物語はここから始まる!
3日に1度に更新する予定でしたが、ストックがあるのでできるなら毎日更新していきたいと思います。
ティアさんと出会ってからすぐ、僕は自分が王都に行くべきだと思った。
善は急げと言うもんね!
朝早くに身支度を整えて、僕はおばあちゃんのいる森の中の家に別れの挨拶に来ていた。
「ーーそう言うわけだから。じゃあ、言って来るね!おばあちゃん」
「うん、気をつけるんだよ」
僕はおばあちゃんに手を振って森の中の小屋を後にした。
「よし、お父さんとお母さんにも別れの挨拶はした。これで思い残すことはない!」
少し涙ぐんだ目を拭って、慣れ親しんだ村から離れて、王都へ向かって歩き始める。
僕は、町をぬけて道に出て来ていた。
雑草がたくさん生えていたり、石が至る所に転がっている、木がないだけの道。道が平らに均されてすらいないその様子から、自分の住んでいた村がどれだけ田舎だったのか思い知らされた。
それでも、僕はめげる事なくおばあちゃんから貰った地図を広げながら、小さいカバンを背負って1人道を進む。
30分ほど歩くと、馬車の停留所が見えて来た。
3頭ほどの馬の後ろにくっついた大きな籠の中に人がたくさん入っていくのが見える。
どうやら、もう馬車は進み始めるようだった。
「わわわ、待ってくださぁ〜い!」
僕は慌てて馬車に向かって走る。途中、地面に転がっていた大きめの石につまづいて転びそうになったりしながらも、僕はなんとか馬車に乗り込んだ。運賃は後でいいと言われたので、とりあえず籠の中に乗り込む。
布で作られた天幕の中には、2つの長椅子があり、何人かの男女が向かい合うように座っていた。
どちらにすわればいいかわからなかったので、僕は適当に近くにいた優しそうな男の人の隣に座る事にする。
やがて、馬車が動き出すと、隣にいる男の人が僕に話しかけてきた。
「お嬢ちゃんも、王都に行くのかい?」
「はい!勇者になるために行こうと思ってるんです」
お嬢ちゃんと言われるのは慣れてるので、気にしない。以前、お前が男だと?嘘をつくな!とか言われて、変に会話がこじれたりした経験があったからだ。
「勇者かぁ、と言うことはギルドに行くんだね?」
何やらしみじみした様子で腕を組む男の人。
「はい、そうです。まずは登録をしようと思ってます」
「夢があっていいなぁ。俺も昔は君みたいに勇者になりたかったんだけどなぁ、ギルドの前まで行って、負傷した人を見たら気が引けちまってさ」
あれは怖かった、と顔を青くする男の人。
ギルドとは、魔物を倒すために作られた組織のことで、その依頼は基本は魔物討伐だが、護衛などもある幅広い仕事だ。原則、誰でも冒険者となって依頼を受けることができる。このギルドで有名になると、王や女神騎士に自分の名前を知らせることができ、うまくいくと呼んでもらえるかもしれないのだ。
ちなみに、依頼を出すことは誰でも可能だ。まぁ、その場合はお金も用意しなければいけないけどね。
普通、ギルドは大体の町にあるらしいのだが、僕の住んでいた町は、どがつくほどの田舎だったのでギルドはなかった。
そのため、どうせギルドに行くなら、物流も活発な王都に行った方がいいだろうと思ったのだ。
「嬢ちゃんも、ギルドに入って冒険者になるのはいいが、怪我には気をつけろよ?せっかく綺麗な顔なんだ、傷つけたら親御さんが悲しむ」
自分の話を終えた後、優しく僕に注意する男の人。
「ご注意、ありがとうございます。怪我には気を付けて頑張りますっ!」
そこに、僕は元気よく返事をした。
「おう、その意気で活躍してくれ。期待してるよ」
ニコッと笑った男の人は、とても人柄が良さそうな人だった。
その後も、僕がこの男の人と世間話をしているうちに馬車は進んでいき、3時間ほど経つと、王都に到着した。
僕は両親がくれたお金の中から運賃を払うと、優しげな男の人の方を向いた。
「じゃあな、頑張ってくれよ、嬢ちゃん!」
「ありがとうございます!!」
彼にお礼と別れを言って、僕は王都に足を踏みいれた。
地面は石畳が敷き詰められていて歩きやすく、賑やかな商店街がある。
「わぁあー!ここがグロリア王国の都かぁ〜〜」
目の前には、人、人、人。そして、どこまでも続いてるとさえ思えるお店の数々。
ガヤガヤ、と言う効果音が似合いそうな場所だ。
僕はカバンから地図を取り出して、ギルドのある場所までゆっくりと進んでいった。
用があるのはギルドなのに、美味しそうなお菓子の匂いや、楽しそうな屋台についつい目が泳ぐ。気分は、年に一度の祭りに来たかのようだ。
「あっ?!」
あっちこっち見ながら歩いていたせいで、体の大きな男の人にぶつかってしまう。
「おっと、お嬢ちゃん、気を付けなよ。あっちこっち見てふらふらしてると攫われちまうぞ!」
ぶつかった人に、ポンポンと冗談半分に肩を叩かれる。
「あ、すいません!」
僕は慌てて頭を下げる。すると、ぶつかった男の人は笑って、気にすんな、と言ってくれた。
僕はもう一度その人に頭を下げた後、ギルドに行くため、再び地図に目を向け歩き始めた。
今度は商店街に気を取られないように、しっかりと前を見て歩く。
僕が歩き始めてからしばらく経った時、耳に噂話をするような声が聞こえてきた。
「なぁ、知ってるかよ?女神騎士様がついに婿を決めたんだってよ!」
興奮した様子で話す声は、少し上擦っていた。
「あー、知ってる知ってる!なんでも凄く強い男を見つけて、一目惚れしたって話だよな!」
それに答えるもう1人の声。この人もその話題について驚いているのか、返事の声が大きい。
「珍しいこともあるもんだよなぁ」
その男達の会話は僕の興味心をくすぐった。
女神騎士様って……勇者に1番近いあの方の話?!一体なんの話だろう?!
僕は女神騎士様の話をしていた2人に声をかける。
「すいません!その話、聞かせてもらえませんか?」
僕は身を乗り出すように男の人に迫った。すると、少し仰け反って僕を見つめる男の人。その目は、またこの話題を話せる、と少し輝いていた。
「お、なんだい、嬢ちゃん知らねえのかい?」
「知らないって、何のことですか?」
不思議に思って首をかしげた。僕は勇者を目指す者として、村にあった、女神騎士様や勇者様にまつわる本は全部呼んでいる。だから、女神騎士様や勇者様に関する話で知らないことなんてないと思ってたのに。
ますます不思議に思う。
「ついさっき入った情報なんだがな、女神騎士様が、婿をもらうことにしたらしいんだよ」
「婿?……って、えええええぇぇぇぇッ!!!!」
僕は、自分が知っている女神騎士様の情報と照らし合わせて考えてみて、とても驚いた。
「それは大事ですね!でも、なんででしょうか?今まで、頑なにお見合いを拒んできたんじゃないんですか?」
とても興味のある話なので、話題を掘り下げていく。
すると、僕を見たもう1人の男の人が感心した様子を見せる。
「よく知ってるなぁ、お嬢ちゃん。なんでもよ、そいつ、森でダークウルフの群れを素手でやっつけたんだってよ!」
目を見開き、手を構えて、驚きを体現してくる男の人。しゅっしゅっと空にパンチするそぶりを見せる。
「えっ、ダークウルフを?」
少し驚いた。なにせ、その言葉には聞き覚えがあったから。というか、最近聞いた言葉だ。
確かティアさんは、僕が素手で倒していたのがダークウルフだって言っていた。
「それって、そこまで凄くないんじゃないんですかね?」
率直な感想を述べてみる。
すると、はははと笑って、世間知らずなんだなぁ、と言ってくる男の人達。
「いいかい、嬢ちゃん、ダークウルフってのは、大の男100人かかっても1匹にかなわねえって言われてる魔物だぞ?なにせ、A級の魔物なんだ、普通じゃあねえよ」
大の男が100人かかっても1匹に叶わない。その言葉に対して、僕は驚いた。
「ええっ!ダークウルフって、そんなに強いんですか?!」
それを自分がすでで倒していたという事実に衝撃を受けて、声が大きくなってしまう。
大の男100人かかっても勝てないのか……
ここで、僕は少し考え込んだ。
うーん……ダークウルフが、大の男100人かかっても勝てないような魔物なら、きっと、この前僕が倒したのはダークウルフじゃなかったんだ。やっぱり、ただの狼だったんだ……
しばらく考えた後、僕はその答えに落ち着いた。
でも、そうすると1つ問題が発生する。あの女の人、ティアさんがなぜ僕にあの狼がダークウルフだなんていったのだろうか。
ティアさんは僕をからかってたのかなあ?でも、あの時の必死な様子からして、そうは思いにくいし……そもそもそんな事をするような人じゃないと思う。
うーん、この場にいない人の事をこれ以上考えても仕方ないよね。
ここで僕は、ティアさんの勘違いだった、という事で区切りをつけることにした。
考えるのをやめて男の人達に目を戻すと、彼らも、何かについて悩んでいた。
「それで、そいつの名前が……女みたいな名前なんだよな?」
「女みたい、ですか?」
僕は言われたことをそのまま聞き返す。
昔は僕も女みたいな名前だ、って笑われたものだ。まぁ今も笑われるけど……
少し暗い気持ちになったので、僕は考えるのをやめて男の人達に意識を傾けた。
「そうなんだよ、みたいと言うより、女だって言われた方がわかりやすいくらいにな」
男の人は、どうやらその人の名前が思い出せないようだった。
僕としては気になる話題なので、この人達が思い出すまでここにいることにした。
「なんだったっけな、アリ……なんとかだったと思うんだが」
片方の男の人が言うと、もう片方の人が、ポンと手を叩いて言った。
「確か……アリエル・ナーキシードとか言う名前だったけな?」
「そうだ、それだよ!それ!!」
2人は気になっていた事を思い出せて、すっきりした、と言う表情を浮かべていた。
「……えっ?」
僕の頭は、一瞬で思考停止した。
「まだ若いんだってよ!確か13歳だったはずだ。まだまだガキなのになぁ、女神騎士様ともなればもっといい男がたくさんいただろうに。その上、今朝そいつを探しに行ったら、もうそいつはいなくなってたんだとよ。罰当たりな奴だぜ」
俺が女神騎士様の相手なら、自分から会いに行くんだけどなぁ、と言った男の人に、もう1人が、お前に限って女神騎士様が会いにくるなんて、それはねえよ、と笑う。
が、そんなやりとり、今の僕にはどうでもよかった。
「……い、今、名前、なんて、いいました?」
聞き違いだと言う事を信じて、恐る恐る尋ねてみる。
「ん?女神騎士様の選んだ相手の名前か?確か、アリエル・ナーキシードって名前だったと思うぜ。嬢ちゃん、それが、どうかしたのか?」
僕の顔から、サァッと血の気が引いていく感じがした。
「は、ははは。お話、ありがとうございました……」
その時、くらっと、僕の足から力が抜けた。
「おっ、おい嬢ちゃん!大丈夫かい?顔が青いぜ!?」
倒れそうになった僕を慌てて支えててくれる男の人。
「す、すいません。ありがとうございます」
「それはいいけどよ、大丈夫かい?顔が真っ青だぜ?」
男の人が心配してきたので、僕はすぐに足に力を入れて自力で立ち上がる。
「だ、大丈夫です……急用を思い出しましたので、僕は、これで……」
「お、おう。気をつけてな、無理すんなよ?!」
「は、はい。ありがとうございます……」
それだけ言うと、僕はギルドとは逆方向、つまりは馬車の停留所の方を向く。
そした、足に思いっきり力をかけてら全速力で駆け出した。
顔や体から、嫌な汗が出てくる。
まずいまずいまずいまずい!!あれ絶対僕のことだ!!アリエル・ナーキシードとか、そんな女の子みたいな名前で、13歳で、なおかつ素手でダークウルフ倒せるのって僕と条件全一致じゃないか!!
それに、今朝女神騎士様から会いに行ったのにもういなかったって……僕と入れ違いになってたって事?!
僕の脳裏に昨日助けた女性が浮かぶ。
も、もしかして、ティアさんて、女神騎士様だったの?!そういえば、勇者を目指してればまた会えるかもって言っていたような……って、そうか、そういうことか!!勇者を目指していればいつかは女神騎士様のお眼鏡にかなうかどうか見られることになるんだ!だ、だからまた会えるって言っていたのか……ど、どどどどどうしようどうしよう!!
僕は、せっかく王都に来たのにも関わらず、行きで来た道を逆戻りして、瞬時に村へと駆け戻った。
僕は再び3時間ほどかけて、村の近くの森に戻ってくる。そして半泣きどころか大粒の涙をこぼしながら、朝挨拶したきりの、おばあちゃんのいる家へと舞戻った。
「おばあちゃぁぁぁぁああああん!!」
勢いよく玄関の扉を開けると、すぐにおばあちゃんが駆けつけてくれた。
「どどどどうしたんだい!アリエル?!なんだ泣いてるんだい?!勇者になるために王都に行ったんじゃなかったのかい?」
オロオロするおばあちゃん。だらだらと涙を流す、尋常じゃない僕の様子に驚いているようだ。
「ぐすんっ、僕、勇者になれないかもしれないよぉ、うわぁあああん!」
一度流れ出た涙は止まる事を知らず、僕はおもいっきり泣いた。
「ええっ?!状況がわからんよ!今朝は女神騎士の一行とかいうのがアリエルを探しに村に来ておったみたいじゃし……」
どうやら、おばあちゃんも僕の状況はあまりわかっていないようだったので、説明をすることにした。
おばあちゃんに抱きついて泣いていると、少し落ち着いてきたので、口を開く。
「ぼ、僕、ううっ、ずっと前から、木の棒で、剣の練習してて、えぐっ、そしたら、女の人を魔物から助けて、ぐすっ、でもその人、女神騎士様だったみたいで、王都に行ったら、僕が婿にされそうになってて、えうっ、でも、女神騎士様の伴侶は、城の中にいなきゃいけないから、それだとっ、勇者に、頑張って来たのにっ、勇者になれないんだよ、うわぁあああああん!!」
自分で自分の置かれている現状を伝えると、僕は、改めて自分の状況を認識して、堪え切れなくなり、おばあちゃんの胸の中で泣きじゃくった。
でも、おばあちゃんは僕が何を言いたいのかわかってくれたようで、僕の頭を撫でながら優しい声で言った。
「なるほどのう。確かに、女神騎士の婿は、安全面から城にいることが義務付けられていて、城という籠に閉じ込められてしまうのぅ……だから、アリエルは頑張って来たのに勇者になれなくなる、というわけか」
「うん。ううっ、ぐすっ」
僕は鼻をすすりながら言った。ゆっくりと、僕の頭を撫でてきてくれる。
「よしよし、それは辛かったねぇ。アリエル」
「ぐすっ、うん」
止まらなかった涙も、次第に落ち着いたきた。
やっぱり、おばあちゃんと話すだけで楽になる。僕は改めて、おばあちゃんが僕のおばあちゃんでよかった、と思った。
「まずは、紅茶とお菓子でも食べるかの」
おばあちゃんは優しい声で言ってくる。そこに、僕は無言で頷いた。
僕はリビングへと連れていかれて、おばあちゃんの席とは向かいの席に座った。
そこでおとなしくおばあちゃんが紅茶とクッキーを用意してくれるのを待つ。
しばらくすると、テーブルにはいい香りのする紅茶と、甘そうな、おばあちゃんお手製のクッキーが置かれた。この2つは昔から僕の大好物なのだ。
「お食べなさい、アリエル」
ニコニコと笑った後、おばあちゃんは紅茶をすすった。
「うん、いただきます」
僕は両手を合わせた後、クッキーを口に運んだ。サクッといういい音がして、口に柔らかい甘さが広がる。
そして、クッキーを飲み込んだら紅茶を少し飲む。交互に飲んだり食べたりする事で、2つの風味が混ざって、それはもう絶品になるのだ。
僕は思わず顔を綻ばせた。すると、その様子を見ておばあちゃんがくすりと笑った。
「落ち着いたかい?アリエル」
「うん。ありがとう、おばあちゃん」
僕はできる限りの感謝の気持ちを込めた。すると、それが伝わったのか、笑顔でいいんだよ、と言ってくれる。
「それでね、おばあちゃん。やっぱり僕、このままだと女神騎士様にお婿に連れていかれて、勇者になれなくなると思うんだ」
「そうさねぇ……王直属の女神騎士からとなると、断るのは厳しいからねぇ」
おばあちゃんは少し険しそうにしてティーカップを口につけた。
「だからね、おばあちゃん」
僕はここで決心をする。もう、他に道はないと思うのだ。このまま逃げても、見つかるのは時間の問題だし、どちらにしろ、勇者になるためには女神騎士様に会わなくてはいけない。
僕は真面目な表情を作ると、おばあちゃんもそんな僕の様子を見て紅茶を飲みながら真剣な様子になる。
僕は大きく息を吸い込んでから、こう言った。
「僕を女の子にして欲しいんだ!!!!」
「ブフォッッ!」
おばあちゃんが盛大に紅茶を吹き出した。
「おばあちゃん?汚いよ……」
「ご、ごめんよ、アリエル。ちょっと、私としては予想外なところをきたもんだからねぇ」
おばあちゃんはふきんでテーブルや、濡れたところを拭きながら、瞬きを何度もしていた。
どうしたんだろう?おばあちゃんの目がすっごく泳いでる……
僕は純粋な疑問を抱くが、多分今の話とはあまり関係ないと思ったので、そこは気にしない。
「僕が小さい頃、おばあちゃんは性別を変えることができるって、言ってたじゃない!女の子になれば、万が一見つかっても婿にはされないと思うんだ!だから、これなら勇者になれると思うんだよ!僕、どうしても勇者になりたいんだよ!!おばあちゃん、お願い!!」
僕はおばあちゃんの目を見つめてお願いした。すると、少しの間だけ、アリエルを女の子にのぅ、それはやってはいけないような気が……いや、元から女の子みたいなものだしのぅ、みたいなって言うかほぼ女の子だしのぅ、とかブツブツ言って悩んでいたけれど、どうかしたんだろうか?
なんでおばあちゃんが悩んでいるのか、いまいちわからずにいると、おばあちゃんは勢いよく立ち上がって、別の部屋から1つの腕時計のようなものを持ってきた。
「可愛い孫の頼みときたら、断るわけにはいかないさね。アリエル、お前さんには、この腕時計をプレセトしよう」
僕はその腕時計を受け取って見てみる。
その時計は、片面には太陽が描かれていて、本来裏蓋がつけられているはずのもう片面には、月が描かれていて、そしてその両方に同じ時刻を示した針がついていて、普通の時計とは少し違うように思った。
「おばあちゃん、これは何?」
僕が不思議そうに時計を見ていると、おばあちゃんはニヤリと笑ってこう言った。
「それは、逆転の腕時計というものだよ」
「逆転の、腕時計?」
名前を聞いて、僕がますます不思議がると、その様子を見て、おばあちゃんは説明を始めてくれた。
「その腕時計はのう、太陽の面を上にして着けると男になり、月の面を上にして着けると女になるという不思議な力をもった時計で、力は元の性別の状態に依存するから、アリエルの見た目だけ変えられて、力は変わらないんだよ。」
「ええっ?!この腕時計そんなにすごいことができるの?」
腕時計はあまり見たことがなかったが、あまり特別そうには見えなかった。
でも、おばあちゃんが言うんだ、やってみよう!僕はまず、太陽の面が上になるように時計をつけてみた。当然、僕は男なので変化は起きない。
「じゃあ、早速やってみるね!」
「う、うむ。まずは縁を持って引き上げるんだよ」
僕がどうなるか楽しみで明るく言うと、なぜかおばあちゃんは少し緊張気味に答えた。
そして、僕は言われた通りに、腕時計の丸い縁をつまんで上に引き上げる。すると、カシャっと時計の縁を抑える金具が伸びて、腕時計が1回転できるほどのスペースが確保される。
なるほど、こうすることでいちいちつけたり外したりしなくていいんだ……この仕組み作った人凄いなぁ。
ここで、僕は感心している場合じゃないな、と自分に言い聞かせた。
「じゃあ、やってみるね」
「う、うむ。」
そう言って、僕は腕時計を半周させめ、月の面が上に来るようにすると、再び縁を押して金具を収納するように下ろした。
瞬間、僕の体が淡い光に包まれた。その光はすぐに強いものへとなっていき、やがては目で直視できないほどになっていた。
そして、5秒ほど経つと、僕の体は、何やら色々変わっていた。
最初に感じたのは頭にかかる少し重さ。
髪は下ろす形でくびれくらいの高さまで伸びている。
「わああ!凄い、本当に女の子の体になってるー!」
僕は自分の手や体を確認して、確信した。
「お、おぉ、予想はしてたがなんとも可愛らしい姿じゃな……ヤンチャをしていた頃の昔の私によく似ておる。い、いや、その比じゃないかもしれないねぇ。ほら、見てみぃアリエル」
そう言って、おばあちゃんは手鏡を見せてくれた。
そこに写っていたのは、まさしく僕が女の子だったら、と言う感じの理想の自分だった。
「わあ、僕、すごく可愛い!!」
「……その格好で、僕、というのは、ちょっと、違和感があるねぇ」
「あ、そっか」
僕はおばあちゃんに言われて気づいた。
これからは、いつ正体がバレるかわからないし、主語は私にしよう。あと、おしとやかに行動しなきゃね。
そう思って自分の体を見ると、ふと自分の胸に目がいった。胸も、それなりに膨らんでいて、今の自分の容姿を引き立ててくれている。僕は目と鏡を使って、自分の体を見つめる。全体的に、とてもいい感じだ。
「おばあちゃん、私、この服でも違和感無いわよね?」
「……その切り替えの早さには違和感があるけどねぇ、まぁ、服に関しては違和感はないよ」
おばあちゃんにそう言われて安心した。
確かに、誕生日にもらったこの服なら、男でも女でもどっちが着ても可愛いくなるもんね!
そう思って改めて鏡で見ても、そこには可愛い少女が立っているだけだった。
その場でくるっと回転して見て、いい感じ、ということを確認すると、僕はおばあちゃんの方を向いた。
「おばあちゃん、私のためにありがとう!この腕時計、大事に使うね!」
僕は満面の笑みで言った。
「うんうん、いいんだよ。あと、それは何回でも使えるけど、あまり人前でやらない方がいいと私は思うよ。変に疑われちゃうからね」
「あぁ、そっか。確かに、男になった状態を人に見られたら大変だもんね!分かった、今から私は女の子の状態をメインで生きていくよ」
僕はグッと両手を前に構えて、おばあちゃんにやる気を示した。
「……どこを突っ込めばいいのかわからないねぇ」
「それじゃあ、私はいって来るね!おばあちゃん、クッキーと紅茶ありがとう!」
「おや、もう行くのかい?」
「うん、早く勇者になりたいから。あと、今からでも王都に行かないと、宿が取れなくなるかもしれないからあんまり時間ないんだよね。お父さんとお母さんにこの姿を見せるのは、また今度でいいし」
僕はそう言って再び王都へ向かうために準備をする。といっても、床に置かれたカバンを背負うだけどけど。
しばらくして、もう一度だけおばあちゃんにお礼を言った僕は、これでもう婿にされる心配はない!と、今度は安心しきって王都へと足を進めるのであった。
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