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0 序

 四十年前の夏のある日。

「南無大師遍上金剛、南無大師遍上金剛……。」

 葬祭場に読経の声が続く中、会葬者が次々と焼香を済ませていく。祭壇には白い菊の花に包まれて、三十代と思われる若い男性の遺影が飾られていた。喪主席の最前列には黒留袖姿の女性が一人、見るからに憔悴しきった表情で座っているのが見える。その傍らに十歳位の男の子が一人、キリッと口を真一文字に結び、涙一つ見せず正面を見据えたまま座っていた。

「本当にお気の毒にね、あの歳で……。一体どこが悪かったのかね。」

 会葬者の一人が、小声でつぶやいた。

「それが、どうも病気じゃなくて。あれ、ほれ、あれだそうよ。」

「あれって?。」

 もう一人の会葬者が一目を憚るように首をくくる仕草をして見せた。

「しっ、静かに。」

 その時、後ろの方からヒソヒソ話をたしなめる叱声が聞こえ、二人は思わず首を潜めた。

 しばらくして焼香も終わり、式は出棺の儀へと進行していく。

「それでは只今より出棺に移ります。まずはご親族の方、前へお進みください。」

 出棺の合図とともに、参列者の手に次々と一輪の菊の花が渡され、一人また一人と棺の中にその花を静かに供えていく。

「あなた、どうして、どうしてなの。お願い、行かないで。いや、いやよ……。」

 先程まで夢遊病者のように茫然と座っていた黒留袖姿の女性が突然立ち上がると、棺の縁にすがり付いて、大声で泣き始めた。

「これ、見苦しい。しっかりなさい。」

 傍らから七十過ぎの白髪頭の女性がたしなめるが、一向に聞き入れる様子はない。それどころか泣き叫ぶ声はやがて絶叫に近くなり、棺に供えられた菊の花が床一面に散乱した。二三人掛かりで女性を棺から引き離そうとするが、しがみつく力はますます強くなり、棺が危うく祭殿からずり落ちそうになった。その時。

「呪ってやる。父さんを返せ。一生かかっても父さんを殺した奴らを呪ってやる。」

 葬祭場に甲高い声が響き渡った。

 人の群れがさっと割れて、その声の主に向って一斉に視線が注がれた。そこには、あの男の子の姿があった。自分の父親の葬儀というのに涙一つ見せず、いやそれどころかその目は異様に光り輝き、子供とは思えない物凄い形相で、会葬者の中のある一団を睨み付けていた。あまりの恐ろしさに全員が声を失っている中、男の子は土砂降りの雨の中へと駆け出していった。


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