若狭
さて月日が流れて年を越し、弘治二年、一五五六年になった。
昨年の神無月(十月)に元号が変わり、天文から弘治となった。
今年も色々と動く。大きな所を言えば、美濃(現岐阜県)で下剋上を果たした斎藤道三が息子の義龍と長良川で戦をして負ける。
これが後に織田信長の美濃の国取りに繋がる。
美濃の斎藤道三と言えば、下剋上を起こした武将としても、戦国三大悪人としても有名だ。
織田信長の正室である濃姫の父親で、美濃のマムシと呼ばれた戦国時代を代表する人物だ。
後は有名な戦は起こっていないはず・・・。
正直前前世の記憶は当てにならない。俺の記憶が悪いというわけではなく、単純に情報にすれ違いが起こっている。
文献、ネット、ウ◯キ、本。
全てに同じ情報が書かれているとは限らない。だから、確実にこの時代を知っているわけじゃない。
『主、一回整理したほうがいいのでは?』
「なるほど、確かにそうだな」
若狭武田家の大きな出来事としては、
一五五六年 信豊&元康 VS 義統 親子兄弟が対立。
一五五八年 終息
一五六一年 逸見氏反乱
同年〜一五六三年 粟屋勝長が朝倉氏からの援軍に反抗して俺を擁立して反乱
一五六七年 俺、当主を継ぐ。
一五六八年 俺、朝倉氏に拉致される。事実上の若狭武田家崩壊。
「・・・おいおいおいおい、かなりやばいぞ!どんだけ終わっているんだよ」
今更ながらこの国の衰退がどれほどのものか理解した。余生をまったり過ごすとかそういうことができるか危うい情勢だ。
まずは一五五六年から一五五八年の内乱について。
この内乱は義統VS信豊の親子対決である。
祖父である武田信豊は父義統と対立。家督を弟で俺の叔父、武田元康に譲ろうとしたため内乱が勃発。
勝利した義統は信豊を近江国へと追放。だがその後信豊派であった家臣たちが一五五八年に立ち上がりまたも内乱勃発。だが、これも何とか沈められる。
そんな国内がゴタゴタしている内に、信豊派で重臣でもあった逸見昌経が三好家の援軍を借りて反乱を起こす。
後ろに強力な三好家がいるため自力で反乱を鎮められなかった義統は隣の越前国守護、朝倉氏の力を借りて追い返すことに成功した。
だが、朝倉氏の影響力が強まるのを恐れた武田四将の一人粟屋勝長が俺を擁立して国吉城(現福井県美浜町)に籠城。一五六三年〜一五六九年まで毎年のように攻め込んでくる朝倉氏を撃退した。
一五六七年に義統が死去したため俺が当主を継ぐ。が、翌年には何故か朝倉氏に拉致された。
守護がいなくなった若狭はそのまま朝倉氏の支配下になったとさ・・・。
負の連鎖として全てが繋がっている。
やばいな。この若狭、そして若狭武田家は着々と終焉へと歩んでいる。
後十一年後、今年から始まる内乱から。
色々と原因はあるだろうけど、やはり親子で争う今年の内乱から急降下していく。
親族の内紛など良かった例がほとんど無い。
稀な例では、武田信玄が父親である信虎を追放した時。織田信長が弟信行の反乱を鎮めたこと。今川氏の兄弟で争った花倉の乱。長尾氏の兄弟争い。
こう見ると多いように見えるが、勝者は武田信玄、織田信長、今川義元、上杉(長尾)謙信。誰もが一度は聞いたことある最強武将ばかりだ。
もちろん、勝者で大国の当主になったからこそ名前が残った部分もあるがそれだけではない。
内紛が起きながらもその大国を維持且つ拡大させたという、実績のある名将だからこそ評価されている。
普通の例で行くと、細川氏の内紛での三好家台頭。大内氏内部でのゴタゴタでの毛利氏台頭。関東上杉氏同士の対立での北条氏台頭。
内紛が起こった結果、家が没落するといった例の方が圧倒的に多い。
親族同士の争いなど破滅を招くだけ。父、義統は無能ではないが名将とは程遠い存在だからこそ内乱を鎮めることが最終的に出来なかった。
色々と問題がありすぎる。
ただでさえ二年前に起こった丹波出兵で疲弊している国内に追い打ちの内乱。滅びるわけだよ。
まあ、俺には関係ないことだ。
朝倉氏に連れ去られても、時を見て織田の傘下に入りのんびり暮らせば良い。史実では本能寺の変で明智方に組みして自害させられるが、それさえ回避すればどうってこと無い。どうせ史実から逸れてもあまり影響力のない人物だし。
やっぱりのんびり生きるべきだ。
『本当に主はのんびりと生きていますな。ここずっと、寝て食べて本を読むの繰り返しだ』
「それは皮肉か?」
『いや、側で話を聞いているのも悪くはありませんよ』
「そうか」
退屈な日々ではない。
ただ月日が流れていくだけ。
「歌人にでもなろうかな」
『かじん?』
「こっちの話だ」
歌を詠んで、披露する。貴族にたまに呼ばれて一緒に詠む。
別に天下なんて望まない。疲れるだけ、苦労するだけ、大切なものを失うだけ。
よくある転生者で疑問に思ってしまう。
何で困難な方に行くのか?そこに何の目的があるのか?
物語としては面白いかもしれないが、ただの自己満だと思ってしまう。
家を存続させるだけでいい。
どうせ後五十年もしたら平和な世になる。
捻くれのようなことを考えていると、ふいに廊下が騒がしいと気付いた。
『何かあったのか?』
「事が始まったんだよ」
自分には関係ないもの、そう割り切っているからこそ淡々としていた。
「荒れるな、この国は」
ドンッ
部屋の襖が勢いよく開く。入ってきた重政が慌てた表情で跪く。
「孫犬丸様、大変です!」
「どうした?」
「治部少輔(信豊)様と三郎(義統の弟元康)様が!」
「お祖父様と叔父上がどうした?」
「治部少輔様が父君、伊豆守(義統)様を廃嫡にすると宣言され、三郎様を当主とするとおっしゃりました。そして新保山城へと向かわれたとのこと。三郎様も自領へと帰られました!」
「つまり、父上とお祖父様が遂に争うことになると」
「はい、仲の修復は難しいかと」
「そうか」
俺はただ返事をしただけだった。