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//4th Stage_白銀鋼と木目のライフル

一方。

快適なスピードで走行する、最新鋭の無軸車両の車内。

「まったくもう。余計なこと言うなよなー、花梨(かりん)

足を組んで大きく伸びをする青年の横で、

「だって、お兄ちゃん、あたしが言い出すと思って、わざとゆったでしょ」

少女がしれっと答えるのに、青年は返事をせず、車窓を眺めてにっこり微笑むだけ。

少女はぶらぶらと両足を揺らして床を見つめる。

「あーあ、みんな騙されてるよねー。誰がこの人を大人で平和主義のクソ真面目って言ったんだっけ。大抵の人はそう言うよね。実はとっても意地悪で面白いもの好きで、煽るの大好きなのに。これだって、ソージュを止めにいくというかゆって、ただ野次馬したいだけしょ」

実兄の性格はよく分かっている、と言わんばかりに花梨がべらべら呟いて、隣席を見る。年の少し離れた兄は肯定も否定もせず、少女に目を向けると、人差し指を立てて相変わらずの穏やかな声で。

「花梨、それ双樹の前で言ったら、俺が貸してる製菓装置(オートラン)一式、没収な」

ぐえ、と汚い声で言って舌を出す花梨。

「ソージュ相手に何かっこつけてんの。てゆーかソージュも気づいてるでしょ」

曖昧に微笑む兄の横顔をじっと見つつ、そろりと両手を合わせて――少女の懇願。

「だから、ね、大福とガトーショコラだけはどーかご容赦を」

「だーめ」

「ええー」

ひとしきり兄の肩を揺さぶったあと、うなだれる花梨の頭上に、ぽこんとポリゴンのクマが現れた。ぴこぴこ動くそれを見上げて、あ、と花梨が言う。

「双樹より早く着いちゃうね」

「……双樹のこと、追尾してんの?」

「うんまぁ」

しれっと頷く実妹から視線を離し、兄は黙って車窓に顔を戻す。

防子壁でそこそこ遮蔽されてる民家の中はまだしも、情報量子やら電磁波やら様々な伝播子が無秩序に飛び交いまくって公害騒動すら起きてるこのご時世に、恐らく衝動的に大半の端末を放り出しただろう一人の人間の所在を、双方移動中でリアルタイムに把握することなど、並大抵の人間にできる芸当ではないはず、なのだが。

ちょっと固まってから、我が妹ながら末恐ろしい、とごく小さく呟いたあと、木立は停車した車から降りる。注がれたばかりの冷たいインスタント飲料を車載調理器から取り出し、自転車(MTB)を漕いで坂を上ってきた人影に笑顔で差し出した。

「よう、お疲れ」

真っ赤な顔でぜーぜーと息を吐いて寄ってきた双樹は、奪うようにそれを受け取って一気に飲み干す。

「っはぁ。よし、テメェ覚えとけよ」

「えー、いきなり何」

近くの植え込みにぞんざいに自転車(MTB)を突っ込んだ双樹が、ずかずかとエントランスに向かっていく。その背をぴょこぴょこと飛び跳ねながら追う花梨。愛車の上に浮遊している路駐課金システムが稼動していることを確認してから、木立もそのあとに続いた。

「しっかし、良いとこ住んでやがんなぁ」

双樹の手が、細かい装飾の施された光触媒式の建材をコツコツと叩く。建物の内装など視覚塗装(かざりつけ)でいくらでもごまかせるこの時代に、わざわざ本物(・・)の建材でここまで精巧に作る必要など、ほとんどない。バカじゃねぇの、と呆れたように言った双樹が、透明な扉の前でくるくる回る認証端末(メトリクスポータル)の前で立ち止まろうとして――非常に堅牢なセキュリティで知られる某世界的企業のロゴがチカチカと不自然に明滅し、一瞬で扉が掻き消えた。

エントランスを満たす静寂。

「……おい、ウザ兄妹。お前ら何かした?」

振り返った先にあった二つの似たような顔が、同時に左右に振られる。にわかに双樹の顔に浮かび上がるのは――とてつもなく物騒な笑顔。

「つーことは先方の歓待か。上等じゃねぇか」

「あーあー始まった」と木立。

「あはは、始まった!」と花梨。

三人で横一列に並んで、揃って踏み込んで、その先にずらりと並んでいた白亜のパネルに、花梨が飛び上がって歓声をあげる。

「わーい! 私これいっぺん乗ってみたかったんだよねー!」

嬉々としてそれ――最新鋭の非接触式エレベーターに駆け寄り、既に階数設定がされているのを見てさらにはしゃいだ声を上げる。その頭をうるせぇと小突いて、双樹は隣のパネルの前に立った。

意識しなければ分からないほどかすかな浮遊感に、なるほどさすが最新式と感心しつつ、遠ざかっていく床を見下ろす。びっしりと待機している白いパネルの異様な数。階下で見えていた台数はほんの一部だったと知って、げんなりした顔をする双樹。

「これ住民全員分あるんじゃねーの……」

「びびってる?」

なぜか楽しげに聞いてくる隣の木立に、

「呆れてる」

とそっけない返事をした直後、両足が床の感触を捉えた。絨毯敷きの廊下をずかずかと進み、

「おいこらクソ野郎!」

明かりのついている部屋にためらいなく踏み込んだ。

「わぁ、怒鳴り込みだぁ」背後から花梨の声。

「品がないなぁ」その更に後ろから木立の声。

部屋の中からは物音一つしない。眉を寄せた双樹が左右を見回し、

「おい、ここにVAIUって奴いるだろ」

「ううう」

ソファの端にひっついてぷるぷるしている、小さい少女に問いかけた。

挿絵(By みてみん)

「梅雨ちゃん! やっほー!」

双樹の肩越しに顔を出した花梨が、少女に向かって手を振る。

「なんだ知り合いか花梨」

「なにゆってんの双樹、あの子だよ梅雨ちゃん。はんどるねーむ、VAIU!」

「は? あのちっこいの?」

「ちちちびじゃない!」

きゃんと甲高い反論に、「おお吠えた」と双樹が呟く。その横を木立がすり抜け、少女の前にさっと膝を付くと、人好きのする笑みを浮かべ。

「ごめんね突然おしかけて。俺はディフ運営のコダチです。で、こっちが妹のカリン、こっちが、知ってるよね、ソージュ」

数回まばたきをした少女が、ソファの裏にさっと引っ込む。

「あれ」

「やーい、お兄ちゃん嫌われたー」

「ええー。じゃあ花梨パス」

「おけ。でもその前にお手洗い借りるね梅雨ちゃん」

勝手知ったる家のように、たかたかと来た廊下を戻っていく少女の後ろ頭を見送り、

「……やっぱしオフライン(こっち)でも自由人だな、お前の妹」と双樹。

「ごもっともだけど、お前にだけは言われたくないと思うなぁ」と木立。

二人の前に、ぽん、と新しいエレベーターが一台到着した。

「うええええ、えにしー!」

いきなりソファから飛び出してきた白い少女が大声を上げ、

「あってめぇ逃げ」

双樹が言いかけた横をすり抜け、玄関に現れた背広の男のもとへ飛び込んでいく。半泣きの少女は真っ赤な顔で、男の胴体にはっしとしがみついた。少女のパニック状態にも男は慣れた様子でその背を数回叩いてから、ひょいと片手で抱き上げた。

木立がさっと頭を下げる。

「突然お邪魔して、大変申し訳ありません、江西社長」

江西はあっさりと首を振る。

「いえ、元はと言えばコイツが悪いので……それに俺も以前、似たようなことしたし」

顔を背けてぼそりと呟く男。

「え?」

「いやなんでも。お気持ちはよく分かります。が、とにかくこいつ、対人スキルゼロなんで、来てもらって悪いんだが無駄に疲れるだけだと思うぞ、双樹くん」

名を呼ばれた双樹は、経済誌か何かで見覚えのある男の顔を遠慮なく睨みつけ、

「あんた何開き直ってんだ」

「悪いな、俺もどうにかしようとはしたんだが」

男は全く悪びれた様子もなく肩をすくめる。そのムダに整った顔を双樹はジト目で睨みつつ、苛立たしげに爪先を鳴らした。

そこに、ふわりと宙を泳いで来客用の給茶セットがやってくる。盆の上にある人数分の湯飲みから、ふわりと香ばしい湯気が沸き上がる。

「ああ、ども」

「いや、俺じゃ……ん、どうした」

ようやく落ち着いたらしい少女がのそのそと江西の腕から下りて、今度はその背中に隠れる。皆が見守る中、そうっと頭が出てきて――双樹と目が合った。

顔を半分だけ出して、ぽそりと呟く。

「……白銀鋼と木目のライフル、あれが一番好き。レトロさいこー。かっくいい……」

双樹の爪先の貧乏揺すりが、ぴたりと止まる。

「……青磁銃機(セラドアーム)シリーズの新作、ちょう待ってる……」

それは、つまり。

やり場のない怒りにぶるぶると拳を震わせた双樹は。

「木立!!!」

「あーはいはい、なに?」

「タバコ!!」

「いや俺吸わないし」

「これで良ければ」

背広の男――江西から渡された一本を、

「……ども」

小さく礼を言って受け取り、火をつけるなり、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

その顔をじっと見つつ、木立が半笑いで聞く。

「あのさぁ、お前童顔? 吸っていい年齢?」

「うるせぇ」

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