5
「ではこちらに、ハートリー」
机や椅子が全て取り除かれた、上級魔法学の教室。
初めて入る部屋の真ん中に、ぽつりと、古びた木の扉が立つ。
タルボット先生にいざなわれて、メイベルはその前に足を進めた。
何の変哲もない、どこの屋敷でも見かけるような、古びたチョコレート色の扉。
珍しいのはその中央に、星型の五芒星を配した『魔法陣』が貼られていること。
「先生、この魔法陣は?」
「行先の場所と時間、その座標を示す、いわば『切符』のような物だ。では、始めよう!」
メイベルの質問に答えてから、人差し指を立てた先生が合図を送った。
周囲を囲んだ4名の助手が、いっせいに杖を向け、扉に魔力を注ぎ始める。
ちかちかと稲妻のように跳ね踊りながら、魔法陣に吸い込まれていく金色の光。
思わずそれに見とれていると、タルボット先生が声を上げた。
「行くぞ——キャリントン、カウント!」
パーシーが左手に持った、懐中時計に視線を向ける。
「10、9、8」
「ハートリー、手を」
「あっ、はい!」
急いで右手を先生、左手をパーシーと繋ぐ。
「2,1、0!」
の合図と共に、先生の右手がドアノブを、がちゃりと回した。
「レディーレ——!」
『向こうに』の呪文に合わせて、ギイッ……と押し開かれた扉の奥に、3人は足を踏み入れる。
「わっ……!」
暗がりの中、広がっている部屋の様子が、おぼろげに見えた。
「ルクス(光)!」
先生とパーシーが唱える声に、急いでメイベルも合わせる。
3人の左手のひらに、ふわりと浮かぶ輝く光。
それが照らし出したのは、
両サイドの壁にぐるりと、天井まで並んだ、ぎっしりと本の詰まった棚。
床には分厚い絨毯、ふっくら座り心地のよさそうな椅子に書き物机。
天井からは、いくつものシャンデリアが、煌びやかに下がる。
白と金で統一された、まるで舞踏室のように豪奢な部屋。
「ここが……?」
恐る恐る尋ねたメイベルに、
「フルメン帝国。フォルトゥナ離宮内の図書室だ」
落ち着いた声で、先生が答えた。
「やった、大成功……! それにしても広いなぁ!」
「うん。凄い!」
呆然と辺りを見回す生徒2人に、タルボット先生がびしりと告げる。
「あと9分40秒——!」
「はいっ!」
慌てて書棚にかけより、ずらりと並ぶ本の背表紙を目で追う。
「違う、違う……どこにあるの!?」
「探してる本、何てタイトルだ?」
焦るメイベルの横から、パーシーが声をかけて来た。
「『フェーヤ・ルミニス』」
「ふぇーや?」
「フルメン語で、『光の妖精』って意味!」
思わず小声で叫んだメイベルに、パーシーが宥めるように伝えた。
「タイトルが分かってるなら、呼べばいい」
「呼ぶ? ……そっか!」
首を傾げた後、ぱっと閃いた。
小走りで部屋の中央に行ったメイベルが、ぐっと右手を掲げて、呪文を唱える。
「『フェーヤ・ルミニス』、ヴェナイリ(来い)……!」
ぱんっ——!
部屋の隅にあった書き物机の、一番下の引き出しが勢いよく開いた。
そこから飛び出した、1冊の本。
ぴゅんっと部屋を横切り、吸い込まれるように、パシッと手の中に飛び込んで来た。
「本棚じゃなくて、そんなとこにいたのっ!?」
「やったな、ベル!」
ぐっと親指を上げて来たパーシーに、自然と笑顔がこぼれる。
「パーシーのヒントのおかげだよ——ありがとっ!」
「……不意打ち、ヤバいだろ」
何かブツブツ言いながら、すぐに目をそらされたけど。
手のひらに収まるくらい。小さな金色の表紙。
花冠を付けた妖精が、じっとこちらを見詰めて来る。
ドキドキしながら目次を開いて、短編集であることを確認。
少し震える手でページを、パラパラめくって行くと、
「あった……!」
文章の所々に目立たないよう、うっすらと引かれたアンダーライン。
順番に繋げると、『あなたは、ゆるぎない、友達。叔父の、オルロフ(鷲)が、繰り返し、言ってました』と、まるで会話文のようなフレーズが浮かび上がって来た。
短編のタイトルも、例えば『花の旅』(フロース・イテル)は、……フロース国の『イテル商会』と読め解ける。
5つの短編に隠された、5つの秘密。
「間違いない、これだ!」
メイベルはギュッと、小さな本を胸に抱きしめた。
それからすぐに顔を上げて、タルボット先生に告げる。
「先生、皇女の寝室に移動します! 残り時間は!?」
「あと7分弱だ——急ぎなさい」
「はいっ!」
「俺も行く!」
と右手を上げるパーシー。
「過去の人からは姿が見えないよう、『幻影魔法』がかけてあるが。充分気を付るように!」
先生の声に頷いた2人は、開いたままの扉から廊下に飛び出した。