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貴族


弘治二年 一五五六年 山城国紀伊郡久我




「近衛の兄上!ようこそいらっしゃったでおじゃる!」

通堅(みちかた)。その貴族かぶれのような語尾はやめてくれぬか?苛立たしい」

「はっ、これは失礼しました!以後は気をつけます!」


元気よく返事をする黒に赤い線の入った束帯を身につける少年。

まだまだ似合わぬ冠をかぶり、ニコニコと笑う。


「後、その兄上という呼び方をやめろ。麻呂はお前の兄ではない!」

「ですが、従兄弟同士ですし、姉上の婚約者ですから兄上は正しいのでは?」


天真爛漫で屈託のない笑顔を向けられて、流石の前嗣も苦笑いを浮かべる。

童顔で屈託の無い笑顔を見せるこの少年の前では、天下の近衛様といえども大きくは出れない。


少年の名前は久我権中納言通堅くがごんちゅうなごんみちかた。前嗣の従兄弟(前嗣の父と通堅の父が兄弟)であり、通堅の姉は前嗣の正室となる予定だ。


久我家は足利家とは違う村上源氏の流れをくむ家であり、堂上源氏(公家の源氏)として有名だ。

古くより公家として活躍しており、家格としては清華家(五摂家に次ぐ)。源氏長者(氏長者はその氏を纏める家のことで、源氏の頂点)も務めるほどの名家。


現在の当主である通堅の父である晴通は近衛家から養子として入っているため実質近衛派ではあるが、一応は無派閥の立ち位置に属している。

分家は数多く輩出するが、この時代にはまだ中院(なかのいん)家と北畠(きたばたけ)家などしかない。が、それでも御年十五の通堅が権中納言であるのはそれだけの力を有した家だからこそである。(ちなみに前嗣はわずか十一で内大臣になっている)


「それで、兄上。どういったご要件で?」

「分かっておるだろ?鷹司の件だ」

「え〜〜、まだ諦めていないんですか?無理ですよ。相手は前関白殿下の二条晴良(にじょうはるよし)公ですよ。次男がお生まれになったことで、長男の兼孝(かねたか)が本家の九条(くじょう)家に来年養子入りすることが決定されています。一条(いちじょう)家の齢九歳の一条内基(うちもと)ですが、家督を継いでいるので付け入る隙はありません。二条、九条、一条を相手になさるおつもりで?」

「・・・確かにあの晴良なら一条を操るのは容易いな」

「呑気に言わないでください。我々清華家は圧倒的に一条派が占めています。唯一我が久我と徳大寺家が近衛派ですが・・・」


彼らが話しているのは、五摂家の一つ鷹司家についてだ。

現在、近衛家分家の鷹司家に当主は不在で先代は嗣子を残さないまま十年前に亡くなっている。


その鷹司の再興を巡って近衛と二条が水面下で争っている。

何としても近衛派を増やしたい前嗣と鷹司を手に入れて五摂家の中で大きな発言権を手に入れたい晴良。

静かな戦いが宮廷では繰り広げられていた。


「何よりも、二条の後ろには三好がいるのですよ!名前を変えてでも足利から距離を取ったのは良かったですが、それでも多少の圧力がかかっているのでは?」


前嗣は一年前までは晴嗣(十二代将軍、足利義晴から晴を貰った)と名乗っていたが、それを捨てて前嗣と名乗っている。

これだけで、将軍家から距離を取ろうとしていると分かる。


「ふふふ、三好の小さな嫌がらせは気にしていない。虎の威を借りる二条を恐れる必要はない。そうだ、二条は今何をしている?」

「少し怪しい動きをしています。三好とも頻繁に連絡を取っているようで・・・」

「やはりな」


予想通りでニンマリと笑みを浮かべる。


「と、言うと?」

「実は帝の体調が芳しくない。いつ崩御されてもおかしくない状況だ」

「!!!そうですか、だから」

「ああ、二条もおそらく同じ考えだ。費用をどれだけ捻出できるか、献納させれるかで方仁親王殿下(後の正親町天皇)からの印象が変わる」

「ええ、そうですね」

「二条は三好を頼るのだろうが・・・おそらく渋るだろう。あの家は敵を作りすぎたから各地で銭が必要になる。最大の商業地、堺を手に入れているとはいえ商人の発言権が強い。そう簡単には金を出さんだろ。多く見積もっても、即席で一千貫が限界か」

「他の大名も戦続きで簡単には金を出しませんしね」


孫犬丸の作った石鹸やカステラ、清酒、砂糖などは珍しい物で希少かつ国産であるというブランドがあったからこそ高値で買われている。だからこそ、大大名でも簡単には出せないような額も軽く捻出できる計算ができる。

もちろん、数年もすれば少しずつ生産量が上がってその製法が知られれば価値も下がっていくだろう。だからこそ売れる時に売って稼いでいる。そして献金分を貯めようとしているのだ。



「麻呂はな、実はとある伝手を手に入れた。そしてそいつが全額出すと言った」

「・・・?まさか、即位礼までの全てを?兄上、流石に冗談が過ぎます」

「無礼だな、麻呂が嘘をつくわけ無いだろ。その伝手の奴は今出回っている、石鹸や家主貞良、清酒を作っている本人だ」

「あはははは・・・・それは誰ですか?」


通堅が鋭い目で前嗣を見る。


「そんな怖い目を麻呂に向けるな。反吐が出る」

「でも、気にはなりますよ。あれらを作り上げた者がどういう人物なのか。なんなら横取りしたいくらいです」


前嗣相手に、義理の兄とはいえ直接「横取り」発言をする十五の通堅。


関係のない話だが、正史において通堅は結構な問題児である。

一五六〇年に正二位に上がるもすぐに勅勘(問題を犯して出仕を差止められること)を受けてすぐに従二位に落とされた。

その後一六六八年、正親町天皇の寵愛を受けていた目々典侍に迫って密通(浮気)をしようとしたとして解官させられている。

帝の怒りは収まらず、おそらく亡くなるまで帰還を許されなかった。


帝の怒りを買い続ける男だが、今はまだその片鱗を見せているだけである。


「通堅、お前はいつか問題を起こすと予想するぞ」

「それは嫌な予知ですね」

「とりあえず無駄話はやめよう。改めて鷹司の件だ。どれぐらいの賛同を集められる?」

「う〜〜ん、まだそこまでは。まず、兄上と僕の最大の弱点は若さです。兄上は二十、僕は十五。後継人がいるならまだ大丈夫なのですが・・・叔父上も父上も将軍のいる朽木におられる。若輩者二人に積極的に賛同する老人は中々いません」

「その通りだ。全く親というものはこれほど頼りにならないものか」


忌々しそうに北東を眺める前嗣。もちろん、その方角には朽木がある。


「ただ、方仁親王殿下に恩を売れば少しは集まってくるだろう」

「不敬な発言ですね」

「事実だ。この宮廷で生き残るにはどんなものでも使わなければならない。もちろん、帝が亡くなられる日が近いというのは悲しきことだが、麻呂は近衛家当主。家を守り、そして力をつけることが最大の義務である。お前もそうであろう?」


その言葉に通堅は頷く。


「まずは徳大寺家と連携を深めろ。あそこには我が家より叔父(前嗣の父の弟)が養子に入っている。確実に引き込める。後は清華家の三条家を支える大臣家の三条西家を引き込みたい」

「確か、現在三条家には当主がいないのでしたよね」

「その通り。ただ現在の三条家は分家である三条西家が支えている。つまり、三条西家さえこちらに引き込めば清華家の三条家も付いてくる。これで清華家三つがこちらに付く」

「ですがどうやって?繋がりはあるのですか?」

「無くはない。大臣家(清華家の下)の正親町三条家現当主の娘が三条西家に嫁いでいる。そして今年子を生んでいる」

「あ!確かに祝いの言葉を送った気がします!」


ちなみに、正親町三条家は三条家の分家であり、その正親町三条家の分家が三条西家とややこしい。ただ、正親町三条家当主は度々地方へと下向しているため、京にいる三条家を支えているのが三条西家となっている(ただし、この時は三条西家当主も地方へ下向していた)。その影響で十数年後に三条西家より三条家へ養子を出している。


「まあ、そこら辺は麻呂が何とかしてみせよう。他の大臣家以下は・・・まあそれほど影響はないな。特に気にすることはない」


前嗣はそう言いながらも少し顔を俯ける。

この時代に限らず、古くから貴族同士の争いは泥沼であった。足の引っ張り合いであり、誰が味方か敵かは最後まで分からない。

たとえ身内だろうと警戒を緩めてはいけない。


目の前の従兄弟でさえも、いつその牙を向けてくるかわからないのだから。


「兄上!兄上!」

「ん?何だ?」

「今、もの凄く良い案が浮かびました!」

「まあ、期待はしないが聞くだけ聞いてやろう」

「ありがとうございます。僕が思いついたのは、一条家をこちらに引き込むという策です!」


・・・???


流石の前嗣も耳を疑い、素っ頓狂な顔をする。部屋には沈黙が流れてしばらく二人は見つめ合う。


「お前、それを本気で言っているのか?麻呂を馬鹿にしているわけでは無いのか?」

「安心してください。しっかりと算段があるからの発言ですよ」

「ではどういう算段だ?」

「簡単なことです、僕と一条家当主の内基、更に一条家の分家である土佐一条家当主の兼定(かねさだ)とは仲が良いのですよ」


その言葉でハッとする前嗣。


一条家の当主の内基はまだ九歳。土佐国(現高知県)で根を張る土佐一条家(ちなみに内基の父も土佐一条家出身)の当主である兼定は父親が自殺した時に七歳と幼かったことを理由に大叔父である内基の父に連れられ上洛をしていた。

来年には十三になって土佐国へ戻ることになっている。


「なるほど、心情か」

「はい、内基と兼定とは月に一度は遊んでいる仲です。赤の他人だけれど突然後継人なった二条晴良公を信じるか、昔からの仲の僕を信じるか。流石に、明らかですよ」

「大人たちがなんと言おうとも、当主が幼いだろうと関係ない。肝心なのは一条家当主(・・・・・)がお前を信じている、もしくは支持しているということ。そこに土佐一条家も入ってくる」

「大きな宣伝にはなりますよ」


くつくつと笑う両名。


「お前、十五だと言うのに悪い奴だ。友を騙すとは」

「やっていることは兄上と同じでございます。しかも、友であることは変わりませんよ」


話はまとまり始めた。そしてそこに確かに可能性があった。

藤原をまた一つに、それが前嗣の夢である。




後は、あの武田の小僧に全てがかかっている。


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