お仕事をする2
「「おねえちゃん、ごめんなさい!」」
女の子たちは泣きそうな顔で言った。
「あたちが魔法見せてって言ったせいで……うわあぁぁぁん」
そっか。
お城の兵隊につかまったことを気にしているんだね。
あたしはしゃがみこんで、子どもたちと目の高さをあわせる。
「だいじょうぶだよ。あたしたちはお城のお仕事をたのまれただけだから」
「よかった! ねえ、おねえちゃんはだいじょうぶだって!」
「おねえちゃん、ろうやに入れられちゃうかと思っ……うわあぁぁぁん」
けどまた、泣きだしてしまった。
そんなに、あたしたちのことを心配してくれたんだね。
この子たちをよろこばせてあげたい。
けど、また魔法を見せるわけにもいかないし……そうだ!
「ねえ、ピッピ、さっきのタルトのふくろをかして」
「いいですけど。何を……あっ」
あたしはふくろからイチゴのタルトをひとつ取りだすと、ふたつにちぎった。
「やきたてで、とってもおいしいんだよ」
女の子にさしだす。
「ありがとう!」
「ありがどう……」
2人はそう言って、モグモグ食べた。
泣いていた子も、焼きたてのタルトを食べて笑顔になった。
「マギーさん……」
「ごめんね。でも、あたしのぶんだけだから」
あたしのタルトはなくなっちゃった。
でも、魔法を見たいって言ってくれた女の子たちが笑っているほうがうれしい。
「こっちのが倍くらい大きいよ!? こっちのはしっこのほう、食べていいよ!」
「うん、ありがどう……」
「マギーさん、あんまり器用じゃないんですね」
「う、それは……」
思わず目をそらして、そしてあたしたちが街に来た理由を思い出す。
「あ、そうだ。あなたたち、最近、この近くでドラゴンを見たことってある?」
「ちょっと、マギーさん。そんなこと言ったら、こわがって、またなきますよ」
ピッピはあわててそんなことを言う。
あたしはしまったって思った。けど、
「ドラゴン! ねえねえ、大きいの?」
「ドラゴンいるの? 絵本で見たのとおなじ?」
口のまわりに食べかすをつけた子どもたちは、目をキラキラさせて言った。
「えっとね、ママが山に薬草をとりにいったときに、ずーっと遠くから大きなかげが見てたって言ってた」
「その話、くわしく聞かせてもらってもいいかな?」
そうやって子どもたちに話を聞いた後、道で遊んでいた子どもや、カフェでくつろいでいたほかの星の人にも話を聞いた。
王さまからも兵隊からも聞けなかった役に立つ話が、たくさん聞けた。
そしてアリサが待っているお城に向かった。
そのと中、ふとピッピに話しかけた。
「子どもたちは魔法やドラゴンがこわくないんだね」
すると、ピッピはちょっと考えてから、ぼそっと言った。
「じつは、わたしはちょっとうらやましいです」
「うらやましい?」
「はい。ほかの国やほかの星では魔法使いがふつうにくらしていて、魔法がふつうに使われているって聞いたので、ちょっとうらやましいと思っていました」
ピッピは真面目な顔をしていたけれど、口元がちょっとだけ笑っていた。
「……あ、いえ、もちろん、王さまの言うことにさからったりはしませんが」
そんなピッピを見て、あたしの耳がヒョコヒョコゆれる。
「な、なんですか?」
ピッピは、ちょっとてれた顔になった。
そっか、ピッピは真面目じゃない顔を見られるのがはずかしいんだ。
そう思ってじっと見つめると、ピッピはイヤそうな顔になってしまった……。
「そういえばマギーさんたちは、今夜はどこにとまるんですか?」
「うーん。カピバラ号はほかの国においてきちゃったから、ホテルかな」
「それなら、お城にあるわたしの部屋にとまってください」
「わーい! ありがとう!」
あたしは耳をヒョコヒョコゆらしながら、ピッピといっしょに帰った。そして、
「わたしのベッドじゃ3人はねられないから、ふとんをかりてきました」
「ありがとう、ピッピちゃん。たすかるわ」
工場から帰ってきたアリサといっしょに、ピッピの部屋におじゃました。
「アリサ、街のパン屋さんでイチゴのタルトを買ってきたよ! 大きなイチゴがいっぱいのってるんだよ!」
「ありがとう。イチゴのいいにおいがするわ」
「今、お茶をいれますから、お2人はくつろいでいてください」
「まあ、ピッピちゃんは気がきくわね」
ピッピはお茶をいれに台所に行った。
あたしはピッピの部屋を見わたす。
お城のはしっこにあるピッピの部屋は、お城のほかの場所みたいにゴージャスじゃないけれど、キチンとかたづいている。
「飛行機のプラモデルがいっぱいあるね」
タンスの上にならんだプラモデルを見やる。
どれもていねいに作られている。
本物の飛行機がそのままちっちゃくなったみたいだ。
ガラスの風よけの中には小さな魔法使いが乗っている。
足のエンジンノズルには、ついさっきまで光のこなをふいて飛んでいたみたいなススがついている。
「このエンジンのよごれかたなんて、本物そっくり。調べたのかしら」
「工場のお手伝いをしたときに見てたんです」
トレイを持ったピッピがやってきた。
部屋のまん中にある丸いテーブルに、いいかおりのするアップルティーのカップをならべて、イチゴのタルトがのった皿をおく。
皿の上の2つのタルトは、ピザみたいに3つづつに切ってあった。
「3人で食べましょう」
ピッピはあたしを見て、ニコッと笑った。
あたしの耳がヒョコヒョコゆれた。
タルトは分度器ではかったみたいにきれいに3等分されている。
きちょうめんなピッピが切ってくれたんだ。
「あら、えらいわね。ピッピちゃんは何でもできるのね」
「いえ、それほどでも」
アリサにほめられて、ピッピは笑った。
あたしも、アリサの料理や機械いじりを手伝おうかな。
ちらっと見やると、アリサはニコニコしながらプラモデルをながめていた。
「とくにここのエンジンノズルなんて、らんぼうな飛び方をすると、すぐによごれちゃうのよね」
そんなことを言いながらあたしを見たので、あたしは目をそらす。
すると、カベにがくぶちがかかっているのが見えた。
がくぶちには写真が入っている。
白い百合のドレスを着た、とてもきれいな女の子だ。
ウェーブのかかったゴージャスな金髪を、こしまでのばしている。
「この子がルー王女だね」
「はい。ルー王女はとてもやさしくて、なんでもできる、すばらしい人なんです」
ピッピは飛行機の話をするときと同じくらい目をキラキラさせた。
「わたしは王さまの使用人だから、あまりお会いしたことはないのですが、たまにお話しするときは、すごくやさしくしてくれて、楽しいお話をしてくれるんです」
お話ししながら、ピッピは楽しそうに笑った。
「おいしいパンのお店も、【なんでも屋】に仕事をたのむ方法も、ルー王女に教えてもらったんです」
「そっか、ピッピはルー王女のことが大好きなんだね」
「はい!」
「そんなピッピちゃんに、良いお知らせよ」
アリサが言った。
「お城の飛行機はみんなこわれちゃって飛べないけど、工場のみんなが使えるパーツをあつめて1機の飛行機を作ってくれるんですって」
「よかったです。これでマギーさんたちといっしょにドラゴンたいじに行けます。あとで工場長にお礼のメールをしておかないと」
ピッピはニッコリ笑った。
そして3人でテーブルについて、3等分になったタルトを食べた。
買ってから時間はたっていたけど、まだほんのりあたたかい生地はサクサクだ。
上にのったカスタードクリームはあまくて、大きくてつやつやしたイチゴはあまずっぱくて、ほっぺたが落ちそうなくらいにおいしい。
ピッピがいれてくれたアップルティーも、ほんのりあまくて、リンゴのかおりがして、とってもおいしい。
そんなふうにくつろぎながら、あたしたちはドラゴンたいじの話をはじめた。
「そのドラゴンだけど、街で聞いた話をまとめると、ブラックドラゴンだと思う。それも子どもじゃなくて、小屋くらいの大きさのやつ」
「……それは、やっかいな相手ね」
「そんなに手ごわい相手なんですか?」
ピッピが首をかしげた。
「この部屋って、ネットにつなげるパソコンとかはある?」
「ありますよ」
アリサはピッピが広げてくれたノートパソコンをかりて、宇宙図書館のページにつなげた。
宇宙図書館には宇宙のあらゆる本が集まっている。
だからパソコンで見られる宇宙図書館のページを調べれば、なんでもわかる。
機械いじりが得意なアリサはパソコンのキーボードをタタタンッとたたく。
画面の上に、ブラックドラゴンの立体写真があらわれた。
コウモリみたいな羽のある、黒いトカゲだ。
口にはキバが生えていて、手足にはするどいカギヅメがのびている。
「これはおそろしそうな相手ですね」
ピッピがきんちょうした顔でそう言って、ゴクリとつばをのんだ。
絵本で見るより、ずっと強くてこわそうだからだ。
でもアリサは冷静な顔で、
「マギー。ブラックドラゴンのこと、何か知ってる」
宇宙図書館のページを調べたらドラゴンのことだってわかる。
でも、ドラゴンのことがぜんぶ書いてあるわけじゃない。
だから、アリサは魔法の生き物であるドラゴンのことを、魔法使いのあたしに聞いてくれたのだ。
あたしは、ずっと昔に先生から聞いた話を「うーん」と思い出す。
「ドラゴンっていうのは、アヴァロンに住んでいる大きな大きなトカゲなの。中でもブラックドラゴンは、口から火のかわりに、なんでもばくはつさせる【はんぶっしつ】のビームをはくんだよ」
「それはおそろしい相手ですね……」
「あとね、とっても頭がよくて、魔法を使えるの。魔法を使うドラゴンは、ドラゴンの魔法を使うんだよ」
「ドラゴンの魔法? マギーさんの魔法とはちがうんですか?」
あたしは笑顔で「うん」と答える。
ピッピが魔法のことを聞いてくれて、なんだか妹ができたみたいな気分でうれしかったからだ。
「宇宙にはいろいろな人たちがいるから、魔法もいろいろあるんだよ」
「いろんな魔法があるんですか」
ピッピは街の子どもたちみたいに目をキラキラさせる。
「マギーったら、いつもは魔法の勉強をサボってばかりのくせに」
「もー、アリサったら!」
アリサがいつもみたいにイヤミを言うから、あたしは口をとがらせる。
そんなあたしたちを見て、ピッピがわらう。
「アヴァロンの魔法使いが使うのはケルト魔法っていうの」
「マギーさんもドラゴンも、同じケルト魔法を使うんですか?」
「うーんとね、ケルト魔法には2種類あって、エルフィン人のケルト魔法は宇宙に満ちる魔法の力におねがいして魔法を使うの。けどドラゴンのケルト魔法は自分で魔力を作りだして魔法を使うんだよ」
「ドラゴンはどんな魔法を使うんですか?」
ピッピがワクワクした顔で聞いてくれたので、あたしもニコニコ笑顔になる。
「【エレメントをあやつる魔法】のかわりに【エレメントを作る魔法】。それから【ものを動かす魔法】のかわりに【時間と空間の魔法】を使うの」
「マギーより頭がよくて、スゴイ魔法が使えるドラゴンなのね」
「アリサったら、すぐそういうこと言う」
あたしはアリサにプリプリおこる。
「それから【動物や植物の魔法】のかわりに……なんだっけ」
「マギーったら、しっかりしてよ」
「もー、わすれちゃったんだからしかたなないでしょ」
あたしはぷぅっと口をとがらせた。けどアリサはそんなの知らんぷりで、
「やっつけられた飛行機のカメラを見せてもらったら、むらさきいろのビームをはいてたわ。マギーの言うとおり、ルー王女をさらったのはブラックドラゴンね」
「アリサ、どんな魔法を使ったかわかる?」
ドラゴンの魔法はどれも強力だ。
だから、ルー王女をさらったドラゴンが具体的にどんな魔法を知っているのかをたしかめておきたい。
「カメラには、何もないところから火の玉をたくさん出す魔法と、氷のカベを作る魔法がうつっていたわ」
「こちらの数が多くても、ゆだんはできないですね」
「しかも、ドラゴンにやっつけられた飛行機は、ミサイルやてっぽうやエンジンだけがこわれてて、ボディはほとんどこわれてなかったのよ」
「兵隊たちにケガをさせないように、運転席じゃないところをねらってたってことですか?」
「兵隊たち、そんなによゆうでやっつけられちゃったんだね」
つまり、ドラゴンがそれくらい強いっていうことだ。
「もうひとつ、気になることがあるの」
「ええっ、まだあるの!?」
「飛行機がふっとばされてカメラがうつらなくなるすぐ前には、ドラゴンは火の玉もビームもうっていないのよ」
「どういうことですか?」
「ドラゴンは、カメラにうつらないようなスゴイこうげきができるってことだね」
「ええ、そういうことになるわね」
アリサはむずかしい顔で言った。
あたしはゴクリとつばをのみこんだ。
そんなすごいドラゴンを、本当にやっつけられるのかな?
ううん、やらなきゃ!
だって、あたしたちは【なんでも屋】として、ドラゴンをやっつけてルー王女をすくいだす仕事を引き受けたんだから!
「それにしても」
ピッピはあたしとアリサの顔を見ながら、言った。
「お2人はすごく仲がいいんですね。ちょっとうらやましいです」
そっか。
ピッピは王さまの使用人で、まわりは大人の兵隊ばっかりだ。
だから、ひとりぼっちだったんだ。
「わたしにも、魔法を使える友だちがいたらなって、ちょっと思います」
それならあたしが友だちになってあげるよ! と言いかけたその時、
「できたら、マギーさんよりもう少しおとなしい人がいいです」
「ええっ!?」
あたしはショックで目を丸くした。
それなのに、アリサは笑っているだけだった。