お仕事をしない
「わーい、重力だ!」
「もう、マギーったら。飛行機の中で走らないの」
アリサが小言を言った。
宇宙には、いろいろな星があって、いろいろな人たちがくらしている。
その中でも【アヴァロン】は、あたしたちエルフィン人のふるさとだ。
お花と魔法の星なんだよ。
だから、お花がいっぱいさいていて、森もいっぱいある。
そこには鳥や動物もたくさんいる。
ドラゴンやユニコーンみたいな魔法の生き物だっている。
エルフィン人のふるさとって言ったけど、エルフィン人は数が少ない。
だから、地球からやって来た人間たちもたくさんくらしている。
あたしたちは、そんなアヴァロンの星におりてきた。
そして宇宙港のパーキングにカピバラ号をあずけて、乗り合い飛行機にのった。
飛行機は、いなかの小さな国【キャロット王国】に向かっている。
なんでそんなめんどくさいことをしたかって言うと、キャロット王国はとても小さな国で、宇宙船がとまれる宇宙港がないからだ。
だから、あたしたちは、今、ブタの形をした乗り合い飛行機にのっている。
大きな乗り合い飛行機の中は、とってもとっても広い。
かわいらしい子ブタの形をしたイスがならんでいて、いろいろな星の人たちがすわっている。
金色の髪と青い目をしたアリア人の女の子が、むずかしそうな本を読んでいる。
宝石でできたアートマンは、気持ちよさそうにいねむりしている。
耳が長いエルフィン人は……いないみたいだ。
そんな飛行機のイスの間のろうかには、カーペットがひかれている。
あたしはそこをピューっと走りぬけた。
すると、アリサがさっそく小言を言い始めたのだ。
「だって、せっかく重力のある星におりたんだよ!」
あたしはぷぅっと口をとがらせる。
重力っていうのは、大地が人や物を下向きに引っぱる魔法の力だ。
宇宙にはそれがないから、走ろうとしてもフワフワうかんで上手に走れない。
でも、アヴァロンの星には重力がある。
だから、飛行機に乗っていてもカーペットに足がつくし、思いっきり走れる。
それに、まどの外には青い空が広がっていて、雲がひろがっている。
もちろん青い空も、白い雲も、宇宙にはない。
だから、宇宙からおりてきたあたしたちに、大地や風や水の魔力が「おかえりなさい」って言っている気がして、とてもうれしい。
なのにアリサはむずかしい顔をする。
「それでもダメよ。ほかの人にぶつかったら、あぶないでしょ?」
「もー、アリサったら! ぶつかったりなんか――」
アリサをふり返ったとたん、
ドンッ!
だれかにぶつかった。
「マギー、だいじょうぶ!?」
アリサがあわてて飛んできた。
「すいません、だいじょうぶですか?」
あたしがぶつかった人に、アリサがあやまってくれた。
見やると、ネコの顔をしたおばあちゃんだった。
ネコの星【イアルニャニャ】にすんでいる、動物の顔をした【アーク人】だ。
「ごめんなさい」
あたしもアリサといっしょに、アーク人のおばあちゃんにあやまる。
「わたしはなんともないから、気にしないでおくれ」
おばあちゃんは笑って言ってくれた。
でも、アリサの言ったとおり、飛行機のろうかを走るとあぶないね……。
あたしが反省したそのとき、
イタ!
あたしの後ろ頭に何か当たった。
「きゃー! ごめんなさい!」
見やると、宝石でできたちっちゃな女の子がうかんでいた。
あたしは思わず、うけとめる。
宝石でできた【アートマン】の子どもだ。
あたしはアートマンの子をおろす。
そして、となりにしゃがみこんで目線を合わせる。
「飛行機の中で思いっきり飛んだら、あぶないよ」
「ぷぷっ」
あたしが言ったとたん、アリサがふきだした。もー!
「だって、飛行機の中はたいくつなんだもん! ママはねてるし」
「そっか。それじゃあね……」
あたしは魔法のペンダントをにぎりしめて、
「風さん、空気に宿る魔力さん、かたまってネコになって!」
呪文をとなえる。
空気がかたまって、とうめいなネコの形になった。
あたしは空気のネコを女の子にわたす。
女の子は見えないネコを、ふしぎそうにさわる。
「自分の席で、これで遊んでて。これならたいくつしないでしょ?」
「わーい! おねえちゃん、ありがとう!」
アートマンの子は、空気ネコをかかえて自分の席に走っていった。
「おや、おじょうちゃん、頭にコブができているよ」
おばあちゃんに言われて、おでこをさわる。
ちょっとふくらんでた。
さわるといたい。
すると、おばあちゃんもペンダントを取りだして、呪文をとなえた。
「わたしの、ごせんぞさま、命をつかさどるイシスよ。コブをなおしておくれ」
おでこのところで何かがキラキラ光ると、いたくなくなった。
アーク人の魔法使いが得意な【命の魔法】だ。
「ありがとう。ステキな魔法だね」
「さっきのおじょうちゃんの魔法も、とってもステキだったよ。【エレメントをあやつる魔法】を使うおじょうちゃんは、エルフィン人かしらね」
「うん! そうだよ!」
おばあちゃんに魔法をほめられて、あたしの耳がヒョコヒョコゆれる。
「おじょうちゃんたちは、どこまで行くんだい?」
「えっと、お仕事でキャロット王国まで行くんです」
「おや、エルフィン人がキャロット王国でお仕事なんて、めずらしいねえ」
すると、アリサが首をかしげた。
「ここはアヴァロンなのに、エルフィン人はめずらしいんですか?」
「そうなのさ」
おばあちゃんは、ちょっとおこった声で言った。
「ここはお花と魔法の国【アヴァロン】なのに、キャロット王国は魔法を使っちゃダメな国なんだよ。だから、魔法が得意なエルフィン人は行きたがらないのさ」
そして呪文をとなえた。
すると、おばあちゃんの体はまぶしく光って、人間のおばあちゃんになった。
「それに、あの国には人間しかいないんだよ。だから、国の中で魔法を使ったらダメだなんて言うクセに、魔法で人間に変身していろだなんて言うのさ」
あたしとアリサは、顔を見合わせた。
そうやって話をしているうちに、乗り合い飛行機はキャロット王国についた。
「魔法を使っちゃダメな国って、どういうこと?」
「そんなこと、わたしに聞かないでよ」
アリサは、古びた木のカウンターにひじをついて言った。
こはく色のリンゴジュースが入ったグラスで、氷がカランと音をたてた。
キャロット王国についたあたしたちは、飛行場の近くにあるカフェに来ていた。
カフェのカベは赤いレンガでできている。
カベにはつるを元気にのばしたアサガオがたくさんさいている。
席と席をしきるパーテーションは、お花を植えるプランターになっている。
そこには、赤、白、きいろのかわいいチューリップがならんでいる。
でも、お店にいるのは人間(あるいは人間のすがたになった人たち)だけだ。
お花の間を飛び回る小さなエルフもいない。
ほかの星のカフェみたいに、いろいろな星から来たいろいろな人たちもいない。
本当に魔法がダメな国なんだなって思ったら、少しさみしい気持ちになった。
長い耳が、しゅんとたれる。
あたしたちがカフェに来ているのは、お仕事のことを調べるためだ。
あたしたちはプロの【なんでも屋】だ。
だから、いつもは仕事を引き受ける前に、仕事のうわさや、たのんできた人のうわさを調べたりする。
とくに今回は、仕事を引き受けるまで、たのみたい人の名前がわからない。
だから、いつもよりしっかりうわさを調べないと。そう思っていた。
でも、今回はカフェで調べる前に、たいへんなことを聞いてしまった……。
アヴァロンは魔法使いがたくさんいて、魔法の生き物だってたくさんいる。
なのに、魔法を使っちゃダメな国があるなんて。
なにかのまちがいかもしれないから、ケータイでこの国のことを調べてみた。
空港の人やカフェの人にも聞いてみた。
でも、やっぱりキャロット王国は魔法を使っちゃダメな国だった。
「だいたいアヴァロンはエルフィン人の星でしょ? なんで知らないのよ?」
「だからって、アヴァロンのことを全部知ってるわけないでしょ」
あたしはぷぅっと口をとがらせた。
「そんなこと言うんだったら、この星の人間は、もともとは地球人なんでしょ?」
「人間なんて、この広い宇宙の、どの星にもいるのよ? その人たちのことを全部知ってるわけないでしょ」
こんどは、アリサがプリプリおこりながら言った。
でも、おこっているだけじゃ仕方がない。
どうしたらいいのかを考えないと。
そして2人して考えて、
「この仕事を引き受けるはやめて、宇宙に帰りましょうか」
「……そうだね」
そう言って、あたしとアリサはなかよくため息をつく。
引き受けた仕事を勝手にやめたらダメだ。
仕事をたのんだ人にとてもめいわくがかかるからだ。
そんなことをする人は【なんでも屋】の世界ではやっていけない。
でも、あたしたちは、まだ仕事を引き受けていない。
仕事をたのみたい人に会ってすらいない。
だから、あたしたちはこの仕事を引き受けるのはやめることにした。
おひめさまはちょっとかわいそうだけどね。
宇宙にはあたしたちのほかにも【なんでも屋】はいる。
魔法がダメでも、ミサイルやばくだんをたくさん使える人たちもいる。
だから、この仕事はやりたい人にやってもらえばいいと思う。
やりたい人がいなかったら、王さまやお城の兵隊がなんとかしてくれるはずだ。
「魔法を使っちゃダメだなんていったら、マギーはここぞとばかりにサボるもの」
「もー。アリサったら、すぐそういうこと言う」
あたしは、ぷぅと口をとがらせる。
でもアリサは本当は、魔法を使っちゃダメな国で仕事をしたくないんだと思う。
あたしだって、アリサがメンテナンスしてくれる飛行機を使っちゃダメなんていう国があったら、きっとそこでは仕事をしたくないもん。
そう思ってアリサのほうを見たら、アリサと目があった。
「あ、そうだわ」
アリサはニッコリ笑いかけてくれた。
「せっかくだから、どこか見物してから帰りましょうよ」
「そうだねー」
そして、どこを見物しようか話しながら、カフェを出た。
あたしたちはプロの【なんでも屋】だから、切りかえもはやい。
やめちゃった仕事のことはすぐにわすれて、楽しく街を見物することを考える。
「この国には有名なお城があるのよ。大きくて、すごく昔からあるんですって」
「あ、それ、空港のパンフレットで見たよ! カッコイイよね」
「この近くにあるらしいわ。せっかく飛行機も持ってきたし、行ってみない?」
「わーい! アリサと飛行機でおさんぽだ」
長い耳がヒョコヒョコゆれた。