勇気が出るダンジョン1
そして次の日の朝。
「クロウ! 聞いてくださいませ! わたくし、お城の図書館ですばらしいものを手に入れたんですの!」
百合の家からクロウが出て来たとたん、ルー王女は元気いっぱいにさけんだ。
あたしたちは、飛行機でルー王女をむかえに行って来た。
アリサはちょっとつかれた顔をしていた。
ここに来るとちゅう、飛行機の中で、ルー王女はずっと「お城の図書館で見つけたすばらしいもの」の話をしていたからだ。
でも、ルー王女がタクシー代りに使ってくれるとお金がたくさんもらえるってことを思い出して、ニコニコ元気になる。
そんなお金が大好きアリサのことなんて気にせずに、ルー王女ははっぱのかいだんをかけ上がる。
ビックリしているクロウをぎゅっとして、ぐるぐる回ってダンスする。
「……えっ? えっ? ルー? どうしたの?」
「ママの日記に書いてありましたの!」
ルー王女はニコニコ笑顔で言った。
「昔にこの近くにいたエルフィン人の魔法使いが、山のふもとにダンジョンを作って、そこに【勇気が出るたからもの】をかくしたそうなんですの!」
「ダンジョン!?」
「そうですの! それさえあれば、クロウも人間がこわくなくなりますわ!」
そしてルー王女は、クロウとあたしたちをダンジョンの前までひっぱってきた。
なんというか、すごい行動力だ。
ちなみに王女は、ドレスじゃなくて動きやすそうなお洋服を着ている。
「すごく暗いね……」
あたしはダンジョンの入り口を見やる。
岩をほって作ったらしいダンジョンの入り口は、ギザギザになっている。
まるで大きな口を開けて、あたしたちをペロッと食べようとしているみたいだ。
なんだか、ここに入るのに勇気がいりそうだ。
「……ダンジョンの中はせまいから、ドラゴンにもどることはできないですね」
クロウが、おびえるように言った。
「……それに、人間のすがたになるために【時間と空間の魔法】を使ってるから、テレポートすることもできないんです」
「クロウはここで待ってたほうがいいかな?」
「……だ、だいじょうぶです。みなさんだけに苦労させるわけにはいきませんし」
そう言って、クロウはぐっとこぶしをにぎってみせた。
そういうわけで、あたしとアリサ、ルー王女とクロウの4人でダンジョンに入ることになった。
グラムをかまえたアリサと、木の杖をかまえたあたしが前に立つ。
アリサのグラムはビームをうつ道具だ。
あたしの杖は、エルフィン人の魔法使いが戦うときの杖だ。
この杖にはドラゴンの魔法がかかっていて、エレメントを作ってくれる。
だから火や氷がないところでも火の玉や氷のカベの魔法を使うことができる。
そんなあたしたちの後ろを、ライトを持ったルー王女とクロウがつづく。
そうやってダンジョンに入ったとたん、
『あなたたち』
どこからともなく声が聞こえた。
『今すぐ立ち去りなさい。さもなくば、おそろしい目にあうでしょう』
「おどされたくらいでもどったりはしませんわ! わたくしは【勇気が出るたからもの】を手に入れて、クロウといっしょに街でくらすんですの!」
ルー王女が言い返すと、声はだまった。
あたしたちは、ふたたび歩き始めた。
「きゃっ!」
「だいじょうぶ? クロウ」
「ありがとう、ルー。何度もごめんね……」
つまづいたクロウを、ルー王女がささえる。
ちなみにクロウはさっきから何回もつまづいて、ルー王女にささえられている。
運動が苦手だとは聞いていたけど、これほどとは思わなかった。
こわくて足がすくんでいるのかな?
それとも、人間のすがたで歩くのになれてないのかな?
なんだか不安になってきた……。
「足元が暗いんだから、マギーも気をつけて歩きなさいよ」
「わかってるってば」
アリサが小言を言うので、あたしはぷぅっと口をとがらせる。
もー。アリサも、ルー王女みたいにやさしく言ってくれればいいのに!
そんなふうに歩いていくと、
「マギー! 止まって!」
「えっ!?」
ビックリするあたしを、アリサがだきしめた。
そのとたん、地面がゴゴッと音を立てた。
「ああっ! 地面が!?」
ゴゴゴゴゴッと音を立てて、足元がくずれて大きなガケになった。
アリサがつかんでくれなかったら、落ちてたところだ!
「だいじょうぶ、マギー!?」
「う、うん、ありがとう……」
ガケの下をのぞきこむと、真っ暗でなんにも見えない。
落ちたらぜったいにもどってこれなさそうだ!
思わず足がすくんでよろめきそうになって、アリサにしがみつく。
「下を見ないほうがいいわよ」
「うん……」
アリサにぎゅってしがみつくあたしの横で、
「すすめなくなっちゃいましたね……」
「あきらめるのは、まだ早いですわ!」
ルー王女がゆびさした方を見やると、ガケの向うとこちら側をつなぐように、細い道が残っていた。
ここをわたって行こうって言うつもりなんだ!
「そ、そんな……」
クロウの顔がまっ青になる。
人間のすがたには羽がないから飛べないし、せまいダンジョンの中ではドラゴンにもどれないからだ。
あたしも、もう帰ったほうがいいんじゃないかなって思い始めた。でも、
「こわがる必要はありませんわ! わたくしといっしょに、ゆっくり、1歩ずつ歩いて行けば、ぜったいに向う側にたどりつけますわ!」
ルー王女は気にせずにクロウの手を引いて、細い道をわたりはじめる。
「わたくしが手をつないでいるから、ぜったいにだいじょうぶですわ! 道をしっかり見るんですのよ! ガケは見ちゃいけませんの!」
「う、うん……」
ルー王女はクロウの手を引いて、1歩ずつ、しんちょうに道をすすむ。
手を引かれたクロウも、ルー王女の言葉に勇気づけられながらゆっくりすすむ。
「しかたがないわね。わたしたちも行きましょうか」
アリサとあたしも道をすすむ。
あたしは木の杖をにぎりしめて、道をしっかり見ながら、バランスをくずさないようにゆっくりすすむ。
こわくなったら、アリサのせなかを見る。
「その調子よ、マギー。しっかり歩けてるじゃない」
「もー、てきとうなこと言って! アリサからあたしは見えないでしょ?」
あたしはぷぅっと口をとがらせる。
でも、アリサの声を聞いて、せなかを見たら、ふしぎとこわくなくなった。
そうやって、もう少しで向う側にたどりつけると思ったとき、
「あっ!?」
ほっとしたのか、バランスをくずしたクロウの体がぐらりとゆれた。
ルー王女がクロウをつかまえるけれど、いっしょにバランスをくずしてガケに落ちそうになる。
「妖精さん、宇宙に満ちる魔力さん、クロウをつかまえて!」
あたしはとっさに呪文をとなえる。
すると、クロウの体が魔法の光につつまれて、フワリとうかんだ。
あたしの【ものを動かす魔法】だ。
ルー王女もクロウの手をつかんでバランスをとりもどす。
「たすかりましたわ!」
「いえいえ、おやすいご用ですよ」
「もー、魔法を使ったのはあたしじゃない」
そうやって、あたしたちはなんとかガケをこえた。
そして、しばらく進むと、
「今度は、ちょっとやっかいね……」
あたしたちの行く手をさえぎるように、火がボーボーともえていた。
近くにいるだけで、あつくてダラダラとあせがでてくる。
「あついですわ! お洋服があせだらけになっちゃいますわ!」
「でも、こんなに大きな火、もえるものがなくて、きっとすぐに消えちゃうよ」
あたしは言うけど、アリサはあきれた顔をして、
「マギーったら、これはふつうの火じゃないわよ。そうじゃなかったら、ダンジョン中がけむりだらけになって、みんなたおれてしまってるはずでしょ?」
「それはそうだけど……」
アリサに言い返されてこまっていると、クロウがおずおずと声をかけた。
「……あ、あの、たぶん、火のカベを作る魔法がかかってるんだと思います」
「クロウかマギーの魔法でなんとかなりそう?」
アリサが言った。
「まかせて!」
あたしは木の杖をにぎりしめる。
「火のカベさん、ほのおに宿る魔力さん、そこをどいて」
でも、火のカベは動かない。
魔法を使う前と同じように、ボーボーもえている。
「きいてないじゃないの」
「あ、あれ? おかしいな……」
「ほかに火をあやつる呪文はないの?」
「あとは、杖を使って火の玉をうつとか……」
「ちょ、ちょっとやめてくださいませ! ただでさえ、あついのに!」
「……あ、それなら、わたしがなんとかします」
クロウが火の前に立って、呪文を唱える。
「……伝説の魔女ブリジットよ、わたしに力をかしてください」
すると、クロウの手がもえあがって、火になった。
ビックリするみんなの前で火はみるみる体じゅうに広がり、クロウは火でできた女の子になった。
まるで女の子の形をした火が、メガネとマントをつけているように見える。
「クロウまでなにをやっていますの!? あついですわ! 2倍あついですわ!」
「……ごめんね、ルー。でも、これなら火のカベをこえられるから、向う側に行って、火のカベを消す方法がないか調べてみるね」
そう言って、火のクロウは、火のカベを通りぬけようとする。
今のクロウは火だから、火のカベなんてへっちゃらだ。だけど、
「……え?」
「カベが消えちゃった」
クロウが火のカベにさわったとたん、あんなにはげしくもえていた火が、パッと消えた。
「さすがはクロウですわ!」
「え、いえ、わたしはなにも……」
クロウは人間の女の子のすがたにもどった。
でも、かなりつかれているみたいだ。
それはそうだろう。【時間と空間の魔法】でドラゴンから人間のすがたになるだけでもスゴイのに、さらに火になるなんていうスゴイ魔法を使ったんだもん。
「ちょっと休んでから進もうか?」
あたしが言った、そのとき、
ゴゴゴゴゴッ!
前のほうから音が聞こえてきた。
「なんだろう……?」
あたしたちは目をこらして、ダンジョンのおくのほうを見る。
「そんな!?」
ダンジョンのおくから、大きな丸い岩が転がってきた。