本来の学校のプロジェクト
サヤは家の玄関のテーブルに鍵を置いたとき、
まるで何かに嫌悪しているような、冷たい目で俺を見た。
――最高の挨拶だな。
「……こんにちは」
そう言った彼女の声はあまりにも冷たく、
まるで無理やり「こんにちは」と言わされたかのようだった。
――じゃあ言わなくてもいいだろ、まったく。
彼女はそのままリビングのソファにどかっと腰を下ろした。
「はぁ~、もう! タンジャ、聞いてよ。今日また服屋でどれだけの男が私をいやらしい目で見てきたと思う?」
隣のビーズソファに座っていたタンジャは大きくあくびをして、
「はいはい、想像できるわ」と答えた。
「でも気にしないのよ」
サヤは小声で言うつもりだったのか、ソファの背もたれ越しに顔を近づけて、
「こいつもきっと同じよ。なんであのバカ校長は男女を同じシェアハウスに入れようなんてバカげたこと考えたんだか」
――やれやれ、サヤ。思ってるより全部聞こえてるぞ。
もううんざりだ。
俺は自分の「部屋」に行くことにした。
立ち上がって廊下を歩こうとした瞬間、
「そんな言い方やめなさいよ。彼がそうだって、どうしてわかるのサヤ?」
……え?
今、タンジャはなんて言った?
振り向くと、タンジャは微笑みながらサヤを見ていた。
「タンジャ、男は所詮男よ、ね?」
サヤは誇らしげに言った。
その瞬間、三人のスマホから同時に通知音が鳴った。
――シンクロ?
メール?
差出人は……校長?
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件名:親愛なる生徒たちへ
みんな、部屋にはもう慣れたかな?
楽しく過ごしていることを願っているよ。
実は、君たちが同居することになった理由は
単なる「共同生活」ではないんだ。
学校には引き続き通ってもらう。
ただし、寮生活を通して“生活態度と学業の関係”を観察する。
成績にはポイントシステムを導入する。
例えば、テストで100点を取れば100ポイント。
毎月、メールでランキングを発表する。
そして――上位5つのシェアハウスには「即・卒業資格」を与える。
さらに上位15組は私立大学への推薦が確約される。
それでは、みんな頑張ってくれたまえ。
良い一日を。
――校長より
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……は?
ふざけてんのか?
さっきは「もう学校に来なくていい」って言ってたのに、
今度はこれかよ。
「ほんっとあのクソ校長!」
サヤが怒り気味に叫ぶ。
「ルールをコロコロ変えて、私たちを好きに振り回してるのよ!」
サヤは立ち上がり、冷たくも苛立った足取りで部屋に向かった。
その途中で、俺に冷たい横目をくれた。
でも――俺が見たのは、
ただ、眠そうな青い瞳だった。
休みたいだけの目だ。
――きっと、俺のことを変なやつだと思ってる。
――気持ち悪い奴だとか。
でも、もうどうでもいい。
サヤがドアを閉めたあと、
俺はソファに座るタンジャを見た。
彼女はスマホを眺めながら、俺が見ているのに気づいた。
「イツキ、どうしたの?」
彼女は優しくそう言った。
その声が――やけに心地よかった。
なんだ、この安心感は。
受け入れられている……そんな気がした。
でもダメだ。
どうせ、最後には裏切られる。
「なんでもないよ」
そう言って、俺は自分の部屋に戻り、
ベッドに倒れ込んで目を閉じた。
――これから先、どうなるんだか。
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3時間後。
どうやら寝てしまっていたらしい。
コンコン
「ん? はい?」
ドアが開くと、そこにいたのはタンジャだった。
「ねぇイツキ、一緒に買い物行かない?」
まるでずっと一緒に暮らしているみたいな自然さで言う。
「……寿司。」
「お願い」も言わずにそう答えると、
彼女は首をかしげて微笑んだ。
「了解♪」
そう言ってドアを閉めた。
――なんで、こんなに優しいんだ?
あの子みたいに、俺を嫌うんじゃないのか?
俺は部屋を出て、キッチンを見に行った。
すると、サヤが冷蔵庫から何かを取っていた。
髪を後ろで留め、ヘアクリップでまとめている。
前かがみの姿勢で、ちらりとこちらを見た。
その冷たい横目――俺を射抜いた。
……綺麗だ。
あの髪、あの後ろ姿。
――魅惑的だ。
「なに?」
彼女は冷たい視線を向けたまま言った。
その目が俺を貫いた。
でも嫌な感じじゃない。
むしろ、何か違う。
彼女はパジャマ姿だった。
まだ18時なのに。
なのに、可愛いと思ってしまった。
俺は表情を変えずに冷たく返す。
「別に」
「なら、そんな目で見ないで。今にも脱がそうとしてるみたい」
彼女はそう言い捨てて、腕を組みながらキッチンを出て行った。
冷蔵庫の前で俺は頭を垂れ、
深く息を吐いた。
――危なかった。
なんで今、初めて取り乱した?
次はダメだ。
俺はもう誰にも利用されたくない。
……くそ。
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部屋に戻ろうとしたそのとき、
ピンポーン
――多分、タンジャだ。
ドアを開けると、また笑顔が俺を迎えた。
タンジャが買い物袋を抱えていた。
「ねぇイツキ、ちょっと手伝ってくれる?」
「もちろん」
そう言って袋を受け取ると、彼女はため息をついた。
部屋の奥を見ると、サヤが立っていた。
「サヤ、来ればよかったのに」
「そんな気分じゃなかったの」
「いつなら“そんな気分”になるのよ?」
「ねぇ、リップライナー買ってきてくれた?」
「言ってなかったでしょ、それ」
「言ったわよ」
「言ってない」
「言った」
「言ってない!」
――あぁもう、なんで俺が女二人と同居しなきゃいけないんだ。
ドアを閉めて、リビングを素通りし、
袋から寿司を取り出して自室へ向かう。
「ねぇ、バカ」
――サヤ。
今度は何だよ。
「明日学校でしょ? メール読んだ?」
「読んだよ……」
そう言いかけた瞬間、
「アンタも責任あるの。私たちがトップ5に入るためにね。
あんたのことは全部嫌いだけど、それでも――頑張りなさい。」
彼女は俺の目の前、ほんの1センチの距離まで近づいた。
冷たい青の瞳が俺を見つめる。
「……いい?」
その言葉を残して、サヤは俺の横を通り過ぎてキッチンへ行った。
俺は下を向いたまま立ち尽くす。
――さっきまで、そこにいた場所を見つめながら。
あの瞳。
初めて会ったときも、心を乱された。
でも今は――もっとだ。
その奥に、何かがある。
何かが見える気がする。
……でも、それが何なのか、俺にはまだわからない。




