//3rd Stage_Act Locally!
「……と、言うことなんだけれど」
帰宅するなり真っ先にログインしたコダチの丁寧な種明かしに、
「でなんでそれを俺にじゃなくお前に、しかも本人じゃなくカレシ様が頭下げてんだよオカシイだろ!」
既にぶち切れていたソージュは、更に怒り狂った声をあげた。
「いやぁ、でもほら、先方も謝罪してるし丸く収めるってことで、ね」
「謝られりゃ何だって許すのかよ、寛容なゲームだなオイ」
「そもそも寛容なゲームって評判が立ったのはお前のせいだけどねソージュ」
「運営がサボってるからじゃねぇの」
「おれ過労死するよ?」
ハイペースで言い争う二人のところへ、ぴょんとカリンが飛び込んでくる。
「はい見っけた!」
と元気よく言って片手を上げた。
「VAIUいたよー。また硝子越しだったけど、行く?」
「たりまえだろ、よく見やがれ運営」
ソージュが先導し、三人の姿が一瞬で掻き消える。
***
「ほらお前いいのかよあれ! 今度は制限まで外してやがんぞ!」
着くなりすぐにソージュが怒号を飛ばした。
制限。
観ている人の『酔い』防止と一人あたりの容量制限のため、通常、こういうマルチプレイ形式のゲームでは1アバターごとに使える画質容量が決まっている。その制限を取っ払って、視認できないくらいの速度で動いたり、髪の毛一本一本の細かい動きを見せれるようにしたり、ということを自分のアバターにだけ実現する方法だ。脱獄ともいう。
まだまともなセキュリティが確立されていなかった、FSRMMORPG黎明期に横行した手法だが――
管理者アクセスで辿った先の情報を見て、コダチが「わぁ」とぼやく。
「まさかこのご時世に、全制限外しとは、恐れ入ったね」
「感服してる場合か! とっととどうにかしろよ!」
「えー、お前がそれ言う?」
「全っ然、俺とあんなん、ぜんっぜんちげーだろ!!」
「ええー」
揉める二人の横で、カリンがぴょんぴょん跳びはねている。
「いーなー、あの衣装、かーわいいー!」
その言葉にもう一度白い少女の方を見てから、ソージュがジト目でコダチに言う。
「あれも、ユーザー用に解禁なんてされてないよな」
「もちろん」
「お前が言わねーなら俺が言うから、とっととあいつの存在方式強制変更しやがれ、って、あ!」
ちょっと目を離した隙に、少女はまたたく間にログアウト。
少女がいなくなると、見世物は終わったとばかりに、ばらばらと野次馬も消えていく。
盛大に舌打ちを鳴らしたソージュが、ぼそりとつぶやく。
「おい運営、あれに反省の色が見えたか?」
「……うーん」
穏やか、というよりは、覇気のない返事をするコダチ。ソージュが更にまなじりを吊り上げる。
「お前、運営ならいっぺんガツンと言ってやれよ!」
「お前の時と同じような通知は既に送ったよ。……なかったことにされたけど」
「は?」
「だから、ログもバックアップも含めた全データが改ざんされてて、あの人が勝手にいじった武器データや存在方式も、俺が通知を送ったことも、『初めから何もなかったこと』にされてんの。証拠がないんじゃ訴訟も起こせやしない」
「は、はあ?」
「まぁ天下の《天災》だしね、これくらいお手の物でしょ」
「なに飄々としてんだよ」
「まあ、だって、お前もそうだけど、他のプレーヤーに実害はないしね。下手に怒らせて完全にシステム潰されるよりかはいいかなと」
「いや、俺に実害あるだろうが!」
「じゃ、8時に梅雨ちゃんちの前に集合ね!」
唐突に言い放った無邪気な声に、二人は唖然とカリンを見た。
「ん? ゲームじゃお話しできないってことでしょ? 会いに行けばいーんでない?」
「あー、そうするか」
納得しかけたソージュに、ええ、とコダチが顔をしかめる。
「ちょい、お前らそれ犯罪って分かってる?」
「んん? なんで?」
「なんでって、勝手に人の住所割り出して押しかけるんだろ」
「ええ? あたしよくやるよ、いきなり友だちんち行って驚かせるだけじゃん!」
「……どう思う、ソージュ」
「そこで俺に振るのかよ。知らねーよ、お前の妹だろ。――で? どこだって?」、と振り向くソージュに、
「だから梅雨ちゃんちの前」、とカリン。
「住所」
「あいよ、今送った!」
「……ふーん、意外と近ぇな」
「えー、カリンはまだしも、ソージュ、お前絶対喧嘩腰でしょ。やめてよ、弊社製品が発端の暴力事件とかさぁ」
「それは向こうの態度次第」
「まったくもう。まぁ無理だろうなと思ってたけどさ」
やけにあっさりと引き下がるコダチに疑問を抱きつつ、まぁこいつもご立腹だしな、とさしたる考えも挟まずに、双樹はHMDを生活可視化モードにして、椅子から立ち上がった。
――で、それが良くなかった。
双樹が車庫に下りると、近寄る人影に反応して愛車のヘッドライトが灯る。大きく湾曲したフロントウィンドウが『Hi Souge!』と陽気な挨拶をしてくるのを片手を振ってぞんざいにやり過ごし、真っ白な合成皮革のシートに身体を沈める。
今しがた聞いたばかりの住所を運転手に転送すると、ゆっくりと足元の多源駆動装置が唸り声を上げて動き出す。外の景色でも見ようとフロントウィンドウに目を向けたところで、
「っが?!」
がちん、と車体が急停車するのに合わせ、ぼんやりしていた双樹が目を見開いてつんのめる。
「……ったく、なん……」
それきり一切動かない愛車の様子に、双樹が無言で眉を寄せる。
故障ではない。故障兆候診断システムは導入済みだし、原因は明白。整然と連なった金属製のスラットがフロントウィンドウ越しの視界を阻む――自動開閉のはずの、車庫のシャッターが上がらない。
「ふー、間に合った」
そんな憎たらしい声が、HMDから聞こえた。
「…………おい?」
にんまり笑う、コダチの偽善極まりない笑顔が見えるようだ。
「――お前こそ犯罪だぞコラ!!!」
事態を理解した双樹は、天井に向けて大声で怒鳴り、
「人んちの管制システム、何しれっとハッキングしてんだ! 馬鹿か! 大馬鹿か!」
超低重心がウリの安定した車体をがったがたと揺らす。
「気ぃ抜いたソージュが悪いんじゃない? 防げたよね?」
コダチの確信めいた響きには、どこか面白がるようなニュアンスが込められていて。
「……てっめぇ、分かりづれーんだよ!」
だん、と双樹の片足がドアパネルを蹴り飛ばす。
「取引先の社長だか何だか知らねーけど、言い負かされたからって俺に当たんなよ! 狭量な社畜だな!」
「あはは、何言ってるの。俺は友人の無謀な行動を良心から止めてるだけだよ?」
尚も穏やかな声に、双樹は気味悪そうな顔をして足を引っ込める。
「…………お前、今かなり機嫌悪いだろ」
「いや? ちょっと酔ってはいるけどね」
「オイ何とかしろそこの妹」
「んじゃーあたし一人で行ってくるよ」
「んでそーなる?!」
双樹は舌打ちを鳴らして隣席にほっぽっていた端末を手に取る。画面が完全にブラックアウトしているのを見て、うなじに取り付けていた重いだけの塊をむしりとって放り投げた。ふん、と意地のように、服の下や周辺の中空から大小さまざまなデバイスをばらばらと取り出し、まともに機能しているものが一つもないそれらを全て置き去りにして車から降りる。苛々と周囲を見回し、
「……よし」
小さく呟くなり、車庫の奥から引っ張り出してきた――自転車に飛び乗る。動かない電動シャッターは無視して、脇の非常用扉を肩で押し開ける。
これにはさすがの計略家も予想外だったらしく、
「そんなアナログな……」
視界の右端ににゅっと出現した四角い通話パネルから、呆れた声が聞こえてきた。双樹は悪役そのものの笑みを浮かべてハンドルを握り、ペダルをがすがす踏み込む。
「これなら手出しできねぇだろ」
HMD越しに景色が流れる。いつもより数倍遅いがまぁ悪くない。
電子駆動系は即座に押さえたのだろうが、さすがにただのカラクリにまでは打つ手のないらしいコダチに、双樹は勝ち誇ったようにフンと笑って、
「8時に建物の前な。遅れたら俺一人で乗り込む」
言うだけ言うとログアウトコマンドをブリンクで選択して、兄妹との通信を強制的に打ち切った。