終ったはずの世界に誓う。
キイが夢でみたお話に自分なりにつくってみたお話です。まだうまく色々なことが表現できないので物足りない感じがしますが、読んでいただけたら嬉しいです。
では、どうぞ。
目が覚める。朝なのか、昼なのかは分からないけれど。
まだ瞼は開ききっていなく、視界がぼやける。何か違和感があるような気がしたけど、きっと寝起きだからだと決めつける。
瞼を擦りながら、毛布をどかし、ベッドから降りようと足を床に着けたとき、
じゃり
「うわっ!?」
砂を踏んだような感覚だった。ここは自分の部屋なんだから砂なんて有り得ないはず。でも何故か口の中までざらついてるし、布団までもが。おまけに少し冷たい風が吹いてる気がする。
少女は思い切り瞼を擦った。ぼやけていた視界は、だんだんとはっきりとした、いつもの視界に戻った。
そして言った。
「…何があったの?」
酷く困惑していた。当たり前だろう、自分の部屋は部屋でも、コンクリートのような壁は崩れ、下から半分程度しか残っておらず、天井もなく、窓も割れている。ドアもない。何より目についたのは、周りが砂だらけであるということ。いわば砂漠状態。少女がいるところはまるで、海にぽつりと浮く小さな島のようだった。そしてさらには、周りにあるはずの建物は皆崩れ、残っているのは柱くらい。
わけが分からない。思考回路がどうとか、そういう問題じゃない。眼で見えているのに、何が起きているのか分からない。
「周りは砂で誰もいない、それで…?」
少女は驚くこともできない程、理解出来ないでいた。
――その時だった。
ざりっ、ぱたぱた
音がした。物凄く近くで。壁のすぐ、向こう側で。
壁はベッドを囲むようにして二枚だけがL字型に残っていた。その崩れた二枚の壁は、ベッドの頭をおく側に一枚と、仰向けに寝たときに右側にくる壁の一枚だった。二枚のうち、頭をおく側の壁にはドアがあって(もうないので、正確にはあった)、この壁はそんなに崩れていなく、大体原型をとどめていた。
音がして、やっと意識がはっきりした少女は、今の音について考えてみた。そして今の音は布についた砂か何かをを払うような音、と思う。
じゃあ、誰が?
そうなのだ。問題はそこにある。何故か音の主(人間なのかは分からないが、恐らく人間)はまだ姿を現さない。かといって、自分から覗きに行く勇気もなかった少女はベッドに腰かけたまま固まる。
出てくるならなら出てきて。……でもやっぱり出てこないで。
少女の矛盾した思いとは裏腹に、足音が、近付く。
ざり、ざり
怖さのあまり、眼を瞑った。
ざり、ぺた
どうやら床に上がったようだ。たまに、砂と床の擦れる音が聞こえる。 床に上がった、と、いうことは。ベッドまであと二歩くらい。少女は更にきつく眼を瞑った。
ぺた
あと一歩。
ぺた…
来た。瞼をきつく閉じすぎたせいで目頭が痛い。でもここで瞼を開いたら…早くどっか行け、行け…!
人の気配が少女の目の前から消えることはない。
もうやだ。なんでどっかいってくれないの。…まさか人じゃないとか?でもこの状況だし、考えられないことはないわけで……っいやいやいやいや、やっぱりそれはないよ、ね?うん、ないない!だってさ、
「ねえ」
少女がひたすら自分を納得させようと頑張り過ぎて少しおかしくなってしまっていたにも関わらず、目の前の主は自分から正体を明かす。人だということを。そして、声質からいけば女性であることを。
「…………へ?」
少女の言葉が返事になってたのかどうかは別として、かなり驚いたようだ。その証拠に、瞼が一瞬緩んだ。それでもまだ恐怖は残っているようで、瞼を開いてはいなかった。しかし、このまま眼を瞑っているわけにはいかず、うつむきがちに、そおっと瞼を開く。
長いこと閉じていたので視界はぼやけたが、自分の前にいるのが人だということが、しっかり確認出来た。今、自分の視界にあるのは傷付いた、素足。
少女は恐怖が消えたのか、前の主を見据えた。そして、驚いた。目の前の主の体は傷だらけで、血も出ていた。あまり酷い傷ではないが、擦り傷や切傷が多くみられた。暫く少女は驚きから黙ったままだった。
「あのさ、」
「あ、はいっ!」
いきなり沈黙を破られて、少女は何故か焦っていた。しかし、尚も会話は続く。
「名前は?」
「…え?」
「名前を聞いてるの。なーまーえ。それくらいわかるよね?」
「あ、えと、柏崎 美月ですけど…」
「ミツキ、ね。アタシは有賀 沙希」
「はぁ…」
いきなり自己紹介って…?
サキは淡々と話すが、ミツキは付いていけてないようだ。
「あの…なんで砂漠が…」
「あーそれね。…アタシもよく分かんない。目覚めたと思ったら砂の上だし、ひたすら歩いてたら、いつの間にか傷だらけだし。歩き続けてやっとここを見付けたってわけ」
「はぁ…。あの、なんでさっき壁のところで座ってたんですか…?」
「なんかあんたが寝てるの見付けて邪魔しちゃいけないかなぁって思って。で、声がしたから中に入ったと」
「……なんでそんなに冷静なんですか…」
「質問多いねー。そうだなあ、焦っても無駄だからかな?それか、もしかしたら驚きすぎて、冷静になったのかも」
「はぁ…なるほど」
納得した様な返事をしたけど嘘。あたし、全然理解出来てない。寝てるからって待つものなの?それに驚きすぎて冷静って…
「じゃあさ、」
「あ、はい?」
「一緒に歩こうか」
「はい?」
唐突だ。唐突すぎる。何を言い出すの、この人は。
ミツキはいきなりの発言にに突っ込みを入れるばかりだ。
「だから、歩こうって」
そういってサキは放心状態のミツキの手を引き、砂の上に降りる。
「え、ちょっ、待っ…熱っ」
砂はいつの間にか上にあがった太陽に暖められていたようだ。冷えていた床から降りるのなら、尚更熱いだろう。
「熱い?こんなんすぐ慣れるから大丈夫大丈夫」
そう言ってあたしの腕を引っ張るサキは、黙々と歩く。傷だらけのその足で、砂の上を。
「ねえ…どこにいくの?」
自分がもと居た所は、だんだんと遠くなる。なんだか寂しい気がした。今まで住んでいた家なのに…家族と一緒に仲良く……
「あれ…?…お父さんとかお母さんは…どこ?」
「今頃?ていうかよくこの状況でそんなこと思い付いたね」
そうだ。すっかり抜けていた。でも何故だか今もあまり気にかからない。それにサキの言う通りだ。…まあそういうあなたもいきなり自己紹介とかよく思い付いたよね。
少し嫌味なことを考えながらも、進んだ。真っ直ぐなのかさえわからないが、ひたすら歩いた。砂の熱さなんか、もう無くなっていた。
「ねえ…さっきも聞いたけどどこにいくの…?」
「さあねー。ただ歩く。そしたらさっきみたいにあんたみたいなのがいるかもしれないし」
“あんたみたいなの”って…失礼な。
会話は途切れた。沈黙が続いたが、ミツキはもうサキに普通に接することが出来るようになり、安心感を抱いていた。長く、二人がつけてきた足跡が、まるで道のようになっていた。
「待って…もう疲れた…」
太陽も落ちてきて少し涼しくなってきた頃、ミツキは限界が来たようだ。不安定な砂の上をずっと歩いてきたのだから当たり前だろう。
「うーん、そうだね。休める場所があればいいんだけど…」
「のど…渇いた」
「水ねえ…あるといいんだけど…」
スピードは落ちたが、歩き続けた。すると、
「あ、あった!」
少し遠いが、またミツキが居たような崩れた壁が見えた。
「あそこまで頑張って。そしたら休もう」
「うん…」
かなり疲れたのだろう、ミツキは返事しかしなくなっていた。
歩くこと数十分。ようやく近くまでたどり着いた。その崩れたもとは家だったものもミツキのいた場所と同じように、壁が二枚L字型に残っていた。更に割れた窓まであった。
「やっとだあ…」
あたし達の方に壁が向いてるから中は見えないけど、どうせ何も無い。水が無いのは凄く残念だけど、とにかくあたしは休みたかった。
サキがミツキを引っ張るようにして、壁を回り込み、中へ入ろうとした。だが、サキが立ち止まる。ミツキはもうただついていくだけで、下を向いていたのでサキの背中にぶつかった。
「何…」
「ん?また人を見付けて、しかもまた寝てるから止まったの」
「え…人…?」
ミツキはひょい、と顔を背中から覗かせた。そこには横たわるようにした、一人の少女がいた。クリーム色のウェーブのかかった長い髪に、無傷の体。そして手には何故か淡いピンク色をしたマニキュアを握っていた。
「え…女の子…?」
「驚くことないんじゃない?もう散々驚いたろうし」
「そうなんだけど、無傷だから…」
そうなのだ。サキやミツキとは対照的に無傷な肌で、日に焼けた様子もあまりない。そしてもう一つ不思議だったのが、何故マニキュアを持っているのか、だった。
「何で無傷なんだろう…」
「あんたみたいに、気付いたらここに居た、みたいな感じかもよ?」
「あ…そっかあ。…なんでもいいから、とりあえず休みたい」
「そうだね、起こさない程度に」
まだそういうの気にするんだ、この人は…。
少し床に上がり、壁にもたれかかるようにして座った。サキもそれに続き、ゆっくりと座る。サキはミツキほど疲れてはいないようだ。
「やっぱり、水が欲しいなあ…」
“失ってから気付く、大切さ” ってこんな感じ?ちょっと違うかな?でも…本当に水は必要だ。喉が乾いてしょうがない。…それより、女の子が気になる。早く起きて欲しいような、まだ起きないで欲しいような…。
少し複雑な気持ちでいるミツキ。…しかし、やはり彼女の思いとは裏腹なことが起きるのだ。寝ている女の子が起き出した。
むくり、と体を起こした、その体制はまるで座る人魚のようだった。
「あっ」
すかさずミツキが声をあげる。その声に反応してサキも顔をあげ、
「起きたね」
と、一言。彼女の冷静さは相変わらずだった。
一方、起きたばかりの女の子は、瞼がしっかりと開いていた。寝起きは良い方なのだろうか。しかし、その瞳は薄く濁った色をしていた。
「あ…の、あなたの名前は?」
「なんだ、やっぱりミツキも自己紹介からするじゃん。冷静だね」
うるさいなあ。そう思ったけど本当にそうだ。何で自己紹介からするのだろう、何でこんなにも冷静なのだろう。
「あたし、は……シュリーよ。よろしくね!」
「……?」
あたしはいきなりの挨拶に戸惑った。そして“よろしくね!”という言葉にも違和感を感じた。ここまで挨拶するものなのか。
「あ…うん、よろしく…」
おどけながらも一応挨拶を返すミツキ。
「よろしくー」
それに続け、サキも挨拶を返す。すると、シュリーという女の子は笑顔になっていく。その顔はあまりにも純粋で、無垢で、綺麗だった。同じような意味の言葉だが、それほどまでに、愛らしかったのだ。
一瞬、その笑顔に呆気にとられる二人だったが、すぐさまミツキは喋り始める。
「ねえ、……シュリーはどうしてここにいるの?」
「そんなのシュリーにはわかんないよー」
まるで幼い子どものように、シュリーは喋る。本当に分からない、そういうように少し拗ねるような残念そうなそぶりをした。
「やっぱりそうかあ…」
ミツキが残念そうに肩を落としたその時、一瞬だけシュリーの瞳の濁りが消えた。
「世界は、終ったの」
「え…?」
一言だった。一瞬だった。瞳はまた、濁りを取り戻していた。
サキまで少し驚いた表情をしていた。ミツキはいうまでもなかった。
「今、“世界は終った”って言った…?」
「そんなのシュリーにはわかんないよー」
「え…だって今、今言ったよね?」
腕を掴むミツキ。手掛りが見付かりそうなことに、少し興奮気味だ。“このままでは死ぬのではないか”という焦りが出てきたのだろう。
「ミツキ、落ち着いて」
ミツキの腕をそっと掴み、落ち着かせようとするサキ。
「だって、だって今…!…ねえ、どういう意味なの?シュリー」
「痛いよ」
「教えてよっ」
「そんなのシュリーにはわかんないよー」
「ミツキっ」
その時だった。
ごとん
「ひっ……」
シュリーの腕が、床に落ちた。しかし、変だ。血が全く出ていない。そしてその断面は機械だった。
「あーあー。壊れちゃったー。シュリー、すぐ壊れちゃうんだから乱暴しないでよー」
また、瞳の濁りが消えている。驚いた二人をよそに、シュリーは落ちた左腕を拾い、断面と断面を擦り合わせている。どうやら繋げようとしているようだ。
「あ、ご…ごめ…」
「どういうこと…」
シュリーは顔を二人の方に向け、言った。
「シュリーは、ロボットだもの」
まだ驚いている二人を見て、にこりと笑うシュリー。二人はあまり理解が出来てないようだ。
「世界は、終った。…正確に言うと、終わった“はず”だったの。シュリーのお友達が爆発させたからね。でも、何故か一体と二名が残っちゃったのね。それがシュリーとあなたと、あなた」
二人を指差して言った。ゆっくりと、語りながら。二人はまだ呆気にとられている。しかし、質問をせずにはいられなかった。
「なんで一体と二名ってわかるの…?」
「待ってー。質問は話が終ってからー。じゃないとシュリー分かんなくなっちゃう」
「あ…うん…」
それから数十分、彼女が話続けたこと。それは―……
2097年。
世界全体の機械や、何もかもが発達していた。そして人間は自分達が楽できるような、ロボットが居るのが当たり前の時代を目指した。
お金は有り余っていた。だから、飢え死にする人なんていなかった。食べることには困らない。
しかし、人々の心に隙間が出来ていたのは確だ。何でもお金で解決してきた代償は大きかったのだ。
その隙間を埋めようと、人間はロボットの製造をし、まず一体を実験として世間に放り込んだ。もちろん、偽の記憶と人間の両親をつけて。製造者の勝手な意志により、“純粋”な男の子のロボットを放り込んだ。
男の子のロボットは“純粋で怖い”と周りに恐れられて独りだった。
「独りでいるのなら意味は無くなる、計画が失敗する」
また人間の勝手な意志によって男の子のロボットに監視用兼友達用のロボットが世間に一体放り込まれた。それは男の子のロボットが放り込まれてから約三年後のことだった。
そのロボットは女の子で、男の子のロボットよりいくらか年上の心優しいロボットだった。
二体のロボットは元から仕組まれた出会いをし、家族のように仲良くなった。毎日遊んでいた。
しかし、ある小さなことをきっかけに女の子のロボットは、男の子のロボットに人間でないことがばれてしまう。女の子のロボットは、仕方なく打ち明ける。自分がロボットであるということ、男の子もロボットであるということを。
純粋だった男の子のロボットは、製造者に怒りを覚えた。振り回されたこと、自分の記憶も、自分の純粋さも全て、全てプログラムだったということに。
純粋が狂気に変わるのは簡単なことだった。
世界に見放された気分だった二人は、やがて、復讐として憎い世界を爆発させた。
…―――ということだった。
話を聞き終えた二人は、ただ呆然とした。聞いていたって解るわけなかったのだから仕方ない。世界とロボットの話とか、復讐だとか…きっとこんな砂漠に居なければ、少しは受けとめられたかもしれない。しかし、今の状況さえ理解できないのに、そこにさらに理解できない話をされても、呆然とするしかない。
話終えたシュリーは何だか元気がない。やっぱり、自分と同じロボットの死は辛いのだろうか。あたしは何故か凄くシュリーと話したくなった。
「シュリー」
「なあに?」
「……辛い?」「今シュリーが残っちゃった事の方がすごく辛いよ。なんでシュリーだけ…」
あたしは何も言えなかった。何て言ったら良いのかも分からなかった。しかし、聞きたいことは沢山あった。聞きにくいけれど、聞くしかなかった。
「さっきも聞いたけど、なんでシュリーとあたしとサキだけが残ってるって分かるの?…あ、サキって言うのはあの子のことね」
ミツキはサキを指差してそう言った。
「それは分かんない…でも、絶対にシュリー達しかいないって言える」
「そう、なんだ…あ、シュリーは、何でマニキュアを持ってるの?」
「シュリーはそういうロボットだったの。いろんな人に塗ってあげる仕事をしてたの。凄く、楽しかった。ミツキに塗ってもいい?」
笑顔でそう言ったシュリーは、本当に楽しそうだ。ミツキはなんだか複雑な顔をしながらも、いいよ、と笑って見せた。サキはその様子をただ見つめていた。しかしその表情は、やはり悲しげなものであった。
早速シュリーはキャップをはずしにかかる。いつの間にかとれていた腕は直されていた。
見るからに楽しそうで、嬉しそうだ。こんな状況でも。
この今のシュリーの表情も感情も、プログラムされたものなのかな…。凄く、微笑ましい情景がただの機械の動きにしか見えない自分が酷く悔しかった。
余計なマニキュアの液を落とすシュリー。それを見ていて、シュリーの異変に気付いた。
手が、震えていた。
「シュリー?」
心配になり声をかけるが、返事はない。覗き込むとシュリーは無表情だった。一体、さっきまでの表情はなんだったのだろうか…。
ミツキの不安は募るばかりだった。胸騒ぎがして仕方がなかった。
ガタガタと震える機械はミツキの右手をとる。震えているため、爪からマニキュアがはみ出ているが、シュリーは黙々と塗り続けた。
親指から始まり、薬指まで塗り終った時点でミツキの瞳からは涙がこぼれていた。シュリーがこの後どうなるかを分かっていたから。
シュリーはもう壊れてしまう。
その事実は案外すんなり受けとめられた。
しかし、涙が止まらない。シュリーに限らず、他のロボットも苦しかったのだろう。苦しみはプログラムされていないだろうけど、きっと彼等にも感情があったはず。根拠はなにもない。もしかしたら彼等の純粋さがそう思わせるだけかもしれない。しかし、それを造ったのは人間である自分達なのだ。人間が造り、振り回し、壊す。
ミツキは暫く考えながらも、泣いていた。今までだって、人間が振り回してきたものはロボット以外にもあったのにも関わらず、何故か今だけは凄く泣けてきた。悔しかったのだろう、酷く。世界が終って良かったのかもしれないと思わせる程に。
右手の小指まで、塗り終った。次は左手、というところで、シュリーは持っていたブラシを落としてしまった。ミツキは片手に塗られたマニキュアを見て涙でぐしゃぐしゃの顔のまま笑って言った。
「ありがとう」
人間のしてきたことに対して、謝りはしなかった。謝ったら、常に忠実だった彼等に対して失礼な気がしたのだ。
サキからも、一言。
「ありがとう」
シュリーが震えながらも顔を上げる。
凄く、純粋な笑顔だった。
そして、ミツキの方へ倒れ込んできた。再びミツキに熱いものが込みあげた。ミツキはシュリーを抱き締め、暫くそのまま泣いた。
シュリーは、壊れた精密機械になってしまった。
数十分泣き続けたミツキ。それでも涙が枯れることは無かった。枯れてくれた方が楽なくらいに、涙が止まらない。瞳は、真っ赤に充血してしまった。
「ミツキ」
サキが座ったまま喋りかけた。
「もう、行こう」
ミツキは頷いた。行く当てもない、本当はずっとここに居たい。しかし、居ても何も変わらないのだ。むしろ、悲しみにくれる一方。どこかへ向かえば、何かがあるとは言い切れないが、進むしかない。今はそれしか出来ない。
ミツキは、シュリーを壁に寄りかからせた。すると、空が晴れわたった。それは酷く綺麗な空で、何でこんな時に晴れるのか、と思い空を憎んだが憎しみは、サキによって消された。
「報われたのかもね、シュリー。シュリーに限らず、ロボットの、全員が」
そうか、そうかもしれない。シュリーや彼等の純粋さがここまで空を晴れさしたのかもしれない。まだ、ここに居たいし、シュリーを忘れたくない。忘れることはない。
泣きやまないミツキに、サキは手を差しのべて言った。
「行こう、ミツキ」
頷いて、サキの左手をとる。その時に、シュリーに塗ってもらったマニキュアが視界に入る。
忘れない。忘れることはない。この爪が凄く愛しい。大切にしたい。しかし、これから進むうちに、マニキュアは落ちてしまうだろう。
ミツキは暫く考えた後に、
「待って」
とサキを止めた。
左手の親指と、人指し指で、右手の小指の爪を撫でた、摘んだ、そして、剥がした。
サキは驚いた表情をしなかった。自分もミツキの立場なら同じことをしただろうと思うからだ。
血が出る、痛みもある。でも、その血でさえ、痛みでさえ、大切に思える。あたしは、これから先、どんなことがあってもこのシュリーの思い出をなくさない、傷付けない。その誓いをシュリーへのお礼だと思って行こう。
再び、サキは手を差しのべて言った。
「さあ、行こう」
太陽が沈み
もう二回上った頃、
世界から命が消え去った。