冒険中です
「前方からゴブリンが5体来てます」
街を出てから1時間程歩いた距離の場所で、シエナは呟いた。
シエナの言葉に、エレン達が目を凝らすように前方を確認すると、遠くの方から何かが近寄ってきているのが見える。
それがゴブリンであるかは流石にまだ視認はできてないが、そんなに遠くのものを見通せるシエナの視力にエレン達は驚くのであった。
「戦闘はどうします?」
「ゴブリン5体程度なら、俺達だけで十分だ」
そう言って、エレン達は戦闘準備をする。戦闘準備と言っても、冒険に出掛けるのだから準備自体は既に終わっている。
単純に、武器を手に持ち、自分達の連携が取りやすい位置まで距離を空けるだけであった。
そして、ゴブリン5体と接敵したところで、クラウドが弓矢で先制攻撃をする。
運良く放った矢が急所に刺さったのか、それだけで1体のゴブリンが絶命した。
「ナイス!クラウド」
ゴブリンも散り散りに分かれ攻撃を仕掛けてくるが、エレンもカルステンも、クラウドの攻撃の邪魔にならない位置まで誘導をして、ゴブリンに攻撃を仕掛ける。
エレンは剣で切りかかり、カルステンはハルバードの様な大きめの斧を叩きつける。
2人の攻撃を喰らい仰け反ったゴブリンに、クラウドが矢を放って追撃をする。
そんな3人の連携を、シエナは感心するように眺めていた。
あっという間にゴブリン5体を倒した3人は、シエナの元まで戻ってきた。
「お疲れ様です。ダフロスさんが言っていた通り、良い連携でした」
シエナは笑顔で3人を労う。エレン達は、可愛い女の子に褒められて満更でもない表情をする。が…。
(これで、もう少しで良いから成長しててくれて、成人してればなぁ…)
同時に3人はシエナの全身を見て、そんな事を考えるのであった。
「そういえば、シエナの武器ってその剣だよな?何か細くて少し曲がってないか?」
再び街道を歩き始めてしばらく経った頃、クラウドがシエナの腰のベルトに刺さっている武器を見て質問を投げかける。
「これは刀という武器です。曲がっているのは、刃が反っているからです。反っている理由は、斬りつけた時に素早く引く事により、鋭い切れ味を出す事ができるのですよ。これはそんな片刃の刀剣です」
そう言って、シエナは手引き車を止めると、刀を抜いて見せた。
「う、美しい…」
クラウドは、その刀の刃に見惚れる。
普通の剣は叩き斬るのが用途であるのに対し、刀は引いて斬るのを目的としている為、かなり鋭く砥がれている。
その鋭く砥がれた刃の美しさは、見る者を魅了した。
シエナの持つ刀は、シエナがハンターランク2になってからすぐに、ギルドの工房を借りて作り上げた逸品である。
ハンターの本登録をした後、ギルド内の見学をしている時に鍛冶工房を見た瞬間、シエナの頭の中に、鍛冶の知識が急に思い出されたのである。
どうやら、どこか遠い前世の世界で、腕の良い鍛冶職人として転生してた事があったようであり、工房を見た事がきっかけで、その知識が思い出されたようであった。
その鍛冶知識と、魔法の知識と、日本で学んだ知識を融合させ、ランク2になってからすぐに刀を作り上げたのである。
普通の剣でも良かったのだが、前世が日本人であったので、せっかくなら浪漫を追い求めようと思った結果、刀を作りあげたのである。
通常だと、刀はほんの数回斬るだけで刃が欠けて使い物にならなくなることが多いが、シエナは自分の魔力を刀に練り混ぜて作り上げ、斬りつける際にも魔力で刃をコーティングする為、いつまで経っても刃が欠ける事のない刀を作りあげたのである。
鍛冶の知識は、生活が便利になりそうな金属製の道具作りの際にも役に立っていた。
最近作ったのは、独立懸架式の馬車のパーツであるが、倉庫に置いていたリアカー同様に、タイヤのゴムの代わりになりそうな素材がない為、今は倉庫で眠っている。
「相手を斬りたくないような時には、こうやって刃のない方で峰内にすると、ただの鉄の棒で殴る形になるので、結構便利な武器ですよ」
そう言いながら、シエナは刀を鞘の中へと収めた。
「せっかく止まったので、ここで少し休憩にしませんか?」
街を出発してから2時間くらい歩き通しである。途中、ゴブリンとの戦闘も挟んでいる為、3人は余計に疲れているだろう。
そう思ったシエナは、休憩を提案した。
エレン達ももちろんそれに賛成であった。
「ちょっと待っててくださいね~」
シエナは、手引き車に乗せている荷物をごそごそと漁り、木のコップを4つ取り出した。
そのコップの中に、魔法で出した水を入れて、3人に手渡す。
(あれ?今どこから水を出した…?…まさか、魔法…ってそんな訳ないか…禁止されているんだし…)
カルステンがどこからともなく水を出したシエナに疑問を持ったが、荷物の中に水を入れてる容器でもあったのだろうと、結論づけた。
この時、もしカルステンがシエナに直接水の出どころを聞いていれば、この世界の魔法の在り方が変わるのが早まっていただろう…。
今まで、同じようにシエナが魔法で出した水を渡されてきた相手も、同じ事を疑問に思ったが、カルステンと同様に、まさか水を魔法で出してそれを飲ませてくるとは思ってなかったので、誰も質問はしなかったのであった。
「はい、どうぞ」
全員に水を配った後で、シエナは出発前にエルクからもらった饅頭を、皆に手渡す。
「これは饅頭って食べ物です。甘くて腹持ちする食べ物なので、休憩時のおやつに最適です」
シエナは饅頭を2つに割ると中身を皆の方へ見せるように向けた。
中身は、小豆で作られた粒あんとなっていた。
「いただきます」
そう言って、シエナは饅頭を一口食べると、幸せそうに咀嚼をするのであった。
「いただきますって何?」
急に質問をされたシエナは、急ぎつつも、良く噛んでから饅頭を飲み込み、その質問に答え始めた。
「今のは、食材への感謝の気持ちを口にしたものです。特に動物の肉なんかを食べる時には『あなたの命を私の命にさせていただきます』と気持ちを込めてます。他には、作ってくれた方への感謝という意味もあります。まぁ、この饅頭は私の手作りですが…」
何度も様々な生物に転生しているシエナは、弱肉強食の世界で食べる側、食べられる側を繰り返してきている。
特に、死にたくないと願っているのに、食べられてしまう恐怖と言うものは身に染みて理解しているのだった。
そんな中で、前世の日本で学んだ、この『いただきます』という言葉の意味は、それまでのシエナの食への関心を大きく変化させたのであった。
他の動植物の命をもらい、自分は生きていく。
自分も、いずれは他の動植物の命となり、死んでいく。
その命のやり取りで感謝もせずに食す事は、この言葉を知ってからのシエナはできなくなったのだった。
「へぇ、何か深いね…」
エレン達は、今まで何も考えずに、ただ生きる為だけに食事をしてきたが、今のシエナの台詞を聞いて、これからは自分達も、自分の命となってくれた食材への感謝をしていこうと考えるのであった。
「なので、私は基本的には討伐してしまった相手は食すようにしてるのですが…あ、またゴブリンが来ましたね」
そう言うと、シエナは饅頭をナフキンの上にそっと置いて、刀を抜いてゴブリンに向かって駆け出す。
今回、シエナ達に近づいてきたゴブリンは4体であったが、シエナがゴブリンの間を駆け抜けたと思ったその瞬間、ゴブリン4体はバラバラになっていた。
「恐ろしく速い斬撃、俺でなきゃ見逃しちゃうね」
もしシエナの斬撃が見えていた者がいればそう呟いていただろう、そのくらいシエナの斬撃は速く、3人の目にはゴブリンが勝手にバラバラになったようにしか見えなかったのであった。
3人の元に戻ってきたシエナは、刀に付着した血を振り落としながら鞘に収めると「今のように、食べれない相手を殺してしまうのはちょっと心苦しいですね」と、呟き、3人を引かせるのであった。
(ダフロスさんにシエナの動きを参考にして強くなれって言われたけど…これじゃ参考にならねぇ!)
エレン達全員が、そう思うのであった。
その後、休憩を終えたシエナ達は、目的地へ向けて歩きだし、途中ですれ違った他の冒険者に、「こんなに小さい娘に荷物運びをさせるとは何事か!」と、エレン達が怒られてしまうトラブルが発生したり、何度かのモンスターとの戦闘や休憩を繰り返し、ハイオークの出現した森へと足を踏み入れた。
森に入った時には、すでに陽は傾き始めていて、出現ポイント近くに到達するまでの間で辺りはすっかり暗くなっているのであった。
「今日はここらで野営しようか」
丁度、木が少ない広場になっている場所があったので、エレンがそう口にする。
小さいが川も近くにあり、野営をするにはもってこいの場所であった。
シエナ達はそれに賛成し、手分けして野営の準備を始めた。
「ふんふふふ~ん~♪」
鼻歌を歌いながら、シエナは荷台から色々な物を降ろし始める。
「これ、一体なんなんだ?」
シエナの持つ道具の数々に興味があるのか、クラウドがシエナの降ろした荷物の中にあった、袋に入った筒状の物を指差して質問をする。
「これは、ハンモックと言う簡易寝具です。こうやって、木と木の間に結び付けて…っと」
そう言いながら、シエナは袋からくるくると丸められた麻と布で出来たハンモックを取り出して、それを木に結び付けた。
「これで、簡易的なベッドの完成です。試しに横になってみてください」
布団代わりのタオルケットをハンモックに載せて、シエナがそう言うと、クラウドはすぐさまハンモックに寝そべってみるのであった。
「おぉ、これは良い!是非とも欲しいな。どこに売ってるんだ?」
「これはどこにも売ってないですよ。私の手作りです」
シエナの言葉に、クラウドががっくりと肩を落としてしまう。
「そんなに欲しければ、あげましょうか?まだいくつか作ってありますし」
「いいのか!?」
シエナの言葉に、クラウドが嬉しそうな表情をする。
「こわ…!クラウドのあんな顔初めて見た…」
カルステンが呟く。
クラウドは、基本は寡黙な人間なのだが、シエナと出会ってから…と言うよりも、シエナの持つ様々な道具や武器を見てから、人が変わったような気がする、とカルステンは思うのであった。
「ご飯できましたよ~」
その後は分担して作業を開始して、シエナは調理係となり食事の準備を進めていた。
元々、ギルドから宿への移動の最中に、食材関係などは全てシエナが準備すると話しを進めていたので、エレン達は焚き火の準備や、周囲の警戒に努めていたのであった。
「はい、どうぞ。簡単な物ですが」
シエナが3人に渡したのは、具がたっぷりと入ったコンソメスープであった。
あとは、持ってきていたパンと果物だけの簡単な食事となったが、普段の冒険ではあまり良い物は食べていない3人は、その濃厚で具沢山なスープの味わいに感動するのであった。
「こんなに美味いスープは初めて飲んだ…」
スープだけでも、お腹一杯になるような量を作ったので、3人は何度もおかわりをした。
「そうだ。良かったら、今度冒険する時に、これ試してくださいませんか?」
そう言って、シエナはエレンに小さな紙袋を手渡す。
エレンが中を開けて見てみると、中には四角い形をした、小さな茶色の物体がいくつも入っていた。
「それは、私手製のコンソメキューブです」
シエナが手渡したコンソメキューブは、宿で作った濃いめのコンソメスープを更に煮詰め、水分を飛ばし、最後に魔法で完全に水分だけを飛ばしきって、粉末状になったお手製のコンソメスープの素である。
それを更に四角く押し固め、日本のスーパーなどに売っているようなコンソメキューブのような物を作り上げたのであった。
1リットル程のお湯に1粒溶かすだけで濃厚な味のコンソメスープが出来上がるので、シエナは冒険に出る時は必ず持ち歩いているのである。
あとはそれに乾燥野菜やベーコンなどの具材を入れて一緒に茹でるだけで、誰でも簡単に美味しいコンソメスープを作ることができるのであった。
受け取ったエレンにその説明をし、今3人が飲んでいるコンソメスープもそれで作った事を話すと、3人は喜んでいた。
男3人での冒険では、野営の際にまともな食事は摂れてなかったようであった。
日持ちして、持ち運びやすい食べ物を選んでいる為、干し肉とドライフルーツだけの食事がほとんどだったらしく、たまに兎などの小動物を狩る事ができた場合のみ、焚き火で焼いて食べているとの事であった。
そんな中に、持ち運びも調理も簡単にできる、美味しいスープの素を渡されたとあっては、喜ばずにはいられなかったのだろう。
鍋を持ち運ぶ必要が出来てしまうが、小さく軽い鍋を選べばそこまで邪魔にはならないはずだと、エレンは考えていた。
「もし、なくなった時は、私の宿にきてくださればいくつでもあげますので、いつでも来てください」
そう言って、シエナは3人に微笑むのであった。
その後、食事を終えたシエナ達は、交代で不寝番をして眠りにつく事にしたのであるが、いくら強いとはいえ、流石に小さい女の子に不寝番をさせる訳にはいかないと思った3人は、自分も不寝番をすると申し出たシエナに、それだけは絶対にダメだと反対意見を押し切ったのであった。
「本当に良いのですか?」
「大丈夫だって。俺達3人だって交代で寝られるんだから、1人2~3時間くらいは寝れるし」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
せっかくの厚意なので、シエナはそのまま甘えさせてもらう事にした。
よくよく思い返してみれば、自分が不寝番をするのはあまり得策ではないと気づいたのは、寝る直前になってからだった。
次の日から、早くに起きて1日中ハイオークの探索をし、それでも見つからなければ更に1日同じ行動を繰り返す必要が出てくるので、消費してしまった魔力の回復を計る為にもしっかりと睡眠を取らなくてはならない。
これからの数日間で、回復する魔力よりも、消費魔力の方が上回ってしまい、魔力が尽きてしまうような事があれば、シエナは完全に何もできなくなってしまう。
そうなれば、3人の足を引っ張ってしまう事になってしまう。
何気に今日も、移動時に身体強化魔法と手引き車の重量軽減魔法を何度も使用してしまっているので、シエナの魔力は残り少なくなっていた。
(危ない危ない…平和な街中じゃなくて、今は冒険中なんだから気を付けないと…)
いざとなれば、すぐに魔力を回復させる手段の物も用意はしていたが、まだそれはほんの少しの魔力しか回復できる見込みのない未完成品となっているうえ、持ってきている数も、腰のベルトに付けている4つしか存在していない為、あくまで万が一の為の物であることを自覚し直し、しっかりと睡眠を取って魔力の回復を努めようと考え、シエナは眠りにつくのであった。
そして、それから数時間後の深夜、シエナは不穏な気配を感じて目を覚ますのであった…。




