内乱
「お呼びでしょうか、孫犬丸様」
襖の向こうから重政が問いかけてくる。
「重政と和丸だな」
「はい」
「は、はい」
「誰にもバレずにここまで来たか?」
「はっ、言われた通りほとんど誰ともすれ違わずにここまで来ました」
「よし、開けていいぞ」
襖をゆっくりと開け、俺の正面に正座する二人。
「それで、どのような内密の話なのでしょうか」
俺は頬をポリポリと掻く。さて、何から伝えればいいか考え込む。転生の事は伝えるべきでは無いし。ただ決意を告げるだけでいいか。
「まあ、色々あって今回の内乱を俺が裏から収めることにした」
「色々と気になることはありますが、孫犬丸様がそう決心なさるのなら我々は従います」
「ぜひ、自分の力もお使いしてください!」
???
「お前ら、驚かないのか?」
「それはまあ、普通の五歳児がそのようなことを言えば正気を疑います。ですが、孫犬丸様ですから」
「そうですね」
お前ら俺を何だと思っているんだよ!確かに言動も行動も子供では無いかもしれないけど、もう少し驚いても良いんじゃないのか!
「本気で俺が収めれると信じているのか?」
「ええ、まあ。まず孫犬丸様が立ち上がらなかったとしても、和丸と某でなんとかしようと思っておりました」
「・・・そうだったのか」
なあ、これって俺でなくてもいいよな?
『撤回されるのですか』
ああ、もう!分かってるよ!これこそ本当の武士に二言はない、だよ!
「それならば、まず詳しい状況を説明してくれ」
「はっ!」
そう言って重政が現在の状況を詳しく説明する。大方あの評定の場での話と同じであった。特に変わったことは無い。
今は一月。新年が明けたばかりであり、兵に士気は無く、雪深いこの地域では進軍もままならない。そのため戦闘が起こるのは雪解けの三月頃。
この頃の兵は農民中心のため、田植えや稲刈りの時期には戦が行われづらい。そのため、四月や五月、九月は特に起きにくい。
「次、戦が起こるとしたら三月下旬から四月の上旬にかけての二週間ほどだな」
「そうなりますね」
「そこで何とか決着はつけたい」
「それは・・・少々難しいかと。良くて六月頃かと」
「それだと遅い」
農民を不安にさせるわけには行かないし、何より短時間で終わらせることで周囲の介入をさせなくする。
「ですが、二週間だと、せいぜい城二つ分しか落とせません」
なんと、それで十分だ!俺の作戦では落とす城は二つだけでいいからな。
「俺が今から話す作戦は絶対口外するな。伝えるべき相手は俺が指示する。いいな」
「「はっ!」」
俺は先程まで広げていた地図で説明することにした。
「おそらく父上が最初に落とされるのがこの井上が籠城している湯岡城だろう」
「はい、そうなります。城兵は五十ほど。今は百ほどで包囲を行っているそうです」
「落とせそうにはないのだな?」
「ええ。まず南側を南川が流れており、東側は急斜面、正面の北側も急斜面が多いとのこと。何よりまだ雪が積もっており登れないそうです」
「そうか。だが、五十ほど詰めているのだな?間違いないな?」
「そうですが、どうしてそこまで聞かれるのですか?」
「それは三月から四月にかけての戦では、あの城さえ攻め落とせばほとんど勝敗が決するからな」
「「え!!」」
「ざっと三百あれば落とせるな」
「いやいや、ちょっと待ってください!どうしてあの城を落とすだけでよいのですか?」
和丸が喰い気味に質問をしてくる。
「そうだな、もう少し説明するな」
「お願いします!」
「よし、では和丸に早速問う。今回において最初にやるべきことは何だ?お前たちがやろうとしていたことを言ってもいいぞ」
問われた和丸が、すぐに地図に目を向けて指を指す。
「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善なるものなり」
「孫子の言葉だな。戦で勝つよりも戦をしないで勝つほうが良策ということだな」
「はい。まずはどっちつかずの家臣の方々を味方につける。その後は、敵方の中から交渉の出来そうな人を引き抜く。そして自ずと味方が減れば敵方の士気は下がります。そこを付け入れれば良いかと」
「確かに良い考えだ。で、敵方だとしたらどこから切り落とす?」
「やはり有力な方々から。武田宮内少輔様は難しいので、逸見様、粟屋様を最初に切り崩すべきかと」
武田宮内少輔とは、大叔父で新保山城城主の武田信高のことだ。確かにあれは難しいであろう。一方で大きな勢力から切り崩すという大胆な策も良い。守護代家の重政もいるから話を聞いてくれるかもしれないと考えたのだろう。
普通は大を落とすには小から切るのが上策。だが時には大に近い方が落ちやすい。大とは祖父と叔父の大将で、小とはそれに従う家臣たち。その中でも大に近い存在が有力家臣で勢力の大きい逸見昌経と粟屋勝長。
彼らはその影響力も、軍事的才能もある。それさえこちらに付かせれば戦いが楽になる。それはあっているのだが・・・
「惜しいな。俺の考えと似ている。だが、少し相違点がある」
「どのようなところが?」
「まず、切り落とすのは主に三名。熊谷直之、粟屋勝長、そしてお祖父様だ」
「逸見殿ではなく、ご隠居様ですか」
「ご隠居様?」
「ええ、会議で決まったことなのです。父君を御屋形様とお呼びし、祖父君をご隠居様と呼ばれると決まりました」
そうなんだ・・・って今はその話は関係ないな。
「とりせず、この三人を攻略する」
「どうしてですか?逸見様を説得しないのはどうしてですか?」
「ああ、昌経の説得は諦める。代わりにお祖父様を説得して一気に崩す作戦だ!」
「ちょっと待ってください!逸見様への説得をしないのは下策です!」
「こら、和丸!孫犬丸様に向かって何ていう言い草だ!」
「ですが、重政殿!逸見様を敵に回すのはあまり良い判断ではありません。逸見様は西の丹後一色氏と南の三好氏の抑えでもあります。失えばたちまち攻め込まれますよ!」
「・・・確かにそうだな。孫犬丸様はどうお考えなのですか?」
僕は一拍置いて答える。
「おそらく昌経は三好と繋がっている。だから手元に置くのは危なすぎる」
「ですが、孫犬丸様!憶測で動くのは危なすぎます。なるべき敵を増やさずに、戦を少なくすることこそ孫子の教えでありますよ」
和丸は優秀ではある。その敵を増やさないという考えは間違ってはいない。だが、
「いいか、和丸。これから戦略を立てていくうえで、孫子の教えは役に立つかもしれない。だがそれは基礎の基礎のこと。そこからどう戦略を発展させていくか。それが、智将となるうえで大事なこと。時には何かを切り捨てなくてはいけない。戦を起こして勝利を収めるからこそ、早期に戦いを止めることだってある。そこら辺を見極めなければ、この時代では直ぐにやられる」
「・・・わかりました。その言葉、肝に銘じておきます!」
素直でよろしい!
「ですが、逸見様と戦われるのですか?」
「いいや、少し違うな。敵を使って誅殺させてもらう」
「「誅殺!!!」」