44. 甘い地獄へ
その言葉は静かな水面に石を落としたように響いた。
重い沈黙が長く続いた。
ルークは羽を逆立て、固まった。喉がぴくぴく動いた。
「…ピアーズ様」彼は慎重な声で絞り出した。
「私は…村の長ではありません。富や宝を約束する権限など持ち合わせておりません」
「そして…」彼は目を伏せ、鋭い顔に恥じらいが滲んだ。
実を言えば、「我々に宝などない。金もなければ、贅沢品もない。全てはとっくに奪い取られた」
彼はうつむき、羽毛の拳が震えた。
「だが…情報なら。提供できる。我々の土地の知識、敵の情報、人の手が届かない秘境。わずかながら、まだ残っているものを」
後ろに控えた者たちが必死に頷いた。
ピアーズはしばらく彼を見つめた。
そして――ゆっくりと――悪魔のような笑みが唇に浮かんだ。声は絹のような囁きへと変わる。
「…では、お前の首領に直接聞いてみようか?」
ルークは凍りついた。息が詰まり――次の瞬間、彼は頭を床まで深く垂れた。
「偉大なる主よ――感謝します!この上ない感謝を!」
声は生々しい感情で震えていた。
「父上なら必ずや貴殿の条件をお受けになるでしょう!」
スクリーは抑制された優雅さで頭を下げた。
「貴殿の寛大さには限りがない、ピアーズ様。我々は永遠に恩義に報いる」
ラピとクラクも続いて頭を叩きつけた。
「感謝いたします、ピアーズ様!」
ピアーズは一度まばたきすると、小さな手を振った。
ああ、いいさ。お前たちを信用する。さっさと起きろ
カラス族は礼の途中で動きを止め、その気楽な一蹴に言葉を失い、感謝の念はさらに深まった。
背後でピアーズの仲間たちは無言で顔を見合わせた——皆、同じ無表情な考えを抱いていた。
集団で額から汗が滴り落ちた。
…なんて賢いんだ――まだ幼児期すら終わってないのに。
その時、廊下に響き渡る小さな足音の速い足音が、空気を割るように響いた。
バタン!
ドアが勢いよく開け放たれ、レールから飛び出さんばかりだった。
スティクスが怒った子猫のように鼻を膨らませ、足首を噛みつきそうな勢いで入ってきた。
「ピアーズ!また私を家に置き去りにしたのね!」
鼻先が彼の顔にぶつかりそうなほど近づくと、彼女は足を踏み鳴らした。
「また私抜きでこっそり冒険に出かけるつもりでしょ?ねえ?!」
冷や汗がピアーズのこめかみを伝った。
彼は明らかに緊張している。
「い、いや、お姉ちゃん!僕たち…えっと…どこにも行かないんだ」
スティクスがさらに爆発する前に、ギュンギュンが飛び出して彼を援護した。
「そうよ、スティクス!主人の言う通りよ——どこにも行かないの!冒険に行く前に必ず言うって約束したでしょ?」
「おぉ…」
スティックスは瞬きし、一瞬だけ困惑が瞳に揺らめいた――
そして――パチン!――輝くような歯を見せて笑みが顔いっぱいに広がった。
「はっはっは! よし、信じるわ!」
「リエンを除く全員が同時に同じ考えを共有した:
「なんて簡単に騙されるんだ…」
しかしその時――スティックスの視線がケンク族の民に注がれた
彼女の笑みがさらに広がった。広すぎるほどに。
「おおおおおっ!」と彼女は甲高い声を上げ、一瞬で駆け寄った。
誰かが反応するより早く、彼女はルークの頭を掴み、まるで巨大なぬいぐるみでも扱うかのように羽根をむしり始めた。
ルークは硬直し、恐怖で脚ががくがく震え、羽根が棘のように逆立った。
「めっちゃカッコいいじゃん!なんでみんなカラス顔なの?!」
「俺たちはカラスじゃない、ワタリガラスだ!」
スクリー、クラック、ラピが同時に甲高い声を上げた。正義感に満ちた、羽根のような怒りの声だ。
スティクスはくすくす笑いながら、ルークの頭羽を弄り続けた。
ピアーズはうめき声を上げ、一歩踏み出した。
両手をスティクスの脇の下に引っ掛け、手に負えない子猫のように持ち上げた。
「よし、姉さん、客に息をつかせろ」
「で、でも——!」抗議する間もなく、彼女の言葉は唇を離れた——
フゥーッ!
眩い光が全員を包み込んだ。
ピアース、ムトウ、ルシ、リエル、リエン、ギュンユウ、トグ、スティクス、そしてルークまでもが!
彼らは跡形もなく消え去った。.
.
.
———
頭上には——果てしなく広がる鮮やかな青空。
そよ風がピアーズの頬を撫でた。見えない手のようだった。
彼は身動きし、まぶたから光の重みが離れるのを感じながらゆっくりと瞬きした。
滑らかな木の板の上に仰向けに寝ていた。下は安定していて、揺れも危険もない。安全だ。
鼻がピクピク動いた。
クン。クン。
待て。
なぜ空気の匂いが…美味しそうなんだ?
彼は舌をほんの少しだけ突き出し、そよ風を味わった。
舐める。
は?甘い。故郷の乾いた土とは違う。マナの鋭い刺激でもない。
「…綿あめ?」
空気そのものが綿あめのような味だった。
彼の胃が嬉しそうに小さな音を立てた。
「ピアーズ様、お元気ですか?!」
リエルの声が慌てた口調で間近に割り込んだ。
すぐ隣で、ルシの落ち着いた声が続き。
「呼吸のお手伝いが必要ですか…?」
ピアーズはうめき声を上げ、顔をこすった。
「うっ、お前ら二人…」彼は体を起こし、まぶたをぱっと開けた。
「ここはどこだ…?」
視線が空間を走った。
滑らかな板。
広い甲板。
果てしない水平線。
そして――彼の視線がそこに引っかかった。
「何だこりゃ――」彼は慌てて立ち上がり、磨かれた甲板に掌を叩きつけた。
「一体全体、何なんだよ!?」
信じられないという高音の悲鳴が喉から漏れた。
彼らは巨大な船の上にいる。王国の海軍にふさわしい、壮大で非現実的な船体――帆は膨らみ、船体はきしむ。
心臓が鼓動を早め、ピアーズは手すりに駆け寄った。小さな指が滑らかな木を握りしめ、指の関節が白くなるほどに。
彼は身を乗り出した。
息が詰まり――そして否定の叫びがまたもや喉を詰まらせた。
眼下に、水平線まで四方八方に広がるものは、果てしない青い海ではなかった――
――それは、泡立つ、果てしない、乳白色の海の広がりだった。
ミルクの海。
甲板は静寂に包まれた。
仲間たちは彼のそばに立ち、目を見開き、同様に呆然としていた。
その不条理は、胃を殴られたような衝撃で襲いかかった。
誇らしげに漂う船が、果てしない乳白色の海を横切っている。
ピアーズの口が開いたまま固まった。
ようやく声が出ても、それはひび割れていた。
「…これは馬鹿げている。まったく、完全に馬鹿げている」
「わあ…ここは一体どこだ?」
リエンが目を丸くして呟いた。
彼はためらうことなく、一跳びで索具の半分まで飛び上がった。
瞬く間に見張り台に腰掛け、祭りの子供のように両腕を振り回した。
「わあああああ!
真っ白だ!どこを見ても真っ白だ!」
甲板に響き渡る興奮の声で叫んだ。
ピアーズは下方の海をじっと見つめ、声は再び平板に戻っていた。
「間違ってなければ…多分、我々は転送されたんだ」
その時、スティクスが叫び声をあげ、乳白色の海を指さした。
「わあ!見てよ!プリン魚だ!」
ピアーズは瞬きした。
「何言ってんだ、姉さん?そんなもの…」
振り返り――実際に目を向けた瞬間、彼の顔は純粋な、武器にもなりうるほどの疑念で歪んだ。
彼は彼女のもとへ駆け寄り、手すりを掴んだ。
「な、何でここにいるんだ?!」
声は途切れ、パニックと疲労が入り混じっていた。
スティクスはくすくす笑い、波紋を間近で見ようと柵の端にぶら下がりかけた。
ピアーズの視線が横へ滑った――
そして凍りついた。
不安そうなかかしのように、彼女の横に硬直して立っているのはルークだった。
ピアーズは目を見開き、彼を指さした。
「お前も!なんでここにいるんだ?!」
武藤は一歩踏み出し、揺るぎない平静を保っていた。
「若様」彼は落ち着いた声で言った。「どうやら我々は転送されたようです。
この…乳海へ。匂いがそれを裏付けています」
ピアーズはゆっくりと彼の方へ顔を向けた。
死んだような眼差し。
片方の眉が天を仰いだ。
「武藤」彼は無表情で言った。
「顔がないのに匂いがわかるのか?」
甲板がきしんだ。
ピアーズは自分の頬をつねった。
痛い。夢じゃない。
そうか。また狂った一日だ。
空が甘く、海が乳製品のような日。
頭痛がすでに襲いかかっていた。
* * *




