ピンチ!?ハイオークとの戦闘!!
「……?」
ほんの一瞬だったが、何か良くない気配がした気がした。
そう感じたシエナは、今の寝ている体制で見渡せる範囲を見渡してみた。
近くの川で水が流れる音と、夜行性の鳥の鳴き声、そして、すぐ近くから焚き火のパチパチという音が聞こえてくる。
それ以外は何もないハズの平穏な空間に、シエナ達の方を見つめる光る目が見えた。
それは、シエナ達が野営をしている場所から50メートル程の距離の場所で、こちらの様子を窺うように気配を殺して佇んでいた。
暗いので、シルエットしか浮かび上がらなかった『ソレ』は、少し大きめの豚が二足歩行をしているような立ち姿であり、その手には剣やこん棒のような物が持たれているように見えた。
「!?」
それが何なのか理解した瞬間、シエナはゾッとして鳥肌が立った。
そして、シエナが飛び起きる寸前に、その何かは、シエナに気づかれた気配を感じたのか、シエナ達の方へ向かって走り出してきた。
「皆!起きて!!戦闘準備!!早く!!!」
急いでハンモックから飛び降り、木に立て掛けておいた刀を鞘から抜いて向かってくる何かを迎え撃つ姿勢を整える。
不寝番をしていたエレンは、辺りを警戒していたにも関わらず、その気配に全く気が付かなかったので、突然のシエナの叫びに驚き、急いで剣を構えてシエナと同じ方向を向く。
シエナ達に向かってきているモノ…それはハイオークであった。
それも、1体だけでなく3体であった。討伐依頼がかけられているハイオークで間違いない。
ハイオークが向かって来ているそのほんの一瞬で、シエナは思考を加速させていた。
(距離、50メートル弱!!木が障害になっているから、少し時間がかかっても、わずか20秒程で接敵!)
「急いで!!死にたいの!?」
シエナは、ハンモックの上で上半身だけを起こしたばかりのクラウドとカルステンに向かって叫ぶ。
40秒で支度をさせようとする無茶振りよりも、半分も時間が短い20秒で接敵してしまう。そして、それよりも短く戦闘準備をしなければならない。
起きたばかりで思考や反応がついていけないその身体で、ハイオーク3体を迎え撃たなければならない。
はっきり言えば、無茶な話であった。
シエナは、ハイオークから一番近い位置で寝ていたクラウドの方へ駆け出した。
(身体強化!防御特化!体を鋼のように硬くするイメージ!!)
そして、自分の体に付与したい魔法を具体的にイメージをして、魔力を巡らせながら、クラウドに向かってくるハイオークの前に躍り出る。
「ガアァァァッッ!!」
ハイオークは横薙ぎの形で手に持っていたこん棒を振り上げた。次の瞬間、そのこん棒の一撃を喰らい、シエナの体は宙に浮いた。
「シエナ!!」
エレンがシエナに向かって叫ぶ。
オークの一撃は、直撃すれば粉砕骨折は免れないほどの威力がある。そして、更にハイオークは武器を使ってきている。
今回、シエナに攻撃をしてきたハイオークが使った武器は木で出来たこん棒であったが、普通に手で攻撃をされるよりも、その威力はケタ違いに高かったはずである。
宙を舞うシエナの体は幸いにも千切れたりはしていなかったが、ハイオークの一撃は完全に直撃をしていた。
生きているかどうかも怪しいところである。
仮に生きていても、もう戦闘どころか、まともに生活すらできないような状態であろう。
一番強いシエナが戦闘不能になり、クラウドとカルステンは戦闘準備すらまともに整っていない、エレンはこの状況に絶望したのであった。
クラウドも、自分の盾になって吹き飛ばされてしまったシエナを見て、恐怖を覚えてしまう。
しかし、シエナは宙で体をくるりと回転させると綺麗に着地をした。そしてすぐに、攻撃をしてきたハイオークに向かって駆け出し、そのハイオークの首を斬り落としたのだった。
「ぼさっとしないで!!残り2体!来るよ!!」
シエナは3人を守る体制で先頭に立った。
3人は、慌てて戦闘準備を整える。
「1体は私が引き受けます!残りの1体はお願いします!」
そう叫び、シエナはハイオークの間合いにわざと入って瞬時に下がり、囮になった。
間合いに入られたハイオークは、手に持っていた剣で一度シエナに斬りかかるが、シエナに避けられてしまった事により、そのままシエナの後を追っていく。
「クラウド!カルステン!俺達もやるぞ!」
エレンの号令とともに、3人は得意の連携を生かして、残ったハイオークに攻撃を仕掛けた。
エレン達にとって非常に長く感じた、しかし、ほんの数分の短い時間が経過した頃、体のあちこちに矢が突き刺さり、剣による切り傷や刺し傷からの出血多量で、ハイオークは絶命した。
倒れ込んだハイオークに恐る恐る近づき、万が一生きていた時の為に、確実に息の根を止める為に大きな斧で首を斬りおとすカルステン。首を落としたことにより、安堵する3人は、ハッとしてシエナの姿を探した。
「おみごとです。落ち着いてれば、やはり息の合った素晴らしい連携ですね」
エレン達が後ろを振り向くと、すでに武器を鞘に収め、お腹の辺りをさするシエナの姿があった。
「いや~…死ぬかと思いました…。剣じゃなくてこん棒で本当に助かりましたよ…」
魔法で身体強化ができてなければ、シエナはハイオークの一撃を喰らった時点で上半身が吹き飛んでいたかもしれなかった。現に、身体強化をしていてもかなり強い力でお腹を殴られた感覚が今でもシエナには残っている。
そして、もし使われてた武器が剣であったなら、身体強化をしていてもシエナの体は真っ二つに斬られていたかもしれなかった。
それを思い返し、シエナはぶるっと身震いするのであった。
「シエナ!良かった…無事だったんだな…」
「シエナ…すまない…俺なんかの盾になって死ぬような目に合わせてしまって…」
シエナの無事を喜び、同時に謝罪を入れる3人に、シエナは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。この通りピンピンしてます。それにしても、まさか寝てる時に襲われるとは思ってもいませんでした」
ハイオークは昼行性という訳ではないが、夜行性でもない。
目が光っているように見えたと言うことは、動物と同様に目に微量な光を取り入れて、内部で反射をさせて夜目が効くような構造になっているのだろうから、夜に行動する事だってあるだろう。
それでも、まさか自分達が移動をしてきた初日の深夜に襲われるとは夢にも思ってなかったのである。
もし、あの時、嫌な予感がして目を覚ましてなかったら、もしかするとすでにハイオークの餌食になっていたかもしれない。
シエナは、そんな事を考えながら、ハイオークの死体を一か所に集め始めたのであった。
「さて、私は今からハイオークの血抜きと解体しますので、皆さんは寝ててもいいですよ」
「いや、流石に今日はもう恐ろしくて寝られないよ…」
「俺も手伝う」
「俺は周囲を少し見回ってくるよ」
結局、それからシエナ達はハイオークの解体や見回りで時間を使い、それらが全て片付く頃には陽が昇り始めた頃であったのだった。
シエナは、解体されたハイオークの肉を手引き車に乗せて、落ちないように紐で固定をしながら、ある1つの疑問を口にした。
「そういえば、この世界じゃ豚を見たことないなぁ…猪は見たことあるけど」
「ぶた?ぶたってなんだ?」
「えっと、牛や羊のような食用の家畜です。見た目はオーク系にそっくりで、牙が生えてなくて大人しい猪みたいな動物だと思っていただけたら…」
牛や羊、鶏っぽい家畜がいて、猪がいる世界なのに、何故か豚を見かけないこの世界。今までの前世でも、別の世界ではあちこちに生息していた動植物が、どこを探しても見かけない世界があったり、逆に見たことも聞いたこともないような動植物を見かける世界だってあった。
基本は、どの世界も進化の始まりとなる単細胞生物が一緒だったのか、似たような進化をしている。
たまに、この世界の鶏のように見た目などは似ているが、微妙に違いのある進化を遂げている動物も存在している。進化の方法や過程が違って、他の世界と差が出てくるのだろう。
しかし、大体のところはそっくりなので、シエナは今まで特に気にしていなかった。
むしろ、前世の地球には他の世界に存在しなかった動物や虫が多く存在していた方がびっくりしているのだった。
そして、この世界はどうやら豚が存在していないのかもしれない。豚の元となる生物が、オーク系のモンスターなどにそのまま進化してしまったのだろうと、シエナは思った。
肉の味や見た目は、ほとんど豚だったのだから。
肉質や脂ののり方は、日本の豚に比べると遥かに劣るが、それでも豚っぽい肉があるのは助かるのである。
「その豚って動物がいたら、もしかするとオークは食べられてなかったかもしれないですね。そして、家畜としての豚が存在していたら、豚肉の料理のレパートリーももっとあったのかも…」
「ん?シエナの言ってる事がいまいち理解できないんだけど…」
「気にしないでください。独り言です。私の病気みたいなものです」
シエナは少しだけ遠い目をして自虐的に呟いたのであった。
その後、川の近くに穴を掘り、そこにハイオークの内蔵や討伐証明部位以外の食べられない部位を投げ入れて、シエナは指先をその残骸に向けた。
少しだけ集中をして、その残骸を炎で燃やすイメージをする。
更に、体中に流れている魔力を指先から飛ばして、ぶつかった先で発火するイメージを付与してシエナは魔力を放った。
すぐにハイオークの残骸は、ジュウジュウという音と、やたらと香ばしい匂いを点てて燃え上った。
そして、香ばしい匂いから焦げ臭い匂いへと変わっていき、最後には消し炭のような黒い燃えカスが残り、これ以上は燃えないとなったところで、穴に土をかぶせていき、穴を完全に塞ぐ。もし、誰かが落ちたら大変だからである。
そのシエナの様子を、エレン達は「やはり不思議だ」と言うような表情で眺めていた。
どう見ても、シエナは火の玉を飛ばしていないのだから。
火の魔法をいとも簡単に使っているのも驚きだが、火の玉を体から飛ばさずに火の魔法を使うなんて誰も見たことがない。
ゴブリンや他のモンスターを倒した後も、シエナは同じように穴を掘ってそこでモンスターの死体を燃やしていた。
腐って変な臭いを出されても困るし、それから病原菌が発生するのを恐れての行動である。
その様子を何度か見てきたエレン達は、火の玉を飛ばす事なく魔法を発生させる事のできるシエナの魔法使いとしての才能に興味が沸き、同時に不思議に思うのだった。
残骸の処理を終えたシエナ達は、朝食を昨日の残りのスープとパンで簡単に済ませ、テミンに戻るべく歩み始めた。
森を抜け、街道を歩き始めてからしばらくの間は、無言であったのだが、やがてエレンが痺れを切らせてシエナに話しかける。
「シエナ、良かったら俺達と本格的にパーティーを組まないか?」
まるで、好きな女子に告白をして、その返事を待つ男子中学生のような緊張した表情で、エレンはシエナの綺麗な目をジッと見つめた。
対するシエナは、きょとんとした表情をした後に、謝罪の言葉を入れた。
「ごめんなさい。私は宿屋経営を生業としてますので、パーティーに加入する事はできません。今回は、目的や利害が一致してましたので、合同で組ませていただきましたが、これからも冒険に出掛ける時は、基本は一人で冒険に出ようと思っています」
そのシエナの言葉にエレンは「やっぱりか…」と残念そうな表情を出した。
「でも、私の時間が空いている時や、私の協力が必要な時には、誘っていただけたら今回みたいに合同で臨時パーティーを組んでも大丈夫です。その時には改めて誘ってください」
そう言って、シエナは優しく微笑みかけた。
その微笑みに、3人はドキッとしてしまう。
(いや、何を年下の小さな女の子にドキッとしてるんだ…)
3人はほぼ同時に自分の頭を叩き、シエナはそんな3人の様子を不思議そうに眺めて首を傾げるのであった。
「そうだ!街に帰ってギルドに依頼完了の報告が終わったら、是非皆さん私の宿に来てください!この冒険ではあまり良い食事が出せなかったので、美味しいご飯をご馳走しますよ」
名案が浮かんだ。と言う表情でシエナは3人を宿に誘う。
シエナのこの人生の目的は『宿屋でお客様をもてなして幸せな気分になってもらい、自分も幸せになる』だが、真の目的は『美味しい料理を広める』である。
共に冒険した仲間を食事に誘うのは自然な事であると思ったシエナは、1人でも多く料理を広める為に3人を誘ってみたのであった。
エレン達は、その提案にはもちろん賛成であった。
(よし!せっかくだからこのハイオークの肉で何か作ろうっと。何がいいかなぁ。酢豚とか回鍋肉がいいかなぁ)
シエナは嬉しそうに帰った後にご馳走するメニューを考える。
(は!そういえば、うちのメニューに回鍋肉がない!帰ったらガストンさんにも作り方教えてメニューに導入しなきゃ!)
なんであんなに美味しい料理を今までメニューに入れてなかったのか、と、シエナは失敗したという表情をする。
先ほどからシエナの表情がコロコロ変わるのを、面白おかしく眺めるエレン達は、コンソメスープだけでも美味しかったシエナの料理に期待に胸を膨らませてテミンの街へと帰るのであった。
次話から更新ペースが2~3日おきになると思います。




