椎茸栽培
弘治二年 一五五六年 十一月 若狭国大飯群難波江
色々とあったが、とりあえず何も咎められずのんびりとしていた今日この頃。
俺は皐月とポチ、麗を連れて近くの山へと向かっている。
「さあ、ポチ!どんぐりと椎茸をそのご自慢の鼻で探すのだ!」
「頑張れー、ポチ!」
「ぷっ、あの誇り高き狼が犬に・・・」
「貴様ら、後で覚えとけ!」
そう文句を言いながらも地面に鼻を付けるポチ。すっかりとその姿が馴染んでしまったのが、あの戦いをした相手としては悲しいかぎりだ。
「しかし、何でどんぐりと椎茸を探さなければならないんだ?」
「それはもちろん、栽培するためだ」
「「「栽培!!!」」」
一人と二匹の驚いた声がハモる。
この時代の椎茸はもの凄く高級品とされている。椎茸を接待客に出すということ自体がステータスになっており、一つだけで五、六貫はすると重政から聞いたことがある。
「いやいや、犬丸。いくら犬丸が多くの知識を持ってるとはいえそれは無いよ。山の奥深くにしか生えない希少なものだよ。簡単に育てれるわけ無いよ」
「いや、前前世では数文〜数十文で売られているぞ。高級品でもないし、誰でも食べれる食材となっている。どちらかと言うと松茸の方が高いんだ」
この時代松茸と椎茸はどちらも高級品だが、室町時代以降に農業の発達により森が切り開かれて松茸が多く育ち、結果的に松茸のほうが安く売られている。
「前前世では椎茸は人工的に栽培ができた一方で、松茸は天然のものしか無かった。だからこそ椎茸の方が安くなっていくんだ」
「つまり、栽培を成功させればいっぱい作れるということ?」
「その通り。そうすれば大きな収入源となるぞ!」
俺は意気込んで大きく叫んだ。
「だけどまずは探すところからだぞ?そう簡単に見つからんぞ」
「そこはポチ、頼んだぞ!日の本統一のため、ぜひ椎茸を探してくれ!」
「関係ないだろ!」
そうツッコみながらも黙々と鼻を地面に付ける。
人、いや犬任せは流石にひどいから俺は一つのアドバイスをした。
「あくまで覚えている限りの知識だが、椚や小楢山の木を中心に探したほうが良いかもしれない」
俺のアドバイスとポチの鼻を頼りに捜索が改めてスタートする。
体の小さい俺は少し大きくなったポチの背中に乗って、その後ろから皐月と麗が続く。拓けた場所にたどり着くと手分けして探す。
どんぐりをちょくちょく拾いながら歩くこと二刻。山を一つ超えたところで椎茸が多く生えている場所へとたどり着いた。
森の奥深くのため普通の人には見つけられない場所にあり、大小さまざまな椎茸がある。
「凄い!いっぱい椎茸がある!あそこにも、あそこにも、あそこにも!」
楽しそうに椎茸を採取する皐月。麗もポチも器用に椎茸を根本から取る。
それを持ってきた籠の中に入れていく。
ある程度集まったところで俺はポチに質問をする。
「なあポチ。ここへはもう一度来ることは可能?」
「まあ、我が鼻があれば大丈夫だが。どうしてだ?」
「実はここで二つ目の椎茸栽培をやろうと持っているんだ」
「二つ目?」
「そう。人工的に栽培する方法とは少し違う、運任せなやり方だよ。
ここら辺によく椎茸が生えているということは、多く育つということ。で、あるならばここで栽培が可能ということ」
もともとやりたかったのとは別の栽培方法。江戸時代から始まる椎茸栽培方法で、葉の付いた木―――原木を切って森においておく、そうすることで自然的に椎茸の胞子が付いて育つというやり方。
大分県から始まったとされているこのやり方だが、デメリットなのが運任せであるということ。
運任せではあるが、胞子が風に乗って置いておいた原木に付着さえすれば勝手に育ってくれる。
ここに椎茸が多く生えていることで、よく育つという証明になっているからきっと大丈夫なはず。大きいのだけを取らせていたから、小さい椎茸はいっぱい残っているし、数年で大量に育つだろう。
帰ったら指示をしなくちゃな。でも、やりたいことは多いが人員が足りないのが目下の問題だな。
「さて、ここのことは後ででいいから早く帰ろう。一つ目の栽培方法を試してみる」
さて、屋敷へと帰ってきた俺は早速椎茸から胞子を取ることから始めた。
まず要らなくなった皿を調理場から貰ってくる。そしたら取ってきた椎茸の傘を上にして置く。この時、置きやすいよう柄(茎のような部位)を短く切っておく。
それが終わったら一日置いておくだけ。
部屋にあると匂いがきついので、誰も使っていない物置に置いておくことにした。
待っている間に俺は一つの料理を思い出したので、料理人にやってもらった。
切り取った椎茸の柄の側面を軽く潰して、鍋にいれる。
鍋に入れた柄が浸るぐらいに水を入れ、砂糖と甘酒(みりんの代わり)を少し入れて強火で煮立たせる。
沸騰したら塩と醤油を入れ、今度は中火ぐらいで煮る。
ちょうど良くなったら火を止めて、冷ましながら味が馴染むように混ぜる。
ある程度色が付いてきて馴染んできたら完成!
「椎茸の柄の煮物だよ!」
俺は料理人から受け取って皐月や重政、和丸へと出す。
三人は最初は不思議そうに眺めていたが、その美味しそうな匂いに耐えられず、すぐに食べ始めた。
美味しそうに食べる三人に満足した俺は、残りをポチと麗のところへと持って行く。
二匹も美味しそうにかぶりつくが、図々しいことにおかわりを要求してきた。まあ手伝ってもらったし、俺は仕方なく自分の分を差し出した。
さて、次の日。
手の空いている村民に昨日の場所を教えて、木を切って丸太にして置くよう指示した後。
皐月と和丸を連れて物置小屋へと向かった。
入ってすぐの場所に置いてあった椎茸たちを引っくり返してみると、皿には白い綿がたくさん円形上に落ちていた。
「この白いのは何ですか?」
「これが椎茸の種、胞子だよ。これを一年間育てれば椎茸が沢山できるんだ」
「一年!!」
流石に驚かれるだろう。まあ、そう簡単にできないからこそ希少価値も上がる。
俺はこの胞子の菌糸を育成するための指示を出す。
まずは拾ってきたどんぐりを粉砕する。そしてそれを胞子の上にばら撒く。
これでしばらく様子を見る。
そうすると白い綿が少しずつ増えていく。
そこでそれらを菌床に移す。
菌床はおが粉(木の粉)と米ぬかを混ぜ合わせて高温で殺菌する。
そこに移して、適度な温度を保てる部屋に移すことができれば、あとは待つだけ。
一年後、もしかしたら来年の春にはおそらく大きな椎茸が生えているだろう。
適した部屋は後で重政に頼めばいい。乾燥に注意しながらこれから育てていこうか。
さて一部の胞子が付いている椎茸を除いて、もう使い終わった椎茸をどうするかというと、それはもちろん干し椎茸が一番良い。
ざるを用意してもらって天日干しにする。
これは献上品として近衛や土御門にでも送っておこう。
本当は俺らで食べるのも良かったが、贅沢すぎると和丸たちに全力で断られた。
前前世では当たり前のように食べていたから、価値観の違いだな。
とりあえず、椎茸がいっぱい育つのを待って食べてもらおう。




