和解
はじめに言っておくと、話し進みません。すいません。
お姉ちゃんに自身の夢を認めてもらえた僕は、その嬉しさを噛みしめる様にハンバーグを食べていた。
「随分とまぁ美味しそうに食べるわね……」
「だって、本当に美味しいんだもん!」
この食堂のおばちゃんの腕もあるだろうけど、何よりも、今の僕は上機嫌だ。
「きっと、後ろめたい事が全部なくなったからこんなに美味しく感じるんだと思う」
素直に、思ってる事を伝える。
「そう?それは良かったわ。アリエルがそんなに喜んでると、お姉ちゃんも嬉しい」
僕とお姉ちゃんは2人で笑いあった。
こんなに楽しい食事はいつぶりかな?もしかしたら、今までで一番楽しいかもしれない。
食事を三分の一ほど食べ終えた僕は、一口水を飲む。
「楽しそうなのは何よりですけど、2人とも、何かを忘れてないかしら?」
ふと、どこからか声が聞こえてきたので、僕は軽く腕を組んで、何か忘れていないか考えてみる。
「えっと、何か忘れてたかな?お姉ちゃんは覚えてる?」
「あっ…………いいえ、ちょっと覚えてないわね」
僕は全く思い出せないので、お姉ちゃんに尋ねてみるが、どうやらお姉ちゃんにもわからないらしい。
「いやいやいや?!アリエルちゃんはともかく、セレーナは絶対思い出してたわよね?!あっ、って言ってたわよね?!」
その声と同時に、僕とお姉ちゃんのトレイが置かれたテーブルに、もう一つのトレイが置かれた。
「いいえ。誰があなたの事なんて思い出すのかしら?」
お姉ちゃんは、その人わ睨むかの様に言い放つ。
「……まぁいいわ」
そう言って椅子に座る女の人に、僕は少し驚いた。
「あ、ティアさん!」
「こんにちは、アリエルちゃん。ご一緒してもいいかしら?」
ニッコリと笑うティアさんを見て、僕も笑って返した。
「もちろんです!」
「いや、ダメに決まってるでしょう?誰がこんな女と一緒に食事を取らなきゃいけないのよ。アリエル、考え直して」
お姉ちゃんは僕に目で訴えてくる。
「えっ、なんで?別にティアさんがいてもいいでしょ?」
「何言ってるのよアリエル。その女はあなたから勇者になるっていう夢を奪おうとしたのよ?!」
「まぁ一時的にはそうだったかもしれないけどさ。きっとティアさんはそんなつもりは無かったんじゃないかな?」
女神騎士城に呼ばれた時は思わず泣いちゃったけど、多分ティアさんには悪気は無かったんだと思う。
「アリエルちゃん……ありがとう!可愛い上に、優しいのね」
「くっ……アリエルがそう言うなら仕方ないわ」
お姉ちゃんはがっくりうなだれて、ティアさんは喜んでる。なんだか正反対だなぁ、この2人。
「それで?一体何の用よ?」
「ほら、2人ともすっかり私の事忘れてるなぁって思って」
ティアさんは料理を食べながら話す。
「別に、僕はティアさんの事忘れてたりしませんけど?」
「あ、えっとそういう事じゃなくて……」
僕の言葉に少し言いにくそうにするティアさん。
どうしたんだろ?
「まさか、まだアリエルに対する求婚は破棄してない、とか言うつもりじゃないでしょうね?」
「え?!えっと、それは……」
お姉ちゃんは相変わらずティアさんを睨む。
「もう、お姉ちゃん?そんなに人を睨んじゃだめだよ。それに、ティアさんが嫌がる僕に求婚する何てこと、してくるはずないでしょ?この前いきなり人を向かわせてきたのだって、何か事情があるんだよ、きっと」
確かティアさんは、前に僕と会った時、女神騎士命令で男の人達を動かしていた気がする。つまり、それだけ大事な何か、事情があったんだろうと思うんだよね。
あの時は男の人達の迫力に、思わず怖がっちゃったけど、後で考えて見たら、そう言う結論に達したんだよね。
「事情があったんですよね、ティアさん?」
僕は、全て分かっていると言う念を込めてティアさんに微笑んだ。
「うっ?!」
すると、彼女は凄くバツの悪そうな顔をして、うろたえる。
「ティア………やめておきなさい。どんな策略も、この子の可愛さ前では無駄よ」
お姉ちゃんは一瞬ティアさんを哀れむような顔をした後、再び睨みつける。
うーん、どうにもこの2人は仲悪いよねぇ。本人に聞くのは少し気まずいし、今度ハルさんかアークさんに理由を聞いてみよう。
「ええ、そうね。本当は婚約の話をしに来たんだけど………無理ね、こんなに純粋な目を向けられたら何もできないわね」
「えっと……?」
「アリエルは何も知らなくていいのよ」
「ふーん?まぁいいんだけどさ。ところで、ティアさんはなんでここに来たんですか?」
聞いた後、止まっていた手を動かして再び食事を始める。
「えっとね、えーっと………アリエルちゃんに会いたかったから!それだけじゃダメかしら?」
「いえ、ダメって事はないですけど」
なんだか、取って付けたような理由の気がするのは僕の気のせいなのかな?
心の中で疑問を抱きつつも顔には出さない。
あ、そうだ!疑問といえば……
「ティアさん、前から気になってた事、一つ聞いてもいいですか?」
「うん、もちろん。なんでも聞いて?」
「あの、ティアさんってなんで僕に求婚したんですか?」
「……」
「……」
ティアさんはともかく、なんでお姉ちゃんまで黙るのかな?
食事する音がその場を支配する、その理由がいまいちわからない。
「無自覚なのね、アリエル……」
「ちょっとえげつないね、アリエルちゃん……」
「えっ?なんで2人とも呆れ顔?!」
僕、変な事言ったかな?
不思議に思ってティアさんの顔を見ると、彼女はため息をついてから口を開いた。
「あのね、女神騎士ってよく求婚されるのよ」
「へぇ、そうなんですか?」
「うん。そのほとんどが私の肩書き目当てなんだけどね」
少し寂しそうに話すティアさん。
「アリエルちゃんに求婚したのは、アリエルちゃんが強いからって言うのが理由の一つなのよ」
「えっ?」
話がいまいち掴めないため、首をかしげる。
「ほら、女神騎士って結構強いじゃない?」
「そうですか?あんまり強くない気がしますけど」
「………そう言える、アリエルちゃんだからこそ、私は求婚したのよ」
「強さと求婚に、なんの関係があるんですか?」
「世間一般的に見ると、女神騎士は強いから、夫もそれなりに強くなきゃいけないっていう暗黙の了解みたいのができちゃってね。そうなると私の結婚相手にはみんなゴツい筋骨隆々な感じのおじさんしかいなくなっちゃって……」
あぁ、なるほど。そう言う事だったんだ。
「だから、ティアさんよりも強くて、なおかつ年も若い僕に求婚したんですね?おじさんと結婚するより、そっちの方がいいですもんね」
聞いた話によれば、女神騎士で結婚しなかった人はいないらしい。何もしなければ、無理やり結婚させられてしまうのだろう。
女神騎士っていうのも、結構たいへんなんだなぁ……
「まぁ世間体は、そういう感じかな」
「世間体は?」
僕はティアさんの言い方にまたもや疑問を覚える。
「アリエル。今度、鏡とにらめっこしなさい。自分の可愛さがわかるまで」
「ええっ?!意味わかんないよお姉ちゃん!」
新手の拷問か何かなのかな?!
心の中で意味がわからない、と思う。
「あなたは女殺しだって事を自覚しないとダメよ」
「女、殺し?僕、女の人を殺したりはしないんだけど……」
何かの例えで言っているのはわかるんだけど、それがなんなのかわからない。僕はますます意味がわからないと感じる。
すると、お姉ちゃんとティアさんは2人揃ってため息をついた。
「アリエル、あなたって……」
「ティア、アリエルちゃんは恋愛とかした事無いんじゃないの?」
「ええ、そうね。というか、住んでいたのが田舎村だったから、恋愛する機会が無かったのよね」
なんか、僕は蚊帳の外って感じで2人が話し出してる。本当は仲いいんじゃないのかな?
少し寂しく感じたので、会話に入り込む事にする。
「そう言うお姉ちゃんは、恋愛した事あるの?」
「あると言えばあるし、ないと言えばないわね」
「えっと……?」
お姉ちゃんはまたもやよく意味のわからない事を話す。
「お姉ちゃんは、アリエルにぞっこんだから!」
そして、お姉ちゃんは僕にウィンクしてくる。
えっと……ぞっこんって、どう言う意味なんだろう?
「それはただのブラコンじゃない」
「アリエルに求婚してるティアに言われたくないわね」
こんな感じで、この日の昼食は僕が首を傾げながらになるのだった。
昼食後、ティアさんと別れて、お姉ちゃんと共に部屋へ戻ってきていた。
そして、僕はここで一つ忘れている事に気づいた。
「あぁっ?!」
「どうかしたの?急に声なんて出して」
「お姉ちゃん!!僕、エフィーさんの所……ギルド行かなくちゃ!色々あったせいで、ダークウルフ倒した事、すっかり忘れてた!!」
と言う感じで、部屋に帰ってきてすぐ、僕はギルドへと向かうのだった。
「それにしても、改めて見ると凄いわね、可愛さが倍増してるわ……」
「そう?褒められると嬉しいよ」
これまではずっと女の子モードでギルドに行っていたので、今回も女の子モードで行く事にしたんだけど、さっきからお姉ちゃんが僕の事をもの凄く触ってくる。
「うわ、髪も凄くサラサラね。艶やかで、私より全然綺麗じゃないの?!」
「そうかな?私は、お姉ちゃんの髪も十分綺麗だと思うよ?」
「アリエルに言われると嬉しいわね」
お姉ちゃんは、僕がどのようにしてギルドで活動しているのか気になると言う事で、ついて来ている。
とは言っても、お姉ちゃんもギルド経由で魔物狩りをした事はあるので、僕がどのようにお金を受け取るのか確認するのが主な目的らしい。
やがて、僕とお姉ちゃんは見えて来た大きな建物、ギルドにためらう事なく入る。
そして、ギルドに入ってすぐ、エフィーさんが受付の机越しに、僕に手を振った。
「あっ、エフィーさん!」
「こんにちは、アリエルちゃん。待ってたわ……って、今日は1人じゃないのね?」
僕の後ろにいるお姉ちゃんに目を向けるエフィーさん。
「あ、はい。今朝話した、私の姉です」
僕がお姉ちゃんを紹介するように手で指し示す。
「へ〜、この人がアリエルちゃんのお姉さんなの。ってセレーナさん?」
「あれ、エフィーさんじゃないですか?」
すると、なぜだか2人とも顔を見合わせた。
もしかして、知り合いなのかな?
「あ、そう言えばセレーナさんの家名はナーキシードでしたね!」
「そう言うエフィーさんこそ、私の弟……アリエルの担当されてたんですね!」
あ、やっぱり知り合いだったみたいだね。
「えっと、2人はどんな関係?」
「エフィーさんは、私の担当してくれてるのまさかアリエルの担当もしてくれてるとは思わなかったけど」
「私こそ、将来有望な2人がまさか姉弟だったとは思わなかったですよ〜」
笑いながら説明してくれる2人。
僕も、思わぬ偶然に驚く。
ここでふと、エフィーさんが何かを思い出したかのように手を叩く。
「そうそう、アリエルちゃんね、一つおめでたいお知らせがあるのよ」
「え、何ですか?」
何だろうかと少しワクワクしながら聞いてみる。
「アリエルちゃん、A級に昇格したわよ。おめでとう〜!」
パチパチと手を叩いてくれるエフィーさん。
僕は、あまりに突然の事に、一瞬息を詰まらせた後、叫んだ。
「ええええええええええっ?!」
「凄いわね、アリエル。これで王都にその名前を知らない人はいないわよ?」
「あれ、セレーナさん知らないんですか?アリエルちゃんちょっと前からダークウルフ殺しのアリエルっていう通り名で有名ですよ?」
「えっ?!そうなんですか?学院で寮生活をしていると、外の話が全然入って来なくって……」
2人は普通に会話してるけど、本当なのかな?
「あ、あの!それ本当ですか?私がA級って」
「もちろん。こんな嘘つかないよ。はい、これ。A級証明カード」
「こ、れは……」
渡されたものは、銀色の鉄の板。アリエル・ナーキシードがA級である事を証明する、と書かれている。
「これを見せれば、色んなところで融通がきくと思うし、身分の証明にもなると思うよ」
「えっ……」
身分の証明、その言葉で思い出した。
僕は、自分が本当は男だという事を隠していたんだった。
「あの、エフィーさん、実は僕謝らなければいけない事があるんです!」
それから、僕はティアさんから逃げるために自分が女だというフリをして活動していた事、その前提でつくられているカードが身分の証明にはならない事を説明した。
が、しかし。
「えーっと、セレーナさんにバレた事は知らなかったけど、王都にいる大体の人はアリエルちゃんが本当は男だって知ってるよ?」
「……えっ?」
息が、止まるかと思った。
バレて、た?
エフィーさんは僕の表情を見て気まずそうにする。
「いや、よく考えなくてもわかるよ?素手でダークウルフを倒せる13歳の男の子が、女神騎士様に求婚されているっていう噂が流れて。その直後に勇者になりたがる、噂の子と同じ名前で同じ歳で、性別が変わっただけの子がダークウルフを素手で倒していったら。大体の人はその子が女装してるとか思うんじゃないかな?」
「…………」
言われてみれば、その通りだ。
ティアさんは逆転の腕時計の事を知っていたから、僕が女の子だって言い張っても通じないと思っていたけど。
普通に女装しているって考えれば、全部繋がる……
「エフィーさん、いつから気づいてました?」
「えっと、アリエルちゃんがダークウルフを倒してきた時から、かな」
「それっ、最初の最初じゃないですかぁっ?!」
僕は思わず叫んだ。
そして、がっくりとうなだれる。
「いや、アリエルちゃんは隠してるつもりだったみたいだからさ?そこは本人の為にと思って。あ、女神騎士様に求婚されてる時点でアリエルちゃんの身元は割れてて、ギルドから女神騎士様に直接情報を聞いてるから、その証明カードに嘘偽りはないわよ」
「そ、そうですか……」
言われてからカードを見ると、そこには、アリエル・ナーキシード、男と書かれている。
けど、そうなれば話は早い。
「バレていたとはいえ、性別を偽って申し訳ありませんでした……」
とりあえず謝ろう。悪いのは僕だし。
「いえいえ、みんなわかってたからいいのよ」
その後は、エフィーさんに学院の生徒の人達を助けた後に放置されているダークウルフの場所を伝えたら、別れ際、どのように女装しているのか聞かれたので、性別は逆転の腕時計で変えている事を伝えて帰る僕だった。
「僕、隠し事には向いてないのかな……」
「向いてないわね。お姉ちゃんが人睨みすればすぐ顔にでるし、ボロも多すぎだし。隠す気がないのかと思ってたわ」
あまりにもはっきり言われたので少し落ち込む。
「もう、隠し事はやめるよ……」
「お姉ちゃんとしてはそうする事をお勧めするわね」
僕ははぁ、とため息をついてとぼとぼと寮へと戻って行く。
一度迷ったこともあり、もう迷う事はない。
ふと、お姉ちゃんが立ち止まって僕を見た。
「あ、そうだ」
お姉ちゃんは急に止まったので、その後ろを歩いていた僕はぶつかりそうになる。
そして、振り向いて僕を見つめてくる。
「アリエル、中等学院に入ってみない?」
それは、唐突な誘いなのだった。
グッダグダですね。無かったことにしたいです……次から話が始まります。