坊主憎けりゃ袈裟まで憎い
好き。声が好き。仕草が好き。顔が好き。あり方が好き。愛及屋烏。あなたが触れたもの関わりを持ったもの全てを好きになった。
でも、電子の壁を隔てたあなたは体温も質感も息づかいもない。生存確認は不可能。編集された動画も、ラグがある配信も、全て過去からの贈り物だった。
たまアリで会ったあなたはリアルタイムでも、米粒みたいに小さくて表情は伺えない。質の悪い双眼鏡で見たとて、画面越しに見る動画と同じ。
友達になりたいと思う。一方で、出会って解釈違いを起こすのも不誠実だ。あなたには誰かと幸福な人生を謳歌してほしい。木に付着した人工の光の粒子たちを背景に誰かと手を繋いで笑ってほしい。
祈りだった。誰に祈るまでもない。ささやかで、弱々しい短冊だった。
あなたは私の生きたい理由だ。あなたなしの世界は酷くモノクロでつまらないと知っている。だから、捧げよう。私利私欲のためと理解しているけど、間違っているとは思わない。身も心もあなたの幸福な未来のために犠牲になる。
たとえ、その先が復讐者の道に連なる未来であろうとも。
スマホの通知バナーに即座に反応して、動画を視聴する。いいねボタンを押して初回は純粋に楽しむ。二往復目にコメントを書く。早めに書くと、あなたはいいねを押してくれる。コメントに返信はしないものの見てくれているとわかる。早い者勝ちのバーゲンセールだ。三往復目にコメント欄の彼らにいいねをする。次回の動画でも、コメントしてくれるようにする。
私にとって、いいねはあなたから貰える唯一の水を得た魚のようなご褒美だった。毎回、勘違いしそうな心を制し動画を何往復もして再生数を稼ぐ。案件の動画であれば、企業に感謝のメールを書く。配信であれば、スーパーチャットも送る。配信でコメントを読まれたことはないため、願望だけが山のように募る。
動画を視聴しながら、SNSを開き世間におすすめする。推奨文は誤解がないように、なるべく詳細に述べて炎上を阻止する。あなたの迷惑にはなりたくない。
一通り終わると、スマホで動画を再生しながら眠りにつく。そして、明日の動画に思いを馳せる。
夢にあなたが出てくれば、今日はいい日になる。あなたのことになると、私は単純になり、口元も財布も緩まる。不思議と幸福で罪悪感はない。あなたを好きな気持ちは嘘じゃない。八年間も思い続けた気持ちが嘘では困る。
あなたの動画を再生しながら、電車に揺られ大学に向かう。動画の再生は講義が始まっても続く。鞄の中、無音の動画を再生しているだけで、私自身、視聴しているわけではないのが申し訳ない。
アルバイト先に向かう電車では、SNSのファンアートにいいねをする。いいねをすれば、彼らは次もあなたの絵を描いてくれる。その絵を見た人があなたを知る可能性があるため、一つも漏らさずボタンを押す。あなたの役に立つためならなんだってできる。
バイトを終え帰路に立つ。今度は、アンチをブロックする作業に入る。ブロックすれば、こちらの推薦文も目に入らず関わることはない。あなたをアンチから守る手段は私には備わっていない。こちらから関係を持ってアンチとレスバして荒らす訳にもいかないため、歯痒さを感じつつも何もしない。
あなたから、グッズの販売を促されれば即座に購入する。販売とスーパーチャットでアルバイトのお金は底を尽きる。生活費は親から支援されているため問題はない。ただ、あなたに時間を使いすぎて、友達も趣味もない。社会的に見れば勉強だけする大学生で、世間からすればつまらない人間だった。あなたを推す時間は至福のはずだったのに、長い時を得て苦痛へと変化した。部屋も散乱し、サボテンにはカッターが刺さっていた。
あなたは命の恩人だから、この気持ちは間違っている。それなのに、気持ちの収まりどころを発見することができない。
豚と言われた。私物を隠された。皮膚をつねられた。何をするにもスポットライトを浴びた。異名はクラスのおもちゃ。クラブも部活も完璧にできないから怒鳴られ、失望され、恐怖にかられて投げ出した。中途半端に逃げたせいで、親友を失い後輩からも見放された。
毎日、家の中で唯一鍵があり二個存在するトイレに立て篭もり、下手くそな涙で泣いた。クラブに行かないものだから家族からは咎められ、小学校高学年から中学校三年生まで、地獄は継続した。次第に両手で抱えてきたものが瓦解するような音がした。落としていったものを拾い集めないものだから、当然の如く何もなくなった。知能も心も感情もない。テストの点数は毎回赤点になり、にこりともしない私からクラスメイトは離れていった。次第に、私は森羅万象に怒りと憎しみしか感じなくなっていった。そんな中で、無心で視聴していた動画の笑い声を憎たらしく感じた。心底楽しそうで自分とは違う世界の人間だと思っていた。しかし、動画を視聴していくにつれて、あなたは私と同じ消えたい人間であったことを知った。同じような苦しみを味わってもなお、生きたいとも言っていた。私は随分と体験していなかった温かさを目に感じた。これまで、貯めていた気持ちを吐き出すかのように止まらなかった。私は体から水分をひとしきり出すと、袖口で眼を拭き取り動画を視聴した。
あなたが救世主だったかは私にはわからない。でも、私が出会ってきた人の中で一番の存在だった。一番好きな人で、私をただの人間に戻してくれた恩人だ。恩返しをしたいのに好きな人に幸せになってほしいのに、どうしてかこれまで感じてきた気持ちとは反対の気持ちが湧き出てくる。このままではいけないと、私自身分かってはいる。しかし、解決方法は一つも思いつかなかった。
あなたに被害を与えないために事故も自殺も考えてみた。でも、死ぬ理由があなたではダメだった。負の気持ちを抱えて生きていく道も考えてみたが、死んだ魚のように生きてしまう理由があなたであるためダメだった。
いっそのことあなたに無理やり会いに行き、殺してしまおうと思った。八年間思い続けても、何もない喪失感と無力感。毎日の流れ作業のような献身。八年間生きてきても、生きたいと思う理由が見つからなかった失望感と憎しみ。全てを刃に込めて、体を裂いてやろう。それでも、好きな人と恩人という枷が邪魔をして行動に移せなかった。
あなたを諦めてしまいたい。心は諦観を持っていたが、体は正直なものであなたの動画をタップしていた。
苦しい。辛い。憎い。殺してしまいたい。
アンチになってあなたを悉く追い込んでしまおうか、悪評を立てて案件が来ないようにしてしまおうか。
無理だ。限界だ。八年間、持ったことを褒めてほしいぐらいだ。誰でもいい、否、あなたがいい。
あー・・・・
あなたじゃなければいいのかもしれない。理由があなたではなくて、自分のためならば何をしてもいいじゃないか。たとえば、ほら、人殺しとか。
速報です。昨夜、神奈川県横浜市の高級マンショうで死体が発見されました。死体は三十代の男性と二十代の女性のものと思われます。どちらも刺し傷があり、部屋は争ったような形跡が残されていたそうです。警察は二人の身元を捜査しています。




