新しい配下
「はぁ!?何で俺が―――イテッ!」
口答えをしようとした九郎の頭の上に円才の拳が振り下ろされた。たまらず頭を抱える九郎を他所に円才は頭を下げながら質問をしてくる。
「分かりました、それで許していただけるのであればどうぞお好きにしてください」
「お父!」
「元はと言えばお前が全ての元凶だ!しっかりと反省してこい!」
そんな父親の怒号を食らったにも関わらず、未だに不服そうな顔を浮かべる。それに気付いた和丸が口を開いた。
「何故そこまで頑固になるんですか?貴方には最初から二択しかない。城に来るか、親子でこの地を去るか」
「な、何でその二択なんだよ!」
「貴方がしたことはそれだけの罪ということです。そもそも普通であったら禁固刑でも不思議ではないんですよ。それだけでなくその罪は周囲へと及ぶかもしれない。それを、こちらは君を引き取るというだけで無しにする。よく考えてください」
同年代の和丸の言葉は流石に響いたのか、拳を強く握りしめながらも俯くだけだった。
「そうだ、ちなみにですが八郎殿は弓が得意なのですか?」
和丸が不意にそんなことを口にした。呼ばれた八郎は不思議そうに和丸を見つめたが、本人が口を開く前に何故だが九郎が顔を上げて答えた。
「俺の兄ちゃんは凄いんだぞ!あの鎮西八郎公(義経の叔父にあたり、強弓として有名)の生まれ変わりなんだよ!弓を使えば二町(二百メートル)先までの的を射られるんだ!」
自分のことでは無いのに自信満々に言う九郎。それだけ二人の仲はいいのだろう。
「そうなのか、八郎」
「・・・九郎は大げさすぎますが、言っていることは本当です。弓ならば誰にも負ける気はしません」
「それならば二人を引き取るのはどうでしょう?素質があるので、育てればきっと成長します。家族が近くにいたほうが安心すると思いますし」
「円才殿。城はここから近く、歩いても来ることができます。何よりも今回の罪は全て無かったことになり、次期若狭守護の孫犬丸様に二人がお仕えすればお家再興にもなると思います。いかがでしょうか?」
和丸が改めて話をまとめると、しばらく腕を組んで唸った後に返答した。
「最初からこちらには断る理由がございません。愚息共ですがよろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げる。それに八郎が続き、渋々だが九郎も頭を下げた。
「責任を持って引き受ける。・・・それよりも、二人は何歳だ?」
「八郎と九郎は双子で、共に十五でございます」
和丸の一個下か。若い才能をゲットできたし、今回の騒動は結局的に、良かったかな?
「では、いきま―――」
「ちょっと待ってください」
重政の声で全員が立ち上がろうとしたところ、これまで口を挟まなかった光秀が待ったをかけた。不思議に思って和丸がそちらへと向く。
「師匠、どうしたのですか?」
「・・・違和感に気付かないのですか?」
違和感???そんなものは・・・・・・・・いや、よくよく考えればものすごい違和感がある。まて、そうなるとあれもこれもそうなるから、つまり目の前の人物は―――
「孫犬丸様は正体まで気付かれたのですね。内蔵助殿も違和感に気付かれましたか?」
俺らの目を見てくる光秀。
「和丸、弥平次。よく考えてみてください」
そう言われた二人はしばらく思案した後、最初に和丸がぱっと顔を上げる。少し遅れて弥平次も「あぁ〜〜」と声を上げた。
「ど、どうされたのですか、皆様方」
俺らが何かを勘づいたのを察して動揺を隠せていない円才。親子三人して腰を浮かす。このまま真実を暴いても戦闘になりかねないので、俺は先に大きな声で言う。
「これから言うことがたとえ本当だとしても、俺は咎めない。二人を城で鍛え上げることもやめないし、この名島に手を出すことはない。だから、しっかりと座ってくれ」
俺の言葉に顔を見合わせる三人だが、少ししてまた座り直した。それを見て、最初に勘づいた光秀が話し始める。
「どうかこれから聞く問いには正直にお応えください。貴方方、いえ、この村の住民は全て忍なのですか?」
「・・・おっしゃるとおりでございます。まさかバレてしまうとは思いませんでした」
その答えは予想通りであった。
「違和感はいくつもありました。まずはこの村がやけに静かなところです。人は少ないとは言え三十世帯は最低でもいるはず。にも関わらず、村長宅に人が来ているのに誰もここへと近づかない。普通の村人なら興味を持つはず」
「確かに、そうですね」
「更に、違和感を持ったのが貴方が来てまだ三ヶ月ということ。この村は新しくできたとはいえ数ヶ月前からは存在していた。その時から少しずつ人が入ってきていると検地帳には書かれていたのです。なのに、どうして新参に近い貴方が村長をしているのか」
「それは、某が武士の生まれで年長者だからです」
「ええ、そうも考えられます。ですから憶測でしか無い。他にも足音が全くしないとか、子を他人に預けるにも関わらずそこまで気にしていない。普通は、働き手がいなくなり渋るはずなのに」
「ハハハ、そこまで怪しまれましたか」
俺も言われるまでは気付かなかった。よく考えれば違和感であるにも関わらず、見過ごしてしまった。そういう意味でも彼らは忍だろうと確信できる。
「まさか、バレてしまうとは。忍として失格でございます。そして、騙すような真似をしてしまい申し訳ありません」
円才は改まって深々と、地面に顔がめり込むかのように頭を下げた。
「おっしゃるとおり、この村に来た人々は全て某の手下の家臣でございます。バラバラになってここへと来ております。後、二十人ほどが来る予定となっています」
忍であると白状したが、未だにそれを疑ってしまう。何しろ目の前の男は、どう考えても農民だ。もちろん、小さな違和感があったとはいえ指摘されなければ気付けないぐらい。逆によく光秀は気付けたなと思う。
俺が光秀の方を見ると、はにかみながら心を読んだように答えた。
「道三公も忍を使っておりましたので、見慣れているというだけでございます」
なるほど、斎藤道三も使っていたのか・・・っていう話はまた後でにしよう。
「お前たちはどこかの家の回し者ではないのか?」
「とんでもございません!我らは元々流浪しながら暮らしておりました忍。臨時で雇われることはありましても、どこかの家に仕えていた訳ではございません。
もともとは、我々の家臣は義経公にお仕えしていた山伏を祖先としており、忍の心得がございました。その後伊勢国を追われた後に甲賀の里で祖父らが十年ほど修行を積んだことで、一流の忍となっております」
「村人全員がそうなのか?」
「ええ、決して多くのない人数ではございますが、皆が一流の忍でございます」
「そうか・・・」
俺はしばらく思案する。
忍と聞いて、一度はあの黒い装束を身に纏った影の存在と想像したが、結局は彼らも傭兵のような日雇いが多い。だから、案外農民などに扮して日頃は暮らしている。
「だけど、義経公に仕えていた山伏の流れか。なあ、お前たちは本当にどこにも仕えていないのか?」
「もちろんでございます!神に誓って!我々はこの名島を拠点として、若狭守護家にお仕えしようと思っていたのです」
「どうして若狭武田なのだ?」
「それは、古い伝手からおすすめをされたからでございます」
「古い伝手?」
「ええ、多羅尾という名前に聞き覚えはございませんか?」
「まさか、近衛家の護衛隊の!」
真っ先に反応を示したのが光秀。博識なだけあって、貴族の護衛の家までも覚えているのか。
しかし、多羅尾か。確かにあの護衛隊長は只者ではなかったけど・・・
「多羅尾氏は甲賀近くの信楽に根を張る家でございます。その一部が忍として近衛家に仕官しているのです」
ここで近衛と繋がってくるのか。でも、近衛家であるのならマシだろう。ここで三好や一色と繋がりがあったら対応に困った。
「なあ、円才。俺に仕えてみないか?」
「孫犬丸様!それは―――」
「和丸、気持ちはわかるけど、俺が裏で暗躍するためにはどうしても必要だ。情報収集もできるし、裏工作だってできる。だろ?」
「ええ、我らはそうやって生きてきました」
「それらを使いこなせる者がこの戦国を生き残ることができる」
「・・・おっしゃるとおりでございます」
和丸の理解を得られて俺は満足する。
「円才、改めて俺に仕官しないか?いい待遇でもてなすぞ」
「仕官とございましても、どのような・・・」
「武士と同じ待遇だ。もちろん、表向きは普通の農民として暮らしていてくれ。ただし、俺の手先として働いてくれれば、しっかりと武士と同じ待遇だ。いや、むしろよく働いてくれれば本当に武士として仕官させる」
「ほ、本当でございますか!今まで騙していたにも関わらずですか!」
この時代、忍というのは軽んじられており武士よりも待遇が悪い。忍が十人死ぬのと武士一人死ぬのが同じだと思われるぐらい、その命も軽い。
ただ、前世と前前世を持っている者として忍一人がどれだけ貴重なのかは理解している。場合によっては多くの命が助かるし、時によって奪うこともできる。
だから、俺は高待遇で迎え入れる。何より、武士と忍を差別したら労働基準法に当たるからな!
「俺はそんなに気にしていない。働き次第だが、どうだ?」
「ぜ、ぜひお願いいたします!そうすれば、これで、」
「お前らの長い旅を終えられるな」
「!!!精一杯お仕えし、この若狭武田家様を裏から支えていきます!!!」
涙とよだれをダラダラと垂らしてるのを見ると、それだけ放浪の旅が過酷なのが分かる。
「後々また細かい話をしよう。今日は遅いから、俺らは一旦帰る。ああ、ちなみに二人は借りていくぞ」
「ええ、親が言うのもなんですが、才能はあると思っております。どうか、お願いいたします」
深々と頭を下げる円才に俺は大きく頷いた。
こうして俺はまた新たに優秀な配下を手に入れた。




