//1st Stage_白い少女と特例の銃剣士
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※「ディザスタ」(http://ncode.syosetu.com/n8679cq/)と「主人公と、運営と、その妹」(http://ncode.syosetu.com/n2636da/)の後日談。これ単品でも読めます。先に上2作品を読むと、細かいとこまで分かるかと。
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キャラ紹介
・双樹…♂。HNはソージュ。重度のゲーマー。
・木立…♂。HNはコダチ。ゲーム会社の社員で運営。ソージュのパーティーメンバー。
・花梨…♀。HNはカリン。木立の妹。所在探知が得意。
・江西…♂。某有名ベンチャーの若き社長。
・梅雨…♀。HNはVAIU。有名天才ハッカー少女。江西の恋人。
一面に広がるのは、ちかちかと偏光する銀色。
大小さまざまな鋼鉄が四方を囲むように貼り巡らされた、とある金属エリアの中央で――
――白い少女が一人、悠々と躍っていた。
白い装甲に散りばめられるように描かれた金色の曲線。上品な唐草模様。
花弁のように幾重にも重ねられた純白のレースの下から、ほっそりとした四肢が伸びている。
「なんでフィリアがここに?」
「変なイベントー」
少女から少し離れたところに、ざわめく群衆たちの姿がある。
彼らにとってよく見覚えのあるその白い少女のアバターは、白亜の王城のイベントで臨時パーティーを組んで共闘するNPC、姫騎士フィリアのものだ。だが、今その手が持っているのは正式なキャラクターデザインに則った細身の白い騎士剣ではなく、異様に無骨な青の銃剣。
強敵出現のアラート音がエリア全体に轟く。直後、少女の周囲を取り囲むように、黒い霧のような無数の擬似生命体が出現した。表示されたゲージの数値と属性名に、群集が動揺きった声を上げる。
少女は皆と同じように、そのえげつないパラメーターを見上げて――
ただ一人だけ、とても綺麗に微笑んだ。
不気味なほどの速さで跳ね上がった少女の細腕が、迷いなく青い剣を振るう。黒い霧をあっという間に切り裂いていく。
きぃぃいぃいぃん。
少女の手元で耳障りな音が鳴る。どこからともなく現れた黒い銃の引き金を少女が引く。周囲に紫電を散らしながら放たれたデカい弾丸は、着弾直前に更に大きく膨らんで――霧を大きく吹き飛ばした。
赤いゲージの下、薄れた霧に、とどめとばかりに少女が駆け寄る。その手にあるのは、今度は、刀身まで真っ赤なブーメラン状の湾曲ナイフ。一体で中堅パーティーがそこそこ苦戦するはずの異形が、その一振りで五体まとめて消し飛んだ。
とん、と軽やかな音を立てて着地する少女の足。
その小さな額には、ティアラを模したと思われる繊細な金属細工が輝いている。回復魔法の魔法回路が織り込まれたそれは、装着者のダメージに応じて自動的に回復させるシロモノのはずだが、まるで電源をオフしたみたいに、さっきから一度だって光らない。
で、問題はそこじゃない。
少女の異様なスペックの高さはさておいて、その白いアバターが自在に操る、青い銃剣も、さっきの銃も、今持ってる湾曲ナイフも――
「こんのパクリ野郎があああ」
群衆の中、怒号を飛ばすアバターが一つ。その声に驚いた周囲の野次馬たちがぎょっとして彼の顔を見るが、表示されるテロップを読むなり、みな一様に納得したような顔をして、何事もなかったかのように、顔を正面に戻す。
肩を怒らせ怒鳴っているのは、銀と紫の装備をまとった少年――AZN、ソージュ。
Dozen Fableのプレーヤーならその名を知らぬ者はいない、唯一にして最強最悪の例外。
因果律をぶち壊す横暴を運営によって認められた、正規のトリックスター。
一度は知らぬふりをした数人が、そわそわと落ち着きのない挙動をしたかと思うと、怒り続けるソージュに寄っていって、あのう、と声をかけた。
「あそこのあれ、あんたの仕業じゃないんだな」
「たりめーだろが!」
噛み付くソージュにびくりと身を竦めつつも、
「でも、あの武器、あんたのだよな」
「だからっ、さっきからそう言ってんだろが!」
そうこうしている間にも、目の前で躍る白い少女は曲芸のように次々と武器を持ち替えては敵を吹き飛ばしていく。
丹念に削り出された木製のストックが特徴的な、クラシカルな風合いのライフルが火を吹く。ソージュが2日かけて選び抜いた木目を、なぞるように白い指が動く。その背後、ゆらりと立ち上がるように縦に伸びた霧に向けて、即座に振り向いた少女が、コンマ数秒で持ち替えた銃剣を袈裟がけに振るう。
刃先が霧に呑まれた瞬間、ぱん、と音がして、刀身の中腹にあるバネ付きの蝶番が弾け、更に鋭い刃が飛び出て霧を刻んだ。
見たことのない武器の連発とその破壊力に、驚きざわめく群衆。
細切れになった霧に向けて微細な弾丸が放たれる。少女の手にあるのは灰色の銃。銃身に張り巡らされた細い配管から、シュウウと音を立てて白い蒸気が吹き出している。蒸気機構(という設定)の、スチームパンク感丸出しのエアガン。あれなんて、昨晩ソージュが貫徹で完成させたばかりの新作だ。作り終えて満足して、ちょっと仮眠とって、さて試し撃ちだと来てみれば、この騒ぎ。
「俺まだ使ってねーんだぞ。ぜってぇアイツ、俺の手元見てやがる……!」
が、ソージュが腹に溜めまくっている不平不満罵倒の数々が、目の前で楽しげに戦い続ける少女に届くことはない。さっきからソージュが何度少女に照準を合わせても会話用アイコンが表示されない。
つまり、彼女の存在方式が硝子越しになっているということ。
通常、硝子越しは戦闘はおろか武器を手にすることすらできない設定なのだが、おそらくゲームシステム自体を書き換えたのだろう。ユーザー設定に関わるほどのシステム設定なんて、少なくともソージュにはいじれない。抜きんでた技術力は認めざるをえないが、少女が手にしている武器はすべてソージュのオリジナル。おそらくは創造性の欠片もない奴だ、大方どこぞの要職のオッサンだろう、とソージュは勝手に結論付けた。
「いいのかよ、そんだけ技術力のあるお偉いさんが、こんなことして」
ぶつくさ呟くソージュの、見事に自分の所業を棚に上げた文句に、だが周囲の誰もツッコミを入れることができない。運営さえも黙らせた最凶プレーヤーを迂闊に怒らせでもしたらどんな目に遭うことやら。厄介なプレーヤーには関わらないのが一番、というのが、Dozen Fableでの常識だ。
ただ――こうして野次馬が見に来たくなるのもまた、問題のあるプレーヤーであることが多いのだが。
やがて、黒い霧は跡形もなくすべて霧散し、エリア中の敵を全滅させたことを示すファンファーレが鳴り響く。群衆の中から、どこからともなく群衆から歓声が上がり、まばらな拍手が贈られる。
少女は手に持っていた銃を得意げに、天高く放り投げる。レースの裾がふわりと、風とともに踊る。
霧の晴れた銀色の空間で、少女は優雅に一礼してみせた。
「あ」
誰かの呟き。
満足そうな笑みを浮かべた少女が、両手を広げてくるりと回り――
「あっおいてめぇ!!」
そうわめいて駆け寄るソージュを置き去りにして、情報解体された白いアバターは、何の余韻もなく消え失せた。