2. 突然の求婚
ところが静養に出発する前日のことです。
まったく予想外の訪問者が我が家にやってきました。
「アデライト様、ご主人様がお呼びでございます」
「……わかりました」
もう二度と帰ってくることはないと覚悟をして、部屋の荷物を整理しているとお父様から応接室に呼び出されました。急にどうしたのだろうと思いながら向かうと、そこには両親とその向かいに、黒髪の男性が座っていました。彼がすっと立ち上がりお辞儀をされたので、私もスカートをつまんで淑女の礼をしました。
「失礼いたします。アデライトでございます」
ずいぶん背の高い男性です。それにお顔も凛々しく整っています。どこかで見たような気がするのですが……。
顔を上げた私に父が少し困ったような顔で座るように促してきました。
「アデライト、お前も座りなさい」
「は、はい」
私が父の隣に着席すると、男性は一度父に視線を向けて頷いたのち、私の方を見ました。
黄金色のそれは美しい瞳です。凛々しい眉にすっと通った鼻筋の端正なお顔立ちで、思わず私は見惚れてしまいそうでした。
「突然訪問した無礼を許してください。私は、王都中央騎士団隊長のユリウス・フォルク・エーデルシュタイン。アデライト嬢、今日はあなたに婚約を申し込みたくこの屋敷まで来ました」
「…………え?」
時間が止まりました。
お顔立ちがかっこいいなら声まで素敵なユリウス様は、何かの聞き間違いじゃないかとこちらが迷うこともできないほどによどみない口調でそう宣言したのです。
思わずお父様とお義母様の方を見ましたが、二人とも私と同じように困惑しているみたいです。
「実は、アデライトと婚約したいと昨日手紙を貰ってな……」
「え、で、ですが私とですか?」
昨日の今日で行動が早すぎるとか、こんな素敵な殿方がどうしてとか、そういう細かいことは抜きにしても、今の私には大問題があります。
「あなたの事情はすべて理解しています。だがあなたは無実です。城での取り調べで疑わしいところはないとわかっています」
「……あ! あのときの!」
「なんだ、忘れられていたのですか」
無表情だったユリウス様がふっと表情をくずします。
私は思い出しました。
ヘンリック様とサンドラ様に濡れ衣を着せられて、晩餐会の会場から連れて行かれる時に、私に「大丈夫だ」と言ってくださった黒髪の騎士様。あの後、取り調べにも同行したあの方がユリウス様だったのです。
「女性の化粧室は混み合いますので、階級ごとに分かれているのですよ。それなのに、デーニッツ嬢があなたと同じ化粧室を使っていることの方がおかしいのです」
言われてみれば、と私は思います。どうしてあのときサンドラ様は伯爵家の令嬢用の化粧室に……?
捜査はまだ継続中だとユリウス様は教えてくれました。
「あの、それでなぜアデライトなのでしょうか?」
はえーと感心しているのんきな私とお父様に代わってお義母様が遠慮がちに口を開きました。そうでした、確かにそうです。
私も頷きました。
エーデルシュタイン家といえば王家とも血の繋がる公爵家です。ユリウス様は確かそこの次男で若くして王都中央騎士団の隊長……。いずれ騎士団長になるであろう出世頭です。しかもこの美貌。婚約者なら引く手数多どころか、頼まなくても山のように押しかけてくるほどでしょう。
そんなユリウス様がどうして私と婚約したいのでしょうか。
私はどこにでもいる地味な栗色の髪におよそ美人とはいえない父親似のたぬき顔です。よく一緒にいると気が抜けるとか、ぼんやりした顔と言われます。通っていた貴族学園での成績も体育以外はオールBです。さらに血筋は半分平民ですし、先日は大勢の前で罪を着せられました。およそ釣り合うところがありません。
「それは……彼女を見つけたから」
「え……?」
「いや、すみません。失礼ながら晩餐会でお見かけしたときに一目惚れしました。卑しくも婚約破棄をされた今がチャンスと飛んでまいりました」
「な、なんと……!」
お父様が感動しています。
私はどちらかというとまだ信じられなくて困惑しています。なぜなら、ユリウス様はまるで脚本を読むように棒読みだったからです。これは……絶対裏がありますね?
「あの……ユリウス様」
「なんですか? アデライト嬢」
「いえ、敬語はいりません」
「……そうか、じゃあ、アデライト」
あれからちょっと目を赤くしたお父様と疑わしい目をしたお母様に『あとは若い二人で』と庭園に出されてしまいました。
だから私は思い切って訪ねてみることにしました。
「……あの、一目惚れしたというのは嘘ですね?」
「よくわかったな」
「は、はい……。棒読みでしたので」
なるほど、役者の才能は無いな、とユリウス様は淡々と呟きました。
レーヴライン家の庭園は美しく、奥に行けば樹齢百年ほどの木もあります。昔こっそり上ったことがありましたが、侍女に見つかりお父様から叱られてしまったことを思い出します。ご令嬢は、そういうことはしてはいけないのです。
「では、どうして私なのですか?」
「俺を好きじゃない人間がいいんだ。面倒だからな」
本来の一人称は俺なのですね、なんてどうでもいいことを思いながら私は端正なユリウス様の横顔を見つめていました。
「面倒」
「俺は騎士団隊長として今は仕事に集中したい。しかし周囲からいい加減婚約者の一人でもつくれと急かされていてな。そんなときに晩餐会で君を見かけた。君は婚約破棄されたばかりで、当面相手もできないだろう」
「……確かに、その通りです」
グサグサと胸に矢が刺さります。
ユリウス様はちょっとデリカシーがないようです。
「……失恋したばかりだろうしな」
失恋、と言う言葉に私はピンときませんでした。
ヘンリック様との婚約が破棄になったことがショックだったのは、家に迷惑をかけてしまうからでした。彼を確かに将来の結婚相手として見ていましたが、たぶん恋ではまったくなかったのです。
「無礼を承知で言うが、ちょうどいいと思った。俺は婚約者ができて周囲に何も言われなくなる。君も俺がいれば周囲の好奇の視線や醜聞からは守ってやれる」
「つまりは契約結婚、ということでしょうか」
「……そうだ」
振り向いたユリウス様はなぜか少しだけ言葉に詰まったあと、厳かに頷きました。
私はじっとその黄金色の瞳を見つめました。
ただ好きだ、と言われるよりは納得できる内容です。今の私にはそれほど価値がありません。
このままレーヴライン伯爵家にとどまっても、私をこの家で必要とする人はいません。いずれ持て余されて修道院に送られてしまう未来を思えば、私にできる選択はひとつしかありませんでした。
「ユリウス様、不束者ですが、よろしくお願いいたします」
それから、あれよあれよと日々は過ぎ、1か月後に私はユリウス様が所有する屋敷に移ることになりました。ユリウス様も身分の高いお方ですし、仕事も忙しく、結婚の準備ができるまでしばらくは婚約者として彼の屋敷で暮らすことになったのです。
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