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大食堂と大浴場

すいません、ストックを出し忘れてました。あと、気力が足りなくて見直ししてません。

僕とお姉ちゃんとハルさんは、3人でしばらく談笑していたが、ふとハルさんが備え付けの丸時計を見た。

「あっ、いけないもう7時だ?!」

「えっ、嘘!」

その声につられて、お姉ちゃんも時計を見る。

そして、2人は顔を見合わせていた。

とりあえず僕も時計を見る事にする。

うん、確かに夜7時だ。

窓の外を見ると、さっきまで赤みが勝っていたと思っていた空は、暗闇に包まれている。

「2人とも、そんなに焦った顔をして……どうかしたの?」

不思議に思ったので、聞いてみた。

「7時を過ぎるとね、食堂がすっごく混むの」

「食堂の仕様的に、全生徒が入っても座れるようにはなってるんだよ?それでも、狭いものは狭いというか。ぎゅうぎゅうづめになっちゃうんだよね~」

2人はそれを経験した事があるのか、少し嫌そうな顔を浮かべた。

「でも、今ならギリギリ間に合うと思うから、今のうちに食堂に行かない?」

ハルさんの提案に、頷く僕とお姉ちゃん。

こうして僕達は、部屋を後にしたのだった。

王立学院では、中等学院と高等学院で共同の施設がいくつかあり、大浴場と食堂がそれだ。

共同で使われるという事もあり、とても広い。

「ひ、広い……」

本当に、広いなぁ。

僕はハルさんとお姉ちゃんに、食堂へと連れてこられた。

そして、そのあまりの広さに言葉を失った。

「そうだよね、広いよね!私も初めてここに来た時は驚いたよ~」

「そうね、私も驚いたわ」

さらに驚くことに、その食堂を3分の2ほど人が埋めていたのだ。

ずらっと、規則的に並べられた机と椅子、そしてそこでまちまちの食事を取る人達。

これって、600人くらいいるんじゃないのかなぁ……って、それは当たり前なのか。校舎と寮があれだけ大きいんだもん。これだけの人がいてもおかしくはないよね。

「お姉ちゃん、この学院って、生徒数は何人くらいなの?」

「そうね~。高等学院と中等学院を合わせたら700人くらい、かしら?」

「ええっ?!そんなにいるの?」

僕がこの学院の規模の大きさに驚かされていると、ハルさんが少し慌てた様子で言った。

「2人とも、話は後にして今は食事をもらいに行こうよ!満席でぎゅうぎゅう詰にならないうちにさ」

「それもそうね。行こっか、アリエル」

「うん!」

僕はどんな食事ができるのかワクワクしながら、お姉ちゃんの後をついていった。

広い食堂を壁際に向かって歩いていると、食堂の角を中継地点にした、壁に沿って並ばれた1つの列が見えて来た。どうやら、ここに並ぶらしい。

「ここに並んでる間に、何を頼むか決めて置いた方がいいよ。ほら、あそこにメニューが書いてあるでしょ?」

「あ、あれですか!うわぁ、あんなにいっぱいある~~」

ハルさんが指差す方を見ると、メニューが書かれた看板のようなものが天井から吊り下げられていた。

ハンバーグ定食に、スパゲッティ、カレーや焼き魚まで、様々な種類のものがあるようだ。

「なるべく早めに決めた方がいいわよ?列、すぐに先頭になるから」

「う、うん。わかったよ」

お姉ちゃんに言われてから、なるべく早く決めようとは思うんだけど、中々決められない。

「お姉ちゃんは何にするの?参考までに聞かせてほしいな」

「私は……そうね、唐揚げ定食にしようかな」

なるほど、唐揚げ定食かぁ。美味しそうだな~。

「ハルさんは何にするんですか?」

「私はカルボナーラのサラダセットにしようかな」

カルボナーラ。話でしか聞いたことない食べ物だ。結構興味を惹かれる。

「う~ん、僕はどうしよう」

僕が悩んでいると、列はだいぶ進んで、後少しで最前列になっていた。

最前列になると、調理室にいるおばちゃんに窓越しで注文をするようだ。そこから先に進んで待っていると、頼んだ料理が受け取れるという仕組みらしい。

「悩むなら、おすすめにすればいいんじゃないかしら。アリエル、苦手なものなかったでしょ?」

「あ、そっか。その手があったね」

お姉ちゃんに言われて、僕はおすすめを聞いて、それにする事にした。

「すぐに打開案を出してくれるなんて、さすがお姉ちゃんだね!僕1人じゃ、ずっと決められないところだったよ」

僕は笑顔でお姉ちゃんを見た。

するとお姉ちゃんは、軽く僕の頭を撫でてから言った。

「そんな事ないわ。きっとアリエルもじきに同じ結論にたどり着いたはずよ。それに、お姉ちゃんはアリエルが困ってたらいつでも飛んでいくから、ずっと決められないって事絶対に無いから」

「そっか、それもそうだよね。お姉ちゃんは僕が困ってたら、いつも助けてくれてたもんね!」

昔からお姉ちゃんにはお世話になったからなぁ~~。いじめられたら、すぐに駆けつけてくれたっけ。

「そんなの、当たり前でしょ?可愛い可愛い弟が困っていたら、駆けつけるのはお姉ちゃんとしての生き甲斐みたいなものなんだから!」

「いつも助けてくれてありがとうね、お姉ちゃん!」

この機会に、お姉ちゃんへと普段のお礼を伝える。

するとお姉ちゃんは満面の笑みを浮かべて、もう一度だけ僕の頭を撫でた。

「ふふっ、どういたしまして」

僕は少し目を細めて、いい気持ちになった。

「ちょっとちょっと、2人だけの世界に入らないでもらえるかな?私もいるよ?となりにいるからね?」

すると、僕とお姉ちゃんの顔を覗き込むようにしてハルさんが話しかけてきた。

「あっ、すいません。お姉ちゃんとばっかり話しちゃってしまって。やっぱり、3人でいるんだから、3人で話したほうがいいですよね」

これからは3人で話すようにしよう、みんなで話したほうが楽しいもんね!

僕がそう思っていると、ハルさんは首を横に振った。

「ううん、健気なアリエルちゃんに罪はないからいいの。私は、セレーナに言ってるんだけど?」

そう言うと、ハルさんはお姉ちゃんを見る目を細めた。

「いいじゃない、別に。姉弟水入らずで話したって」

「私もここにいるんだけど?アリエルちゃんを独り占めしないでもらえるかな?!」

えっと……僕を独り占めって、何の話なんだろう?

僕は2人の話に首を傾けながら、ふと、列の進捗具合を見た。

そして、目を丸くする。

なんと、もう2番目になっていたからだ。

慌てて2人にそのことを伝える。

「列の順番、次ですよ!」

「えっ?あ、本当だ。教えてくれてありがとうね、アリエルちゃん」

「ありがとう、アリエル」

「いえいえ」

一度会話を止めて、横並びから縦に並び直す。順番は、ハルさん、僕、お姉ちゃんの順で、2人が僕をサンドイッチした形だ。

お姉ちゃんは、僕が少し人見知りなことを知っているため、僕の後ろに、知らない人がいると緊張すると思ったんだと思う。だから、後ろについてくれたんだろう。

こう言うさりげない優しさも、お姉ちゃん、らしくて、素敵だと言えると思う。

「アリエルちゃんを対等に分け合うには、この並び方が1番だよね」

「異論ないわ」

あれ?お姉ちゃんとハルさん、2人でニヤリって笑ってるけど、どうかしたんだろうか?

「はい、次の人~」

「あっ、はい!」

ここでハルさんの番がやってくる。

よし、よく見ておこうっと。

僕は、自分が話すときに困らないよう、ハルさんのやりとりをよく見た。

「ご注文はなんだい?」

「カルボナーラのサラダセットを下さい」

「はい、カルボナーラね。向こう行って待ってなさい」

エプロンを着たおばちゃんがハルさんと会話する、が。

あれっ、それだけ?

思ったよりも会話の内容が少なく、構えてた分、少し拍子抜けに思った。

おばちゃんは、奥の調理室で機敏に動くと、すぐにこちらへと戻って着た。

「はい、次の人~」

「えっ?!あ、はい!」

先の受け取り口に進んだハルさんが、もうカルボナーラを受け取っている事に驚きつつ、おばちゃんの方へと視線を向けた。

「ご注文はなんだい?」

「えっと、おすすめをお願いします」

「おすすめ、ねぇ……全部おすすめなんだけど、強いて言うなら、そうだねぇ~」

僕が答えると、少し悩んだ顔をしたおばちゃん。

「茄子の味噌和え定食なんてどうだい?」

「あ、いいですね!それでお願いします」

「茄子の味噌和え定食ね、向こう行って待ってなさい」

「はい」

言われてから、ハルさんが待っている場所へと向かう。

「あ、無事注文出来たみたいね」

「はい。それは平気だったんですけど……ハルさん、カルボナーラ受け取るの、随分と早くなかったですか?」

僕がそう聞くと、ハルさんは少し笑ってから、そうだね、と呟いた。

「ここのおばちゃんは、魔法調理の天才なんだって。だから、すぐに作れちゃうんらしいよ。あ、ほら」

ハルさんに言われて、料理の受け取り口を見てみると、そこには、できたての茄子の味噌和え定食が置かれていた。

「わぁっ、本当に凄いスピードですね!」

「そうだよね、私も初めて見たときはびっくりしちゃったよ」

ハルさんと話しながら、トレーに乗った茄子の味噌和え定食を取った。

そしてその直後、お姉ちゃんがこちらに歩いてくる。

「アリエルも段々人見知りを克服してきたみたいね」

「四年も経ったんだもの、それくらいは克服してきてるよ」

王都に来てから、たくさんの人と話したけど、だいぶ普通に話せるようになって来た気がする。

「あと少しで完全克服ね」

「うん!」

そんな話をしていると、お姉ちゃんの唐揚げ定食が乗ったトレーが受け取り口に置かれた。

お姉ちゃんはそのトレーを持つと、辺りを軽く見渡してから言った。

「それじゃ、あそこが空いてるから、座りに行きましょうか」

僕とハルさんは、お姉ちゃんの言葉に頷き、空いている席に座に向かった。

テーブルまでそんなに距離はなかったのに、たくさんの人に見られて、視線を感じた。

そこで、ちょっと前に言われた言葉を思い出す。

確かお姉ちゃんは、可愛いから見られているって言ってたっけ。

顔が赤くなるのを感じながらも、僕は席に着く。

そして、3人で丸いテーブルを囲むようにして椅子に座り、食事を始めた。

味噌汁とかお浸しとかもあるけど、茄子の味噌和え定食なんだし、茄子から食べてみよっと。

僕はまず、茄子を口に入れてみる。

瞬間、口の中に甘い味噌の味が広がった。

味噌の風味の良さにビックリしながらも、咀嚼してみると、油で揚げ焼きにされた茄子の香ばしい香りが鼻を抜けていく。

こ、この料理……お母さんの作る料理と同じくらい美味しい!!

口元が緩みながらも、茄子を飲み込んだ。

「これ、凄く美味しい!」

その驚きから、料理から目を離して2人の方を見て感想を伝えた。

ところが、ハルさんもお姉ちゃんも、自分の料理には手をつけず、なぜか幸せそうな顔で僕の方をじいっと見ていた。

「えっと……ハルさん、自分の料理食べないんですか?お姉ちゃんも、全然手をつけてないし……」

「アリエル。お姉ちゃん、既にお腹一杯になって来たかもしれないわ」

「アリエルちゃん、私も凄く満たされて来たよ」

僕の問いに、よくわからない言葉を返してくる2人。

「でも、ダメだよお姉ちゃん。ちゃんと食べなきゃ。ハルさんも、しっかり食べないと、明日になってから力が出ませんよ?」

少し心配になったので、僕は2人に食事を促した。

「それもそうね。アリエルの顔を見ながらでも食事はできるし、冷めないうちに食べるとしましょうか」

「そうだね、私もしっかり食べようっと。アリエルちゃんの顔を見ながらでも食事はできるからね」

そう言ってから、やっと料理に手をつけ始めた2人。

というか、なんで2人とも僕の顔を見ながら食べるって言ってるのかな……?

心の中で不思議に思いつつも、僕は再び自分の料理を食べ始める。

今度は味噌汁を飲んでみる。

わあっ、すごく出汁が効いてる……

しっかりと味わってから飲み込んだ。

「本当に美味しいなぁ」

半分独り言のつもりで言った言葉だったが、2人はしっかりと反応してくれた。

「確かに、ここのご飯は美味しいよね。私も初めてここで食べたときは驚いたよ、うん」

「まぁ、アリエルの料理とあまり変わらないくらいではあるかもしれないわね。もちろんアリエルの作った料理の方が美味しいけど」

「僕の作る料理って、こんなに美味しいかなぁ?」

お姉ちゃんに料理を作ったのは、四年前のお姉ちゃんが家を出る際だったはず。昔のことなのに、なんでそんなに覚えてるのかな?

「えっ?なにそれ、私も食べたい!」

「ハルさんまで……まぁ、僕なんかの料理でよければ、今度作りますよ」

お姉ちゃんのはちょっと過大評価な気はするんだけど、褒められて悪い気はしない。

それに、あれからお母さんのお手伝いもしてたから、料理の腕は上達してるはずだし、食べてもらっても問題はないと思うし。

「本当に?!やったぁー!」

「私の分もお願いね、アリエル」

「わかったよ、今度2人に振る舞うよ」

僕は笑顔で答えた。

と、その時。僕は気づいた。

あれ……?なんか、周りに人が多いような気がするんだけど。

お姉ちゃんと僕とハルさんで囲んだテーブルを中心にして、人が集まっている気がする。

「あの、ハル?セレーナ?」

その時、お姉ちゃんに女子生徒が話しかけた。

制服がお姉ちゃんとハルさんと同じだし、2人の同級生あたりなのかな?

「えっと、どうかしたのかしら?」

「みんな、集まったりしてどうかしたの?」

ハルさんとお姉ちゃんは不思議そうに周りの人に問いかけた。

なんだろう、と思いつつ、僕は味噌汁を飲んだ。

「どうかしたのって、どうしたもこうしたもないよ2人とも!」

すると、2人の周りにいる人たちは一斉に僕を見てきた。

「「「「その超かわいい子誰?!」」」」

一瞬、味噌汁でむせそうになった。

「あぁ、この子ね。ほら、学院でセレーナと一緒にいる子が可愛いって話あるでしょ?その噂の子だよ。セレーナが溺愛してる弟ちゃん」

女生徒5割男子生徒5割の半々くらいで、気がつくと周りにはすごく沢山の人がいて、壁のように囲まれていた。

「ええーーっ!!こんな可愛い子が弟なのセレーナ?!」

「本当に男の子なのー?!」

すると、至る所から女生徒の声が上がりはじめた。

男子生徒は、じっとこちらを、というか、僕を見て話し合っている。

「やばいぞ、女神騎士様やセレーナをはじめとした美少女がいるから最高だと思っていたが、こんなところに伏兵がいたとは……」

「ああ、全生徒と比べても、ダントツで1番可愛いな」

「くっ、本当に男なのか?なんてもったいない……!!」

「いや、俺は気にしないぞ、もうこの際、新しい扉を開いてみせる!」

男子生徒の人達は、なんの話し合いしてるんだろう?ヒソヒソしてるからよく聞こえない。

というか、この人達噂の子、とか言ってるし、もしかして僕の事話してるのかな?

僕が不思議に思っていると、ハルさんが僕の方を見てきた。

「アリエルちゃん、みんな……っていうか、女生徒の子達が望んでるから、自己紹介したら?」

「あ、そうですね。アリエル・ナーキシードです。えっと……お姉ちゃんがいつもお世話になってます」

少し慣れないけど、社交辞令っぽいことも言ってみた。

すると、女生徒達の盛り上がり声が一層高まった。

「キャー!アリエルちゃん可愛い~!!」

「初々しいところもいいわー!」

と、なんだか凄くキャーキャー言っている。

何がそんなに楽しいのかはよくわからないけど、可愛いと言われて悪い気はしなかった。

その後、僕はその女生徒達に質問責めにあったが、その集団はやってきた食堂のおばちゃんに解散させられる。

こうして、僕とハルさんとお姉ちゃんでの3人の食事は、少し騒ぎを起こしながらも、終わりを迎えるのだった。

そして、僕はお姉ちゃんの住む寮へと戻った。

ハルさんとはここで別れ、ソファに座るお姉ちゃんに、隣に座ってと言われたので、隣に座る。

そして、しばらくの間、今までの4年間、何があったとか、どんな事をしたとか、そういう事で談笑した。

そして、時刻ももう8時を回ろうかという頃。

「お姉ちゃん、僕お風呂に入りたいんだけど、大浴場の場所教えてもらえる?」

「わかった、お姉ちゃん今から着替えとかの準備してくる」

「あ、うん」

お姉ちゃんも僕と同じ時間にお風呂に入るつもりなのかな?

すると、一瞬で着替えやタオルなどの準備を済ませて戻ってくるお姉ちゃん。

「さ、一緒に女湯に行こうか」

「えっ?!お姉ちゃん何言ってるの?僕、男なんですけど?」

「アリエルなら女湯入っても大丈夫よ。夕飯の時の反応を見る限りでは、むしろみんな大歓迎だと思うけど?」

「全然大丈夫じゃないよね?!」

「えー、お姉ちゃんアリエルと一緒にお風呂入りたいなぁ~、昔は一緒だったじゃないーー、行こうよー!」

「うわぁぁ!引っ張らないでよお姉ちゃん!!」

僕は女湯に連れていからそうになったが、必死の説得によって、なんとかお姉ちゃんを宥めることに成功する。

「はぁ、もう昔じゃないんだからさ……それに、僕は大浴場の場所だけ教えてくれればよかったのに」

僕がため息をつきながら話すと、お姉ちゃんはキョトンとした顔で言った。

「お姉ちゃんからしてみれば、まだまだアリエルはちっちゃいからなぁ~。昔とか言われても困るってものよね」

「ええー、僕そんなに成長してないかな?」

心外だな、もう。これでも結構身長伸びたんだけどなぁ。お姉ちゃんの身長が高いんだよ、まったく。

僕はソファの上でお姉ちゃんの顔を見上げながら、身長が伸びないかなぁと願う。

「まぁ、可愛さ的には昔の比にならないくらい成長したけどね。って、昔もすっごく可愛いかったわよ?ええ、もちろん」

「まぁ、それは良いんだけどさ……」

僕は褒められて頰が緩むのを感じながら、照れ隠しで少し俯いた。

「ていうかアリエル、あなた本気で男湯に入る気なの?」

「それはそうだよ、本気に決まってるじゃない」

「…………」

え?なんでここで黙るのお姉ちゃん?

お姉ちゃんは、僕のことをジロジロ見た後、自覚無しか、と呟いた。

自覚って、なんの自覚?

「アリエル、どうしても男湯に入るって言うなら、他の人が浴場を使わない深夜にしなさい」

お姉ちゃんは、それまでのじゃれ合いとは全然違う、真面目な顔で言い放った。

「えっ、なんで?」

「もし今みたいな他の人がいる時間に入って見なさい、男子生徒が震え上がるわ」

「言ってる意味がよくわからないんだけど?」

男湯に女子が入るわけじゃあるまいし、お姉ちゃんは何をそんなに真面目な顔をして心配してるんだろう?

僕は首をかしげた。

「わからなければそれでも良いけど、私は男子生徒を代表して言っている事は覚えておいて」

「なんでお姉ちゃんが男子生徒の代表をするの……」

その言い分に少し呆れるが、お姉ちゃんの顔が凄く真面目なので、いまいち何も理解できないままでも、僕は頷く他なかった。

それから11時くらいまで、僕はお姉ちゃんと談笑をした。

それから、僕はお姉ちゃんに連れられて大浴場へと向かった。

大浴場は、大食堂で廊下を曲がった少し先にあり、これまたとても広いらしい。中には露天風呂などもあり、色々充実しているらしいので、楽しみだったりする。

「あ、そうだ。大浴場の簡易ロッカーは学生証を鍵として使うから、今のうちにこれ、渡しておくわね」

「うん、ありがとう」

女湯と男湯にの別れ際で、お姉ちゃんにカードのようなものを渡された。これが、来客用の学生証と同様な役割をしてくれるものらしく、401号室の鍵の開閉、学院の門の開閉もできるらしい。

僕は、もらった鍵を無くさないように握り締めながらお姉ちゃんと別れて、男湯に入っていった。

すると、中には広いロッカールームがあるのが目に入ってきた。

みたところ、全部空いている。他の人はいないのだろう。

僕が数あるロッカーの、そのうち1つを開け、上着を脱いで、畳んでから入れた。

替えの服とタオルも入れる。

「いいー?胸までタオルで隠して入るのよー!」

と、大声で話しかけてきたお姉ちゃんの声がしたので、少し苦笑した。

「もう、わかったってば!!それ聞くの5回目だよ!!」

全く、誰もいないんだからタオルなんて無くても平気だと思うんだけどな……

そう思いながら、僕は衣服を脱いで、胸までしっかりとタオルで覆った。

そして、逆転の腕時計を腕から外し、ロッカーを閉めた。

お姉ちゃんから受け取った来客用のカードのようなものを扉にかざすと、ガチャッ、という扉が閉まる音がした。ロッカーは、魔法で施錠しているらしい。

このカードのようなもの、入浴する際にはバネのような伸びる紐を手首に絡ませる事で、入浴中ずっと握っていなくてもいい仕組みになっている。

広いロッカールームを抜けて、僕は大浴場への扉を開けた。

するとそこには、石畳で出来た、一周回るだけでも10分はかかりそうな、大食堂より一回り小さいくらいの空間が広がっていた。

「うわぁ、広いなぁ……」

奥には、沢山の湯船があり、木に囲まれた露天風呂もある。

どれがどれだかはよくわからないけど、お姉ちゃんはいろんな効能がある湯船があるっていってたなぁ。魔法を使う人用に、魔力を回復する湯船があったり、傷の治りを早める薬草が煎じられている湯船があったりするらしい。

そして、手前に視線を移すとそこにはシャワーが、ずらっと奥まで並んでいた。

湯船に入る前に、体から洗うのがマナーなんだよね、確か。

僕は近くに並べられたタライを手に取ると、シャワーを流して頭を水で濡らした。

通常の家庭にあるようなシャワーでは、魔石が直にはめ込まれていたりするが、この学院のシャワーは、巨大な魔石を1つ使う事で、全てのシャワーの水勢、温度を調節できるんだとか。

月に一度、魔力を補填しに業者の人が学院に来るらしい。お姉ちゃんが、来客は珍しくないと言っていたのは、こういうわけがあるのだろう。

僕は、誰もいない浴場で1人、丁寧に頭と体を洗い終えたら、タライを片付けて、湯船へと向かった。

「まずは、普通のお湯っぽいところからだよね」

最初は、いくつかある湯船の内、1番近くにある透明なお湯、つまり普通の湯船に浸かって体を温めることにした。

「ふぅ~、気持ちいいなぁ」

本当はタオルは外した方がいいんだけど、お姉ちゃんにタオルは胸までつけろと言われている体があるため、そのまま湯船で温まっている。

上を見ると、真っ暗な世界の中に、灯篭がぼんやりと辺りを照らしていた。

気持ちよくて、なんだか眠たくなってきちゃうよぉ……

僕は湯船の縁に後頭部を乗せて目をゆっくりと瞑っていく。

ガラガラガラッ。

「ぁあーっ。疲れた疲れた、まさか訓練してたらこんな時間になっちまうとはなあ~」

その音に、僕が目を見開いて、ガバッと頭を持ち上げると、僕の視界には、男の人が入っていた。

なんか男の人が来て大変!みたいな書き方してますけど、ここ男湯ですよね。

あと3話もすれば、勢いのある話が始まるかと思います。

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