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「それは嬉しいけど——でも、この前みたいのはもう、絶対やめてね?」
時間旅行で離れ離れになった、あの時。
悲しくて切なくて。
涙が止まらなかった事を思い出して、真顔で見つめ返すと。
「わっ、分かった……!
そうだ、ベル! これ覚えてる?」
こくこく頷いたパーシーが話題を変えるように、急いで上着のポケットから取り出したのは。
首に琥珀色のリボンを付けた、青い小鳥のぬいぐるみ。
「これって——ハミングバード?」
きょとんとしたメイベルの前で、大きな手のひらがポンッポンッと、小さな頭を2回叩いて魔力を注ぐと、
『パーシーのばかっ! 早とちり! ……でも、大好き』
メイベルそっくりの声が、とんでもない伝言を伝えて来た。
「はっ? 何? 何これっ……!?」
一瞬、呆然とした後、かっと頬が熱くなる。
『こんな恥ずかしいセリフ。しかも、わたしの声を真似するなんて、一体、誰の悪戯!?』
問い質そうと、キッと見上げたパーシーの顔は、藍色の瞳をそれは嬉しそうに、にっこりと細めていた。
「何って——このハミングバード、ベルが送ってくれたんだろ? ほら、俺が告白した日の翌日、男子寮の部屋に匿名で」
……送ってません。
「きっぱり断られたと思って、めちゃめちゃ落ち込んでたけど。
これ聞いたら、一発で復活した!」
それは良かったデスネ。
「ベルにも何か、事情があるんだろーなって。
だから『黄金のグリフィン賞』の結果が出たら、ちゃんとまた話しようって、決めてたんだ」
待って、待って——!
そういえば、この子が首に付けてるリボン、見覚えがある。
1年前パーシーと破局して、落ち込んでたわたしに、
『はい、これあげる。言いたい事全部、この子に言ったらスッキリするよ? ほらベルの瞳と、同じ色のリボン付けたの!』
ってステラが、プレゼントしてくれた子だ!
『パーシーのばかっ!』って思い切り叫んだら、ホントにちょっと気持ちが軽くなって。
それがきっかけで、『学園のプリンス、やったる!』って、前向きになれたんだっけ。
なのにいつの間にか、寮の部屋から消えていた、琥珀色のリボン付きハミングバード。
「スーテーラーッ……!」
パーシーに送った犯人は、間違いない!
絶対、ステラだ!
こんなの、パーシーに聴かれてたなんて——恥ずかし過ぎて、死ぬ。
『でも、大好き』って、やめろ! メイベル・ハートリー!
ヘイミッシュのプリンスが、そんな甘ったるい声出すな!
耐え切れずに、ぎゅっと両腕で抱え込んだ頭を。
ぽんぽん——優しくパーシーが叩いた。
「あのさ」
「……うん」
「負け惜しみに、聞こえるかもだけど——」
「……うん?」
やっと腕の間から少しだけ、顔を上げたメイベルに、
「『黄金のグリフィン賞』、もし俺が受賞したら副賞は。『時間旅行』はベルに譲ろうって、決めてたんだ」
少し照れた顔のパーシーが、こっそり告げて来た。
「えっ……『メイベルのため』って、そういう意味?」
「うん、ほら。初めて会った頃から、よく言ってたろ? 『過去に戻って、おばあ様を笑顔にしたい!』って」
「そう——だっけ?」
「こんな小さいのに、凄いなって思った。だったらベルは、俺が笑顔にしたいって……」
『人タラシレベル最強』とウワサの、はにかんだ笑顔付き、無敵の殺し文句。
ぼわんっと一気に熱くなった頬が、そっと大きな両手に包まれる。
ゆっくり近づいて来る、優しく包み込んでくれるような、ネイビーブルーの瞳。
琥珀色の目を閉じて、唇が重なろうとした瞬間、
「ベルーッ! お客様だよーっ!」
テラスの外からステラの声が、呑気に響いた。