//9th Stage_ハッカー少女VSチートゲーマー
すとん、と軽やかな着地音が鳴る。
後方の客席から身軽に跳躍して、中央アリーナに下り立ったのは――
「ほら、やっぱアイツだ!」
円形の観客席全体から、わっと一斉に歓声があがる。
紫と銀を基調とした武骨な装備。長い黒衣のすそが、砂塵を舞い上げた風をはらんで、大きくひるがえる。獰猛な目をしたその少年が、何も持っていない右手を軽く振る。すぐにその手に現れる――長い鎖がぐるりと巻きついた、鮮やかな青色の銃剣。
「お、新作か?」
「だな」
観客席から次々とフラッシュが焚かれる。
白い少女に向けて銃剣を構えた少年――AZN、ソージュ。
その対面で、一切ひるむことなく、右手の曲刀を持ち上げる少女――AZN、VAIU。
武器を構えて向かい合う二人のちょうど中央あたりに、ふわりと下り立つもう一つの影。真っ白なロングコートを身にまとった青年が、青い腕章を付けた右腕を掲げる。
《戦闘開始》のテロップが流れた直後、
「堰」とVAIU。
「塹壕」とソージュ。
二人がほぼ同時に呟くなり、平坦だった地面がにわかに大きく波打った。少女の前の土が数箇所ぼこりと盛り上がって低い土壁を形成する。一方、少年の前の土は数箇所沈んで溝のようなものを形成する。
VAIUが手近な土壁の影にしゃがみこんだ直後、ひらりと溝に下りたソージュが右手だけを突き出し、青い銃が火を吹いた。少女の頭上ぎりぎりを掠めた数発の弾丸は、アリーナの端まで到達するなりパッと消える。
「へー、客席は完全に観客なわけね、安心だね」とカリン。
その特別措置に観衆が視線を奪われていた間に、土壁の影からぱっと飛び出した少女が黒い短刀をいくつか放り投げて、詠唱を終える。
「担体流星」
光の粒をまとって加速した短刀が、少年の構える銃をその手から弾き飛ばす。
たたた、と少女の駆ける音がして、直後。
少女が持つ、しなやかな弧を描く湾曲刀と、少年が構えた赤銅色の細長い銃剣が、がつんと鈍い音を立ててぶつかった。
間髪入れず二人同時に一歩下がり、身体をひねったソージュが目の前の少女に向けて引き金を引くより早く、VAIUの持つ銀の刃がそこに振り下ろされた。ソージュの持つ銃剣の側面にぶち当たって、銃身部分が破損する。
ソージュが悔しそうな顔をして、無効化された銃剣を後方に放り投げた。その手が前方に戻ったときには既に、腕を覆うような独特の形状をした、くすんだ青色の機関銃が構えられていて。
「お、青磁銃機の新作」
群衆の中、古株のヘビープレーヤーの一人が目を細めて、嬉しそうに呟く。
だだだだ、と少女に向けて連射される弾丸。半透明の鎮圧盾を前方に掲げたままためらいなく突き進んできたVAIUが少年に肉薄し、手のひらに乗せた銀色の立方体を足元に落とし、ブーツのかかとで踏む。
カチン、と時計の針のような音がして、足元から青白い光がぶわりと広がる。
「はああ?! 普通トラップ自分で踏むかよ!」
叫びつつ飛び退ったソージュが片手で簡易防壁を展開するも、右肩を掠めた光の攻撃はその防壁と機関銃とを丸ごと消滅させる。少年の頭上に浮かぶ数個のゲージがもれなく目減りする。
にやりと少女が勝ち気な笑みを浮かべるのに対し、少年はゆっくりと目を細め。
「詠唱終了」
はっきりと呟いた。少女の表情がさっとこわばる。
「負傷偽証」
ソージュがすかさず呟く。左手に持った剣の、透明な刃に刻まれた魔法回路を辿るように白銀光が流れ、減ったゲージが完全に元に戻る。まるでこの展開を予期していたかのように。
目の前の少女のティアラも同様に光をまとって、自ら減らしたゲージを元の位置まで押し戻し、
「あ、同じ――」
誰かの呟きは、双方の手元で鳴った派手な発砲音に掻き消された。
白銀鋼と木目のライフルが、二丁。
向かい合った銃口から、寸分たがわず同じ動きで白煙を立ち上らせている。
「おお、銃撃戦」
すぐに始まった撃ち合いに、待っていたらしいカリンが両足をじたばたさせる。
最初に作ったいくつもの土壁越しに忙しなく立ち回る二人を見比べ、コダチが感心したようにうなずいて、VAIUの優雅な動きを眺める。
「同じ武器でも使う人が変わると、雰囲気もぐっと変わるねぇ」
白い少女が土壁の影から飛び出し、両刃の短剣を三つつなぎ合わせたような不可思議な形状をした武器を振り回して、ソージュの弾丸を弾き飛ばす。
「コンパネ出す暇ねぇな」
ソージュが小さく呟いて、がちゃ、と弾倉の上に黒いリモコンのようなものを装着する。
「あ」
気づいた数人が声をあげた。
有名すぎる高難易度エリア、平方球体空間の最深部で、運が良ければ手に入るレアアイテムだ。その特殊効果は――
半身に構えてソージュが撃つ。少女は後方に跳躍してそれを避け、銃弾は地面や土壁にめり込んで――消えず、弾かれたように進路を変え、ほぼ等速のままで少女に襲い掛かる。
――その特殊効果は、装着した銃から放たれる全ての弾丸が跳弾に変わる。
「あれはずるいよねー」
驚きどよめく群衆の中、古参のプレーヤーの一人が頬杖を付きながらのんびりと笑う。
避けきれなかった数発を喰らったVAIUの頭上から、しびび、と不快な電子音が鳴る。ステータスエリアの端に黄色い雷アイコンが現れ、少女の足元から伸びる影も黄色く染まる。
「うぐっ」
麻痺で動けなくなった隙にさらに数発、普通の弾丸を撃ち込まれ、あっという間にVAIUのゲージが赤くなる。
「がんばれー!」
最前列に用意された待機席で、カリンが飛び跳ねて声援を送る。
戦闘の巻き沿いを避けるようにカリンの近くにまで戻ってきたコダチが、したり顔でうなずく。
「手慣れてる分、ソージュが優勢かぁ」
「てゆうか、梅雨ちゃんがなんか色々考えすぎちゃってそう」
ほら、とカリンが指さした先で、麻痺から快復したVAIUが、視認できないほどものすごいスピードで剣をぶん回した。あっけなくかわされ空振りに終わった白い少女が、癇癪じみた声でわめいている。
「あれはソージュの挑発が上手いんじゃない?」
「あ、ほんとだ、また引っかかった」
馬鹿にしたように笑う少年の前、地面にぺたんと両手をついて唸る少女が、業を煮やして、叫ぶ。
「これでも、くらえー!」
突然地面から現れたのは、某国軍のロゴがでかでかと入った火炎砲。
ごぅ、とリアルすぎる火炎が地を這って迫るのを、目を見開いたソージュが俊敏に動いてかろうじてかわす。不格好な動きで地面を転がりつつ、額に青筋を浮かべる。
「おい馬鹿! 実在する武器は禁止っつったろーが?!」
審判役のコダチが駆け寄ってきて、ぴーと笛を吹く。目の前に浮かび上がった《LOSER》の文字に、ええ、と大砲から手を離してわめく少女。その細い指が、黄、赤、黒と変わったソージュのゲージを指さす。
「勝ったのに!」
「反則負けだアホが」
割れんばかりの拍手と声援の中、呆れたように言って、ソージュは武器を収めた。