【番外編4】春のピクニック 後編
「えっ! これに乗るの!?」
堤防から階段を降りた所にある、川沿いの桟橋。
そこにロープで留めてある、二双の白い手漕ぎボートを見て、メイベルは目を丸くした。
ボートに乗るなんて、生まれて初めて!
「そうだよ、ほらベル」
片足をデッキにかけたパーシーが、右手を差し出す。
その手をしっかりと掴んだベルは、少し揺れるボートにぴょんっと乗り込んだ。
「大丈夫?」
「うんっ!」
バランスをとって、ゆっくり座りながら、わくわく周りを見渡す。
隣のボートでは
「おっと……! 平気、ステラ?」
「うん! 思ってたより揺れたから――ありがと、アレク」
少しよろけたステラが、氷のプリンスに抱き留められて。
至近距離で咲かせた笑顔に、アレクが頬を染めている。
『あれ、絶対わざとだよね? 自然に出来ちゃうの、さっすがステラ!』
恋愛上級者の親友に、心の中で拍手を送っていると、
「ベル、そろそろスタートしていい?」
オールに両手をかけた恋人が、確認して来た。
同級生のアレクは制服だけど、大学部に進級したパーシーは、グレーのジャケットに白シャツ、ピンストライプのタイに黒のパンツ姿。
ちょっとカジュアルなコーデが、良く似合っている。
「うんっ! 頑張ってね、パーシー」
ステラを真似して、可愛く声援を送ってみる。
ほんとはちょっと、自分でも漕いでみたかったけど。
「ピクニッ――いや、目的地に付いたら。後で漕ぎ方、教えてあげるよ」
心の声が聴こえたみたいな、嬉しい提案。
「ありがと! 楽しみにしてる」
『ピクニック』って、聞こえちゃった事はスルーして、全開の笑顔で返した。
「パーシー先輩、魔法は禁止ですよ!」
「いいぞ、受けて立つ!」
ばちばち火花を散らす、男子二人。
「二人共、レディが乗ってるのをお忘れなく! ベル、スタートの合図して?」
『あんま調子、乗らせ過ぎないようにね?』
ステラがにんまり、こちらを見やる。
「じゃあ、安全運転で……スタート!」
左手を勢いよく上げて、合図を送る。
しゃらりと手首に着けた、銀のブレスレットが鳴った。
ぐんっと漕いだオールに合わせて、勢いよくボートが進む。
するりと頬や髪を撫でて、通り過ぎて行く春の風。
リズミカルに、しぶきが跳ねる川面。
丸い目でこちらを向いた、鴨の親子の姿も見える。
楽しい、楽しい!
力強くオールを漕ぐ、パーシーに目を戻したら。
ふと座面の下に置かれた、大きな籐のバスケットに気が付いた。
取っ手に巻かれた、見覚えのある銀色のリボン。
あれってマジック・ティールー厶の、テイクアウト用『ピクニックランチセット』――だよね?
数種類のサンドイッチに香辛料の効いたチキン、東洋風のデザートや珍しいフルーツと、盛りだくさんの内容。
学園でもかなり、話題になっていた。
『こんなの持ってお出かけしたら、絶対楽しいよね?』って前に言ったの、覚えててくれたんだ!
ボートとピクニックの準備に、ランチバスケットまで……。
頑張って、準備してくれたんだね?
ステラたちも、きっと手伝ってくれた。
だって3日前が、わたしの誕生日だったから。
「パーシー……」
「ん?」
『ありがと』って、じんわり言いかけたら。
「大丈夫だ、絶対勝ーつ!」
早とちりした恋人が、にやりと宣言するから。
「うんっ、パーシー!」
今日はおばあさんになった時、孫たちに自慢したくなる日に、きっとなる。
「頑張って……!」
目の前にいる彼から、3日前に贈られたプレゼント――藍色のタンザナイトが付いた銀色のブレスレット――を、しゃらりと揺らして。
パーシヴァルに拳を突き出しながら、メイベルが笑った。




