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相対

 閑芽は千早と直葉に歩み寄り、体の具合を見る。

「怪我は……ないみたいだな。良かった」

「閑芽、どうやってここに」

「ん、ああ。飛んできた!」

「…………」

 こんな時でも、閑芽は閑芽だった。

「柊」

 直葉は閑芽から話を聞くのを早々にあきらめて、筋道たてて説明してくれる相手の名を呼ぶ。

 棗に説明を求めなかったのは、先程の豪風の正体である鳥は柊の異族としての力だという事は予測がついたので、柊に聞いた方が良いと思ったからだ。

「貴方達、二人が戻り森からいなくなった後、すぐに連れ戻しに行こうって話になったの。直属部隊の彼が自分で言っていたから、行き先が王宮だっていうのは分かっていたから」

 柊に視線を向けられた、億斗が不愉快そうに片眉をひくつかせる。

「でも戻り森に移動術を使える異能はいなかったから、私の能力で飛ぶのが速い鳥達を集められるだけ集めて、その鳥達に乗って王宮まで来たのよ」

 鳥一羽では王宮まで辿り着くなど到底無理だが、数が多くなればなるほど速さは増し、その数が身を寄せ合うように飛べば棗と柊と閑芽を、その背に乗せて運べるだけの絨毯のような形を取る事も可能だ。

「なら、今の鳥達で直葉を戻り森へ」

「話聞いてなかったのかテメェは!」

 帰せ、と千早が言い終わる前に棗が怒鳴った。

「俺は借りを返しに来たって言ったんだよ。このままノコノコ帰れるか!」

 言うが早いが棗は固めた拳で、十夏に殴りかかった。

 十夏は大剣を盾代わりに、その拳を受けとめようとしたが、棗の拳の速度の方が速い。

 霊力を込めた拳は十夏の腹部にめり込み、骨が軋む音と共に十夏は吹き飛ぶ。

「十夏ちゃん!」

 億斗が叫び十夏に駆け寄ろうとするが、その足許に放たれた矢が突きたつ。

「棗のサポートをするのが私の仕事なの」

「異能だけが取り柄だと思わないでくーれるかなっ!」

 異能を使い過ぎて今は移動術が使えない。けれど億斗とて王弟直属部隊の一人であり、直属部隊の戦闘を担う十夏と組んで行動しているのだ。

 億斗は隠していた苦無を袖口から取りだし、その刃を鋭く煌めかせた。

「ってぇ……手荒い真似をしますね、本当に」

 吹き飛ばされた十夏が、大剣を肩に担ぎながら立ち上がった。

 異能は異族とは違い、身体能力は只人とほとんど変わらないはずなのに、十夏は棗の異能で身体強化された拳をしたたかにくらってダメージを受けても気絶するまでにはいかないらしい。

「借りの返し甲斐のある女だぜ」

 棗は口端を吊り上げるのに、十夏は好戦的に笑った。

「棗も柊もやる気満々だな」

「呑気に言ってる場合かよ!アンタら本当に何しに来たんだ!?」

「千早」

「なんだよ!?」

 直葉を連れ戻しに来たと言っていたのに、好き勝手に行動し始める棗達に苛立っていた千早の返事は荒々しい。

「お前の事は銀杏から聞いた」

「……っ!」

 銀杏とは結社にいた心を読む異能を持つ男。心を読める彼は、千早がどんな存在か分かっていたはずだ。その事をミヤシロに伝え、千早と直葉が戻り森から王宮へと連れ去られた後、閑芽達にも伝えたのだろう。

「でも俺達にそんな事は関係ない。ミヤシロ様も言っていた事だけど」

 閑芽は暖かく降りそそぐ清らかな陽光の笑顔で、大樹のように揺るがない声で言った

「戻り森の人間はみんな家族だ。俺達は家族を迎えに来たんだよ」

 そして閑芽達にとって、千早も家族なのだ。

「帰ろう。直葉、千早」

 千早にも言ってくれるのか、帰ろう、と。

 千早がどんな存在か知って、それでも直葉と同様に迎えに来てくれたのか。

 僕は王宮から一人で逃げて来て、それからもずっと一人だと思っていた。一人でなければならないのだ、とそう思っていたのに。

 それなのに気づけば、こんなにも色々な人と繋がっていて、こんなにも色々な人が千早と一緒にいたい、と思ってくれている。

 本当に……ありがたいな。

「ふざけるな!お前達に何が出来るんだ?千早くんを救う事も出来ないくせに!」

 柊が次から次へと射る矢を避けて、同じように苦無を投げなからも億斗が叫んだ。それは悲鳴のようにも聞こえた。

「いい加減になさい!億斗、十夏、貴方達も分かっているでしょう!わたくし達は確かに千早様をお救いしたいと思いました。けれど、それはわたくし達の望みであって千早様の望みではないのです!」

「うるさい!」

 百合は億斗の説得を試みるが、億斗は聞きたくないと首を振る。

 億斗とて心のどこかでは、分かっていた。

 自分達のしている事は間違っているのではないか、と。

 自分達が千早のために行動しても、千早は笑ってはくれなかった。やめてくれ、とそればかりを口にしていた。

 それでも、きっと神獣の霊宝を手に入れて新たな命を与えれば、千早と千歳と直属部隊の皆と幸せだった時に戻れると信じていた。信じていたかった。

 なのに、千早は自分達の許から逃げ出した。

 やはり自分達は間違っているのか、と思うと同時に裏切られたような気分にもなった。

「なんで分かってくれないんだよ?俺達は千早くんのためにっ!」

「違うでしょう」

 百合がはっきりとそれを否定する。

「千早様のためじゃないでしょう。貴方は、いいえ、わたくし達は、わたくし達の願いのために神獣の霊宝を求めたのです」

 千早と一緒に生きていきたい、その願いを叶えるために、千早の心を無視した。

「わたくし達は自分達の願いを叶えるために、千早様のためと言いながら、千早様のせいにして動いていたに過ぎないのです」

「千早くんの……せい……」

 手から苦無を取り落として、億斗は呆然と呟き、がくりとその場に膝をついた。その姿に柊は矢をつがえる手を止める。

 戦いの途中から徐々に億斗の動きを鈍くしていた、彼自身の惑いが、今完全に彼の動きを止めた。これ以上は弱者に鞭を打つようなものだろう。

 それより問題は、棗と対している十夏だ。

 彼女は百合の言葉に痛みを覚えながらも、それで戦闘に揺らぎをみせてはいない。

 億斗以上に自分達の行動が千早を救うと信じこんでいるのか、それとも逆なのか。

「百合、お前の言う通りだよ。アタシ達は千早のためになんて動いちゃいない。全部、アタシらのためだ」

 十夏は大剣で棗の拳をわざと受け、前へと一歩踏み出し大剣を振るい棗の体を弾き飛ばした。

「ぐあっ!」

「そのために千早を傷つけて、こうやって関係ない人も傷つけて、でもアタシはやめないぜ」

 間違っているのは分かっている。大切な人を傷つけているのも分かっている。それでも十夏は決めたのだ。

「アタシはアタシの願いを譲らない」

「ハッ!上等だ」

 血の混じる唾を吐き、棗は立ち上がる。

「んじゃあ、その譲れないもんは俺が殴り飛ばしてやるよ」

「貴方には関係のない事だと思いますが」

「オメエ、何気に礼儀正しいよな。戻り森でも思ったけど」

「目上の方に礼儀を払うのは当然です」

「目上?」

 棗は19だ。十夏の年齢は知らないが、外見から察するに20代半ばほどに見える。

「アタシは14です」

「マジで!?」

 これには棗だけでなく、柊も閑芽も直葉も驚いた。

「胡乃実より年下だったのか」

「十夏さんは外見で勘違いされやすいんだよ」

 驚き冷めやらぬまま呟く直葉と少し哀れんでいる万那だ。

「そんなガキだったのかよ。じゃあ尚の事、テメェはここで俺が止めなきゃいけねぇな」

「何故です。先程も言いましたが貴方には関係ないでしょう」

「大人がガキに借り作ったままじゃ立場がねぇんだよ。それにガキが背負うには重すぎんだろ、テメェの願いとやらは」

「重かろうが軽かろうが、アタシはアタシの願いを叶えます」

 必ず神獣を見つけ出し神獣の霊宝を手に入れて、千早に新たなる命と新たなる生を与えてみせる。

「お前さ、自分の願いは間違ってるって思ってて、千早が神獣の霊宝を望んでいないってのも分かってんだよな?」

 棗は自分に向けられた大剣の切っ先に動じる事もなく、そんな事を言い出した。

「だったら、なんだと言うんですか?」

「いや、間違っているって望んでいないって分かったうえで願いを叶えたとして、その後どうすんのかって思っただけ」

 その後?

 十夏は、答えられなかった。考えてもみなかったからだ。

 自分の願いは間違っている。千早がやめてくれ、と何度も言った事を自分達は叶えようとしているのだから、この願いは断じて千早を救う事などない。

 けれど、十夏はこの願いを譲る事が出来ない。

 どうしても千早に生きていてほしい。

 そうして、譲らない願いを叶えて、その後どうなるのか?

 千早に逆らい、叶えた願いの未来で千早はけして笑わないだろう。それでは誰も幸せになんてなれない。

 それは十夏の欲しい未来じゃない。

 矛盾している。間違っていても譲れない願いを叶えた未来が、欲しかったものではないなんて。

 では、何のために十夏は願いを譲らずにいたのか。

「アタシは……」

「願いを叶えたとしても取り戻せないよ」

「万那」

 気づけば、万那がすぐ近くまで来ていた。

「十夏さんは自分の願いを譲れないって言ったよね。それは願いを叶えた後の事を想像した事がないからじゃない?」

 だから、間違っていると分かりながら願いを譲らずにいる事が出来た。

 千早に新たなる命を与える、それ以外を考えていなかったから。

「でも言われたよね。叶った後でどうするのかって?」

 どうする?どうするというのだ?

 千早の笑わない世界で。誰も幸せになれない世界で。

「間違った願いじゃ取り戻せないんだよ、あの頃の笑顔と幸せは」

 例え、千早に新たな命を与える事が出来たとしても。

 十夏の願いは本当の意味では叶わない。

「でも、だからって今更……」

 ここまで譲らずにきた願いを止めることなんてできない。どうやって止めたらいいのか分からない。

「来いよ」

「え?」

 棗は万那の頭をくしゃりと撫でながら、十夏にも手を伸ばした。

「気づいたとしても、もう自分じゃ止められないんだろ。譲れないんだろ。じゃあ俺が止めてやるよ」

 子守りはあまり得意ではないが、これも大人の勤めだ。

 離れていろ、と万那を背後へと下がらせて、棗は拳を構える。今度は両手の拳ではなく片手の拳だ。

 十夏はしばらくポカンとしていたが、大剣を握り直して棗に対する。

「行きます」

「おう」

 霊力に包まれた大剣を自らの目線より上へと、両手で持ち上げ上段に構える十夏。

 棗が霊力を集中させた拳の方の肩をゆっくりと回しながら、歩いて来る。

 その体が十夏の大剣から完全に逃れられない位置に入った瞬間、大剣は振り降ろされた。

 捉えた、と戦いを見守っていた誰もが思った。

 けれど、大剣を握る十夏の手に手応えは伝わってこない。

「コレ、操作が細かいから普段は絶対やんねぇんだけどな」

 背後から声がした。と認識した時に頭頂に落とされた鐘が鳴り響く幻聴が聴こえた気がするほどの激痛。

 ぐらりと揺れる視界が下を向くと、そこには床に亀裂を広げるめり込んだ足跡とくっきりと残った轍。

 足跡は棗が大剣から逃れられないと十夏が確信した位置にあり、轍はそこから十夏の背後へと伸びている。

 そういう事か。片手の拳に霊力を集中させたのは囮だ。棗の本命は身体強化での瞬間的な加速。

 おそらく、棗は体内で霊力の移動させる事で身体強化を行っている。

 先程は拳に集中させていた霊力を、大剣が振り降ろされる位置に入った瞬間、足へと移動させて加速、十夏の背後を取った。

 けれど、少しでもタイミングを間違えば十夏の大剣に斬られていたし、霊力の操作を誤れば体内で霊力が暴発しかねない危険性もあった。そうとう微細な霊力操作が出来ないと不可能な芸当だ。

 何が借りを返しに来た、だ。この人はアタシよりずっと強い。でも、おかげで止まる事が出来た。

「千早……ごめ……」

 床に倒れ込みそうになった十夏の体を、柊が抱き止めた。そして軽く棗を睨む。

「やり過ぎじゃないかしら」

「昔からガキが悪い事したら拳骨って決まってんだろうが」

「気絶させなくてもいいんじゃなかったのか?」

 閑芽も苦笑いしてたしなめる。

「うっせぇな。それよりおいでなすったぜ」

 棗の言葉に全員の背筋が伸びる。

 千早は鞘から剣を抜き、前へと進み出た。

 現れたのは千早と鏡写しの姿の少年にして、この国の王。

「……千歳」

「千早、部屋に戻るんだ。神獣の霊宝が見つかるまで待っててくれないと困るよ」

 千歳の口調は弟に優しく注意する兄そのもの。ただ、その黒真珠の瞳だけは、あの日から壊れたまま。

「千歳、僕は何度も言ったはずだぞ。この世界を創造した祖神の魂をどうこうしようなんて間違っている。神獣の霊宝を手に入れようだなんて事はやめてくれ」

「何を言ってるんだ?神獣の霊宝を手に入れさえすれば、お前に新たな命を与える事が出来るんだ。そうすればまた皆で幸せな日々を送る事が出来る」

「無理だ、千歳。幸せになんてなれない」

「千早?」

 千歳は千早が何故そんな事を言い出すのか分からないという表情だ。

 千歳は千早に新たな命を与える事が、千早を幸せにすると盲信している。

「そんな事をされたって、僕はちっとも幸せじゃない」

 だから、はっきりと言葉にして突きつけた。

 千歳の瞳が大きく見開かれ、次いで憎悪に染まる。その視線を向けられたのは、直葉だった。

「お前か?お前が千早を惑わしたのか!」

 千歳は剣を抜いて、直葉を斬りつけようとした。けれど千早の剣が千歳の剣を薙ぎはらう。

「どうして邪魔をするんだ千早?その女はお前を惑わして俺達の幸せを壊そうとしているんだ!」

「なんでそうなるんだ?僕は最初から神獣の霊宝なんか要らないって言ってるだろう」

「そんなの嘘だ!神獣の霊宝があれば千早は新たな命を得る事ができる、幸せになれるんだ」

 千歳は剣を構えた。刃に暗くて黒い殺意を宿して。

「それを、その女が邪魔している。だから俺が殺す」

 やはり言葉では駄目なのか?

 今まで幾度も言葉を重ねてきたが、千歳が耳を傾けてくれる事はなく、こんな事になってしまった。

 億斗、十夏、百合、万那。たくさん振り回して悲しませて苦しませた。

 棗、柊。戻り森を襲った直属部隊と戦わせて傷を負わせた。

 閑芽。戻り森が襲撃された原因を作った僕なんかのために王宮まで来させてしまった。

 直葉。たくさん巻き込んで、危険な目に合わせてばかりで、今もまた僕のせいでいわれのない憎悪と殺意を向けられて。

 こんな事になってしまったのは僕のせいだ。

 全ての始まりは僕だったのだから。

 だから、もう逃げるのはやめる。

 ここで決着をつける。

「千歳。僕は僕の願いを叶える」

「千早、それじゃあ」

 千歳は顔をほころばせる。千早が神獣の霊宝を受けいれると信じきっている。あれほど理知的で聡明だった千歳をここまで歪めてしまったのも、やはり千早なのだろう。

「千歳。僕は神獣の霊宝を求めない。それをお前が手に入れようとする事も許さない」

 千早は己の手に握った剣を、千歳が構えている剣に重ねる。

 交差した剣。それは古来より戦を表す。

「僕と戦え」

 弟と兄は、互いの願いのために今、相対する。

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