//6th Stage_武器庫 拡張
数分後。
よし、と満足そうに言って、双樹がペンを止める。端末を少し遠ざけて目を眇め、できたばかりのデザイン画を何回か傾けて出来栄えを確認する。
「よし。そんでこれを、」
「ああ、実装は梅雨が」
江西が言うのに、
「いや、まだアウトライン……」
双樹が言いかけるのを遮って、
「ん!」
梅雨がうなずき、双樹がさらさらと中空に描いた荒っぽいデザイン画を一瞥するなり、色んな過程をすっ飛ばしてパッと現れる3Dモデル。
「……まじかよ」
「わーい! できたー!」
ゆっくりと回転するポリゴンメッシュの拳銃に、無邪気な歓声を上げつつ指を動かす梅雨。またたく間に精巧さを増し、発砲音が付き、飛び散る火花が付く。
「やべぇくそはええ!」
双樹がソファの上でのけぞって、げらげら笑って足を鳴らす。
「楽しそうだなぁ」
木立がぼやいて、二杯目の茶をのんびりとすする。
「ていうかさぁ、きみたち。そこまでするなら、もう新規でそういうゲーム立ち上げてくんないかなぁ。土台とか細々したところとかはウチの会社で作ったげるから」
「ばっか、前も言ったろ。凡庸な群集が大勢居る中で、自分だけが使えるっつー特別感が良いんだって」
双樹のいつもの反論に――
ほぅ、と感心したような吐息は、白い少女の口から。
「自分専用……」
感慨深そうに呟く少女を眺めて、にやりとあくどい笑みを浮かべた双樹の不穏な様子に、木立が気づく。
「……双樹?」
双樹がずいと身を乗り出して、梅雨の前に指を一本立てる。
「お前専用のデザインしてやっから、俺の二度とパクんな、っつったら?」
「それいい! そーする! 私専用!!」
「よし食いついた」と双樹が指を鳴らすのに、
「こら、言い方」と木立。
「じゃーどんなんがいい、お前の武器庫見せてみろ」
さっと素直に表示された無数の武器を、双樹の目が辿り――
「…………おい、運営」
思わず真顔でカウンターを振り返る。
「うん、まぁ、訴訟起きる前に、全ログ完全に抹消しておいてくれればいいかなって」
木立が遠い目をしてうなずいて、湯飲みを揺らす。
梅雨の武器庫は――Dozen Fableの装備をコンプリートしているのはもちろんのこと。ページをめくれば、明らかにタッチの違う、見覚えのないグラフィックが広がる。
いや、見覚えはある。別のゲームで。
複数の、別のゲームの武器一覧と、突貫工事のようにぞんざいな作りで繋がっていた。
「クレームとかか?」
と双樹が木立にたずねる。
「まぁね。――ま、「見間違いじゃないですか」でしらばっくれられるのが、特権階級のお仕事のすばらしいところだよね。言ってきた人もありえないことだって思ってるから、運営にログまで見せられて懇切丁寧に説明されると、大半はすんなり納得してくれるよ」
「オイ運営」
「ていうか、運営にチクってないで、やりたいなら自力でやれって話だよね」
どうやら取り繕うことをやめたらしい青年の本音極まりない言葉に、ああそう、と双樹は肩をすくめて。
目の前の少女に向き直る。
「なぁ、それって俺でもできる?」
「ん?」
「あーこら、双樹」と木立。
「できりゃあ良いんだろ?」
にやっと笑う双樹に、ああもう、と額に手を当てる木立。
「んー……双樹、これ読める?」
そう呟いて、思案顔の梅雨が手元の端末にするりと指を滑らせる。ばらっと取り出された無数の細かい文字が、宙に散らばって双樹の周囲の空気を黒く染める。
「げ」
途端に嫌そうな顔をした双樹に、首を振った江西が「やめておけ」と声をかける。空になった湯飲みの代わりにグラスを引き寄せて、濃い色の酒をたぱたぱと注ぐ。
「ソイツ方式を見慣れると、まともな奴が組めなくなるぞ。過度なアレンジと略記がかかってる」
「ほほう。てことは、江西さん、やろうとしたんですか?」
花梨が物怖じせずに問いかけ、こら、と木立がたしなめる横で、
「ああ。解除のほうを、な」
不満そうに答えた江西が、ぐいっと酒をあおる。
「えにしなんかにぶっ壊せるわけないじゃーん」
すっかり緊張のほぐれた梅雨が、いつもの自信家の笑みを浮かべて言う。
「ああ、じゃあまぁそれはいいや」
双樹は中空に漂う、頭の痛くなりそうな文字の羅列を梅雨のほうにぐいと押しのけてから、梅雨のけったいな武器庫を指さす。
「こん中だとどれが良いんだ? ああ、レトロなのだっけ」
「えっと、えっと!」
ぱぱぱぱ、とまたたく間に並び替わる。残された数十個の武器をじっくりと見比べた双樹が、ひとつうなずく。
「ふぅん。何かこんな感じか? しゅっとしたの好きだろ」
「うう、うん!」
さっさとフリーハンドの曲線を引いていく双樹に合わせて、梅雨がほとんど平行作業で3Dモデルを組み上げていく。兄妹はやいやい言いながら、江西は黙って、それを見守る。
「こんなもんか」
双樹が満足そうに手を止めた直後、画面の向こうに白い姫騎士がひょいと現れる。その手には――
「見てみて、持ってみた!」
「はええよ!」
できたばかりの細身の剣。白い少女が数回、腕を振る。
梅雨はソファに足を乗っけて、膝に顔を伏せ、くふふふ、と、とんでもなく嬉しそうに笑った。
ふと気づいて、また顔を上げ。
「ねぇねぇ、新しいの欲しくなったら発注するから請けてくれる?」
「あ? 高いぞ?」
「こんくらい?」
前触れもなく見せられた大金に、双樹がのけぞる。
「お前、そんなもん迂闊に他人に見せんなよ! 厳重に仕舞っとけ!!」
「うええ、厳重だよ?」
世界各国の金融系企業での採用実績のある『見えるが盗れない金庫』を構築した張本人の梅雨は、不思議そうな顔をした。