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時の扉を開けて2


 ヘイミッシュ魔法学園の制服は、(つばめ)の尾っぽのように後ろサイドが長い、黒いテイルコート。

 真っ白なシャツに同色のタイ。

 女子はリボンタイにするのが普通だが、メイベルは男子生徒と同じく、柔らかなネクタイのように、胸元で結んでいる。

 白いピンストライプが入ったグレーの、くるぶし丈のスカートから(のぞ)く、5㎝ヒールの編み上げブーツ。

 腰のベルトからは(つえ)の入ったホルダーが、剣のように揺れる。

 歴史ある魔法学園の制服が、ストレートの黒髪をきりっと1つに結んだ、メイベルに良く似合う。

 男子の制服は、同じくテイルコートに白いベスト、女子のスカートと同色のズボンだ。


「メイベルお姉様!」

「今日も凛々(りり)しくて、ステキ……!」

「文武両道でお優しくて——ついには『黄金のグリフィン賞』まで!」

「さすが『ヘイミッシュのプリンス』!」

 メイベルが歩く後を追って、下級生女子たちが巻き起こした、ため息交じりの熱いざわめき。

 それが次々と岸に打ち寄せる波涛(はとう)のように、負け犬たちの遠吠えをかき消して行った。

 

 ぐるりと講堂を囲む古い石壁を飾るのは、イグニス王国が成り立った中世の頃から、受け継がれて来たタペストリー。

 そこからするりと抜け出したのは、一角獣を連れた貴婦人たち。

 手にしたカゴから楽しそうに、薔薇の花びらをメイベルに振りまく。


「わっ……!」

 ふわふわと会場中に広がっていく、ピンクや白の花吹雪。

 つい目で追っていると、ひらりと胸元に飛んで来た、ひときわ大きな花びら。

 慌てて右手で受け止めると、淡いピンクの花弁の上に『オメデトウ』と、魔法文字が銀色に光っている。


 ぱっと顔を上げると、半分透けた一角獣の向こうに。

 メッセージの送り主パーシーの、子供の頃から変わらない、優しい笑顔が。

 一瞬目と目が合った後すぐに、すっと他の生徒の背中に隠れてしまった。


 嬉しさと同時に、直接伝えてもらえない寂しさが、胸の奥からじわりとあふれて来る。

『ありがと』

 甘酸っぱくて少しほろ苦い、レモンキャンディを転がすように、口の中でつぶやいて。

 花びらをそっと上着のポケットにしまいながら、メイベルは壇上に登った。


「おめでとう。メイベル・ハートリー」

『歴代最強魔女』と(うた)われるグリーテン学園長が、年齢不詳の美しい顔に笑みを浮かべて、金色に輝くメダルをメイベルの首に掛ける。

「そしてこちらが副賞、『時間旅行』のガイドと申請書です。良い旅を!」

「ありがとうございます、学園長」


『ついに、この時が来たわ——おばあ様!』

 壁のタペストリーと同じくらい、脈々と歴史を繋いできた、ハートリー公爵家。

 その11代目に当たる令嬢は、受け取った書類を嬉しそうに、胸にぎゅっと抱きしめた。



◇◇◇


【時間旅行申請書】

 氏名:メイベル・ハートリー

 行先:フルメン帝国(現フルメン共和国)、フォルトゥナ離宮内の図書室とアレクシア皇女の寝室。

 日時:50年前、9月1日の深夜零時。

 目的:皇女時代の祖母、アレクシアの暮らしを垣間見ること。


「祖母が12歳の時、祖国に革命が起きて。叔母にあたる、皇帝の妹君が嫁いでいたこの国に、1人逃げ延びて来ました。

 幼い頃からおとぎ話のように聞いていた、『幸せな皇女様』だった頃の生活を、ほんの少しだけ(のぞ)いてみたいのです」

 メイベルの説明に、『時間旅行』の担当教師タルボット氏は、眉を寄せながら問い質した。

 

「『旅先』で当時の人物に話しかけたり、手紙やメモを渡したり、受け取ったりすること。いかなる接触も干渉も、禁じられている事は知っているな?」

「はい、分かっています。ですからこの時間を選びました。深夜零時なら、当時11歳の祖母——皇女は、ぐっすり眠っているはず」

「滞在時間は、10分がリミットだが?」

「十分です。『皇帝の側妃だった、母親と暮らしていた美しい離宮。その中でも、一番好きだった場所』と言っていた図書室と、幸せそうな寝顔が見られれば……。

 それから、もう1つだけお願いが」


「何だ?」

 不審そうに顔をあげた先生に、膝の上でぎゅっと両手を握りしめながら、メイベルは頼んだ。

「図書室にある、『光の妖精』という童話集。それを1冊だけ、寝室まで運ばせてください」

「......何のために? 『過去を()するな』が、時間旅行の決まりだ」

 厳しい顔で腕を組んだベテラン教師に、


「祖母が大好きだった、本だからです。『もう1回だけでも、この手に取って見たかった』と何度も、悔やむように言っていました。

 本には何も、手は加えません! ただそっと枕元に置くだけ。

 目が覚めた祖母——皇女は、『読書好きな自分のために、侍女が持って来た本』と思うはずです!」

 真摯(しんし)な目でまっすぐに、メイベルは訴える。


 しばし考えこみ、幼い皇女に思いを馳せるように、空を見つめた後。

「……分かった。許可しよう」

 愛妻家で、2人の娘の父でもあるタルボット先生は、ようやく(うなず)いた。


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