元服の儀
弘治三年 一五五七年 一月 若狭国遠敷郡後瀬山城
俺は今年で六歳になった。
と言っても体や周りに変化があったわけではない。ただ歳を取っただけ。
さて、今年の目玉は何と言っても龍水丸の元服だ。
新年始まっての若狭武田の大きなイベントであり、大々的に行われることになった。
烏帽子親に呼ばれたのは細川右京大夫晴元。細川京兆家(本家)の当主であり、三好長慶に下剋上をされるまでは畿内の覇者として君臨していた人物だ。
落ちぶれた名家の当主であるが・・・はっきり言って自業自得だ。ていうか、若狭武田の疫病神でしかない。
宿敵を滅ぼした功労者であった三好長慶の父親を一向一揆を使った策略で殺したような奴で、恨まれて下剋上を起こされるのは当然のこと。
だが、下剋上をされたことを恨んだ結果、将軍家と共に常に反三好を掲げている。
しかも周囲を巻き込むようなことばかりして、若狭武田も祖父の代では幾度も出兵を要請されていた。そして祖父が仲が良かったこともあり三好に喧嘩を売って、ボコボコにされてきた過去がある。
けれども、仮にも細川家の当主である。
将軍の甥に当たる龍水丸の烏帽子親にはちょうどいい。
本来は六角家当主を迎え入れたかったようだが、どうやら情勢の変化で駄目になったらしい。
さて、この元服の儀には多くの人が祝いに来た。
まずは将軍家から烏帽子親として晴元、ほか数名の名代。隣の朝倉家と六角家、三好と敵対している紀伊(現和歌山県)畠山家からそれぞれ二名ずつ来ている。
もちろん、若狭武田家の家臣たちと一族たちも集まった。が、京の貴族たちが来たのは意外だった。
将軍家からは近衛家前当主の近衛稙家、久我家前当主、久我晴通。神道の名家、吉田兼右。
他、若狭武田家と繋がりのある名家(一番下の堂上家)貴族など。
彼らの目当てはおそらく儀式の後で振る舞われる料理たちだろう。
すでに石鹸や家主貞良、清酒などなど俺が作り出したものが若狭のどこかで作られていることは少しずつ知れ渡っている。
そして彼らの予想通り、俺は吉郎を通じて武田家に品々を少しばかり献上しており、献上品以外も安めに売っている。
だから本日はちゃんとそれらが振る舞われる。
広間に関係者が集まると、早速儀式が始まる。
元服の儀は大人になるための儀式であり、子供の時の髪型を髷と呼ばれる成人の髪型に結い直して、冠を付け、元服用の着物を着るといったところから始まる。
烏帽子を細川晴元に被せられた龍水丸は頭を丁寧に下げる。すると、晴元が大きな声で烏帽子名を口にする。
「武田龍水丸よ!そなたは上様より一字を偏諱し、以後武田義頼と名乗られよ」
「ははっ!!!」
これより龍水丸ではなく、義頼と呼ばなくてはならない。
名前は事前に決められており、俺も聞いていたから特には驚かない。そもそも、この時代は将軍の偏諱が多い。父の「義」もそうだ。
「これからも若狭武田家の一門として、幕府と上様をお支えできるよう精進してまいります。幕府に仇なす輩を必ずや倒してみせます!」
義頼は一同へと向き直り深々と頭を下げながら言う。
それに晴元を含めた反三好派たちはニコニコと頷く。
「血は繋がっていないが、義頼は立派な我が息子。頭も切れ、武勇も若狭一!これからの成長に、どうぞご期待願います」
父も一同に深々と頭を下げる。そして俺へも目配せしてくる。それに重政も気付いて、俺へと合図をしてくる。
それに答えるように、用意していた言葉を発する。
「兄上、元服おめでとうございます!これからもこの武田をよろしくお願いします」
なるべく子供らしく挨拶したが、どうしてかガヤガヤとしだす。
耳をすませてみると、「平凡で幼稚な童だな」や「後継争いになる可能性があると分からず、無知な人間だ」、「挨拶の機会も分からないとは」などと心無い言葉ばかり。
俺、六歳なのだが!?!?!
と、色々とありながらも元服の儀は終わった。
終わってすぐ父に呼ばれて、「笑いものにされていたではないか。義頼の晴れ舞台を台無しにする気か?」と重政とともにお叱りを受けた。
どうやら少し子供過ぎた挨拶だった。
そんなこんながあったが、普通に宴会が始まった。
義頼が清酒を飲んだ後、それに続くように皆が飲む。
宴会では美味しそうな料理が並べられていて、皆が美味そうに食べる。
そんな中俺は黙々と重政と共に食べながら、周囲へと聞き耳を立てる。この宴会はただの飲んで食べる会だけでなく、お互いで情報交換をし合う場でもある。
少し離れたところで、将軍家からの名代、六角家からの名代、名家の貴族ら三人が義頼の正室の話をしていたのでそちらへ意識を向ける。
「それで、義頼殿の正室は誰になると考えるでおじゃるか?」
「そうですね、やはり朝倉や畠山の重臣方の娘を細川様の養子にする案がありますね」
「六角家からも歳の近い重臣様のご息女はいますが・・・殿が三好との戦に消極的のためあまり積極的ではございませんので、敵対するような行動は難しいかと」
「何を言われるでおじゃる!三好こそこの世の敵でおじゃるぞ!」
「そうですぞ!上様を京より追い出し事が何よりだ!」
「分かっておりますし、某も同じ思いでございます。ですが、六角家も中々厳しい状況です。北は不仲な浅井、同じく東にも不仲な斎藤、そして南の伊勢は安定していない状況。そして西に三好。
何よりも先代の管領代(六角義定頼)様が大きすぎます。殿も十分六角家の当主なのですが、やはり管領代様の印象が強すぎます。それを拭うためには、今はコツコツと実績を積んでいるのです。家を安定させるためにも、まだ外へ戦は仕掛ける余裕はございません」
「それでも何とかするのが守護でおじゃるぞ!」
「上様をしっかりと助けるのだ!」
何故か話が逸れて厳しく叱られる六角家名代は、相手が格上のためヘコヘコする。見ていて可哀想だ。
六角家は数十万〜百数十万石を統べる守護家。一方で現在の将軍家は京を追われた流浪の身であり、貴族の男も小さな所領しか持たない者。
両者とも大国を管理することを知らない井の中の蛙だからこそ人を責められるんだ。
どれだけ国運営が大変か、俺は前世で痛いほど知っている。
現在の六角家は落ち目だ。
これから親子が不仲になり、浅井に負けて、内紛が起きて、織田に滅ぼされる。本来の若狭武田家と同様、かませ犬ポジションになってくる。
「そもそも、連合を組んでしまえば三好などあっという間でおじゃるじゃないか」
「本当におっしゃる通りだ!それなのに各守護たちは足並みも揃えられず情けない。せっかく上様が動いていると言うのに各地で争いばかり」
「すいません・・・」
「謝るのだったら早く京を取り戻すのでおじゃるぞ!」
「六角家で二万、朝倉で一万、畠山で五千、若狭武田で三千。他も頑張れば、浅井三千、一色三千、斎藤五千!軽く見積もっても五万の軍勢が集まるぞ!」
軽く見積もるな!!!と殴りたくなる気持ちを我慢して謝る名代さんは、褒められるべきである。
そんなに簡単に連合が組めたら楽だよ。でも、周囲が、情勢が許してくれない。
そもそも、こんな戦乱の世を作った原因は将軍家であり、三好を怒らせたのはあそこで呑気に酒を飲んでいる細川晴元だぞ!
まずあいつの首を手土産に交渉しろ!そうすれば将軍は簡単に帰れる!
「情けない、情けないでおじゃる。名を馳せた六角家がここまで落ちぶれたとはな」
「もう少し、そちらの主はお父上の管領代様を見習ったらどうですか?或いは南で頑張っておられる畠山様のように積極的になるべきです」
おい、お前ら。家臣の前で主の悪口を言うもんではないぞ。しかも武士に。
「お、お言葉ですが―――」
「言い訳は嫌いでおじゃる!浅井のような小領主を御せず、斎藤のような卑劣な輩共と争い合っていては品格を疑うでおじゃる」
「その通りです!田舎よりもまずは畿内が先決!最悪、少しぐらいは領土を割譲して和睦でもなんでもしてくださいよ。そうすれば三好に集中できる」
酔っているとはいえ、流石に領土を譲り渡せなどとは無神経すぎる。
名代さんの顔が真っ赤になっていますよ。今にも殺さんとしているぞ。
俺は少し呆れながらも立ち上がった。
流石にこんな目出度い場で死傷事件が起きたらメンツに関わる。これでも一応若狭武田家の一門だからな。
俺は三人のところへと歩み寄ると正座をする。
「六角左京大夫様(六角義賢)のご活躍は常日頃から某の耳に入ってきます。某が生まれた年には、まだ家督を継いだばかりでありながら三好と上様との和睦を成立させたと聞いております。その手腕、ぜひ見習いたいです!」
俺は全力の笑顔で六角家当主を褒める。
突然の出来事でポカーンとする三名を横目に俺は自分の席へと戻った。