表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

//8th Stage_円形闘技場


二日後。

目の前に広がるのは、石造りの広大な円形闘技場(コロッセウム)。階段状の観客席が色鮮やかな民衆で埋め尽くされている。

「そりゃそうだ、トップページのイベント通知に表示されるんだから、暇人みんな飛んでくるに決まってる……」喧騒の中、ソージュはぼそりと呟いて、隣を見る。「で、いつの間に公式イベントにしやがった?」

とても誇らしげに、にっこりと微笑む正装姿のコダチ。

「この仕事の速さ、特別手当くらい出てもいい働きだと思わない?」

「……俺は、試し撃ちの日程を教えてやっただけのはずなんだけど」

「うん。やったらいいよ、試し撃ち。ここ、今日一日貸し切ったから」

「この人口密度を貸し切りとは言わねぇ……」

おびただしい数の、お祭り好きの暇な群集を、ソージュは睨みつけるように見渡し。

「ったく、観るだけっつってんのに、何が楽しくてノコノコ集まってくるんだか」

呟いてから、隣に目線を戻すと――さっきまではいなかったはずの、きゃいきゃいと歓声をあげる華やかな色彩のアバターたちを視界に捉える。

「あのぉ、コダチさん、あれなんですかー?」

「あれは誕生門(ボーンゲート)って言って創世神話の……ん、どうしたのソージュ」

「……その周囲のは、なんだ」

ソージュのとんでもなく低い、険のある声に、コダチの周囲に居た数人が表情を曇らせる。

「ひっどーい、聞きました? コダチさん」

「ごめんね、この人非常識だから」

にこやかに応じるコダチに、ソージュはなおも白い目を向け、

「女はべらせて仕事する運営も、相当非常識だと思うぞ」

「人聞き悪いなぁ。知り合いが来てくれたから話してただけだよ」ああ、と何かに気づいたように顔を上げるコダチ。「ソージュの取り巻きはオッサンが多いよねぇ」

「うるせぇ滅べ」

さらにそこに「あっ」と別の声が割り込む。

「コダチがいるー。今日仕事なんだ?」

「のんびり観戦できなくて残念だねー」

わらわらと寄ってくる老若男女。

「そういや、この前教えてもらったエリアでさー」

次々と増えていく群集からじりじりと距離をとったソージュが、

「おい詐欺師妹」周囲をふらふらしていたカリンの手をぐいと引き寄せ。「あの中の何匹がNPCだ?」

「何言ってんのソージュ。詐欺師?」

「あいつ、いつもあんな感じ?」

カリンは、人だかりの中央で雑談している兄をみて、

「うん。一緒に出かけると、いつも大体あんな感じ」

「……あっそ」

不満の滲む少年の横顔を、カリンがじっと見上げて。

「お兄ちゃーん、ソージュが寂しがってるー!」

「っざけんな!」

つかみかかるソージュにカリンが杖を向けて詠唱しようとしたところで。

ピピ、とアラームが鳴り、会場中央のアリーナ部分に現在時刻がデジタル表示される。

「お待たせ」

人ごみを掻き分けて、コダチが二人の元にやってくる。

「客も大入満員。始めようか」

コダチがそう言うなり、円形闘技場(コロッセウム)全体に壮大な交響曲が鳴り響く。全員の視界に、イベント説明のテロップが流れる。続いて、Dozen(この) Fable(ゲーム)の公式の仕様ではなく、今後アップデート予定の機能でもないという旨の注意書きが流れ去り。

《本日だけの限定イベント、どうぞお楽しみください》

そう締めくくった文字を各自のペースで読み終えたものから次々と顔を上げ、

「おい、あれ……」

会場中央のアリーナ部分に、いつの間にかぽつんと立っている白い影に、徐々に皆が気づく。

「まさか、噂の?」

ざわめきがどんどん大きくなる。

皆が良く見知った少女NPCは、だが公式設定のビジュアルとは異なる、大きめの菱形の髪飾りを耳の上に立てている。梅雨が気に入ったというNPCのアバターの使用を渋々容認した運営(コダチ)が「これだけは」と提示した条件が、通常のNPCと区別できるようにするということ。銀糸の刺繍のような魔法回路が額のティアラのそれとつながり、人工的な日差しにきらりと煌く。

そして、もう一つ、見覚えのないもの。

「いや、俺は知ってるぜあれ。見たことある、あの曲刀」

最前列の観客席に座る盗賊風の男が、誇らしげに周囲に告げた。

「あいつだよ――ソージュのだ」

周囲が驚きと興奮にざわめく。そこへ、男の斜め後ろあたりに座っていた細身の少年が反論の声をあげた。

「確かにデザインは似てるのがいくつかあるけど……お前、これと勘違いしてない?」

ぽいと放り投げられたグラフィックデータを、周囲の人間が一斉にのぞきこむ。中央の男がううんとうめく。

「ああ、これだこれ。違うかぁ」

画面の中で紫電を散らして猛然と戦う少年の、右手に握られている片刃剣に、男の太い指がトントンと乗っかった。

なんだー、といくぶんテンションの下がった声音でざわつく周囲の中で、

「ねぇ、てことはあの偽フィリアも、ソージュみたいに自分でオリジナル作ってるってこと?」

盗賊の男の横に座っていた赤いローブの女が、中央にたたずむ少女を見下ろして、誰にともなく聞いた。

「いやー、そんな奴がぽんぽん出てくるわけな……」

誰かの苦笑めいた返答は不意に途切れた。

後方からアリーナに向かって頭上を飛びこえた、ひとつの影に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=461070891&size=135
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ