なイメージが付与されてないので、不発に終わる事が多いのである。
シエナの場合は、前世の記憶が魂に刻まれている為か、イメージ力がやたらと強かった。
魔力が少なくなっても、イメージ力が強い為に、魔力が完全に空になるまで魔法を使う事ができるのである。
流石に、魔力が空になれば魔法を使う事ができないが、そうそう魔力が尽きる事はない。
しかし、シエナの保有魔力数は、一般的な人間と、少し魔法が使える冒険者との丁度中間辺りである。
生まれた頃から比べれば、かなり増えてはいるが、シエナの魔力数は魔法使いを名乗るには少なすぎた。
しかし、それでも周りの人間から見れば、シエナの魔力はまるで無尽蔵に見えるのである。
それは、やはりシエナの特殊な使い方のせいであった。
魔力は、筋肉と同じで、使えば使う程鍛えることができる。
そして、同じ魔法を使いこなすことができれば、消費魔力も少なく済むのである。
それにプラスして、シエナの特殊な魔法の使い方は消費魔力が少なく済むのであった。
先ほどの水の例で簡単に説明をすると。
シエナと一般的な人の保有魔力数が同じ100だとして、同時に水を出す魔法を使う。
一般的な人は魔力を操って、魔力を水に変化させるのに20の魔力を使い、そこから水を維持する為に1秒に付き1の魔力を消費する。
すると最大でも80秒しかその水を維持できないのである。
更に、魔力が少なるにつれ、イメージ力も低下していってしまうので、その半分の40秒も持てば良いほうである。
シエナの場合は、魔力を放出して、大気中の水分を集めるのに一度30の魔力を消費するが、水分を集めて戻ってきた魔力をそのまま吸収しなおすので、実質10くらいの消費で済んでいる。
そして、生み出した水の維持魔力は必要がない為、何秒でも持つのであった。
それ故に、シエナの魔力が無尽蔵に見えるのであった。
火の魔法を攻撃魔法として使用する時も、一般的な魔法使いは、手の平に魔力を変化させた火を出し、維持をする。
維持した火の玉を燃やしたい物に向けて発射する魔力を付与して飛ばす。もちろん、その間も維持魔力が必要である。
燃やす物に火の玉が命中しても、ダメージを与えたり、燃え広がるまで維持する必要が出てくる為、その間でかなりの魔力を消費してしまうのであった。
一度燃え広がれば、魔法を消しても魔法で出した火は消えるが、燃え広がってできた本物の火は消えることはない。
シエナの場合は、魔力自体を飛ばす。
燃やしたい物に魔力がぶつかった時、初めて火が出るように命令式を組んで魔力を飛ばすのであった。
そして、命令式を組んだ魔力のみで済む為、消費魔力が少なく済むのである。
「ん、ありがと」
「どういたしまして」
髪が乾いた2人は、シエナにお礼を言って自分の部屋へと戻っていった。
「セリーヌさん…さっきから何してるんですか?」
シエナは温風魔法を使ってる間、ずっとセリーヌの事が気になっていた。
セリーヌは手をアンリエットに向けてずっと「ぐぬぬ…」と唸っていたのである。
「いや、私もシエナと同じ温かい風を出す魔法が使えたら便利なのになぁって、シエナがいない時でも髪が乾かせるし」
「だったらまずはもっと簡単な魔法から使えるようにならないと…それに、温風魔法を誰でも使えるようにする魔道具を開発中です」
そう言って、シエナはドライヤーの制作作業に戻った。
先ほどまで使用していた温風魔法のイメージした言葉を、魔晶石と繋いでいる金属に刻み込むだけなのだが、どうにもうまくいかないのである。
「う~ん…湯沸かし器は一発でうまくいったのになぁ…なんでかなぁ…」
何度も、刻み込まれている文字を見て、問題がないかを確認する。
「それ、見た事ない文字だけど、どこの文字なの?」
「これですか?これは日本語です」
シエナが魔晶石と繋いでいる金属に刻んでいる文字は、日本語であった。
「どこの言葉よ…見た事も聞いた事もないんだけど…」
「どこか遠い知らない世界の文字です」
そしてシエナは遠い目をする。
日本語で『火』という文字を書けば一文字で済む、これが英語であれば『Fire』で四文字であり、このアーネスト大陸の文字で書くと八文字になってしまうのである。
最初は、アーネスト大陸の文字で魔道具を作成しようとしていたのだが、書く文字数が多すぎたのだった。
日本語だと、文字数が少なく済む為、試しに日本語で刻んでみたら、成功した為、シエナは魔道具を作成する時は全て日本語で刻んでいるのである。
刻むのも、特に特殊な書き方をしているのではなく、使いたい魔法のイメージを、鉄板に書いているだけである。
宿の大浴場に使われている湯沸かし器も、シエナが作った魔道具であった。
魔道具は、この世界には少ししか存在していない。
魔道具は人工物として誰かが作り上げたのではなく、長い年月をかけて自然によって作り上げられた天然の魔道具しか存在していなかったのだった。
それを、シエナは人工的に作り上げている。
シエナが魔道具の核として使用しているのは、魔晶石であった。
魔晶石は、魔力を封じ込めたり増幅させる事のできる水晶のような石である。
そんな魔晶石をシエナは、電池や基盤代わりに使用していた。
魔力を貯めて、魔晶石に繋いでいる金属の命令式を読み取って現実化する。
そんな使い方をするのは、この世界でシエナだけである。
魔晶石が主に使用されるのは、魔法使いが使用する杖の先や、盾などの防具の中心である。
魔晶石の杖で攻撃魔法を使うと、威力が増幅された魔法を使用する事ができ、魔法で攻撃をされた時に、魔晶石で魔法を吸収するイメージをすると、魔法が魔晶石に吸収され相手の魔法を打ち消すことができるのである。
また、剣の飾りとして魔晶石を埋め込んでいる者もいる。
魔晶石を飾りとして埋め込まれた剣は、稀に魔法剣へと変化する事がある。
しかし、埋め込んだら確実に魔法剣となるのではない。
あくまでも、埋め込んだあとの使用者によって、魔法剣へと変化するのであった。
魔晶石は、高級品である。
まず、その見つかりにくさと、採掘する場所が危険であるからだった。
切り立った断崖絶壁に魔晶石は多く存在する事が多い。
そして、魔晶石の近くには魔物も多い。
断崖絶壁には、主にハーピーのような鳥型の魔物が多く生息していて、大変危険なのである。
何人もの人間が、魔晶石を採りに向かい、そして死亡しているのである。
そんな場所に、シエナは平気で向かう。むしろ、そこに住んでいるハーピーのミレイユと友達なのであった。
その為、普通なら手に入らないような魔晶石を大量に手に入れ、魔道具作成の実験を繰り返しているのであった。
(今度、ミレイユちゃんにもアドバイスもらおうかな…)
ドライヤーの温度を高める機能自体は働いているが、風を出す機能が働いていない。
なので、風魔法が得意なミレイユにアドバイスをもらおうと、シエナは考え、いつの間にか共有スペースから誰もいなくなってるのに気が付くのであった。
「…私も寝ますか」
そう呟き、シエナも自室に戻って眠りにつくのであった。




