学院長
僕、下手ですが絵も描きます。今挿絵を描こうかどうか迷ってます。
半ば無理矢理宿を出発させられた僕は、お姉ちゃんに連れられて王立学院へと向かった。
今はその途中の道、王都を歩いているわけなんだけど、今まで知る機会がなかった、様々な物や、売店の1つ1つを、あれは何、これは何と説明してくれていたため、ゆっくりとした足取りだった。
「あ、お姉ちゃん、あのお店は何?」
「あぁ、あれはメードン武器屋ね。武器の売買、修理、オーダーメイドをしてくれるわ。王都でも有名なメードンさんって鍛治職人がお店を経営しているのよ。アリエルには関わり合いがなさそうなお店ね」
「へ、へー。ソウダネ」
僕は、自分が勇者を目指して王都に来ていることを知られたらどうなるのだろうかと思いながら、いつかお世話になるかもしれないメードン武器屋の場所を覚えるのだった。
そして、さらに道を進んでいくと、やがて街の空は赤みを帯び始めていた。
「ところで、なんだけどね。アリエル?」
「何?お姉ちゃん」
話しかけて来たお姉ちゃんに、答える。なんだろうか。
それまでは僕が話しかけてお姉ちゃんに答えてもらうというスタイルだったので、僕は何かな、と不思議に思った。
「アリエルはさ、ティア、つまり女神騎士に、なんで自分が求婚されたか知ってる?」
その質問に、一瞬肩が震えてしまったが、下手に態度に出してはいけない。平然を保って行こう。
「いや、知らないよ。突然、職場の人に、女神騎士様に呼ばれてるって言われて行ってみたら、結婚して欲しいみたいな事を言われてさ。でも、人違いみたいなんだよね。それで帰ろうとしたら、男の人達に捕まりそうになっちゃって、助けを呼んだらお姉ちゃんが来てくれたんだよ」
ティアさんには申し訳ないけど、人違いで僕に求婚したという事にさせてもらおう。
「あぁ、そういう事だったの。そうよね、アリエルが女神騎士に求婚されるなんて、そんな事あるわけない、か」
「なんでそんな事聞いたの?もしかして、お姉ちゃんは僕が女神騎士様に求婚される理由があると思ったの?」
僕が素知らぬ顔で答えると、そうよね、人違いだと思ったのよ、とお姉ちゃんは呟く。
「なんでもね、女神騎士をアリエル・ナーキシードっていう少年がダークウルフを素手で倒して、助けたんですって」
「ええっ、ダークウルフを素手で倒す?!」
ここは恥ずかしくなるのを堪えて、驚くふりをした。
うぅ、自分でやった事に自分で驚くって……
「凄いわよね。なんでも、アリエルと、同じ13歳らしいわよ?」
「えええぇっ!!僕と同じ歳でダークウルフを?」
………なんかオーバーリアクションな気がする。でも、まぁこれくらいの方がいいか。
「そうよね、その反応からも、やっぱりアリエルじゃないわよね」
「何言ってるの、お姉ちゃん。そんなの当たり前でしょ?それよりも、僕と同姓同名で、同じ歳の人がダークウルフを倒したなんて、驚きだね!」
「確かにそうね。ダークウルフなんて、私でも全力でやって、なんとか倒せるか倒せないかくらいなのに。凄い子もいたものね」
「うん、そうだね~!」
よしよし、いい感じで信じてくれたみたいだ!
「だから、お姉ちゃん。女神騎士様と決闘の約束してたみたいだけど、そんなことしなくてもいいんだよ。女神騎士様も、人違いだって言えば納得してくれるよ、きっと」
「そうね。なら明日、学院ではティアにそう伝えておくわ」
「うん。お願い、お姉ちゃん」
これで、多分上手くいくと思う。
この様子だと、お姉ちゃんは僕の事を信じて疑わないだろうし、ティアさんが僕はダークウルフを倒した少年だ、と言っても信じないだろう。
ティアさんには悪いけど、僕はこうするしかない。
僕は心の中でティアさんに謝りつつ、お姉ちゃんの方に向き直った。
「話は変わるけどさ、お姉ちゃんって学院ではどんな人なの?」
「うーん、そうね~。ここに来る前もちらっと言ったけど、筆記の成績はほぼ満点、魔物狩りの実技もほぼ満点。女神騎士と首席を争う人、って感じかしらね」
僕の質問に、自慢するそぶりは見せずに淡々と、素っ気なく話すお姉ちゃん。
「王立学院って、優秀じゃなきゃ入れないんでしょ?」
「まぁ、確かにそうね。試験に備えて、筆記の勉強とかは、かなりやったわね」
「なら、その中でも首席を争うって、凄いことなんじゃないの?」
「まぁそうかもしれないわね」
謙遜するわけでもなく、過信するわけでもなく、ただ事実を受け止めている。そんな感じだった。
「お姉ちゃんって友達いる?」
「もちろんいるわよ」
「そっかぁ。いいなぁ……僕は友達出来たことないから、友達のいるお姉ちゃんが羨ましいよ」
友達と一緒に学院で勉強するの、たのしそうだなぁ……
「もしかしてアリエル、まだ友達出来てなかったの?」
「うん、村のみんなは僕を避けるから……」
「そっか、それは寂しいわね」
同情するというよりも、僕の気持ちに沿ってくれている感じ。僕はこんな風に優しくしてくれるお姉ちゃんが好きだ。
「でも、いいんだ。僕にはお姉ちゃんがいるから」
「そう?そう言ってくれると嬉しい。でも、アリエルも友達が出来ると良いわね」
「うん、頑張るよ」
僕は心の中で、エフィーさんとかと、ギルドで話すだけの話友達ってじゃなくて、普段から関わり合いを持てたらいいなぁ、と思うのだった。
「さぁ、そろそろ見えて来たわよ」
そう言われてから、僕はお姉ちゃんの目線の先を見た。
すると、そこには白を基調にして彩られた巨大な建物が3つ、隣り合うようにして並んでいた。
「中等学院と高等学院は厳密には違う建物なんだけど、利便の点から寮を挟んで、隣り合わせで作られているの」
お姉ちゃんの説明を受けてからもう一度建物を見てみると、確かに、丸いドーム型の建物を挟むようにして2つの校舎が建っていた。
「寮は1人1部屋で、男女は関係ないの。中等学院と高等学院を学年別で階層で分けてるのよ」
お姉ちゃんの説明によれば、一階には中等学院と高等学院の一年生が、ニ階には二年生、三階には三年生となっているらしく、それぞれの階に男女別の大浴場があるらしい。トイレは部屋に1つにつき1つあるのだとか。
「寮だけでも、大きい上に、設備も整ってるんだね」
僕が感心していると、お姉ちゃんは設備が充実している訳を教えてくれた。
王立学院は、国に貢献できるような優秀な人材を育てるため、王国が設立した教育機関なので、生徒には学業に集中してもらうため、最高の設備を揃えているんだとか。試験に合格さえすれば、学費はタダらしい。
凄い大盤振る舞いだ。
「寮の中には大食堂もあるから、食事の幅も広いわね」
「お姉ちゃん、そんな凄いところで生活してたんだ……」
これだけの設備があるなら、本当に試験の倍率はすごく高いんだろうに……その中で1番を争っているなんて、自慢のお姉ちゃんだ。
やがて、王立学院が間近に迫って来た。
「さぁ、そろそろ入るわよ」
綺麗な白色で染められた門には魔法がかけられているようで、キラキラとした光が見えた。
「僕も入っていいのかな?」
「学園長にアリエルを泊めていいか聞きに行くのだから、入らなかったら意味ないでしょ?」
そう言いながら、ポケットから手帳のような物を取り出すお姉ちゃん。
「それ何?」
「学生証よ。これを門にかざすと、門が開く魔法がかけられてるのよ」
落としたら大変だと思ったけど、学生証には個人を認証する魔法が使われているらしく、学生証の持ち主、つまり本人しか使えないのだとか。
「それじゃ、学院長の所に行くわよ。学院はとっても広いから、はぐれないように私の近くを歩くのよ?」
「うん、わかった」
この学院全体でみると、女神騎士城が4つは入りそうだ。それくらいに大きい。もう、本当に大っきい。
これだけ大きいのは、それだけ生徒の数が多いということなのだろう。
僕はその大きさに目を丸くしながらお姉ちゃんの後をついて行く。
やがて僕達は、門の方から見て1番左側に位置する建物に入った。
中に入ってすぐ、制服を着た生徒達が何人か目に入って来た。
そのうちの多くの人が僕に目線を向けて来るが、近くにいたお姉ちゃんを見てから納得したかのように視線を外していった。
階段へと続く廊下を進む際、僕はお姉ちゃんの服の裾を軽く引っ張った。
「お姉ちゃん、なんだか、僕、さっきから見られてる気がするんだけど……」
最初は制服を着ていないからかと思ったが、それを言ったらお姉ちゃんもそうなので、そうではないのだろう。
僕、何かおかしな格好でもしているのだろうか?
すると、そんな僕を見てお姉ちゃんはふふっと笑った。
「首席争いをしてて有名な私と一緒にいるのも多少はあると思うけど……アリエルが見られてるのは、あなたが可愛いからよ」
そう言うと、優しく頭を撫でてくれるお姉ちゃん。
「そ、そうなの?僕、なにか変じゃない?」
「来客は珍しい物じゃないし、式典の時以外、生徒は必ずしも制服を着なくちゃいけないわけじゃないから。服で変に思われてるって事はないわ。からかってるわけじゃなくて、本当にアリエルが可愛いから、見てるのよ」
「そっか……」
僕は褒められて、自分の頰が赤くなるのを感じていた。
それからすぐに、視線にも慣れて僕とお姉ちゃんは階段を登っていった。
6階についたところで、お姉ちゃんが階段を登るのを止めた。
「学院長室があるのはこの階よ。行くわよ」
「うん」
僕はお姉ちゃんのすぐ後ろをついて行き、2人で少し廊下を歩くと、白一色で統一された壁と扉が目に入ってきた。
「ここが学院長室よ。少しの間、待ってて、私が話をつけて来るから。呼んだら入ってきて」
「うん、わかった」
そう言うと、お姉ちゃんはノックをした後、すぐに学院長室に入っていった。
中からは話し声が聞こえたが、何を話しているのまでは聞き取れなかった。
もしもここの寮に泊まったらダメって言われたらどうしようかな。
お姉ちゃんは、宿が近くにあるって言ってたけど、もう日が暮れそうだし、宿取れるかな……もし取れなかったらどうしよう。
だんだんと、考えが後ろ向きになっていく。
僕がその場に立ち尽くしたまま俯きはじめた時だった、部屋の中から、呼ばれた。
「アリエル、入ってきてー」
お姉ちゃんの声に少し安堵した後、僕はゆっくりと扉を開けた。
「し、失礼します」
少し上ずった声で部屋の中に入ると、目に飛び込んできたものは、白一色の世界だった。
白色の机、白色のイス。極め付きは、その大きな椅子に座る女の人だった。その白髪はとても綺麗に整えられていて、歳を重ねている事はわかるのに、力強さを感じた。丸い眼鏡越しに見える彼女の目は、しっかりとこちらを見据えている。
そのおばあさんは、にっこりと微笑んで言った。
「あなたが、アリエルさんですね?」
その柔らかく、透き通るような声に驚くが、すぐに返事をした。
「は、はい!」
「そんなに緊張しなくても良いんですよ?祖母を見るような感覚で見てくれれば良いのです」
「……えっと」
突然言われた祖母という言葉に、どう反応して良いかわからず、戸惑ってしまう。
そんな僕を見ても、その人は微笑みを絶やさずに答えた。
「私はね、あなたの祖母、ダブリエとは旧友の間柄なんですよ」
「えっ、おばあちゃんとお友達なんですか?!」
「ええ。昔はよく2人で遊んだものです」
祖母を見るような目で、と彼女が言った意味を理解した。
たぶん、友人の孫である僕は、彼女からしてみれば孫のようなものに見えるのだろう。
「アリエルさん、あなたもお姉さんと同様に、とてもダブリエに似ていますね。綺麗な顔をしています」
「褒めてもらえると嬉しいです!」
僕はつい笑顔になった。
「でも、おばあさんもとってもお綺麗ですよ?」
僕は心からの気持ちを込めて、自分が思ったおばあさんの印象を話した。
「あらあら、褒めるのが上手なんですね」
「いえ、本心を話したまでです」
僕とおばあさんは、にっこりと笑いあった。
すると、学院長の席の近くにいたお姉ちゃんが軽くため息をつく。
「学院長。自己紹介くらいしてください。話が逸れるだけで進みません」
なんだかとっても軽い感じで話しているけど、良いんだろうか。お姉ちゃんの通う学院の1番偉い人なんじゃないの?
「あらあら、ごめんなさいね、すっかり忘れてたわ。私の名前はエイヴァン・ライベルタ、この王立学院の学院長をしているわ。よろしくお願いしますね、アリエルさん。私のことはエイヴァンと呼んでください。」
差し出された手を、僕は握り返した。
「はい、よろしくお願いします!エイヴァンさん」
僕の中にあった緊張感は、このエイヴァンさんの暖かみに触れる事で完全に解けていた。
僕とエイヴァンさんの手が離れると、彼女はお姉ちゃんに話しかけた。
「それで、セレーナさんはアリエルさんと寮で暮らしたい、という事でしたね?」
「はい。4年間離れていた弟とせっかく再開して、本人もしばらく王都に滞在すると言うのに、私は寮生活、アリエルは宿生活、というのはとても寂しいですから」
お姉ちゃんは全く緊張する素振りを見せずに話していく。
なんだか、情に訴えかけている気がする。
そんな理由だと、ダメなんじゃないのかな。そんな理由で僕を寮に住まわせるなんてして貰えるはずが……
「わかりました、アリエルさんの、王立学院寮への宿泊、及び食堂や各施設の使用を許可します」
「えぇぇっ?!」
全く考える素振りも見せずに、許可してくれたエイヴァンさんに、思わず驚愕の声を張り上げた。
「い、いいんですか?僕、この学院とは関係のない人間ですよ?」
「セレーナさんは、自分の部屋でアリエルさんと過ごすと言っているので、それくらいは構いません。各種施設も、1人や2人、人数が増えたところでどうにかなるほど予算に困ってはいません。むしろ、食事等は余ってしまう食材が勿体ないと言う事が会議の議題にあがるほどです」
平然と、顔色1つ変えずに微笑んだままのエイヴァンさん。
「で、でも、僕が何か問題を起こしたりしちゃったらその責任はお姉ちゃんとエイヴァンさんに行っちゃうと思いますし……」
「問題を起こすつもりなんですか?」
「そんな、まさか!!」
「なら、いいじゃないですか。学院長の私がいいと言っているんです。問題なんて何もありませんよ。後は、アリエルさんの意思次第ですよ?
そう言うと、エイヴァンさんは、僕に対してニコッと笑う。
僕の中で次から次へと出てくる不安は、その笑顔を見たらなくなった。
「……そう言うことなら、お言葉に甘えさせてもらいます」
「はい、そうして下さい。客人と言う扱いにしますね」
こうして、僕はこの学院寮に住まわせて貰えることになったのだった。
その後、僕は細かい諸注意を聞いた後、改めてお礼を言った。
「エイヴァンさん、本当に、ありがとうございました!」
「学院長、ありがとうございました」
僕とお姉ちゃんは一礼をした後、ドアの外に出ようとした。
「セレーナさんだけ、ちょっといいですか?」
すると、何やらお姉ちゃんに目配せをするエイヴァンさん。
「……はい。わかりました。アリエル、先に外で待っててくれる?」
「うん、わかった」
そして、学院長に頷いたお姉ちゃんに促され、僕だけ先に扉の外で待つことになった。
僕が白い部屋を出ると、お姉ちゃんがドアを閉める。
学院長に会う前と同じように、1人でポツンと廊下に立つ。
でも、僕の心の中に不安はない。
僕は一人で微笑み、お姉ちゃんと暮らすこれからの生活に想いを馳せるのだった。
ちょっとずつブクマが増えてて、嬉しいです!今は勢いが落ちていますが、後4話以内にまた勢いがつき始めるので、お待ちください〜