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ダークウルフ殺しのアリエル

どうしても話を進めたかったので、2話を1話にまとめました。まとめたっていうか、くっつけただけですが……少々長めだと思います。

パチっ。

瞼が開き、朝日の光が僕の目に入ってくる。

「朝、だね」

僕は軽く伸びをしようとして、体が動かないことに気がついた。

不思議に思って、ベッドの上で首だけを動かして辺りを見渡してみる。

すると、すぐ隣にお姉ちゃんの顔があった。

なるほど、どうりで体が動かないわけだよね。昔からお姉ちゃんの腕の力は強いからなぁ……

「お姉ちゃん起きて!朝だよ〜〜」

眠りについた時と全く変わらない体制で、僕を抱きしめ続けていたお姉ちゃんに声をかける。

すると、うっすらと目を開くお姉ちゃん。

「あぁ、アリエル。おはよう〜〜」

そう言って、僕の体を掴む腕に軽く力を込めて抱きしめてくる。

「うん、おはよう。お姉ちゃん」

僕は抵抗せずに微笑んだ。そんな僕の様子を見たお姉ちゃんも、微笑み返してくれる。

が、お姉ちゃんは、そのうっすら開けた目をすぐに閉じてしまう。

「それじゃあ、もう少しだけ寝かせて頂戴〜〜」

「あっ、お姉ちゃん?ダメだよ、今日はお休みの日じゃないんだから」

うとうとと眠ろうとするお姉ちゃんの腕の中でもぞもぞと動いて無理矢理起こす。

そして、なんとか動く足を使って、そのまま布団を剥ぎ取る。

「あ〜〜ん、アリエルいじわるぅ!お姉ちゃん、アリエルをそんな子に育てた覚えはありません!!」

お姉ちゃんは、寒さからかぱっと目を開けて、さらに僕を抱きしめた。

もう、僕は湯たんぽ代わりじゃないんだから……

「学院がある日にお姉ちゃんをそのまま寝かせる程薄情な人間に育てられた覚えもないよ」

僕がすかさず反論すると、お姉ちゃんは、うーん、と唸る。

「…………返す言葉もないわね」

それだけ言うとお姉ちゃんは、やっと僕を解放してから起き上がった。

「お姉ちゃん、朝弱いのは相変わらずなんだね」

「いつもは違うのよ?でも、今日はアリエルがいるから昔に戻ったみたいな気分になっちゃって」

そう言いながら、ベッドから落ちた掛け布団を元の位置に戻して、寝室を出ようとするお姉ちゃん。

「そっか、いつもは起きれてるなら良いんだけどさ。お姉ちゃんが起きれなければ、僕が起こせば良いわけだし」

僕もそれについて行くように、寝室を後にした。

「ところでさ、朝御飯はどうするの?」

「どうするのって、大食堂に行くのよ?」

「まだ7時だけど、やってるの?」

「もちろん。6時から10時までやってるわ」

「そうなんだ〜。なら、着替えたら大食堂に行くんだ?」

「そうね、いつもはハルと行ってるから、ハルもいるけど、いいわよね?」

「もちろんじゃない!むしろ、ハルさんも一緒なら嬉しいよ」

僕は今朝は何を食べようかな、と大食堂のメニューについて考えてニコニコとしながら、一息つくためにリビングのソファーに座る。

ソファーに座って足をぱたぱたさせていると、お姉ちゃんはクローゼットを開けた。

そして、パジャマのボタンを外し始めた。

「ちょ、うわあっ?!何してるの、お姉ちゃん!!」

僕はびっくりしてソファーから転げ落ちそうになる。

が、お姉ちゃんはそんな僕の事など気にするわけでもなく、上半身のパジャマを完全に脱ぎ終えて下着姿のまま、僕の方を向いた。

「何って、パジャマのまま大食堂行くわけにもいかないでしょ?着替えてるのよ」

「そんなの見たらわかるよっ!!」

平然と言い切るお姉ちゃんに、思わず声を張り上げる。

「何をそんなに慌ててるの?」

「お姉ちゃん、僕は一応(・・)男だよ?!」

一応、弟とはいえ、男だ。年頃のお姉ちゃんが僕の前で着替えるはやめて欲しい。

が、お姉ちゃんはそんな僕の様子を気にするわけでもなく、普通にシャツを羽織った。

「何言ってるの。アリエルは、一応(・・)男、ってわけじゃないでしょ?一応なんてつかないわよ」

シャツのボタンを締めながら僕と会話を続けるお姉ちゃん。

「それがわかってるならなんで?!」

「そもそも可愛らしい女の子じゃないの、アリエルは」

「何言ってるのかなお姉ちゃん?!僕は思いっきり男だよね!!!」

多分、お姉ちゃんはふざけて言っているのだろう。せっかくだから、僕も乗ってみる。

「あら?そういえばそうだったかもしれないわね」

わざとらしく顎に人差し指を当てて首をかしげるお姉ちゃん。

「全く……朝から何を言ってるのさ、お姉ちゃんは」

「あはは、そう言うアリエルだってノリが良かったじゃない?」

「それは、まぁなんとなく」

「もっとも、さっきの言葉は半分冗談じゃなかったりするんだけど」

小声で呟いたお姉ちゃんの言葉は、聞き取れなかった事にしよう、うん。

「というかアリエル、あなたさっきからちゃっかり私の着替え見てるわよね?」

言いながらシャツを着たお姉ちゃんは、今度はズボンも脱ぎ始める。

「あ、ごめんねお姉ちゃん。見られるの嫌だったかな?」

さっきは冗談で僕が女の子だとか言ってたけど、僕は弟で男だし、見られるのか恥ずかしかったりするのかな?それならそうと早く言ってくれればいいのに。

「いえ、全然見てもらっても構わないんだけどね」

僕はリビングを出ようとしたが、お姉ちゃんがここにいてもいいと言うので引き続きソファーで一息つく事にする。

「アリエル、さっきはあんなに慌ててたのに……私の着替え姿を見て色々と意識しちゃってたんじゃないの?むしろ、お姉ちゃんの着替え姿を見たくなったとか?」

「意識って、何を意識するの?というか、なんで僕がお姉ちゃんの着替えを見たくなるの?」

突然お姉ちゃんが不思議な事を言い始めたので、僕は首をかしげて頭の中にクエスチョンマークを浮かべた。

「興味が出てきて、とか?」

「なんで僕がお姉ちゃんの着替えに興味をもつの?」

ますます意味のわからない事を言うお姉ちゃん。

「……はぁ、そうよね、アリエルは妹だったもんね。忘れてたわ」

「えっ、ますます意味がわからないんだけど?!」

急にため息を吐かれて僕はどんな反応をしたらいいのかわからなくなった。

「まぁいいわ、その事は。でも、それならなんでお姉ちゃんが着替え始めたときに慌てたの?」

「え?だってお姉ちゃんが、僕といる時みたいに、男の人がいる前でも着替えたりしたら大変でしょ?僕も男なんだから、しっかりそこは意識しておかないといけないかなって思って。お姉ちゃん、年頃の女の子なんだからさ?」

僕がそう言うと、お姉ちゃんら押し黙った。

「…………アリエル、その容姿と、その女子力マックスの思考回路を持ってして、自分が男だって言うのはいささか無理があると思うわよ?」

制服のスカートを履いたお姉ちゃんは、目を細めて僕を見つめてきた。

「そうかなぁ?僕はお姉ちゃんの女の子としての意識が足りないだけだと思うよ?」

本当、ティアさんから逃げる時も、お姉ちゃんはスカートの事を微塵も気にしていなかったし……どうもお姉ちゃんは自分が綺麗な人だっていう認識が足りないみたいだよね。

よし、お姉ちゃんが女の子としての意識ができるようになるまでは僕がしっかり注意してあげないとね。

僕は心の中でそう決めた。

「まぁいいわ。私は着替え終わったし、アリエルも着替えたら?」

お姉ちゃんは靴下やブレザー、ネクタイなどを持ってきてテーブルの上に置き、クローゼットの前を開けてくれた。

「あ、うん。そうだね」

言われた後すぐ、さくっと着替え終える。

そして、お姉ちゃんの方に視線を向けると、そこには赤いひも状のリボンを前で結んだ、制服姿のお姉ちゃんがいた。

「お姉ちゃんの制服姿を見るのは初めてだけど、よく似合ってるね。凄く綺麗だよ」

「そう?ありがとね、アリエル」

僕は思った事を言っただけだったけど、お姉ちゃんは優しく僕の頭を撫でてくれるのだった。

その後僕とお姉ちゃんは、ハルさんと合流して朝食を摂った。また昨日みたいに人が集まると大変だなぁ、と思ったけど、今日は周りから視線を感じるだけだった。

ちなみに、今日食べたのは旬のお魚の塩焼き定食で、とても魚が美味しかった。また、昨日とは違った出汁の味噌汁がご飯の味を引き立てていたのは印象深く感じた。

食事の後、僕とお姉ちゃん、そしてハルさんは、再び寮へと戻ってきていた。

「お姉ちゃんとハルは、高等学院で勉強してくるから、アリエルは寮で待っててね?お昼は悪いんだけど、1人で大食堂へ行ってもらえる?」

「うん、わかったよ。あ、でも!仕事とかあるから、外に出てもいいかな?」

「うーん。アリエルに何かあった時に私が助けに行ってあげられないと大変だからあんまり外には出て欲しくないんだけど……」

左右のこめかみに指を当てて悩む様子のお姉ちゃん。

お姉ちゃん、そんなに僕の事を心配してくれてるんだ、嬉しい……けど。

エフィーさんには継続してダークウルフを狩るって言ってるから、今後はそれが厳しくなるかもって事は伝えたいんだよね。

するとその時、女の人の声が聞こえてきた。

「こらこら、気持ちはわかるけど、あんまり束縛しちゃアリエルちゃんが可哀想だよ?」

声の方を見ると、カバンを手に下げているハルさんが扉を開けてこちらを覗いていた。

「まぁ、それもそうね。わかったわ、あんまり遠くにはいかない事を条件に、外に出てもいいわ」

「本当に?ありがとうお姉ちゃん!」

悩んだ末に、外出を許可してくれるお姉ちゃん。

「何かあったら、お姉ちゃんを呼ぶのよ?絶対に助けに行くから」

「うん、わかった」

僕が頷くと、お姉ちゃんはハルさんの方へ向かう。

「あ、お姉ちゃん!女神騎士様に、昨日の事は人違いだって、伝えておいてね?!」

「わかってるわ、忘れてないから大丈夫よ」

お姉ちゃんがそう言うと、ハルさんが少し焦るようにお姉ちゃんを突いた。

「もう行かないと、遅刻しちゃうよ?」

「あ、そうね。名残惜しいけど……」

お姉ちゃんは一度だけ僕を抱きしめると、扉を開けた。

「じゃあ、行ってくるわね。今日は魔物狩りの実習があるから少し遅くなるかもしれないけど、なるべく早く帰るから、待っててね」

「行ってくるね、アリエルちゃん」

僕に軽く手を振る2人。

「2人とも、行ってらっしゃい」

手を振り返すと、2人は僕の前からいなくなり、401号室は静まり返るのだった。

「さて、僕も準備をしようっと」

誰に話すわけでもなく、1人でつぶやくと、僕は腕につけていた腕時計をつまみ上げ、太陽の絵が描かれた面から、ひっくり返す。

逆転の腕時計が月の絵が描かれた面に変わると、僕は目を瞑る。

直後、僕の体は少しの間光に包まれる。

何秒かしてからその光が消えると、頭が少し重くなる感覚がした。

そして僕は、自分の体を確認するように軽く動かしてから、最後に長く伸びた艶やかな髪を、手ですくように触る。

髪が長く伸びている事を確認した僕は、にっこりと笑う。

「うん。私、今日もしっかり女の子だ!」

僕はすぐにクローゼットに押し込められた自分のカバンを取り出して、中から女の子用の服を取り出した。

「はぁ、よかった、シワはついてないみたい……」

服にシワがついてないのを見て胸をなでおろしたら、僕はすぐにその服に着替える。

そして、洗面所の鏡でどこか変なところが無いかを確認してから外に出る準備をする。もっとも、準備といってもハンカチとポケットティッシュ、あとお財布を持つことくらいしかないんだけどね。

無いとは思うけど、万が一にもお姉ちゃんが忘れ物をして戻って来たりした時に、この姿の僕と鉢合わせるとなんでこんな姿になってるのかについて言い訳できなくなっちゃうし、今の内に外に出ちゃおう。

僕はそう思って、すぐに部屋を出た。学生証代わりのカードを扉にかざし、鍵が閉まるのを確認したら、僕は学院を出た。

学院の門は、入る時には学生証やその代わりになるものがいるみたいだけど、出るときは自動で開くようだった。

そして、王都の街に出た僕は、ここで初めて問題に気づいた。

「道が、わからない……!!」

これまで僕がいた宿は、初めて王都に来たという僕に気を使ったエフィーさんが、ギルドから近いところを教えてくれていたわけなんだけれども。

僕は王都に来てからまだ2週間しか経っていない。

その上、宿やギルドの辺り、そして魔物の森ならまだしも、この辺りは昨日初めて来た場所だ。

道を覚えようとしていなかったし、色んなものをお姉ちゃんに説明してもらいながら歩いてたから、全然思い出せないよぉ……

うぅ、初対面の人と話すのは少し怖いけど仕方ない。

僕は、朝から賑わう街中でなるべく手が空いてそうな人に道を聞くことにした。

辺りを見ると、色んな人が忙しなく働いている。

それでも、めげずに手が空いてそうで、なるべく優しそうな人を探していると、いた。

酒場の前で誰かを待っているのか、立っている2人組みの男の人たちを見つけた。

「あ、あの!すいません、道を教えていただけませんか?」

僕が尋ねると、3人の男の人たちが僕の方を見てくる。

逆光だから、かな?目元が影で暗くなって怖い……

僕は少し萎縮して二、三歩たじろいだ。

が、僕が怖がるのもつかの間で、その人達はすぐに僕を見て微笑んだ。

「どこに行きたいんだい、嬢ちゃん?」

「えっと、ギルドに行きたいんです。ギルド周辺の道はわかるんですけど、こっちに来たら、道がわかんなくなっちゃって……」

その人達が優しそうな人で安心した僕は、簡単に事情を話して道を聞く。

「あぁ、なるほどな。ここら辺入り組んでてちょっと分かりづらいよな。でも、心配いらねえよ。ここの道をそのまま道なりに進むと、ギルドに着くんだ」

男の人達の内の1人が、僕に優しく教えてくれる。

「えっ、そうだったんですか?!教えていただきありがとうございます!」

まさか道なりに行けばギルドに着くとは思わなかったなぁ。

「でも、嬢ちゃんみたいに小さい子が、ギルドに何の用があるんだ?依頼の発注か?」

すると、それまで話していなかった2人のうち1人が、無精髭を撫でながら、不思議そうに僕を見て来た。

「魔物狩の依頼を受けに行こうと思ってまして」

「んなっ?!嬢ちゃん1人でか?!そんなの危ねぇ……」

驚いて目を丸くしている人は、そこまで言ってから、その人は無口だった人に手で制された。

「アリエルちゃんよ、引き止めて悪かったな。魔物狩、頑張れよ」

その人は、それまであまり表情を見せなかったのに、白い歯を見せて笑った。

「はい、頑張りますっ!」

その仕草に、思わず僕も笑ってしまう。

すると、男の人達3人は、ヒソヒソと話し始めた。

「んなっ?!アリエルちゃん……って、あのダークウルフ殺しのアリエル?!」

「そんな、噂に尾ひれがついたわけじゃなく、本当にこんな小さい子がダークウルフを?!」

何だろう、この2人無口な人の話を聞いてから、口をパクパクさせてるけど……

「可愛い顔していて、少しの恐怖も見せずに魔物の狩する、何て言うんだ、そんな子は1人しかいないだろうよ」

何の話をしてたんだろう?まぁいいや、きっと僕には関係ないことなんだろうし。

「それでは、道を教えていただき、ありがとうございました!」

僕は3人にぺこりと礼をしてから、道を進んでいく。

しばらくは道なりに歩いていくと、話に聞いていたとおり、やがてギルドが見えてくる。

ここで僕は、あの無口な人が僕の名前を言っていた事を思い出した。

あれ?そう言えば僕、名乗ってないような気がするんだけどな?まぁいいか、今はギルドにたどり着けた事を喜ばなきゃね。

僕はゆったりとした足取りでギルドに足を踏み入れるのだった。

ギルドに入ると、エフィーさんはどこにいるか探すために辺りを見渡した。

すると、彼女はいつもの僕と話をしている場所にいたためすぐに見つけられることができる。

「エフィーさん!」

幸い、彼女が担当する机に人は並んでいなかったので、僕はそのまま彼女の元へと歩み寄った。

「あぁ、アリエルちゃんじゃない!どうしたの?いつもより来るのが早いね?」

彼女は僕を見つけてから笑みを浮かべた。

ここ2週間毎日通っていたもんね、僕も大分エフィーさんと仲良くなったものだと思う。

「あ、いえ。すいません、今日はまだダークウルフは狩ってないんです」

「そうなの?なら、なんでここに?」

「実は、私からお話がありまして」

僕がギルドに来たのは、これからここには毎日来れなくなるかもしれないと伝えるのが目的だ。

別に、ダークウルフを狩ってから、ダークウルフの山ができている場所の情報と一緒に話しても良かったんだけど、早く伝えておきたかったのだ。

「え?もしかして、私と話すためだけにここに来てくれたのっ?!」

僕の言葉を聞いてから、ずいっと顔を近づけて来るエフィーさん。

「エフィーさん、顔、近いですよ……」

僕はエフィーさんを手で牽制しつつ、今回の事情を説明した。

すると、なんだか酷く落ち込んだ表情で机に突っ伏してしまうエフィーさん。

「って事は、これからはアリエルちゃんに会えないかもしれないって事だよね……」

「まぁ、もしかしたらですけど」

「事情があるって言ってたけど、なんでそんな事になったのか、聞いていい?」

「あ、はい。構いませんよ」

詳しい事情は話さなければ、僕の正体が男だってバラたりはしないだろうから、多分大丈夫なはず。

僕はお姉ちゃんに隠して魔物狩をしていて、それが一緒に暮らし始めたから、何かの拍子にバレるかもしれない事。それがバレると勇者になる夢を追わせてもらえなくなってしまう事をエフィーさんに話した。

「そっか、アリエルちゃんも大変なんだね。でも、私にはアリエルちゃんのお姉さんの気持ちもわかるかな」

「心配してくれるのはありがたいんですけどね」

僕は少し苦笑した。

「とりあえずそういうわけで、もしかしたら毎日来る事は出来なくなるかもしれません」

「はーい。アリエルちゃんが来ないと寂しいけど、まぁそこは仕方ないわね」

「あ、でも!今日はダークウルフを狩って来るつもりなので、また後で会えると思います」

残念そうな顔をするエフィーさんに、僕は笑って答えた。

すると、彼女もにっこりと顔を綻ばせる。

「そっか、ならアリエルちゃんに会えるのを楽しみに待ってるね」

「頑張ってたくさんダークウルフを倒して来るので待っててください!」

僕は腰に手を当てて、軽く胸を張って答えた。

「うん、無理はしすぎないようにね」

そう言って微笑むエフィーさんだったが、ふと、何かを思い出したかのような表情をみせた。

「そういえば、昨日の女神騎士様に呼ばれてた件はどうだったの?」

女神騎士様と言われて少し動揺するが、それは内面に隠す。

本当は、僕の正体までバレちゃったけど、今は無理矢理人違いで通してる、なんた言えないよね……

「人違いだったみたいです」

僕はなるべく自然に見えるように答えた。

「そ、そう…なの?女神騎士様の探してる人物像と完全一致してた気がするんだけど?」

「でも、人違いでした!」

「……………アリエルちゃんがそう言うなら、きっとそうなのね、うん」

少し引き気味ではあるが、納得したエフィーさん。

ふぅ、なんとか誤魔化せたよ……エフィーさんが疑り深い人じゃなくてよかったぁ。

僕は心の中で安堵のため息をつく。

「では、僕はそろそろ魔物の森に行ってダークウルフを狩ってきますね」

「うん、気をつけてね。アリエルちゃんが数を減らしてくれてるとは言え、どこに隠れていたのか、ダークウルフはまだまだ減ってないから、あんまりに多勢に無勢であれば逃げたほうがいいかもね」

エフィーさんの優しい言葉に頷くと、僕は手を振って一時の別れを告げる。

「はい、わかりました。では、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

振り返された手を見てから、僕はギルドから出て、魔物の森へと出発する。

さすがに、もう知っている道なので、迷う事なく道を進めて、魔物の森にはすぐにたどり着けた。

とは言っても、たどり着いたのは森の入り口なので、さらに森の奥を目指して進まなければいけないんだけどね。

僕はスカートをひらひらさせながら、魔物の森の中を進んで行く。

歩き始めてからしばらく経つと、木が増えてきて、日が差しているのに、あたりは少し薄暗いという不思議な空間が生まれてきていた。

うーん、この辺りまで来ると前はダークウルフがたくさん出てきたんだけどなぁ。

ちょっと倒しすぎたかな?

ダークウルフは一般的には相当強い魔物なのだそうで、大体は森の奥に潜んでいるらしい。たまに、森の中でも浅いところ、森に隣接する王都に近いところに出てきた群れが討伐対象とされるんだとか。

僕は浅いところからだんだんと倒していったので、ダークウルフは森の奥地の方にしかいないはずなんだけど……うーん、もしかして群れが移動しちゃったのかなぁ?

そうだとすると、この辺りにはダークウルフはいない、か。

そう思った僕は、森の奥へと進むのを止めて、適当に散策しながら森を歩く事にした。

森の中は慣れているため、迷う事はまず無い。たとえ迷ったとしても、まっすぐ走れば、どこかしらには出るから問題ない。

と、その時だった。

「ガ……ルル…ルッ!!」

森の中では比較的浅い方から、ダークウルフのような声が聞こえてきた。

やっと見つけた、森の中をこんなに歩いたのは久しぶりだなぁ……

僕は落ち着いて、ダークウルフの声が聞こえたその方向へと向かった。

が、ふと違和感が頭をよぎった。

あれ……おかしくないかな?ダークウルフの声が聞こえる?今までそんな事あったかな?

どんなダークウルフも、僕が視野に入ってから威嚇していたはず。でも、今は僕の視界にはダークウルフはいないし……あれ、威嚇?

そうだ、この声は、ダークウルフの威嚇の声だっ!!!

誰かがダークウルフと交戦している、その事実に気づいた時、僕は全力疾走でダークウルフの声が聞こえてきた方へと走っていた。

大きな木の幹を避けながら進み、走り抜ける。

すると、段々とダークウルフの声がが大きくなって来る。

「「「グルルルグアッ!!」」」

「「「グググググガアッ!!」」」

近づけば近づく程、戦々恐々という言葉を声で表したかのような悲鳴が聞こえてきた。

「嫌だ、死にたくないっ!!」

「なんで、なんでこんな事になっちゃったのよ?!なんでダークウルフなんかがいるの?!」

「弱い魔物相手の実習じゃなかったのかよ?!」

はっきりと聞こえた声はそれだけだったが、他にもたくさんの阿鼻叫喚が聞こえてきた。

どうやら、ダークウルフも、追い詰められた人も、両者結構な人数いるらしい。その上、人の側にはダークウルフに対抗できる手段を持っていないようだった。

つまり、現在ダークウルフを相手にできるのは自分しかいない。

彼ら、彼女らの命を背負っているのは、僕なんだ。

森の大地を蹴る足に力がこもった。

やがて、木々の間から戦闘現場が見えた。

そこでは、30匹ほどのダークウルフが、固まった人達を丸く囲んで襲おうとしている様だった。

ダークウルフはその人達に攻撃をしようとしているが、どうにもその人達の前には見えない膜の様なものがあり、魔法で守られている様子だった。

でも、抵抗できていないって事は、ダークウルフへの対抗手段がないということだ。

あの魔法もいつまで持つかはわからない。

僕の頭の中が、彼らを助けなくてはいけないと、その事しか考えられなくなった時、ダークウルフと固まった人達は、すでに僕の目の前だった。

まずは、あのダークウルフ達を蹴散らす。

軽く辺りを見渡し、一瞬でダークウルフの位置を理解する。

「正面、右、左斜め、正面、左」

どの順で倒すかをしっかりと確認したら、森を駆けてきたことでついた勢いに、自らの拳を乗せる。

まずは思いっきり、正面にいるダークウルフの顔を殴る。

僕の手に柔らかい感覚と、骨が砕ける感覚が感じられるが、まだ、終わらせない。

拳を出した勢いを使って、反時計回りに体をねじり、右にいるダークウルフの胴体を回し蹴りで吹き飛ばす。

僕の足が地面に着くと同時に、足を思いっきり曲げて力を溜める。

刹那、足のバネを一気に解放して左斜め前にいるダークウルフを蹴り上げる。

次に正面、殴る。血を空中に撒き散らしながらダークウルフが奥へと消えていく。

そのダークウルフを目で追うことなく、僕はそのまま、反動は無視して力の限り左足を真横に突き出す。

左に吹き飛んだダークウルフは男体化のダークウルフも道連れにしながら、木にぶつかってグシャリと崩れる。

人の命がかかってるんだ、悪いけど僕も本気でやらせてもらう。

僕は一瞬であたりを見渡して全てのダークウルフがどの位置にどういるか理解する。

考えるより先に、体が動いた。

目の前の木に向かって走って、蹴りを入れる様に、足から木に接する。

そして、そのまま地面と平行の線のまま木を蹴った。

僕の体は凄まじい速度で目の前のダークウルフへと向かう。

空中で拳に力を溜めていた僕は惜しむことなくその拳でダークウルフの頭を破壊する。

その勢いをなくさないまま、空中で回転して、再び足から木に着地する。

そして、木からダークウルフへと飛び立ち、また木に着地して、また木からダークウルフへと飛び立つ。

そうして、僕は木々の間を飛翔し、次々にダークウルフを倒していった。

そして、戦闘とも呼べない圧倒的な蹂躙が始まってから1分も経つ頃には、その場にいるダークウルフは全て息絶えていた。

僕は念のためにもう一度ダークウルフが全滅したかどうか確認する。

うん、ちゃんと全滅してる。

ダークウルフが全滅したのを確認し終えた僕は、固まっている人達の方を向いた。

「あの、皆さんお怪我はあり……ま…せん……か」

瞬間、僕は固まった。

その人達は、制服を着ていた。女の人も、男の人も、僕が最近みた記憶のある制服を着ている。

確実に、見覚えがあった。というか、今朝もみたから、間違うはずはない。

頭によぎったのは、お姉ちゃんの言葉。

魔物狩の実習があるから、帰りが遅くなるかもしれないと、お姉ちゃんは確かにそう言っていた。

僕の姿を見て目を丸くしている、王立高等学院の生徒の人達。

その中で、4人、30人ほどいそうな生徒の中で、周りの人とは違う顔をしている人達がいる。

そのうちの3人は、僕を見て口をあんぐり開けていて、あと1人は、僕を見て待ってました、と言わんばかりに泣きながら笑っていた。

お姉ちゃん、ハルさん、アークさん、そしてティアさんの、この4人。

僕が口をあんぐり開けていると、生徒の1人が恐る恐る口に出した。

「助かった、のか?」

「そうよ!私達、助かったのよ!!」

「助かった、助かったんだぁ!!!」

やがて、泣きながら生きている事を喜び始める生徒達。互いに抱き合ったり、泣きながら笑いあったりして喜びを体現している。

その様子を見て、僕の口角は緩んだ。

よかった。本当に、助けられてよかった。

この様子だと、多分、死傷者はいないはずだよね。

僕はゆっくりと、彼らを助けられた事に対する安堵を噛み締める。

そして、次第に彼らの興味の矛先は僕へと向いた。

段々と、僕の事を見始める生徒の人達だったが、彼らは、僕に対して特に何か言ったり、近づいてきたりはしなかった。

なぜなら、1人だけ、明らかに異様な雰囲気を纏って僕に近づいてきている人がいたからだ。

その、普段とは明らかに違う、違いすぎる、どす黒いオーラを幻視させるほど僕を睨んできている。

綻びかけた僕の口は、瞬時に引きつった。

僕も、何回かしか見たことがないその表情。

まずい、これはまずい。お姉ちゃんが近づいてきている。

ここで捕まると、本当に、後で誤魔化せなくなる……

全部バレて、もう勇者になれなくなっちゃう。

僕は慌てて彼女に背を向けて逃げ出そうとした。が、しかし。足がもたついてうまく動かない。

「待ちなさい、アリエル」

その怒気に溢れた声を聞いてからは、自分がアリエルという少年ではないと否定することは愚か、逃げる、という言葉ですら頭から吹き飛んでいく。

僕のお姉ちゃんは、凄く優しい。

ただし、極稀に、激怒することがある。

それは、僕の安全が脅かされた時だ。

例えば、僕が1人で、大人が100人挑んでも1匹にすら勝てないような魔物に対して、1対30などという、一見すると無謀にも思える事をした時なんかは、恐ろしい事になるだろう。

次第に近づいてくるお姉ちゃん。その顔からは、普段とは真逆の、冷徹なまでの、静かな怒りに歪んだ顔だった。

その怖さから、まるで、金縛りにあったかのように動けなくなる。

お姉ちゃんは、立ったまま固まっている僕に対してなんて事無く近づいてくる。

勇者になれないとか、そういう気持ちもあるけど、何よりも、お姉ちゃんが恐ろしい。それくらい怖い。

「なんであなたがそんな格好なのかとか、どうしてダークウルフと戦ったのかとか、色々聞きたいことはあるけれど……」

お姉ちゃんがすぐ目の前に来た時、僕は怖さからぎゅっと目をつぶった。

そして次の瞬間。僕を、柔らかい温もりが包んだ。

「えっ?」

思わず目を開けてみると、そこにははお姉ちゃんがいた。

お姉ちゃんから伸ばされた手は、しっかりと僕の体を抱きしめていて、怒るわけでも無く、叱るわけでも無く、ただ、お姉ちゃんは、一言。

「無事で、よかった」

涙声でそう呟くのだった。

アリエルがしばらく正体を隠したまま行動すると思っていた方いたんじゃないでしょうか?すいません、こんな感じで正体はあっさりバラします。やっぱり、何と言ってもこの話は日常系で行きたいので。

今回はちょっぴりシリアス風になった気がします。緊張感とかがうまく伝わっていれば嬉しいです。

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