葛藤
「それはどういう質問だ?」
白虎の突然の言葉に首を傾げる。俺がそれでいいのかだって?
いいに決まっている。俺は前世で十分に役目を全うした。不幸にも望まぬ人生を今、歩まされている。好き勝手して何が悪いんだ?
『主、本当に見てみぬふりをするのか?』
先ほどと変わらない質問を続ける。
「ああ、俺の問題じゃないし、史実でもあまり変わらないことだろう」
朝倉氏へ要請する前に家臣の誰かが調略を済ませる。父は要請しなくて良くなるが、史実通り二年ほど内紛状態が続く。
歴史は変わらない。俺は何もしなくていい。win-winな事だ。
『主は内乱が起こってもいいと思っているのか?』
「だ・か・ら、それは俺に関係のない話だ!俺が何もしなくても、俺は死なないし勝手に乱は収束する!第一、起こってもいいとかそういう問題ではなく、起こってしまっているんだ。止めることも、防ぐこともできない」
こいつはさっきから何が言いたいんだ?
この世界で起こることが、どんなことだろうと俺は巻き込まれた人だ。関わらなくていい権利がある。
『・・・主も堕ちましたな』
「・・・おい、いくらなんでも怒るぞ」
声色はそこまで怖くないかもしれない。だが、全身から殺気を出す。それに短刀が震える。
『久しぶりに主の殺気を喰らいましたな。初めて会った時以来ですね』
「黙れ。冗談を言って良い時と悪い時がある。今は悪い時だ。それが分からないのか?」
『ただ、嘆いているだけですが』
「お前は俺に何を求めているんだ?」
さっきから俺を煽ってばかり。俺の気持ちを分かっているはずだ。俺にとって身の回りのことはどうでも良い。散々言ってきたことだ。
『質問を変えますよ』
「もう、馬鹿な質問はやめてくれ」
『ええ、しませんよ。ただの疑問です』
何か嫌な予感しかしない。
『そこまで興味が無いのなら、どうして検地帳とやらを開いているのですか?』
「はぁ???」
『主のこの前の説明通りなら、今読まれているその検地帳とやらは土地の広さや収穫量を纏める物なのでしょ?では何故見ているのですか?』
「それは・・・」
言葉を探す。
「ただの興味本位だ。読書として持っているだけだ」
『なら、他については?何故情報を集められるのですか?どうして毎日兵法書や検地帳、日記などを読みに行かれるのですか?』
「うぐっ。そ、それはだな・・・」
『歴史に流されるまま生きていかれるのでしたら、別に何もしなければ良いじゃありませんか?将棋や囲碁、双六とやらで遊べばいいし、歌人とやらになりたいのなら外に出て自然に触れるのが良いのではありませんか?でも、何故主は常に屋敷の書庫に籠もって居られるのですか?』
ぐうの音も出ない。
俺はこの五年間、ほとんど外を知らない。子供らしい遊びもしたこと無いし、贅沢もしたことがない。でも、それは、
「ただ、前世の領主だった頃の癖だ!少しすれば遊びばかりする!」
『それはありませんよ』
白虎が真っ向から否定してくる。
『主は本当は心の何処かで領民を救いたいと思っているのではないですか?或いは、自分が領主に成るべきだと思っているのではないですか?』
「そ、そんなことあるはずがない!俺にとって、この時代の人々は過去の人間!死のうが、殺し合いをしようが、関係ない」
大声を上げて全力で否定する。隅の方の部屋のため、おそらく声は誰にも聞こえない。
『そうお考えなら、失望しますよ。我も、イルイス領の領民も、ドルナレス民も、あの世界の人々も。まさか英雄と言われたロイド・シルエスがここまで落ちたと聞いたら』
その言葉に反論はできない。
平和のため、領民のため俺は皆が力を合わせるよう頑張ってきた。みんな俺に付いてきてくれたし、助けてくれた。それに答えるように俺も頑張った。
それを全て否定するような発言であったと後悔はした。でも、その言葉を取り消さない。
「前世は前世、今は今だ!どう言われようが俺は何もしない!」
心が痛くなる。それを俺は抑え込もうとする。
『では、主は自分のために、後五十年待たれるのですね!目の前で死ぬかもしれない人々、助けることができるかもしれない人々を見捨てるそういうことですね。だとしたら、本当に失望します。目の前のことを避けようとする方だとは、我の判断は間違っていました。貴方を主とすべきではなかった。あの時貴方から
「誰かのためにやることはその人のためだけじゃない。自分のためでもある。いつか後悔するかもしれないなら、できることはやりたい。」
その言葉に感銘を受けた我が馬鹿でしたよ。いいですか、もう一度いいます!いいえ、何回も言います!本当に何もしないおつもりですか?傍観するつもりですか?貴方なら救えるかもしれない人々を見捨てるのですか?私は忠誠誓った以上に貴方にどこまでも付いていきます。でも、願わくばいつものあの自信なさげながら目標以上のことをやってのける主に付いていきたい!』
「俺は・・・」
否定したい。
そこまで自分は強くないと。ただの凡人であると。たまたま強い力を持ってしまったと。人生を諦めていると。
でも、そうなるとこれまで頑張ってきた自分を否定することになる。
俺を信じてくれた人々を見捨てたことになる。
『どうなさるのですか?』
苦難なんて屁でもないな。あの理不尽な魔王を相手にしてきたんだ。
軍だって指揮したことがある。
何より、頼れる相棒もいる。
「・・・俺は、やっぱり抗うよ。今の状況にとりあえずは」
当主になるとかは今は置いておく。今、出来ることを全力でやる。それが俺の生き方だ。
「のんびりとした人生もいいが、苦難に抗うのも嫌いじゃない」
不可能を可能にする。それ以上の喜びを俺は知らない。
「歴史をめちゃくちゃにしない範囲で頑張るよ」
『ふっ、いつもの主に戻りましたね』
「何か、色々と心配させたな」
『いえいえ、人間というのは悩む生き物ですから』
こいつも変わったな。
「出会った当初はあんなに血に飢えた奴だったのに、いつの間にか丸くなったな」
『がははは、それは違います。ただ、人間同士の醜い争いが嫌いなだけです。弱者が苦しむのは嫌だ。我は、強者との戦いに血に飢えているだけです』
確かに、こいつは戦争よりも一対一の決闘の方が好きな奴だったな。
相変わらず難しい奴だ。
『これからどうされるのですか?』
「ふぁ〜〜〜。今日は眠いし、明日重政と和丸をここに呼ぶ。そして作戦を伝える」
『すでに考えはあるのですね』
「まあ、一応頭には浮かんではいた」
なるべく人が死なない、最良であろう作戦を。
「・・・それにしてもまさか戦争から始まるのかよ」
『何か問題が?』
「いや、こういう時って普通は内政からやるもんだよ。弱小が少しずつ豊かになって初めて戦力を強化する。それが普通なのに!」
『仕方がないですよ。主が思っている以上にグダグダじゃないですか』
「オマケに俺は元服前。内政に何か言える立場にないからな」
もう少し、内政をしたかったな。・・・・いや、あれは少し使えるかもな。
『まあ、これも主らしいですな!』
「その言葉でまとめるな!」