//8th Stage_円形闘技場
二日後。
目の前に広がるのは、石造りの広大な円形闘技場。階段状の観客席が色鮮やかな民衆で埋め尽くされている。
「そりゃそうだ、トップページのイベント通知に表示されるんだから、暇人みんな飛んでくるに決まってる……」喧騒の中、ソージュはぼそりと呟いて、隣を見る。「で、いつの間に公式イベントにしやがった?」
とても誇らしげに、にっこりと微笑む正装姿のコダチ。
「この仕事の速さ、特別手当くらい出てもいい働きだと思わない?」
「……俺は、試し撃ちの日程を教えてやっただけのはずなんだけど」
「うん。やったらいいよ、試し撃ち。ここ、今日一日貸し切ったから」
「この人口密度を貸し切りとは言わねぇ……」
おびただしい数の、お祭り好きの暇な群集を、ソージュは睨みつけるように見渡し。
「ったく、観るだけっつってんのに、何が楽しくてノコノコ集まってくるんだか」
呟いてから、隣に目線を戻すと――さっきまではいなかったはずの、きゃいきゃいと歓声をあげる華やかな色彩のアバターたちを視界に捉える。
「あのぉ、コダチさん、あれなんですかー?」
「あれは誕生門って言って創世神話の……ん、どうしたのソージュ」
「……その周囲のは、なんだ」
ソージュのとんでもなく低い、険のある声に、コダチの周囲に居た数人が表情を曇らせる。
「ひっどーい、聞きました? コダチさん」
「ごめんね、この人非常識だから」
にこやかに応じるコダチに、ソージュはなおも白い目を向け、
「女はべらせて仕事する運営も、相当非常識だと思うぞ」
「人聞き悪いなぁ。知り合いが来てくれたから話してただけだよ」ああ、と何かに気づいたように顔を上げるコダチ。「ソージュの取り巻きはオッサンが多いよねぇ」
「うるせぇ滅べ」
さらにそこに「あっ」と別の声が割り込む。
「コダチがいるー。今日仕事なんだ?」
「のんびり観戦できなくて残念だねー」
わらわらと寄ってくる老若男女。
「そういや、この前教えてもらったエリアでさー」
次々と増えていく群集からじりじりと距離をとったソージュが、
「おい詐欺師妹」周囲をふらふらしていたカリンの手をぐいと引き寄せ。「あの中の何匹がNPCだ?」
「何言ってんのソージュ。詐欺師?」
「あいつ、いつもあんな感じ?」
カリンは、人だかりの中央で雑談している兄をみて、
「うん。一緒に出かけると、いつも大体あんな感じ」
「……あっそ」
不満の滲む少年の横顔を、カリンがじっと見上げて。
「お兄ちゃーん、ソージュが寂しがってるー!」
「っざけんな!」
つかみかかるソージュにカリンが杖を向けて詠唱しようとしたところで。
ピピ、とアラームが鳴り、会場中央のアリーナ部分に現在時刻がデジタル表示される。
「お待たせ」
人ごみを掻き分けて、コダチが二人の元にやってくる。
「客も大入満員。始めようか」
コダチがそう言うなり、円形闘技場全体に壮大な交響曲が鳴り響く。全員の視界に、イベント説明のテロップが流れる。続いて、Dozen Fableの公式の仕様ではなく、今後アップデート予定の機能でもないという旨の注意書きが流れ去り。
《本日だけの限定イベント、どうぞお楽しみください》
そう締めくくった文字を各自のペースで読み終えたものから次々と顔を上げ、
「おい、あれ……」
会場中央のアリーナ部分に、いつの間にかぽつんと立っている白い影に、徐々に皆が気づく。
「まさか、噂の?」
ざわめきがどんどん大きくなる。
皆が良く見知った少女NPCは、だが公式設定のビジュアルとは異なる、大きめの菱形の髪飾りを耳の上に立てている。梅雨が気に入ったというNPCのアバターの使用を渋々容認した運営が「これだけは」と提示した条件が、通常のNPCと区別できるようにするということ。銀糸の刺繍のような魔法回路が額のティアラのそれとつながり、人工的な日差しにきらりと煌く。
そして、もう一つ、見覚えのないもの。
「いや、俺は知ってるぜあれ。見たことある、あの曲刀」
最前列の観客席に座る盗賊風の男が、誇らしげに周囲に告げた。
「あいつだよ――ソージュのだ」
周囲が驚きと興奮にざわめく。そこへ、男の斜め後ろあたりに座っていた細身の少年が反論の声をあげた。
「確かにデザインは似てるのがいくつかあるけど……お前、これと勘違いしてない?」
ぽいと放り投げられたグラフィックデータを、周囲の人間が一斉にのぞきこむ。中央の男がううんとうめく。
「ああ、これだこれ。違うかぁ」
画面の中で紫電を散らして猛然と戦う少年の、右手に握られている片刃剣に、男の太い指がトントンと乗っかった。
なんだー、といくぶんテンションの下がった声音でざわつく周囲の中で、
「ねぇ、てことはあの偽フィリアも、ソージュみたいに自分でオリジナル作ってるってこと?」
盗賊の男の横に座っていた赤いローブの女が、中央にたたずむ少女を見下ろして、誰にともなく聞いた。
「いやー、そんな奴がぽんぽん出てくるわけな……」
誰かの苦笑めいた返答は不意に途切れた。
後方からアリーナに向かって頭上を飛びこえた、ひとつの影に。