勇気が出るダンジョン2
ダンジョンのおくから、大きな丸い岩が転がってきた。
岩はダンジョンぎりぎりくらいの大きさで、にげる場所なんてない。
「みんな、入り口に向かって走って!」
アリサがさけんだ。
せっかくここまで来たのに!
でも、それ以外に大岩からのがれる方法はない。
グズグズしていると、岩につぶされてペチャンコになっちゃう!
ルー王女はクロウの手を引いて走る。
クロウは息を切らせながら、それでも気力をふりしぼって走る。
そんな2人の後に、あたしとアリサがつづく。
その後ろから、大きな岩が地ひびきをたてながら転がってくる。
「岩を止められるか、ためしてみます。2人は先に行ってください!」
アリサはさけぶ。
「マギー! 魔法を!」
「うん! 土さん! 大岩に宿る魔力さん! 転がるのをやめて、止まって!」
魔法の光が、大岩に向かってほとばしる。でも、
「きかない!?」
「それなら、わたしが!」
アリサはグラムをフルパワーでうつ。
キュイン! キュイン!
でも、大岩をふっとばすはずのビームは、岩にすいこまれて消えてしまった。
「こっちもダメ! わたしたちもにげるわよ!」
「風さん、空気に宿る魔力さん、力をかして!」
風の魔法でスピードアップして、あたしとアリサは走り出す。
「でも、もどるとちゅうにガケがあったわね。こまったわ」
そしてルー王女とクロウに追いつく。
「岩は止まりませんでした! 外までにげましょう!」
「でもアリサ、ガケはどうするの?」
さっきまでこのあたりに開いていた大きなガケは、すっかりなくなっていた。
「不幸中の幸いね。これで、このまま外までにげられるわ!」
そのとき、クロウが石につまづいて転んだ。
「クロウ!? だいじょうぶですの!?」
「うん、だいじょうぶ……いたっ!」
見やると、クロウの足がはれていた。
くじいてしまったみたいだ。
「わたくしが、おぶっていきますわ!」
でも、クロウは足をかばうようにすわったまま、言った。
「……わたしをおぶったままにげるなんて無理よ。わたしは大岩につぶされても、きっとだいじょうぶ。本当はドラゴンだもの。だから、わたしをおいてにげて」
「人間のすがたになっているのに、そんなはずはありませんわ!」
「でも、このままじゃルーが……!!」
その間にも、大岩はどんどんせまってくる。
「……マギーさん、アリサさん、おねがいします。わたしをおいて、ルーをダンジョンの外まで連れていってください!」
「そんなのダメ!」
あたしは、思わずさけんだ。
「クロウとルー王女は友だちなのに、クロウだけおいてにげるなんて、そんなおねがいは聞けないよ!」
「わたしたちはルー王女に仕事をたのまれたんですもの、ルー王女があなたを見すててないって言ったら、わたしたちも、あなたを置いてにげられないわ」
「ルー。マギーさん、アリサさん……」
ルー王女は、地ひびきをたてるダンジョンのおくをキッとにらむ。
「イチかバチかですわ! アリサさんのグラムと、マギーさんとクロウの魔法を集中して、岩をバラバラにしますわよ!」
「わかりました、王女」
「まかせて!」
「……う、うん! がんばる!」
アリサはグラムの電池を新しいものに取りかえる。
クロウはヘトヘトにつかれて、足もくじいてくるしそうだけど、それでもスゴイ魔法を使うためにメガネをはずす。
「伝説の魔女ブリジットさま、あたしに力をかしてください!」
あたしは、あたしたちの遠い遠いごせんぞ様の、春の太陽のように元気で、ちょっとらんぼうな女の子のすがたをイメージする。
杖にかけられたドラゴンの魔法に力を借りるためだ。
エルフィン人の魔法使いは、そうやって火の魔法を使う。
あたしの呪文にこたえるように、杖の先に、火のエレメントが生まれる。
そして、大岩が追いついてきた!
アリサはグラムをうつ。
キュイン! キュイン!
「……伝説の魔法使いバロールよ、わたしに力をかしてください」
クロウの目からビームがはなたれる。
ブラックドラゴンがはくみたいな、むらさき色のビームだ。
「魔法の火さん、ほのおに宿る魔力さん、あの岩をふっとばして!」
あたしの杖の先からも、火の玉が飛んでいく。
でも、ビームも火の玉も、岩をすりぬけてしまった。
「そんな!?」
大岩があたしたちの目の前までやってきた!
ルー王女が、クロウをかばうようにだきしめる。
そのとき、あたしは、ふと、ひらめいた。
「地面さん! 大地に宿る魔力さん! へこんで!」
とっさに呪文をとなえる。
あたしたちが立っていた地面にあながあいて、4人は落っこちた。
そして大岩は、あたしたちの上を通りすぎて、ゆっくり止まった。
「ふう、あぶないところでしたわ」
ルー王女は、ほっとした声で言った。
だきしめていたクロウから手をはなす。
「よく考えたら、はじめから、こうすればよかったんじゃない?」
あたしをはなしながら、アリサがブツブツ言った。
「もー、アリサったら。みんなぶじだったんだから、いいじゃない」
あたしがぷぅっと口をとがらせたとたん、あたしたちの体がおし上げられた。
地面をへこませる魔法がとけて、あながふさがっているのだ。
「……ぎりぎりで魔法を使わなかったら、魔法がとけたところで岩につぶされてましたね」
クロウがフォローしてくれた。
「どちらにせよ、みんなで力をあわせれば、こわいものなんかありませんわ」
ルー王女はそう言って笑いながら、大岩のところまで歩いていく。
そしてコンコンとたたこうとする。でも、
「……あれ?」
その手は大岩をすりぬけた。
「なんですの!? これ!」
あたしたちもルー王女のところに行ってみる。
王女は岩に手をつっこんだまま、ビックリして目を丸くしていた。
ああっ、まさか!
岩のちかくを見ると、すみっこにキノコがはえていた。
あ、そうだ!
「キノコさん、植物に宿る魔力さん、この岩のことを教えて!」
「……キノコは植物なの?」
「もー、アリサったら」
アリサはブツブツこまかいことを言うけれど、キノコは答えてくれた。
「魔法を使ってそんなこともできるんですのね!」
ルー王女が、感心するようにそう言った。
「そんな魔法が使えるなら、はじめから使いなさいよ」
アリサはプリプリおこった。
でも、あたしは、ぷぅっと口をとがらせるどころじゃない。なぜなら、
『おじょうちゃんや、その岩は魔法で作られたまぼろしじゃよ。岩のかっこうをして、みんなをおどかしておるんじゃ』
キノコはそんなことを言ったのだ。
「それじゃ、あたしたちが大岩からがんばってにげたのは、ムダだったの!?」
あたしは、グッタリつかれた。
だって、大岩はまぼろしだったのだ。
まぼろしは本物そっくりだけど、つぶされたって、すりぬけるだけでイタくもカユくもない。もちろんビームだってすりぬけちゃう。
まぼろしは岩じゃないから【エレメントをあやつる魔法】だってきかない。
「細い道をわたったり、クロウが火になったりしたのも……」
きっとムダだったんだ。
消えちゃった火のカベやガケも、どうせまぼろしだったんだろうし。
「……ごめんなさい、わたしも、まぼろしだって気づければよかったね」
「えー。だって、火はあんなにあつかったし、大岩はものすごい音をたてて転がってきたんだよ。こんな本物みたいなまぼろし、見やぶれるわけないよ」
「もう、まぼろしはコリゴリだわ」
そんなふうに、あたしたちはがっかりしながら、ほっとした。
そして思い出した。
ドラゴンのケルト魔法が得意な魔法は3つ。
ひとつは【エレメントを作る魔法】。
もうひとつは【時間と空間の魔法】。
そして、最後のひとつは【心の魔法】だ。
心をあやつって、まぼろしを作ることができる。
心の力を使って魔法を強くすることもできる。
けど、それはとてもむずかしい魔法だ。
心は魔法じゃ変えられないから、すごくていねいに魔法をかけないと、すぐにとけて消えてしまうのだ。
このダンジョンを作った魔法使いは、スゴイ魔法使いにちがいない。
たぶんエルフィン人とドラゴンのケルト魔法を両方とも使える、とっても、とってもスゴイ魔法使いだ。そんなことを考えていると、
『まぼろしによる試練を、よくくぐりぬけました』
どこからともなく声が聞こえた。入り口で聞こえた声だ。
『これが最後の試練です』
すると、まわりの景色が変わった。
そこは街の近くだった。
「これも、まぼろしだね」
あたりを見回すけど、だれもいない。
アリサも、ルー王女もいない。
遠くに黒い髪のおさげが見えた。
「おーい! クロウ!」
あたしは声をかけるけど、クロウは気がつかない。
さけんでも、手をふっても気づかない。
クロウからはあたしが見えなくて、声も聞こえないらしい。
近づこうとしても近づけない。
まぼろしの魔法で、近づけないようにされているみたい。
走っているつもりでも、本物のあたしは足ぶみをしていて進んでないんだ。
そして、クロウの前に、よろいを着た兵隊たちがあらわれた。
『ドラゴンが、こんなところに何の用だ!?』
電話から聞こえてくるような、すこしこもった声だ。
この兵隊もまぼろしだ。
でも、たくさんの兵隊にかこまれて、クロウは泣きそうになった。
やっぱり、こわいんだ。
「あ、あの、わたしは、ただ……」
『ここは人間の街だ! ドラゴンなんか、あっちに行け!』
兵隊たちは、カタナやこんぼうをふりまわしながら、さけんだ。
「何をやっているの!? クロウはちゃんと人間のすがたになってるじゃない!」
あたしはさけぶけど、兵隊のまぼろしにあたしの声はとどかない。
『悪いドラゴンめ! この街であばれて、ムチャクチャにするつもりだろう!』
「わ、わたしは、そんなこと……」
『ドラゴンなんか、山に帰ってしまえ! 帰らないって言うなら――』
兵隊たちはクロウをヒドイ目にあわせようと、カタナやこんぼうをふり上げる。
街からはさらに兵隊がやってきて、弓をかまえた。
『おまえをカタナで、こんぼうでなぐって、弓でうってやる!』
クロウは思わず、しりもちをつく。
こんなの、ヒドイ! クロウは人間や人間の街が好きで、ルー王女と仲良くくらしたいって思ってるだけなのに!
たぶん、これは、あたしたちの中でいちばん気が弱いクロウの、いちばんこわがっているものをまぼろしにして見せているんだ。
でも、だからこそ、兵隊たちを止めたい。
クロウに「クロウは悪いドラゴンなんかじゃない」って言ってあげたい。
でも、まぼろしの魔法のせいでクロウに近づけない。
あたしがあせっていると、
「あなたたち、何をやっていますの!?」
兵隊たちの前に、ルー王女があらわれた。
「クロウに何かしたら、わたくしがあなたたちをヒドイ目にあわせますわよ!!」
ルー王女は王さまみたいにカンカンにおこって、兵隊たちをどなりつける。
そっか! 魔法は心でできている。
その中でも、まぼろしの魔法は心に近い魔法だ。
だから、強く、本当に強く願えば、魔法を使わなくてもまぼろしを変えることができる。
「あたしだってクロウの味方だよ! クロウは悪いことなんてしてないのに、こんなことするなんて、おかしいよ!」
ふと気づくと、あたしも兵隊の前に立っていた。
『その長い耳! お前は悪魔の手先だな!』
「あなたたちはものを知らないバカなのね! マギーはエルフィン人っていう、アヴァロンにずっとむかしからすんでいるステキな人よ!」
あたしのとなりにアリサがあらわれて、兵隊たちをどなりつけた。
すると兵隊たちは、まるで魔法を使われたみたいにふっとんだ。
いつも大人で冷静なアリサは、本当はだれよりもやさしくて、おこるとこわい。
あたしは思わず笑った。
あたしも、アリサも、ルー王女も、クロウを守りたいっていう強い想いで、まぼろしの魔法を打ちやぶることができたからだ。
「クロウ! もうだいじょうぶですわ」
ルー王女は、クロウに手をさしだす。
クロウはさしだした手をにぎって、立ち上がる。
ニッコリ笑って、それから兵隊をキッとにらんだ。
「わ、わたしは悪いドラゴンなんかじゃありません……!!」
兵隊に向かって、はっきりと言った。
「ルーや、マギーさんや、アリサさんが信じてくれるから、わたしは悪いドラゴンなんかじゃありません……!!」
でも兵隊たちは、カタナをふり上げ、弓をかまえた。
『そんなの口先だけだ! おまえなんか、やっつけてやる!』
兵隊たちはカタナをふり下ろし、弓をうった。
「ルー、みんな、下がってください……!!」
クロウは両うでを大きく広げて、兵隊たちの前に立ちふさがる。
「クロウ!?」
クロウの体をたくさんのカタナやこんぼうがぶって、たくさんの矢が当たった。
でも、カタナもこんぼうも矢も、かきけすように消えた。
兵隊たちも消えて、まわりは元のダンジョンにもどった。
今度はクロウの強い気持ちがまぼろしをやぶったのだ。
『勇気ある者たちよ。あなたたちは、すべての試練をクリアしました』
どこからともなく声が聞こえた。
『これが、あなたたちの勇気のあかしです』
何もないところに、お花の形をしたペンダントがあらわれた。
ピンク色の5まいの花びらがついた、あたしの知らない花だ。
「サクラの花ですわ。お母さまに聞いたことがあります」
サクラの花のペンダントは、クロウの手の中にそっと落ちた。
「やりましたわクロウ! これでクロウも街の人たちがこわくなくなりますわ!」
「……ありがとう。ルーの、みんなのおかげです」
ルー王女とクロウがニッコリ笑ったので、あたしとアリサもつられて笑った。
でも、クロウは自分で兵隊たちのまぼろしにまけないくらいの勇気を出せたんだよね? ならペンダントに勇気をもらう必要はないんじゃ……?
ま、いっか。
クロウは【勇気が出るたからもの】を手に入れることができたんだもん。
これで街で人間といっしょにくらせるよね。
そして、あたしたちはクロウの家にもどった。
そのとき、遠くから大きな音が聞こえてきた。
「まあ、何の音ですの?」
「飛行機の音みたいですけど」
みんなで空を見やる。
そこには、たくさんのネズミ型の飛行機がならんでいた。
「お城の飛行機ですわ!」
「まさか、ルー王女を連れもどしに来たの!?」