試験と友達
投稿するって言ってたのにできなくてすいません。あと、見直してないのでぐちゃぐちゃです。
王立学院の試験は、午前と午後の2部に分けられている。それは、編入試験であっても変わらない。
中等部の広い教室の中には茶色い机が並んでいて、たくさんの受験者が試験を受けている。
もちろん今も、数学、歴史、語学と続いて、最難関と呼ばれている魔法学の試験中。
眼に映る人は、みんな必死に筆記具を動かしている。ところが、カリカリと言う音が響く中でも、眼に映る限り、僕だけは手が止まっていた。
まずい、これはまずい。
数学は計算に時間かかったし、歴史は勇者様の出来事を思い出せて楽しいし、語学は文章問題を繰り返し読んでいる内に時間が潰れたから、まだいいんだ。一教科50分の制限時間のなか、15分くらいなら見直ししていれば時間が潰れる。
でも、魔法学はそうはいかない。魔法陣や詠唱の穴埋め。魔法学の簡易論文製作。実験についての考察。
どれもこれも、王立学院問題集の解説通りにやればすぐ終わる。というか、終わってしまった。
従って、やる事が無い!!
内心、汗ダラダラ。見直しはもう5回くらいした。しかし、教室の時計を見るとーー腕時計等はカンニング防止のために予め先生が回収しているーーあと30分は時間が余っているのがわかる。
「………」
もっと試験の問題を増やしてくれればよかったのに!!なんでこんなに簡単なの?!王国内で1番難しい試験じゃ無いの?!
僕はもう半泣きになりながら、もう一度見直しをするのだった。
キーンコーンカーンコーン、鐘の音、僕にとっての救いの言葉が聞こえた。
「そこまでです。解答用紙を回収します」
これで、試験前半は終了。そういうわけで、あちらこちらからため息が聞こえてくる。
「疲れタァー」
「ふうぅ、もう難しすぎ」
「お前はどうだった?」
「俺、結構できたぜ」
友人同士の人達は、互いの検討を讃えあっていた。
やがて、先生によって解答用紙が回収されると、一時的に解散の許可が出される。食事休憩だ。返された腕時計を再び腕につけ直してから、僕も一息つく。
「や、やっと、終わったぁ。もう無理……」
僕はげっそりしながら、俯いて教室を出る。今日は受験者も食堂を使っていいので、他の人も続々と教室を出て行く。
あちらこちらから聞こえてくるのは、食堂を楽しみにする声。
かくいう僕は、食事は楽しみではあるけど、毎日食べているため、最初程の感動は無くなりつつあったりするーーなんて事は無い。
まだ食べていないメニューは沢山あるもんね〜!
食事の事を考えると、気分が明るくなった。
僕が軽くスキップをしようとしたその時。
「あははっ」
横から笑い声が聞こえてきた。
声の方を見ると、そこには受験者と思われる少年がいて、僕を見て微笑んでいた。
「……えっと、どうかしました?」
「笑ってしまってすまない。君、さっきは凄く暗い顔をしていたのに、いきなり楽しそうにし出すからさ。それが面白くってね」
「えっ、そんなに暗い顔してました?」
僕は思わず立ち止まってその人に尋ねてみる。
「立ち止まらなくていいよ。君も食堂に行くんだろう?僕もそうだからさ、一緒に行かないかい?」
「あ、そうですね」
ここで別れるのも変な話なので、僕はその人とともに食堂へと行く。
「それで、なんであんなに暗い顔していたんだい?試験、そんなに上手くいかなかった?」
「実は、そうなんですよね」
話しかけてきてくれたので、僕もそれに答える。
なんか、こういうのいいな。この人とは友達になれそうだ。
「時間が余っちゃって」
「そっか、僕も同感だよ。筆記試験、ありえないくらい難しかったよね。つい手が止まっちゃったよ」
あれ?なんか普通に頷いてくれてるけど。試験、難しかったかな?
「えっと……試験、難しかったですか?」
「君は、何を言ってるんだい?難しいから、手が止まって時間ができたんじゃないのかい?」
僕を不思議そうに眺めてくる。彼の長い前髪が揺れた。
「僕は、早く終わりすぎて手が止まってたんですけど」
「それ、本当に試験大丈夫だったのかい?僕は心配になってきたんだが」
「言っている意味がよくわかんないですけど?」
「…………まぁいい。どっちにしろ試験はもう終わってしまったんだ。こんな話はやめて、これからの話をしようか」
少し可哀想なものを見る目で僕を見た後、その人は急に話題を変えた。
なんだろう?何かに気を使ってくれてるみたいだけど。
「これから、ですか?」
「そう、これから」
そう言われて、この後は何があるだろうと考える。
これから、これから………あっ。
「王立学院の食堂についてですね!」
「…………」
「僕、あそこで食事した事あるので、よければおすすめのメニューを紹介しますよ!」
僕は少しだけ自慢げに言ってみる。が、しかし。
あれ?なんでこの人手を目に当ててるんだろ?
「そ、そうじゃなくてだね?午後の試験の話だよ」
「あ、そっちでしたか!」
「君は、まぁ随分と呑気だね。一人称も僕だし、変わってるね」
なんだか軽くため息をつかれた。
僕、なんでため息つかれたのかな?
僕が首を傾げていると、その人は話を続けた。
「君は知ってるかい?僕達中等学院編入生の中に、A級ギルドハンターが混じっている事」
「ええっ?!そうなんですか?」
A級ギルドハンター。まさか、僕の他にもいたなんて……13歳でA級になれたのは僕だけだと思ってたけど。まだまだ世界は広いね、うん。慢心しない様にしなくちゃ。
「知らなかったのかい?随分と噂になっているそうだよ?」
「どんな人なんですか?聞かせてください!」
同い年で、同じA級ギルドハンター。こんなに良いライバルはいない。
情報を集めるに越したことは無いはず!
僕はずいっとその人に近づく。
「く、食いつきすごいね。よし、教えてあげよう。その人は……」
なぜか、少し引き気味になりながらも、答えてくれる。
「ちょうど君くらいのショートカットで」
「はい!」
「君みたいに可愛らしい顔をしているのに、男の子で」
「はい!」
さらりと褒められたのは嬉しいけど、今はそんな事より情報収集だ。
「でも、女の子の姿にもなれるらしい」
「は、はい!」
僕は勝手に心の中で頭の中にライバルの人物像を作り上げていく。
すごい!今のところ全て僕と同じだ!どれだけいいライバルになるんだろう?!
「………………」
いやいやいやいや。おかしい。男の子なのに女の子にもなれるとか、そんなところは普通被らない。
内心、僕は汗ダラダラだった。おかしい。
「そして、極め付けは……」
「き、極め付けは?」
僕が恐る恐る聞くと、彼は溜めを入れるようにしてから、ゆっくりと口を開いた。
「君も噂に聞いたことくらいあるだろう?その少年が、ダークウルフ殺しのアリエルらしいんだよ!」
「…………」
「どうしたんだい?急に黙ったりして」
固まった僕を見て、何かあったのかという表情をしている。
「あ、そういえば。君の名前を聞いていなかったね」
「あ、えっと」
僕は少し言い淀む。
これ、名前答えたら明らかに驚かれるよね?
すると、そんな僕を見て急に申し訳なさそうにする少年。
「あ、すまない。女の子に名前を聞く前に、僕が名乗るべきだったね。僕はレンド・サージキア。レンドと呼んでくれ」
「はい、わかりました。レンド君。2人とも学院に合格した時は、これからよろしくお願いします」
とりあえず軽く頭を下げる。
「うん、こちらこそよろしく頼むよ。それで、君の名前は?」
レンド君も軽く頭を下げてくる。
まだ言い淀む僕に無理して言わなくてもいいよ、と言われるが、そういうわけにはいかない。
名乗られたら名乗るのは最低限の礼儀だろう。
僕は少し渋りながらも、答えた。
「アリエル・ナーキシード、です。気軽に、アリエルって呼んでください」
「いい名前だね。よろしく、アリエルさん」
手をし出されたので、僕は手を握って、握手を交わした。
どうやら、僕がダークウルフ殺しのアリエルだと気づいていないようだ。
アリエルさんって言ってたし、僕のこと女の子だと思ってるんだよねきっと……
噂の子と、たまたま名前が同じ、程度に思っているんだろう。
「あ、すいません。一応言っておきますが、僕は男です」
「えっ?」
瞬間、レンド君の動きが止まる。
「ついでに言っておくと、ダークウルフ殺しのアリエルって、多分僕のことかと、思います……」
一応、ギルドカードを見せて嘘でないことを証明する。
「え、A級ギルドハンター証明?!じゃ、じゃあ君が!!!」
「さっきは、僕と同じA級ギルドハンターの人がいるかと思って、聞いたんですけど。まさか僕の事だったとは……」
その後僕が、簡単に事情を説明すると、レンド君は納得したような素振りを見せた。
「なるほどね。だからアリエルさ……アリエル君は、僕の話に食い気味だったんだね」
「うん。なんか、嘘ついてるみたいになってごめんね?」
「いや、勘違いしたのは僕の方だから、気にしないでほしいな」
その後、僕達は食堂で食事をしているうちに、すぐに打ち解けた。
「それじゃあ、レンド君は公務員になりたいから、王立学院に来たんだ?」
「うん。ここに来れば、公務員になりやすいと聞いたからね」
レンド君のお父さんは公務員らしく、父の背中を追いたいんだとか。
「まぁ、1回目の試験の時には実技で点が取れなくて落ちちゃったんだけどね」
「実技、苦手なの?」
「そういうわけじゃないんだけどね。言い訳がましいようだけど、当日の時には風邪で喉がやられちゃってさ。詠唱ができなくて、魔法が放てなかったんだよ」
「そっか、それは災難だったね。でも、今日は風邪も引いてないみたいだし、きっと大丈夫だね!」
「うん。だといいんだけどね。アリエル君はどうして王立学院に来ようと思ったんだい?」
そう聞かれた僕は、よくぞ聞いて来れました、とばかりに胸を張った。
「勇者になるためだよ!」
「へぇ、勇者かぁ。」
笑うわけでもなく、否定するわけでもない様子のレンド君。
そんな彼の様子に、胸を張って夢について答えた僕は少し苦笑した。
「まぁ、お姉ちゃんに誘われたのとか、友達が欲しかった〜、とかの理由もあるけどね」
僕の言葉を聞いたレンド君は、少し意外そうにした。
「友達、いなかったのかい?」
「うん。まぁ、優しくしてくれる人はたくさんいるんだけどね。なんていうか、近所のお姉さんとか、お兄さん、って感じでさ。友達っていう感じとは少し違う気がするんだよね」
これは、ハルルカさんにアークさん、そしてティアさん達を含めた人達の事だ。
するとレンド君は、笑顔になった。
「それじゃあ、僕がアリエル君の初めての友達になるんだね」
「えっ?」
友達だって、言われた。そんな事は、生まれて初めてで、思わず変な声を上げてしまった。
「嫌かい?僕としては、もう友達のつもりなんだけれど」
そう言われた時、僕の心の中から、嬉しさがこみ上げて来た。
「う、ううん!!嫌じゃない!ぜんっぜん嫌じゃないよ!!」
「ならよかった。これで僕達は友達だね」
「う、うん!!」
初めての友達。
自分の口角が上がるのを感じながら、食事を完食するのだった。
その後、集合場所として伝えられていた、中等学院訓練場に足を運ぶ。
ダミーを使った魔物狩りの練習授業や、魔法の試し打ちに使われており、授業時以外は鍛錬場として使われているらしい。
僕とレンド君は、受験生が並んでいる列に並ぶ。
どうやら、1人ずつ魔物と戦うのが実技試験の内容らしい。
やがて、受験生が全員集まると、先生が注意事項を話し始めた。
「いいですか?これからあなた達が戦う人形は制御はされていますが、あなた達に危害を加えるように命令されています。C級の魔物に相当する強さです。戦っても、死にはしませんが、舐めてかかると大怪我をします。気を引き締めてください!」
先生の言葉を聞いて、周りの生徒がざわつき始める。
「C級?!レッドボアと同じ強さじゃねえかよ!」
「んだよ、俺たちの事殺す気なのかよ
学院は?!」
「いやぁっ、私怖い!」
どうやら、怯えているようだった。C級の魔物って、どれくらいの強さなんだろう?戦った事ないけど、ダークウルフよりは弱いだろうし、まぁ大丈夫かな。
ふと、隣にいるレンド君を見ると、自信ありげに拳を握っていた。
「レンド君は怖くなったりしないんだね」
「うん。前回の試験で戦う相手の強さは知ってたからね。死ぬ事はないし、今は詠唱もできると思うから、怖くはないよ」
「そっか、それもそうだよね」
言われてから、レンド君が前にも試験を受けていた事を思い出した。
「では、呼ばれた生徒以外は観客席で待つように!」
先生がそう言うと、周りの人達が少しずつ階段を通じて上の階へ登っていく。
「さぁ、僕達も行こうか」
「うん、そうだね」
僕とレンド君も、上の階へと向かう。
この訓練場はとても広い。食堂と同じくらい、とまではいかないけど、その一回り小さいくらいではある。
そしてその特徴は、何と言っても形にある。楕円形に作られた、平坦で白い、だだっ広い床を囲むように、上の階層にある客席が並んでいる。
何かの本で読んだ、闘技場のような感じ。
客席周辺には魔力障壁が発動されてあり、楕円の中で使われた魔法が飛んで来たり、物や人が飛んでくる事はない。
「年に一度ある、対人トーナメント戦の時は、すごく賑わうらしいね」
ここで、レンド君が豆知識を教えてくれる。が、しかし。
「へ〜、そんなものがあるんだ」
「常識なんだけどね……?」
どうやら、豆知識というわけではなかったらしい。
「アリエル君、1人目が来たみたいだよ?」
「あ、本当だ」
すると、ここで1人目の受験生が訓練場の中に出て来た。
少年のようだが、震えているのが、ここからでもわかった。
杖を持っている事から、魔法に使うのだろうか。
僕がそう考えていると、やがて少年の前に、黒い虎のような物が三体現れた。
「あれが、魔法で動いている人形?」
僕は驚いて、思わず声に出してしまう。
そして、僕の声に反応するかのように、周りにいる受験者達も、息を飲んだ。
「本物とかじゃないよね?」
僕はそれでも平気だけど、予想していた幾何学的な形をした人形とは違うし、毛が生えていて目がギラついている上に、本物のような動きをしている。これでは、誰もが本物と疑うだろう。
「うん。僕が以前受けた試験の際も、あの黒い虎だったよ。多分、魔物を模しているんだと思う」
知っていた、と答える割には緊張で体が強張っているレンド君。きっと、怖いのだろう。
「一応聞いておきたいんだけど……」
「何かな?」
「あの人形、ダークウルフよりも弱いよね?」
「当たり前だよっ!!ダークウルフと同じ強さだったら、ここにいる誰も戦えない……」
そこまで話してから、僕が聞いた意味に気づき、軽く俯くレンド君。
「そうだったね。君は違うんだった。どうにも、君はか弱い見た目だからさ、すぐその事を忘れてしまうんだ」
「いや、それはいいんだ。ダークウルフよりも弱ければ、僕なら勝てるから」
僕が笑顔でそう言うと、なぜか大きなため息を吐くレンド君。
「知らないのかい?この試験は、あの人形、つまり未知の恐怖に対して、どれだけ対抗できるか見るためのものであって、倒す事は誰も想定してないんだ」
「えっ、そうなの?」
初耳だった。
それなら、一応倒していいか先生に聞かないとね。
「ダークウルフと対峙しているから、当たり前なんだろうけど。君は怖がらないんだね。僕なんか、もう震えが止まらないよ」
そう言って、手を見せてくる。言われて見ると、確かに、彼の手は震えていた。
「大丈夫だよ。死ぬ危険はないんだからさ」
僕はそう答えると、黒い虎達と対峙する少年を見つめた。
見てみると、訓練場の脇にいる先生が、手を上げてから、一気に振り下ろした。
「始めっ!!」
その瞬間、少年に勢いよく迫る黒い虎達。
軽く悲鳴をあげた少年は、杖を持って魔法を使おうとした。
しかし、もう遅かった。
少年の周りには、口を開いて牙を向け、爪を少年に突き刺そうと、寸止めをしている黒い虎達がいた。
「そこまでっ!」
先生が声を轟かせた途端、黒い虎達は少年から離れて、元いた位置に戻った。
少年は、杖を握りしめたまま、ドスンッと尻餅をついた。
その後、先生に立ち上げるのを手伝ってもらい、観客席の方へ戻ってくる。
少年は、俯いたまま震えていた。
周りの生徒も、それを見て放心状態になっている。
しかし、先生はそんな事を気にせず、続ける。
「次の者ーー」
それからは、一方的な試合が続いた。
たまに、炎の魔法で必死の抵抗をしたり、障壁を作って自身を守ったりする人もいる。剣で立ち向かう人もいたが、微力の抵抗に終わった。
レンド君曰く、そうやって立ち向かえた人だけが合格できるのだとか。
「僕は前回何もできなかったんだよ。だから、今回は魔法で対抗してみせるよ」
やがて、30分経った頃には、もうほとんどの人が試験を終えていた。
「次の者、レンド・サージキア」
そして、レンド君が呼ばれた。
「僕の番みたいだ。行ってくるね」
「うん。頑張ってね」
手を振る僕に、手を振り返してから、レンド君は黒い虎の前に行く。
「始めっ!!」
そして、黒い虎達がレンド君に襲いかかる。
が、レンドレンド君は全速力で走って、避けた。
それからは、追いかけっこのように、レンド君は口を動かしながら必死に逃げている。
多分、魔法を使うために詠唱をしているんだろう。
「あっ?!」
しかし、ここでレンド君が黒い虎達に三方向から挟まれた。
黒い虎達が、レンド君に襲いかかる。まさに、絶体絶命。と、その時だった。
レンド君の口の動きが止まった。
「氷壁!!」
レンド君がそう叫んだ直後、彼の周りに氷の壁が出現した。
床から伸びるように飛び出てきたその壁は、黒い虎達を突き上げながら、レンド君を守った。
わぁ、凄いや……!レンド君、あんな魔法が使えたんだね。
僕は心の中でレンド君に喝采を送りつつ、戦いを見守った。
終わりはあっけなかった。
レンド君が作った氷の壁を、虎達が一瞬で壊したのだ。
「そこまでっ!!」
無防備になったレンド君に襲いかかろうとした黒い虎達の爪は寸止めされ、レンド君の試験は終了した。
僕は戻ってきたレンド君を見つめた。
「お疲れ様、レンド君。凄かったね!あの氷の壁」
「そうかい?そう言ってくれると嬉しいよ。僕としては無様に逃げ回っていただけな気がするからね」
「そんな事ないよ!」
「まぁ、自分の力が出し切れたのは、良かったかな」
そう言って笑うレンド君は、かっこいいと思った。
ようし、僕も自分の力を出し切れるように頑張ろう!
僕が自分の番を今か今かと待ちきれなくなった時、ついにその時がやってきた。
レンド君の5人後。
「次の者で最後になる。アリエル・ナーキシード」
先生がその言葉を告げた時、周りがざわつき出した。
「おい、A級ギルドハンターの子じゃないか?」
「どうせ、ガセネタじゃねーの?13歳の俺たちに、あれより強いダークウルフなんて倒せるわけねぇよ」
いろんな人が口々に僕を見てから何かを呟く。
何を話してるんだろ?まぁいいや。
「あっ、僕最後だったんだ。まぁいっか。それじゃあ行ってくるね!レンド君」
「うん、頑張ってね」
僕はレンド君に見送られながら、和気あいあいと階段を降りて行った。
そう言えば、なんで僕が最後なんだろう?何か意味とかあるのかな?
「まぁ、何でもいいけどね」
僕は全力を出すだけだもんね。
ダークウルフよりは弱いと思うから余裕だとは思うけど。油断は禁物。
僕は、魔物狩りの時と同様に、心を引き締めて、円の中心に出た。
「うわぁ、上から見るよりも広いなぁ」
僕がクルクルと周りを見渡していると、レンド君を含めたたくさんの人たちが僕を見ていた。
「アリエル・ナーキシード、準備はいいか?」
そんな僕を見て、先生が声をかけてきた。ちょっと高圧的な女の先生だ。
あれ、一応聞いておかなきゃだよね。
「あ、あの」
「なんだ」
「あの人形って、全部壊しても良いですか?」
怖い先生に対して、僕は少し怯えながら話した。
「…………ふっ」
あれ、なんか笑われてる……
客席の方からも少し笑い声が聞こえてくる。
あれ、もしかしてダメなのかな?もしかして、壊すのがダメなのは常識、とか?
僕が自分に常識が無いのかと疑っていると、先生は笑いながら僕に言い放った。
「やれる者ならやってみろ」
「あ、良いんですね!」
ほっ、と自分が常識からはずれた事を聞いていない事に安堵した。
「では、準備はいいようだな」
先生が、少し声を貼る。
「はい!」
僕は、一度だけ目の前の黒い虎三体を見つめた後、満面の笑みで答えた。
「では……」
先生が、手を上げる。
それに合わせて、僕は笑みを消した。
三体の黒い虎。僕よりも格段に大きい。
でも……
「はじめっ!!」
ダークウルフよりは小さい。
黒い虎達は、先生の言葉と共に僕に走ってくる。
「正面、右、左」
だが、僕も同時に黒い虎たちに向かって走る。
その距離は一瞬で縮まるが、予想通り、正面の黒い虎が1番に僕と当たりそうになる。
爪をだして振り上げられた黒い虎の腕は無視する。
だって、僕の方が早いから。
僕は黒い虎より速い速度で、目の前の、牙を剥いた顔を両手で掴む。
そして、一気に抱え込むように引き寄せる。
瞬間、僕の右膝を虎の顔面に叩き込む。
ゴツッ。
膝下で、骨が砕ける音がした。
だいぶ柔らかい骨だったけど、これで、ひとまずは大丈夫だろう。
その場から離れるため、右に跳躍する。
一瞬で、右側にいる黒い虎に向かい合う。どうやら、急に飛んできた僕に反応できなかったようで、一瞬動きが止まる虎。
僕はその隙を逃さず、思いっきり体をひねって、本気の空中回し蹴りを食らわせる。
ドゴオオオオンという音と共に、虎が壁にぶつかる。
残って、一体だけ。
僕はキッと最後の一体の黒い虎をにらんだ。
場はシーンと、静まり返っている。
「グルオオオオオ!!」
威嚇のつもりだろうか、黒い虎が僕に咆哮をしている。
ダークウルフの声に比べたら、小さすぎる。
僕と黒い虎は、1秒だけ見つめ合ったあと、同時に走りだした。
お互いが、お互いを倒すため。
でも、足りない…………人形には、足りなすぎる。
命を刈り取られるかもしれないという覚悟と、必死さが。
僕は真上に飛び上がった。自分の背丈の3倍くらいだろうか。黒い虎は、消えた僕を探している。
左右も、後ろも見ていく黒い虎が、上を向くのも、もはや時間の問題。
でも、そんな時間はもうない。
僕が、与えない。
僕の右足は、自身の思いっきりの力を込めて、黒い虎の頭に落としていく。
虎の目が、下を向いていた僕の目と合った時。もう遅かった。
スウッと、空気を割く音がしてから、右足は虎の頭の上に乗っかり、やがてはその頭蓋骨を歪ませて、そこから波紋が広がるようにして、虎の体をねじ伏せていく。
ベチャリ。
僕の両足が地面についた時、真っ白い床に、潰れた虎の頭から血が広がっていく。
白い空間に、赤い華が咲くかのように。
ふうっと息をつくと、僕はぐちゃりという音を立てながら、潰れた虎の頭に挟まれた右足を持ち上げて、血の付いていない地面に下ろす。
僕の靴跡が、血塗られる。
一応確認してみると、他二体の虎も動いていなかった。
一体は頭から血を流して、もう一体は壁に埋もれたまま、壁から伝って床に血だまりを作っている。今倒した一体は……言うまでもなく、頭が真っ二つに潰れている。
そこで、僕は自分の体を見下ろした。
これは、女の子モードで活動している際 時についた癖。女の子用の服は、一着ではないけど、あまり持っていないので、返り血を浴びて汚れると困るのだ。服を買うのには結構お金がかかるので、無駄にはしたくないからだ。
袖や背中をくるくると見渡して、どこにも血が付いていないところを確認した。
うん、ズボンも靴下も平気。注意した甲斐があったよね。ブーツも、大丈………
僕は前かがみの姿勢で固まった。
「ぅわあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、絶叫した。
僕の声が訓練場に響いた瞬間、徐々に周りがざわつき始めた。
「そ、それまでっ!!救護班、急げ!!」
そして、先生も慌てた様子で僕に救護班を遣わせる。
僕は一瞬で大人の人達に囲まれた。周りの受験者達も、僕を見て何か言っているようだ。
「どこだ!どこを怪我した?!」
周りの大人の人達が何か言っているようだが、僕の耳には入らない。
「僕の、僕の……」
「何だ?どこだ?」
ワナワナと、手が震えた。
「僕のブーツがぁぁぁあああああ!!」
僕のブーツが、血まみれだったのだ。
服を何組か持っている僕だけど、ブーツは、一つしかない。女の子モードの時も、男の状態の今も。
「ああぁぁ!?一つしか持ってなかったのにぃ!!!」
僕は、勢いよく立ち上がってからひとしきりジタバタした後、半泣きで階段の方へ向かった。
「な、なぁ君!怪我はしてないのか?」
ふと、後ろから救急セットのようなものを持った人が話しかけてきた。
「怪我?あの程度の人形で怪我するわけないじゃないですか!あぁ、僕のブーツぅぅう!!!」
もう嫌だぁ、と言いながら、僕は観客席へと戻って行った。
「お、お疲れ様。アリエル君。噂に違わぬ凄まじさだったね」
席に戻ってすぐ、少し引きつった笑いで、レンド君が僕に話しかけてくる
「え?あ、うん。ありがとう」
「反応薄いね」
本音では、そんな事どうでもいい。もん。
「そんな事よりもさ、聞いてよ!僕の……」
僕はまくし立てるように話すが、レンド君がそれを遮った。
「君のブーツが汚れたんだろう?あんな大声で叫べば、ここにいるみんなに聞こえるから」
え?そんな大声だったかな?
呆れ気味にするレンド君を見て、僕は大きな溜息をついた。
この悲しみは、レンド君にはわからないんだね……帰ったらお姉ちゃんに慰めてもらおう。
これでも、1年は使っていたブーツだ。手入れもしていたのに。
もうダメだ……紐のところに、完全に血が染み込んでいる。
僕は観客席に戻ってからずっとうなだれていた。
しばらくすると、先生が大きな声で言った。
「さて、これで試験は終了になる。みんな、ご苦労だった。魔法によって、採点は終了している。編入の合否は、校舎前に出ている。これにて、解散だ。合格者は、明日ここへ来い。制服と寮を支給する」
この言葉を聞いた受験者達は、我先にと訓練場へと向かった。
「さぁ、アリエル君。僕たたも行こう」
「うん……」
僕はレンド君に連れられるようにしてトボトボと校舎の前へと向かった。
校舎の前では、大きな板が展示されてある。その前では、喜んでいたり、俯いている生徒がいたりと、反応が皆一様に違っていた。
「さぁ、僕等も見に行こうか?」
「うん……」
僕は前を向いて歩いた。俯きながらだと、血がついたブーツが目に入るからだ。
とはいえ、合否は大事な問題だ。ブーツが汚れたという事実から、目をそらす様に意識を切り替えて、受験者名の書かれた板を眺めた。
どうやら、受験者の名前・合否・筆記試験の総合点数・実技試験の点数の順で書かれているようだ。
僕が自分の名前を探していると、レンド君が叫んだ。
「やったぁー!!!受かった!僕、受かったよ、アリエル君!!」
興奮した様子で僕の肩を揺さぶってくるレンド君。
「わぁ!それは良かったね!!」
「アリエル君は、名前見つかったかい?」
「ううん。まだ見つけられてないよ」
名前を見つけないと、合否がわからないんだよね。
「あれ?もしかして……アリエル君、あっち見るんだ!1番真ん中を!」
「え?真ん中って……それは10位以内の高成績者の人達でしょ?」
まさか、僕がその中に入っているとは思えない。
僕はそう思って他のところを探そうとした。が、レンド君がそうさせない。
「1番上!1番上を見るんだ!!」
「もう、なに言ってるの?1番上って、それは、首席……」
1番上を見た、僕の動きが、止まった。
板の中心の、1番上。そこには、こう書かれていた。
「首席、アリエル・ナーキシード……筆記試験総合得点、満点……実技、人形の完全破壊、得点化不能………合格………嘘、でしょ?」
1週間頑張ってたし、合格はしてると思ったけど、まさか、首席?
全てを読み上げてから、僕は目を丸くしたのだった。
次回から本格的に学園ものですかね?