サヨナラのあとが長すぎて
掲載日:2026/10/11
鬱陶しいのさ 乱暴なことをいえば ね
綺麗な映画のエンディングの めでたしで終われないその後の
怠さがどうにも 肩に重くて
サヨナラのあとが長すぎて ため息ももう底をつく
自由にならない目の前から しゃがんで探す幸せはとても
そう 窮屈な気がしてしまうのさ 恵まれてないわけじゃないのに ね
眠気に目をつぶるその瞬間の 甘い快楽だけ覚えていたいよ
誰かの怒った顔 気に入らないことば 飽きないかい 息は詰まってしまわないかい
千年後のその先に ピントなんて合いっこないから
今日もガソリンを燃やして 星と話しに行くのさ
明けるきみの夜は綺麗かい 胸はもう痛まないかい
暮れるぼくの夕べは どうにも退屈で綺麗で 今にも涙がこぼれそうだ
なにがあったとしても人生は人生であり、地獄の苦しみに喘ごうと天の法悦に浸ろうと私たちはとりあえず生きてはいる。
何が幸福であるか?という問いに対して、自分の意志がどれくらい、世界に通用するのかが分かれ目だ。と答えたひとがいた。
であれば何かを書くこととは、自分の意志でいかようにも捏ねて形作れる世界を用意することを目的とするのかもしれない。書くことは幸福なことだ。その中に自由があるかぎりは。




