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「やったね、ベル! ついにこの時が——『歴史を変える公爵令嬢、革命前夜の帝国に降り立つ』!」
「ちょ、ステラ! 声が大きいってば!」
式典から1週間が過ぎ、時間旅行を翌日に控えた、日曜の午後。
魔法学園を中心に拓けたヘイミッシュの街は、外出日の生徒たちでにぎわっていた。
大通りから少し離れた、隠れ家のような紅茶専門店『マジック・ティールーム』。
世界各地の紅茶とお菓子が楽しめる、隠れた名店だ。
『メイベルお姉様、「黄金のグリフィン賞」おめでとうございます!』
『絶対お姉様が獲得されると、信じてました!』
『さすがヘイミッシュのプリンス!』
店にたどり着くまで街のあちこちで、後輩女子達からの祝福責めを受けて。
やっと静かなテラス席に腰を下ろしたメイベルが、向かいに座る親友の口を、慌てて塞いだ。
「前夜って——『革命』が起きるのは翌年だし。そんな歴史的大事件、わたし一人で変えられるわけないでしょ!」
「まぁまぁ、いいじゃない! この時間旅行がおばあ様の気持ちを、ちょっとでも軽くする事に繋がるなら——ね?」
「……うん」
小さい頃から何度も、繰り返し聞いて来た、おばあ様の後悔のタネ。
『革命から逃げる途中、自分の失態で「最後の味方」まで不幸にしてしまった』と、ずっと思い悩んで。
身体も心も年々弱って行き、魔法での治療も拒んで、ここ数年は寝付くことが多くなって来た。
そんな祖母の為に、何かをしたくて。
『行先を好きに選べる時間旅行』が副賞の、『黄金のグリフィン賞』をこの1年、ひたすら目指して来た。
『でも、あんな——本を1冊運ぶだけの計画、本当におばあ様の力になるのかな?』
じっと考え込んだ様子のメイベルを見て、ステラが袋から取り出したのは、魔法雑貨店で買ったばかりの、青い小鳥のぬいぐるみ。
きょとんとした目が可愛い、手のひらサイズのそれをテーブルに置いて、丸い頭をポンッと叩く。
「乾杯しよ、フルメン紅茶で!」
そして次に、ポンポンッと2回。
魔力を注がれた小鳥は、ふわりと羽根を広げて羽ばたき、
『カンパイシヨ、フルメンコウチャデ!」
ステラとそっくり、同じ声で繰り返した。
伝言をそのまま再生する魔法道具、『メッセージバード』だ。
思わず『ふっ』と吹き出したメイベルに合わせて、炭酸水の泡が弾けるように、ステラも笑う。
「癒されるでしょ?」
「うん! そういえば前に、私にもプレゼントしてくれたよね?
あの子、どこにしまったっけ?」
ふと首を傾げたメイベルに、ステラがガラス製のジャム入れを手渡した。
「寮の部屋の、どっかにいるでしょ? はい」
「ありがと」
ジャムを入れて飲むのが、フルメン紅茶の特徴。
本当はジャムを口に含んで、紅茶を飲むらしい。
ティーカップの横には、フルメン発祥のケーキも置かれている。
ハチミツ入りのどこかほろ苦い薄い生地と、チーズクリームを幾層にも重ねた、こっくりした味わいのケーキ、『メドヴィク』。
どちらも癖になる美味しさだけど、初めて口にした時はビックリしたっけ。
他国の干渉を受け入れず、独自の文化と階級制度を頑なに守っていた、今は亡きフルメン帝国。
そこに、わたしは行くんだ。
「怖い……?」
そっとステラが聞いてくる。
気が付いたら紅茶のカップを、ぎゅっと両手で、すがるように握っていた。
「うん、少し……でも、ワクワクもしてる」
にっと口角を上げると。
「それでこそ、ヘイミッシュのプリンス!」
にやりと笑い返したステラが、乾杯を真似てティーカップを掲げる。
「時間旅行から帰ったら、おばあ様もご招待して、皆で一緒にお茶しようよ!」
「そうだね——賛成!」
カツンッと、2人でカップを合わせた。
「『元カレ』も呼んじゃう?」
「だからパーシーは、ただの!」
「『告白を断られたと早とちりして自爆した、ポンコツだけど今でも大好きな初恋の相手』?」
しゃらっと告げられた親友の言葉に、慌てて周りを見る。
「ちょ、その話は——」
「誰も聞いてないって!」
『だから、テラス席を選んだんじゃない?』とにんまりステラが、イタズラ好きな子猫のように、緑の目を細めた。
翌日、午前10時。
時間旅行の『出発口』が設置された、上級魔法学の教室。
学園の奥まった3階にあるそのドアを、意気込んで開けたメイベルを待っていたのは、
「時間通り、だな?」
少し気まずそうな顔で、右手を首の後ろに当てた長身の銀髪男子。
ポンコツで早とちりの名手——パーシヴァル・キャリントンこと、パーシーだった。